徳島と京都に行ってきました

今回の旅行の目的は、徳島では大塚国際美術館や藍染工房と藍染めの染料「すくも」作りを見学すること、京都では美術館「えき」KYOTO の「芭蕉布 人間国宝平良敏子と喜如嘉の手仕事展」と相国寺の「若冲と応挙展」を見学することです。

羽田発9:45の便で富士山の真横を通過し徳島を目指しました。

徳島空港からバスで鳴門市の大塚国際美術館に行きました。

大塚国際美術館

古代壁画から世界26ヶ国190余の美術館が所蔵する西洋名画1000余点を原寸大で複製陶板化した世界初の陶版名画美術館です。地下三階地上二階延床面積30000平米の巨大な展示スペースにテーマ別に古代、中世、ルネサンス、バロック、近代、現代と作品が展示されておりじっくり見るには半日では無理丸一日必要です。

入口から長いエスカレーターを地下三階に登ると正面にシスティーナ礼拝堂です。ミケランジェロの天井画と壁画が素晴らしい。

地下二階に登り昼食をとりました。レストランの中心の円形の池には睡蓮が咲き、そのまた中心に野外展示された楕円形のモネの「大睡蓮」を楽しむことができました。


睡蓮が咲く池


昼食の海鮮丼

モネの「大睡蓮」

昼食後は世界の名画を思う存分に堪能することができました。世界各地の美術館で実物を見てきましたが、陶版による複製は実物と見まごう出来栄えで、再会したような喜びを感じました。またレオナルドダビンチの「最後の晩餐」は修復前と修復後が向かい合って展示されており、比較することで大変勉強になりました。

作品の一部を撮影しましたのでご覧ください。クリックで拡大表示、→で次の作品、←で前の作品、✖︎で終了です。

翌日、天然藍染料「すくも」の工場と藍染工房を見学しました。天然藍染めの染料は「タデ藍」「琉球藍」「インド藍」の三種類があり、日本古来の染料「タデ藍」の産地は徳島、北海道、青森、兵庫で徳島が江戸時代以来最大の生産地です。

佐藤阿波藍製造所

江戸時代から続く藍染めの天然染料「すくも」の伝統的な製造技術を受け継ぐ、国選定阿波藍製造無形文化財・国指定卓越技術者 現代の名工・19代藍師・佐藤昭人さんに工場をご案内いただき「すくも」の製造工程を見せていただきました。

「すくも」の原料となるタデアイは3月にタネをまき、7月から8月に刈り取り、葉を1センチほどに刻んで天日干し、9月のはじめから11月末までむろ内に1メートルほどに積み上げむしろで囲って発酵させます。むろに入ると発酵により発生したアンモニア臭が充満していました。作業のタイミングは昔ながらの方法で行われ、タネまきはつばめが飛んだ1週間後、むろでの発酵開始はイチョウの葉が色づいたら、発酵温度の管理は膝でさわった肌感覚でむしろの枚数を増やすそうで、なんとも長閑ですが伝統を感じさせる凄いお話でした。


タネをとるため花が咲いたタデアイ、「すくも」作り用には花の咲く前の葉の状態で刈り取ります


むろの中に二つ「すくも」の山ができている。一つの山には6000坪のタデアイ畑から採った葉が使われています


発酵により70度ほどの温度になっています


壁の柱に作業記録が書き込まれていました


佐藤夫妻と友人夫妻と共に記念撮影

本藍染矢野工場

代表の矢野藍秀さんにご案内いただきました。化学薬品を一切使用せず、佐藤昭人氏が製造する「すくも」を使用した「天然灰汁発酵建てによる本藍染」という江戸時代から伝わる伝統技法で藍染めを行っており、その作品は2013年 4月放送 NHK大河ドラマ「八重の桜」のオープニング映像に使用されています。

「藍染め」の種類
1)藍染め:化学染料使用のものも含む
2)本藍染め:は天然藍(タデ藍、琉球藍、インド藍)を使用したもので、藍建ての方式として苛性ソーダやハイドロサルファイトなどの化学薬品を使用する化学建ても含む
3)本建て(地獄建て)・正藍染め:タデ藍の『すくも」を使用し、灰汁のみで藍を建て、染液の維持に麩や貝灰以外を用いない

工房には16の藍がめが並び、かめの中には綺麗な「藍の華」が浮いていました。九州など他の藍染め工房では藍建てにあたり灰汁の他に発酵促進のためお酒が添加されていましたが、矢野さんは灰汁しか使わない古来の手法にこだわっています。それだけに化学染料や化学薬品を使用した化学建てによるものが「藍染め」として広く流通し「色落ち」など問題を起こしている現状に本来の「藍染め」が誤解されていると憂いておられました。


灰汁を加え


竹の棒で攪拌する


藍の華がさいています


九州宮崎の藍染め工房、こちらも佐藤さんの「すくも」を使用していますが、発酵促進のため日本酒を添加しています

無地染め、絞り染め、型染め、ローケツ染め、糸染めなどの技法を駆使し、絹、木綿、麻、木材、皮革などの天然素材であれば、全て染めることが可能だそうで、今回はコードバン(馬の尻皮)を染められていました。


コードバン(馬の尻皮)を何度も藍がめに入れていました


藍染めのグラデーションが美しい


矢野さんの藍染めのTシャツ、良い色合いですね

次に阿波の藍染めに使われる藍がめを制作している阿波大谷焼の窯元に行きました。

森陶器

国の有形文化財に登録されている日本最大級の登り窯をもつ大谷焼の窯元、藍染めの甕や水琴窟の甕などをはじめとする大きな甕を作る際、「寝ろくろ」(2人一組で1人が甕の成形し、1人が寝ころんで足で蹴りながらろくろを回す製法)という大谷焼独自の技法が使われることでも知られています。しかし、昭和20年代後半からは生活様式の変化に伴い、大甕の製造に加えて日用品などの小物を多く作るようになったそうです。登り窯を中心とする広大な敷地に大甕などが敷き詰めら壮観です。


登窯

その後、お遍路八十八ヶ所のスタート地点 一番札所・霊山寺にお参りしました。

昼食は地元で有名な活魚料理「びんび家」で美味しい魚をいただきました。


びんび」とは、徳島の言葉で「ピンピン跳ねる新鮮な魚」を意味しています


新鮮な魚料理と鳴門わかめたっぷりの味噌汁で大満足です

昼食後、鳴門の渦潮を見に行きました。


四国と淡路島を結ぶ大鳴門橋


大鳴門橋遊歩道「渦の道」全長450mを歩き展望台へ


高さ45メートルの展望台からの眺め。残念ながら渦は巻いていませんでした。

アオアヲナルトリゾートから高速バスに乗り京都へ


淡路島からの夕陽

京都

翌朝、京都駅に隣接する伊勢丹デパート内の美術館で「芭蕉布 人間国宝平良敏子と喜如嘉の手仕事展」を見ました。

芭蕉布は、沖縄本島の北部に位置する大宜味 (おおぎみ) 村の喜如嘉 (きじょか) を中心に作られるバナナの仲間である糸芭蕉 (イトバショウ) の繊維から糸を紡ぎ織られた布です。とんぼの羽のように透けるほど薄く軽いと評され、王族の衣服や士族の役人の制服として庶民の普段着や晴れ着として幅広く利用されてきた。また、琉球王朝から中国や江戸幕府への献上品としても使われました。

第二次世界大戦中・戦後にかけて衰退し消失の危機にありましたが、民藝運動家で染織家の外村吉之介氏に師事し、民藝や染織について学んだ平良敏子さんが沖縄の織物を守り育ててほしい」という声に応えて復興、「喜如嘉の芭蕉布」の名で国の重要無形文化財、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されています。

糸芭蕉から繊維をとり糸を紡ぎ布を織るという途方も無い手間と織り上がった布の類まれな美しさに感嘆し京都にまで来た甲斐があったと思いました。


黄地 絽織 経縞


帯地「藍コーザー アササ」

相国寺

次に相国寺に行き「秋の特別拝観」と承天閣美術館の「若冲と応挙展」を見学しました。長蛇の列を覚悟して行ったのです意外にもがらがら、紅葉には少し早くもみじも緑ですがお庭が美しく、ゆっくり拝観できました。


法堂(ハットウ)我が国法堂建築の最古のもので、天井画「鳴き龍」画の下で手を叩くと堂内に大きく響きました


表方丈庭園、南側は白砂を敷き詰めただけの簡素な庭です

裏方丈庭園、北側は深山幽谷を表した枯山水の庭です

開山堂庭園、開山夢窓国師の木像を安置している堂で、その南庭は「龍渕水の庭」と呼ばれる石庭です

開山堂の入口に近い堂内の壁の片隅にとても可愛いい子犬の画があり和みました。


円山応挙筆 仔犬図 杉戸絵

次に承天閣美術館で「若冲と応挙’」展を見ました。

 

第1展示室:伊藤若冲が相国寺に寄進した「釈迦三尊像と動植綵絵」動植綵絵は複製(実物は宮内庁)ですが相国寺の法要で使用されているものです。若冲らしく細密で色鮮やかです。


釈迦三尊像


動植綵絵

第2展示室:伊藤若冲の水墨による障壁画と丸山応挙の代表作で重要文化財の「七難七福図巻」
「七難七福図巻」は三井寺裕常門主の依頼を受けて描いたもので、任王経にもとづき人の七難七福のありさまをイメージ化したものです。全三巻からなり、それぞれ天災、人災、福をテーマにしており、依頼者の祐常によって描かれた下絵、それを受けた応挙の画稿、そして完成した大作絵巻を比較して見ることができ大変勉強になりましたが、人災や天災の画は応挙の上品な作風からは想像できない壮絶かつ残酷な描写で、こんな応挙があるのかと驚きました。


伊藤若冲「鹿苑寺大書院旧障壁画 月夜芭蕉図床貼付」


丸山応挙 七難七福図巻 福寿巻(部分)


丸山応挙 七難七福図巻 天災巻(地震部分)

午後、京都駅から新幹線で東京に帰りました。

世界の染織り工房を回る旅の一環として、今回「藍染め」の染料「すくも」がどのように作られているのかを現地で見ることができ大変勉強になりました。すくも作りの佐藤さん、藍染めの矢野さん、懇切丁寧にご案内いただき誠にありがとうございました。

徳島では徳島市在住の友人夫妻のおかげで藍染工房だけではなく窯元や寺院さらに鳴門の渦潮までご案内いただき大変感謝しております。おかげさまで大変充実した旅行となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静岡・修善寺・三島

静岡県立美術館にて725日から918日まで「糸で描く物語」という企画展が開かれています。横須賀と新潟そして静岡での巡回展示です。最後の機会を逃したくなく913日に出かけました。

静岡県立美術館は静岡駅からバスで30分,この日は気温が上昇,それでも豊かな樹々に包まれた静かな環境に位置する美術館を訪れたくさんの貴重なコレクションを見学することができ本当に素晴らしい時間を過ごしました。

スロヴァキアやトランシルヴァニアの伝統的な衣装や、独特の造形と色あざやかなイヌイットの壁掛け、絵本の挿絵として制作されたのびやかな作品から、精緻なオートクチュール刺繍など見応えのある展示でした。

展示内容は
第1章 刺繍と民族衣装
第2章 イヌイットの壁掛け
第3章 刺繍と絵
第4章 刺繍とファッション

まず個人的に一番に興味があったのは刺繍と民族衣装でしたが各章の展示室を部屋から部屋へと移動しながら目にする様々な作品は魅力的で11点時間をかけてしっかりと拝見させていただきました。

特にスロヴァキアやトランシルヴァニアの伝統的な衣装と刺繍は現地でもなかなか見ることができない素晴らしいコレクションでした.

わたしも2016年にTransylvania(トランシルヴァニア)地方を訪ねてたくさんの民族衣装やイーラショシュのタペストリーを見学する機会を得ましたが、今回の展示会ではルーマニア・トランシルヴァニア地方の伝統手芸研究家の谷崎聖子(たにざきせいこ)さんの素晴らしいコレクションを鑑賞することができ大変勉強になりました https://morino-kanata.com/

静岡県立美術館は17世紀以降の内外の山水・風景画、静岡県ゆかりの作家、作品を中心に収集・展示していますが、平成6(1994)年に新館としてオープンした「ロダン館」には《地獄の門》をはじめとしてロダン作の彫刻32点が展示されています。段差のある立体的なゆったりしたスペースの中に高い天窓から自然光がふんだんに注ぎ作品群の見え方が平面のフローアーで見るのとは違った印象を得ました。https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/

静岡から三島経由修善寺に移動し修善寺温泉に宿泊しました。
共立リゾートの運営する「桂川」という旅館に泊まりました。
https://www.hotespa.net/hotels/katsuragawa/
大浴場とは別に7つの貸切風呂が無料で使用できるシステム(予約不要、空いている浴室を先着順に利用)が素晴らしく快適でした。貸切「檜葉の湯」

修善寺温泉は開湯1200年の歴史があり、修禅寺、独鈷の湯、竹林の小道、源頼家の墓、などがあり散策も楽しめました。独鈷の湯は残念ながら入浴できませんがその近くに足湯があり快適でした。https://www.hotespa.net/hotels/katsuragawa/

帰り道、修善寺から伊豆鉄道で三島に出ました。富士山の伏流水が湧き出る水の綺麗な街で、駅前の「楽寿園」という広さ約75,474平方メートルの市立公園が見事でした。小浜池やせりの背などの天然池泉と周囲の自然林からなる庭園は、国の天然記念物及び名勝に指定されています。30度を超える夏日でしたが緑と清流に癒されました。


小浜池と楽寿館

昼食は三島名物の「うなぎ」をいただきました。富士山の伏流水でうなぎを晒すことで特有の臭みを消し余分な脂肪分を燃焼させるそうです。

 

古代メキシコ展

上野の国立博物館平成館で開催された古代メキシコ3大文明(マヤ、アステカ、テオティワカン)の特別展(2023年6月16日〜9月3日)を見学してきました https://mexico2023.exhibit.jp/

2019年にメキシコに行った際にメキシコシティのメキシコ国立人類学博物館に行きそのコレクションの素晴らしさに圧倒され感激しましたが不勉強のため表面的な鑑賞に終始し十分理解できませんでした。今回の展示はメキシコ国立人類学博物館の物に比べ小品が中心ですが繊細で個々の展示に対し詳細な説明があり非常に分かりやすく改めて古代メキシコ文明を学ぶことができました。

ティオティワカン文明

テオティワカンは海抜2200mのメキシコ市の北東50kmのところにあり、現在では遺跡として残されているだけであるが、紀元後350年~650年の間はおそらく20万人の人口を要する大都市であった。巨大な「太陽のピラミッド」や「月のピラミッド」、「死者の大通り」を中心とした都市遺跡が残されており、高度な石造建築技術や潅漑技術を知ることができます。

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ティオティワカン遺跡(太陽のピラミッド1980)

マヤ文明

4世紀から9世紀にかけて中央アメリカのユカタン半島、現在のメキシコからグアテマラにまたがる地域に成立したメソアメリカ文明を代表する都市文明

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ティカル遺跡(グアテマラ2005)

アステカ文明

1428年頃から1521年の約95年間、メキシコ中部で栄えたアステカ帝国の文明で、メソアメリカ文明の最後に現れた文明です。メキシコシティはかつてテスココ湖の上に築いたテノチティトランという都市でした。この都市は13世紀末にメキシコ盆地にやってきたアステカ人によって築かれ、アステカ帝国の最盛期には20万から30万人もの人々が生活していたとされています。16世紀初めにスペイン人エルナン・コルテスによって破壊され、その遺跡の上にメキシコシティが作られました。

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アステカ帝国最後の王クアウテモクの銅像(メキシコシティ2019)

メキシコシティの国立人類学博物館へも是非おいでください。