ルーマニアとハンガリー

ハンガリー刺繍には大きく分けて三つのスタイルがあり、2年前に一番ポピュラーでシンプルな花柄スタイルのカロチャ刺繍を見にカロチャに行ってきました。今回はメゼーケベジュドに濃厚な花柄スタイルのマチョ刺繍を、そし現在はルーマニア領ですが以前はハンガリー領で今でもハンガリー族が住むクルージ・ナポカの郊外の村に最も古いスタイルのイーラーシュシュ刺繍を見に行くことを最大の目的とし、観光的には世界遺産とルーマニアとハンガリーのクリスマスマーケットを見に行くコースとしました。

ブラショフ Brasov

日本を夜発ってルーマニアの首都ブカレストに朝着き、タクシーで標高800mのスキーリゾートのシナイアの町を経由し2時間半ほどでブラショフに着きました。旧市街の中心の広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのものに比べると規模は小さく人出も少ないですが夜になるとライトアップされ大変綺麗でした。

ブラショフ民族博物館 Ethnographical Museum Brasov

ルーマニア各地の民族衣装が展示されていました。20世紀初頭のジャガード式自動織機があり実演してくれました。古い手機から現在の自動織機に移る前の半自動の機械で大変興味深いものでした。

ルシュノフ要塞 Rasnov Fortress

ブラショフからブラン城に行く途中の山の上に造られた要塞です。駐車場からトラクターに引かれた車に乗って登ります。頂上からは360度の絶景が望めます。オフシーズの早朝ということもあり我々二人しか来訪者はおらず貸し切りの贅沢な時間を過ごすこととができました。

ブラン城(ドラキュラ城)Bran Castle

ルーマニアの観光地では一番有名なところでしょう。流石に観光客も多くトイレや売店といった設備や城内の展示も整っていて観光しやすくなっていました。

ビスクリ要塞教会 Viscri Fortified Church

トランシルバニア地方に100以上ある城壁で囲われた教会の一つで世界遺産に指定されています。残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでしたが豪壮な造りで圧倒的な存在感がありました。

シギショアラ Sighisoara

ブラショフから120km、中世の町並みが残る城塞都市です。多くの人々は山の下の新市街に住んでいて山上の城郭内旧市街に住む人は少なくレストランや店舗もあまりありません。夜は歩く人も少ない暗い町並みが幻想的でした。

ビエルタン要塞教会  Biertan Fortified Church

シギショアラから27kmのビエルタンにある要塞教会。三重の壁に囲まれた堅固な造りで教会というより城と言う方がピッタリする。ここも残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでした。

シビウ Sibiu

トランシルバニア高原の南端に位置する古都。旧市街の中心の大広場ではルーマニア最大と言われるクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのニュールンベルクやシュトットガルトに比べ屋台の数や人出も遥かに少ないものですが、広場を取り巻く建物にプロジェクションマッピングされ大変美しいものでした。

クルージュ・ナポカ Cluj-Napoca

トランシルバニア地方の中心都市。ルーマニアで二番目に大きい聖ミハイ教会のたつ統一広場でクリスマスマーケットが開かれていました。食事の屋台ではルーマニア料理の中をくり抜いたパンに入った豆のスープが売られていました。ミニアイススケート場や音楽のステージが開かれ、サンタクロースが広場の周りのレストランや会場を歩きチョコレートを配っていました。ホテルの窓から正教聖堂と国立劇場が見え夜はライトアップされて綺麗でした。25日のクリスマスはキリスト教国の常でレストランを含めほとんどどこも開いていません。開いているのは教会と夜のクリスマスマーケットぐらいでした。日中はホテルでのんびりし、夜になって夕食を兼ねてクリスマスマーケットに行き、かろうじて開いているレストランを見つけ夕食にありつけました。外は雪になり静かなホワイトクリスマスでした。

トランシルバニア民族博物館  Ethnographic Museum of Transylvania

トランシルバニア地方の民族衣装が展示されています。残念ながら展示変更作業が行われていて一部見ることができませんでした。

カロタセグ地方 Kalotaszeg Area

クルージュ・ナポカの西50kmほどの地域の村イズヴォル・クリシュルイの国道沿いに民芸品を売る店が並んでいます。クリスマスイブのため開いている店は少なかったのですが良い刺繍を買うことができました。丘の上には町を見下ろすように要塞教会が建っていました。

シック村 Sic Villege

クルージュ・ナポカの北東40kmほどのハンガリー系住民が住む村。まず教会に行くと丁度ミサがあるようで村人が三々五々集まっていました。年配の女性は民族衣装(赤又は黒のスカート、黒い防寒上着、黒いスカーフ)を身に着けていました。教会の中では小学生くらいの子供がバイオリンで賛美歌を弾いていました。次にブカレストの旅行会社に依頼してあったシック村家庭訪問です。シック村の伝統的な緑色の家に着くと白いスカーフをかぶり赤い服を着た女性が出迎えてくれました。67歳になるクララさんでした。そしてなんと我々を連れてきてくれた車の運転手はクララさんの息子さんでした。丁度クリスマスイブなので実家に帰ってきたのでした。ガイドのロクサーナさんがギターを持ってきていて、クララさんの家の前で歌を歌い始めました。歌を歌わないと家に入れてくれない風習があるんだそうです。家に入ると歓迎のお菓子が用意され、自家製のスモモのパリンカ(強い蒸留酒)で乾杯です。ダイニングルームのサードボードや壁の飾り棚などは綺麗な花がらの塗装がされていましたが全てクララさんの手によるものだそうです。一旦外に出て「清潔の部屋」と呼ばれる嫁入り道具を飾る部屋のある離れに案内されました。そこでもう一つのサプライズが待っていました。玄関を入ると日本の本が置いてありました。「ルーマニアの赤い薔薇」という1991年に出版された日本ヴォーグ社発行の写真集です。この写真集を見てシック村に来ることを決めた本でした。伺ってみると著者の「みやこうせい氏」はクララさんの家に泊まって取材していたそうです。また日本のテレビ番組の取材で女優の羽田美智子さんが10日間泊まって生活したことも分かりました。「清潔の部屋」に入ると天井まで届く枕カバーをはじめカラフルな寝具や衣装箱で埋め尽くされていました。これこそ本やインターネットで見て憧れたそのものと感激しました。母屋に戻ってクララさんから刺繍の手ほどきを受け、日本では見たことのない技法を習うことができました。そのあとクリスマス料理をいただきました。チキンスープ、牛肉料理、デザート、どれもクララさんの手料理です。素朴で暖かく美味しい料理を堪能していると、小学生くらいの男の子が入ってきて賛美歌を歌いはじめました。歌い終わるとみなさんからお年玉が渡されます。これがこの地方のクリスマスの習慣のようでした。期待以上の体験ができた素晴らしいクリスマスイブとなりました。

ブダペスト Budapest

クルージュ・ナポカからブダペストまで350kmをミニバスで移動しました。9人乗りのミニバスで料金は一人100RON(約2700円)と格安です。日本でインターネットで予約しクレジットカードで支払いも済んでいます。ハンガリー国境でのパスポートチェック(所用20分程度)を含めブダペストまで約6時間のドライブは席が狭くて快適とは言い難いもののなんとか我慢できる範囲でした。ブダペストのバスターミナルからは地下鉄で5駅10分程度でホテルの近くに着きました。一人300フォリント(130円程度)一番古い路線のため車両も古いものでしたが安くて便利です。
今回の宿泊は1泊ということもありクリスマスマーケットに近く料金が安い所という条件で検索(Booking.com)した結果アパートメント(民泊)を予約してみました。住所は直ぐわかりましたがどこにもアパートメントの名称がなく受付もありません。ようやくアパートのインターホンの部屋表示の一つに小さく手書きでアパートの名称をみつけボタンを押しましたが返事がありません。電話すると事前に連絡してあった到着時間より早かった(バスが1時間半早く到着したため)のでまで着ていないとのことでした。幸いアパートのビルの1階に荷物一時預かり所があったのでスーツケースを預け、クリスマスマーケットの見物に行って時間をつぶし予定の時間にやっとチェックインができました。「古いアパートの一室を綺麗に改修し貸出し、事前に連絡した時間にスタッフが出向いてチェックインを行い、全額現金で前払い、チェックアウトは鍵をメールボックルにドロップする。なにかあったら電話で連絡し対応する」というシステムでした。部屋自体は広くて綺麗、料金も室料80ユーロ+掃除代15ユーロ=95ユーロ(約12000円)場所はブダペスト随一の繁華街の一画でクリスマスマーケットから5分と最高に便利なところなので良い選択だったとは思いますが民泊にはそれなりに問題(不便)があることが認識でき良い勉強となりました。
ところでブダペストのクリスマスマーケットは最高でした。ヴルシュマルティ広場周辺と聖イシュヴァーン大聖堂前広場の二会場がありドイツのものに比べてスケールでも負けていないばかりか、屋台の商品バリエーションが多くてセンスが良く(ドイツは屋台は多いが同じようなクリスマス商品ばかり)テイクアウトのフード屋台の料理のバリエーションが豊富でテーブルや椅子があって座って食べられる(ドイツは料理のバエーションやテーブルが少なく椅子はほとんどない)というグルメとショッピングという面ではドイツクリスマスマーケットより勝っていると思います。

ホッロークー Holloko

ブダペストから北東に約100km、バローツ洋式の伝統家屋の残る世界遺産の村。残念ながら冬期のためほとんどの施設が開いておらず外観を見ながら散策しただけでした。観光客や住む人の姿もほとんど見えませんでしたが、その分静かで美しい村を満喫することができました。

マチョ博物館 Matyo Museum

ホッロークーから約100kmブダペストから約130kmのメセーケヴェジュドにあるマチョ刺繍の博物館。博物館の正面にマチョ刺繍を今日のスタイル(多種多様な花柄と豊富な色)に発展普及させたKisjanko Bori女史の胸像が置かれており、2階の展示室には女史がデザインした花々の元絵が展示されていました。

マチョ刺繍講習 Matyo Embroidery Workshop

ハダス地区の民芸館(House of Folk Arts)で1時間ほどマチョ刺繍の個人レッスンを受けました。

ハダス地区 Hadas District

マチョ博物館の近くに、マチョ刺繍を発展普及させたKisjanko Bori女史の家を中心に民芸関連の家が集まっている地区があります。あいにく塗装家具の家などは閉まっていましたがKisjanko Bori女史の家、織物の家、刺繍の家、民芸品店などを見ることができました。博物館とは違って生活の中の刺繍を見ることができ良い勉強になりました。

料理

ルーマニアの料理に関する知識はほとんどなくガイドブックによるとボリュームのある肉料理が中心のようです。家内は旅行中は体調管理のためヘビーな料理を避けていることもありスープとサラダをメインに食べていました。一番興味深かったのは一斤ほどの丸型パンの中身をくり抜いて豆のスープを入れたものでした。サイコロ状に切ったロースハムのような肉も入っていましたが味はそれほど濃くなく美味しくいただきました。サラダは野菜が新鮮でドレッシングもシンプルで結構でした。牛肉のひき肉を俵型にして焼いたハンガリー風ハンバーグステーキといったものもいただきましたがこれも予想外におとなしい味で美味しいものでした。ルーマニアは歴史的に多民族国家でドイツ系やラテン系の食事も一般的で、どの町にも美味しいイタリアレストランがありました。クルージュ・ナポカで食べたオッソブーコは絶品で付け合せのミラノ風リゾットが黄金色で今まで食べた中で一番でした。それからルーマニアワインが素晴らしく白(シャルドネ)と赤(カベルネ)はレストランおすすめのハウスワインで十二分に美味しく陶然となりました。
ハンガリーの料理も伝統的なものはルーマニアと同じようにボリュームのある肉料理が中心のようです。前回ブダペストで食べた生フォアグラのソテーが超絶美味しかったので今回もと思ったのでが、クリマスシーズのためお目当てのレストラン(コムセソワ)がクローズであったため今回はミシュランの星付きの創作ルーマニア料理の店に行きました。非常に洗練されフランス料理のようでプレゼンテーションも美しく大変美味しいものでした。最後の夕食は温泉リゾートホテルで1泊2食のバイキングでした。これが一般的なハンガリー料理なのでしょうが正直あまり美味しくありませんでした。やはりレストランとメニューを選ばないと美味しいものは食べられないということですね。

 

箱根

紅葉の箱根に行ってきました。今回の目的は紅葉を見ることと岡田美術館とポーラ美術館に行くことです。新宿から箱根湯本まで小田急ロマンスカーで1時間半、箱根湯本から強羅までは箱根登山鉄道で40分、更に強羅から公園上までケーブルカーで5分、箱根美術館に着きました。昼食を強羅ではなく公園上駅に隣接したレストランでとりましたが正解でした。明るく眺めの良いレストランで料理も美味しく楽しめました。箱根美術館は熱海のMOA美術館の姉妹館で陶器のコレクションがありますが和風庭園の紅葉で有名です。紅葉の見頃ということで平日にもかかわらず大勢の入館者で一杯でしたが、約130種類の苔と200本のモミジで彩られた「苔庭」は小雨に濡れて大変美しい風情でした。

 

バスで小涌谷まで10分、箱根小涌園の前の岡田美術館に行きました。2013年に会館した新しい美術館ですが日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの美術品が展示されています。全5階、延べ床面積約7,700㎡、展示面積約5,000㎡にも及ぶ大美術館です。唐三彩などの中国陶器や古九谷などの日本の陶器の名品が大変見やすく展示され、絵画では尾形光琳、葛飾北斎、横山大観、上村松園など素晴らしいコレクションです。折よく「若中と蕪村」の特別展が開催されており若冲の鶏を間近に鑑賞できました。美術館正面に「俵屋宗達の風神雷神図屏風をモチーフにした」縦12メートル、横30メートルの大壁画が描かれ、それを足湯に入りながら見るようになっています。残念ながら館内は撮影禁止でしたので(入口のセキュリティでカメラだけではなくスマホまで預けさせられました)HPを御覧ください岡田美術館

大平台の旅館に泊まりました。食事も温泉もよくくつろぐことができました。チェックインした時は暗くなっていて分からなかったのですが翌朝起きてみると快晴、目の前は紅葉の山々の絶景でした。
 

大平台からバスで30分仙石原のポーラ美術館に行きました。ポーラ化粧品のオーナーの収集した約9500点を展示しています。モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピカソなどの西洋絵画ばかりではなく、近代日本絵画のコレクションも素晴らしく、来館者も少ないことからゆっくり鑑賞できました。

白馬と上高地

迷走台風10号が日本上陸する日の朝8時に白馬に向けて大宮を出発しました。幸い風もほとんどなく小雨模様程度でしたので高速道路を順調に進み安曇野で昼食し午後2時に白馬東急ホテルに到着しました。

白馬

初めて利用するホテルでしたが、なかなか良いリゾートホテルで、落ち付いたロビー、設備のよい客室、お洒落なレストラン、そして本格的な露天風呂つき大浴場がありました。8月末とはいえまだ夏のピークシーズンだと思っていましたが完璧にオフで宿泊客も少なく、周囲のホテルやレストランも休業中が多いようでした。ひと風呂浴びて外へ出ると青空となっていましたので、ホテルの周りの和田野の森を1時間ほど散策しました。樅の木ホテルの横の「おおべいし橋」を渡って和田野の森に分け入り、木々につつまれ道を歩いていくとエポックホテルは休業していて閑散としていました。ホテルに隣接してミニトレインパークがありましたが残念ながら営業していませんでした。乗り場には本物の電車が置いてありミニSLのレールが縦横に敷設されておりびっくりです。子供つれには楽しい施設だとおもいました

上高地帝国ホテル

翌日は台風一過の晴天です。一路、上高地に向けて進むと左右の平野にはりんごがたわわになり、稲穂が波打ち、夏がおわり秋の風情です。風穴の里の道の駅でひと休みしたあと釜トンネルを通って赤屋根が青空に映える上高地帝国ホテルに11時半に到着しました。レストランでローストビーフのコース料理をいただきました。前菜は魚のテリーヌ、スープはかぼちゃの冷製、そしてメインのローストビーフはテーブルサイドでカーブしてサービスする本格的なものです。デザートは桃のゼリーそしてコーヒー、流石帝国ホテルです。味もサービスも完璧でした。

上高地散策

シャトルバスで大正池ホテルまで行き、大正池から河童橋まで散策しました。久しぶりに大正池に行きました。台風の翌日だったせいか観光客が以外と少なく静かな風景を楽しめました。焼岳が青空を背景にそびえ湖面には立ち枯れの木が突き出ています。半世紀も前の大学生の時にはじめて訪れた時のことを思い出しました。原生林を通り、木道を歩き、田代池に寄りました。ここは初めてです。浅い池で水が美しく印象的です。梓川沿いに河童橋に至ります。途中に上高地温泉ホテルなどの宿泊施設がありますがみな改築され綺麗になっていました。「昔は木造で山小屋のようなものだったな」などとつぶやいていました。梓川の辺りはすすきの穂がゆれて上高地はもう秋です。河童橋のたもとのカフェでアイスクリームとコーヒーをいただき、おみやげにアップルパイを買いました。河童橋からの穂高連峰は絶景でした。前回来た時は曇っていて山は麓しか見えなかったのですが、橋の上は観光客でいっぱいの銀座状態で最悪でした。今回は快晴で観光客も少なく、本来の上高地を満喫できました。上高地3時15分発・大宮着8時15分、流石につかれました。

オランダとノルウェー

アムステルダム

今回の旅行の最大の目標はノルウェーのハーダンガーフィヨルドのウトネという小さな村の民族博物館にハーダンガー刺繍を見に行くことでした。ハーダンガーフィヨルドはノルウェー第2の都市ベルゲンから行くのですが、ベルゲンへは日本から直行便はなく乗り継ぎも非常に悪いことから経由地のオランダのアムステルダムに2泊することにしました。街の中心のダム広場に面したホテルに泊まりましたが、ダム広場で野外コンサートが開かれていたため大変な人出と音でびっくりしました。到着後まづは運河めぐりの船にのり街を一回りし、その後飾り窓地区を散歩しました。運河沿いの道には大勢の人が行き交い、昔のようないかがわしい雰囲気は全くなくなっていました。夕食はアンティークな内装の伝統的オランダ料理のレストランに行きました。フランスやイタリアの料理のような洗練されたものではありませんが素朴で家庭的な味が楽しめました。翌日は花市場まで歩き花屋さんの前のスターバックスで朝食をとりました。運河沿いに多くの花屋さんが並びオランダらしくて良い観光地です。その後ゴッホ美術館と国立美術館に行きました。ゴッホ美術館は時系列的に作品が展示され、ゴッホの書簡なども展示されていて大変勉強になりました。残念ながら作品の撮影ができないため外観の写真だけです。ゴッホ美術館から5分ほどの国立美術館ではレンブラントとフェルメールを見ました。流石にすばらしくこれを見るだけでもアムステルダムに行く価値がありますね。事前にネットでチケットを購入していたため、どちらの美術館とも全く待たずに入館できました。良いシステムですね。

ベルゲン

ホテルを出て石畳の道をしばらく歩くと港を隔てて世界遺産の木造家屋ブリッゲンが見えてきました。ハンザ同盟で栄えたカラフルな街並みを散策しクラシックなレストランでノルウェー料理を食べました。期待通り魚料理が絶品でした。港に面した魚市場は市場というより屋台食堂街といった感じで、お店の前で料理し裏のテーブルで食事ができるようになっており、観光客でいっぱいでした。ブリッゲンの裏手からケーブルカーで展望台のあるフロイエン山に登りました。ベルゲンの街が眼下に広がり絶景です。函館山の展望台のようです。翌日のバス乗り場を確認するためベルゲン駅まで歩きました。

ハーダンガーフィヨルド

ベルゲンからハーダンガーフィヨルドの港ノールハイムスンまでバスで1時間半、そこから高速船に乗って1時間でウトネにつきました。港の目の前には1722年から営業しているノルウェー最古のウトネホテルがあります。1階はフロント、ロビー、レストラン、2階は客室の小さな家族的なホテルです。昼食を頼んだらロビーのテーブルにリネンをひいて我々だけのダイニングをセットしてくれてびっくり。料理もおいしくて二度びっくりでした。この村には民族博物館があり特にハーダンガー刺繍のコレクションはノルウェー随一です。ハーダンガー刺繍はイタリアの刺繍技術がこの地に伝わり独自の発展をとげたもので、結婚式やおめでたい席の正装として着用されたものですが最近は後継者もいなくなり絶滅寸前の状況です。貧しかった時代に女性が美しい衣装を作るために一所懸命作ったものが、豊かな時代となり手のかかる手仕事をしなくなってしまったもので、世界中で起きている現象です。伝統を守ることは本当に大変なことだと展示を見ながら感じました。また本館の周囲には古民家が保存されており昔の生活を見ることができます。さらに車で30分フィヨルドに沿って行くとアガの村がありここにも民族博物館がありました。ここのハーダンガー刺繍のコレクションはウトネほど豊富ではありませんが全てが一人の女性が制作した家族のものである点が大変興味深いものでした。翌日ウトネから再度高速船にのってハーダンガーフィヨルドの最深部のアイフィヨルドまで2時間のフィヨルドクルーズを楽しみました。両岸には山の中腹まで「さくらんぼ」と「りんご」の畑が続き、各所で滝が流れ落ち、村が現れます。船が立ち寄る港には大抵クラシックなリゾートホテルがあり、水面(海面)は鏡のようで地上の景色が写りこんで絵のような美しさです。

アイフィヨルド

ハーダンガーフィヨルド最深部の村です。車で20分ほど山道を登るとノルウェー屈指の名滝ヴォリングスフォッセンがあります。谷の両側から2つの滝が流れ落ちて谷底で一つになりまるでU字型の滝に見えることで有名です。我々の行った日は残念ながら片方の滝の水量が細くそれほどには見えませんでしたが、それでも正面の滝は二段三段に落ち雄大でした。アイフィヨルドのホテルは港に面して建ち窓からの景色はまさにフィヨルドのホテルそのものです。驚いたことにこんなフィヨルドの奥まったホテルに中国人と韓国人の団体が入っていたのです。日本人は我々だけだというのに。ところがホテルの前にはノルウェーの国旗の他、アメリカ、イギリス、スペイン、ドイツの旗と日本の旗が立っていましたが、中国や韓国の国旗は立っていないのです。

ボス

アイフィヨルドから1時間バスに乗ってベルゲンと首都オスロを結ぶ鉄道とハーダンガーフィヨルドとソグネフィヨルド方面行きのバスの発着点であるボスに着きました。そして駅からタクシーで湖を取りまく山の上にあるボス民族博物館に行ってきました。ハーダンガー刺繍はウトネやアガに比べると少ないながら胸当のコレクションが豊富で綺麗に整理されていました。しかしここの魅力は湖と街を見下ろす絶景です。この景色を見るだけでも立ち寄る価値があります。ミュールダール行きの電車の出発時間まで駅の隣のホテルで昼食をとりました。駅のホームと直結したホテルですが1864創立の素晴らしい歴史的ホテルでした。

フロム鉄道

ボス始発の電車にのりミュールダールまで1時間、いよいよ800メートルの高度差を1時間で下る登山鉄道フロム鉄道です。進行方向左側の眺めが良いのは分かっていましたが自由席のため思うように席が取れず反対側のそれも通路側という最悪の席でした。出発して2駅目で一時停車があり車外にでて間近に滝を見ることができます。飛沫でびしょびしょになりながら乗客はみな大喜びです。滝の上に赤い服を着た女性(魔女)がでて歌を歌います。その後は断崖、滝、山、川などの絶景を見ながらの下りを楽しみました。

フロム

ソグネフィヨルド観光の一大基地です。フロム鉄道、フィヨルド観光船、そして大型クルーズ船が集まり、観光客でいっぱいです。港の正面にはフレトハイムホテルがありロビーではソプラノ歌手による歓迎コンサートがありました。

ソグネフィヨルド

バスでグドヴァンゲンに行きフィヨルド観光船に乗ってフロムの手前のウンドレダールまでフィヨルドクルーズを楽しみました。この間はフィヨルドの幅が狭く左右に渓谷が迫り最もフィヨルドらしさを感じることができます。ノルウェー到着以来天候が不順で、毎日曇りベース、頻繁に小雨、時たま日差しがさすという状況でしたが、この日は快晴となりフィヨルド観光を満喫できました。グドヴァンゲンからは小型の観光船も同時出港し後方を追走、フロム方向からは観光船が次々とスレ違いフィヨルド観光銀座の様相です。緑の渓谷、無数の滝、カラフルで可愛らしい村、かもめ、フィヨルドは想像以上に美しく写真をとりまくりました。終点のフロムの手前のウンドレダールで下船しました。この村は山羊のチーズとスターヴ(木造)教会で有名な小さな村です。一般的な山羊チーズと異なり茶色く少し甘いチーズは独特でチーズというより何かのパテのようです。クラッカーに乗せて食べるとデザートの向いているようです。ここのスターヴ(木造)教会は良く写真でみる茶色でネパールの寺院のような形ではなく白くて一般的な教会のようですが内部が古い形式で外側が近代の形式のようです。フロムと異なり人口80人ほどの小さな可愛らしい村でフィヨルドの村を堪能できました。バスでフロムに戻り午後3時半に高速船でベルゲンに向け出港しました。途中いくつかの村を経由しながら5時間半のクルーズです。グドヴァンゲンからの部分と異なりフィヨルドの幅が広く景色的にはあまりドラマチックではありません。ベルゲンに近づくと美しい住宅が並ぶ内海クルーズとなります。海面ぎりぎりのところには船着場のある家がつづき、カラフルな住宅はどれも大きく、ノルウェーの生活レベルの高さを感じます。いよいよベルゲンに入港です。左側にはブリッゲンが、正面には魚市場が、右側には宿泊ホテルが見えます。午後9時ベルゲン到着しました。ようやくホテルに到着するとオーバーブッキングでリロケーション(ホテル変更)を告げられ近くのホテルに移動、やれやれです。しかし怪我の功名というか新しいホテルの近くに素敵なイタリアレストランを発見し最後の夕食を楽しうことができました。ノルウェーでイタリア料理、これが絶品でした。

まとめ

今回の旅行の大きな目的であるハーダンガー刺繍の見学は当初予定していたウトネの民族博物館だけではなくアガやボスの民族博物館に行くことができ予想以上の成果がありました。詳細は「刺繍・レース」のページに別途掲載していますのでごらんください。

個人旅行でフィヨルド観光をする場合、ベルゲンから日帰りで行く分にはオプショナルツアーのようなノルウェー・イン・ア・ナットシェルという周遊券が便利です。ソグネフィヨルドを例にとると、ベルゲンから鉄道でミュールダールへ、ミュールダールから登山鉄道でフロムへ、フロムからフィヨルド観光船でグドヴァンゲンへ、グドヴァンゲンからスタルハイム経由バスでボスへ、ボスから電車でベルゲンへ、という日程にそったチケットがセットされ料金も割安となっています。しかし今回のように周遊券ではカバーできないような日程となると途端に困難になります。鉄道・バス・船の時刻表がネット上にはあるのですが運輸機関毎にバラバラで探さねばならないのと駅名・バス停名・港名がノルウェー語で地図を参照しながら調べなければいけません。結果的には希望する日程を作ることができましたがかなり時間を要しました。外国人が日本国内の旅行日程を作るとしたらやはり大変だろうなと思いました、拡大する訪日旅行のFIT化に対応するのに時刻表の英文化が必要だと思いますが、どこまで進んでいるのかな?と思いました。

ネットでヨーロッパ個人旅行の日程作成と手配を行う度にネットの進歩を痛感します。エアーは格安航空券サイト、ホテルはホテル予約サイト、鉄道はレイルヨーロッパ、空港・ホテル間トランスファーは各空港のサイトに掲載された運送会社のサイト、美術館の予約は各美術館のサイト、船は船会社のサイト、で日程の大半は埼玉の田舎で予約・発券ができました。旅行会社の存在意義がだんだん少なくなっているなと心配する反面、調べて手配するのに大変な時間がかかる面もあり、一般的な人にとっては旅行会社の作るパッケージ旅行の方が便利なので、今後も旅行会社の存在意義は高いと思います。しかしそれにはより高い企画力と情報発信力が必要だとも思います。

八ヶ岳と諏訪湖

今年の4月4日に新宿駅新南口にオープンしたバスターミナル(バスタ新宿)から高速バスに乗りました。バスタ新宿は今まで新宿駅周辺に分散していた高速バスの乗り場を新宿駅新南口4階に集約したもので、JRからの乗り継ぎも良く広々としたロビーとチェックインカウンターが設備され非常に機能的で便利です。http://shinjuku-busterminal.co.jp/

201506Aバスタ新宿 201506Bバスタ新宿

日曜の下り中央高速道路は空いていて途中談合坂ICで20分の休憩をはさみ2時間半で八ヶ岳山麓の小淵沢のホテルに着きました。ホテルから歩いて10分、八ヶ岳リゾートアウトレットに行きました。小さな子供や犬をつれた若いファミリーで賑わっていました。超高級なブランドはあまりありませんがインポート系ファッションやスポーツアウトドア、生活雑貨、レストラン等64店舗が5500平米の広々とした森の中に展開し、買物しながら自然が楽しめます。http://www.yatsugatake-outlet.com/index2.php

201506F八ヶ岳 201506E八ヶ岳

ホテルからバスで15分ほどの平山郁夫シルクロード美術館に行きました。今回の旅行はこの美術館行くのが主目的でした。まづ特別展の「煌く布-金更紗と金糸織」を見ました。平山夫妻がインドとインドネシアで収集した金更紗(金を施したバティック)と金糸織(金糸を織り込んだ布)のコレクションです。我々夫婦も行ったインドのカッチ地方やインドネシアのジャワ島やバリ島などのもので、予想外で大変感激しました。1階には130回以上も訪れたシルクロードの取材と作品や最晩年の傑作「ルルド」の大作がありました。フランスの聖地「ルルド」で手に手にろうそくを持った大人たちの横向きの行列に子犬をつれた少女が正面を見つめる印象的な絵で、シルクロードの絵とは全く異なる画風に魅入られました。2階には砂漠を行くラクダの隊列の大作がならび圧巻です。同じモチーフを昼と夜の二枚に描き、向い合せて展示するという手法もユニークでダイナミックでした。

201506C平山郁夫美術館 201506D平山郁夫美術館

ルルド2       ラクダの隊列

翌日は上諏訪に行き北澤美術館に行きアールヌーボーのガラス器の傑作を堪能しました。これぞエミール・ガレ、ドーム、ラリック、すばらしい、ため息がでます。特別展ではパートドヴェールという技法によるガラス器を見ることができ勉強になりました。さらに二階の展示室には文化勲章受章作家による日本画のコレクションを楽しみました。特に東山魁夷のヨーロッパを題材に青を基調にした「晩鐘」や緑を基調にした「ハイデルベルグ」の作品が印象的でした。http://kitazawamuseum.kitz.co.jp/index.shtml

2北澤美術館                      北澤美術館

東山魁夷青 東山魁夷緑

タクシーで下諏訪に移動し諏訪大社秋宮の参道にある古民家を改装した蕎麦屋(苔泉亭)で天ぷらそばをいただきました。http://www.tamariya.org/taisentei/
昼食後、諏訪大社の下社の秋宮と春宮のニ社をお参りしました。Susieは若かりしころオルゴールで有名な三協精機(現:日本電産サンキョー)という会社に勤めていたことがあり、本社が諏訪だったことから諏訪には縁がありました。諏訪大社秋宮に行くと入り口の鳥居の前にサンキョーのオルゴールのモニュメントがあり懐かしい思いになりました。まづ出雲大社のような大しめなわがある神楽殿があり、その後ろに参拝する幣拝殿があります。その四隅に巨大な「御柱」が立っていました。7年に一度の天下の大祭と言われる「諏訪大社御柱祭」で16本のもみの大木が、4月氏子による勇壮な「山出し=木落し」の後、5月「里曳き」により社殿の四隅に建てられたものです。秋宮から中山道を1.1キロ歩くと春宮です。平日のせいか参拝者も少なく静かにお参りを済ますことができました。諏訪大社御柱祭の「木落し」でテレビで見て知っていましたが、その御柱が16本あり、四社の社殿の四隅に立てられていることは恥ずかしながら知りませんでしたので大変良い勉強になりました。http://www.onbashira.jp/about/taisha/

最後に諏訪湖の辺りに立つハーモ美術館に行きました。ルソーをはじめカミーユボンボワ、アンドレ・ボーシャン、グランマ・モーゼスなどの素朴派の作品400点を所蔵する個性的な美術館でした。http://www.harmo-museum.jp/
ルソー(果樹園) ルソー(花)

 

函館と下北半島

2016年3月26日に北海道新幹線が開通しましたので函館北斗まで乗ってきました。大宮発10時の便に乗る予定が京浜東北の事故で大遅延となり乗り遅れ、大宮に着いたのが10時35分、10時45分の便が満席で乗れず、次の便は2時間後の12時45分、青森までは1時間に2本ぐらいありますが北海道まではまだ便が少ないのです。大宮駅内で昼食をとりながら時間を潰しました。ようやく乗った新幹線は函館北斗まで3時間半極めて快適で、函館までなら飛行機より新幹線の方が良いですね。函館到着後、夕方から函館山に登り夕暮時から日没そして夜まで展望台で函館の景色を堪能しました。ロープウエーや展望台は観光客でいっぱいです。それも外国人の方が多いくらいで訪日観光客の増大が函館にも影響していました。

翌日は朝から元町地区からベイエリアまで2時間ほど散策、坂道で少し疲れましたが教会や明治時代の西洋建築を見て回りました。洋風木造建築が多く日本の他の都市とは異なるエキゾチックな町並みです。昼から五稜郭に行きました。五稜郭タワーに登ると眼下に日本では珍しい星形の城が見えました。その後隣接した北海道立函館美術館で開館30週年特別展「フランス近代美術をめぐる旅」を見ました。思いがけずルノワール、ミレー、セザンヌ、ピカソ、モディリアーニ、フジタの名画を堪能しました。その後赤レンガ倉庫エリアで昼食を取り、16時半のフェリーで下北半島の大間に行きました。大間は「大間マグロ」で有名な所ですので、もちろん本場のマグロを堪能するのが目的でしたが、期待した程ではなく少しがっかりでした。

三日目、大間からタクシーで佐井へ、佐井から観光船で仏ヶ浦観光に行きました。仏ヶ浦は下北半島の秘境で陸路だと駐車場から高低差100m以上の崖を下り20分・上り30分かかるそうですが、船だと佐井から30分の船旅で高低差0ですから便利です。海は海底のウニが見える程澄み、白く巨大な奇岩が連なり絶景です。佐井に戻ってからウニむき体験をしました。生きていて触手が動き、歩きだすほど新鮮なウニが一人5個、先生の指導で2つに割って中の身を取り出します。結構むずかしく、ウニが高いのも無理がないと納得しました。むいたウニはそのままだと1日で溶けてしまうそうで一般に流通しているウニはミョウバンで処理しているそうです。だから新鮮なウニはむきたてでないと食べられないわけです。自分でむいたウニを2階の食堂で刺し身定食を注文し、ご飯の上に乗せてウニ丼にして食べました。絶品でした。昼食後、高速艇で青森まで2時間半、途中でもう一度仏ヶ浦を今度は海上から眺め、イルカと遭遇したり楽しい船旅でした。青森港の船着場は昔の青函連絡船八甲田丸の隣、歩いて10分ほどで青森駅につきました。新青森から新幹線で大宮へ2時間半、楽しい旅行でした。

弘前・津軽こぎん刺し

「津軽こぎん刺し」を見に行きました。「津軽こぎん刺し」は江戸時代に木綿の着用を許されなかった農民が麻布を重ねて麻糸で刺した着物を普段着としていたもので、雪国津軽の冬は麻布だけでは寒さを防ぐことはできず、糸で布目をびっしり刺すことで保温効果も高めていたものです。明治に入ると木綿の着用が解禁になり、木綿糸が手に入りやすくなり、藍色の麻布に白い木綿糸で刺されるようになっていきました。農家の女達の美意識と工夫で多くの模様が生み出され、他の刺し手と美しさを競い合うようになり、娘達は幼少から刺す練習をし、晴れ着用として嫁入り支度に欠かせないものとなりました。しかし明治24年に上野~青森間の鉄道が開通し、明治27年に青森~弘前間に鉄道が延び、豊富な物資が流通し始めると麻より暖かく丈夫な木綿の着物が手に入るようになると、手間のかかるこぎん刺し着物は急速に廃れていきました。昭和に入ると、柳宗悦[やなぎむねよし](1889~1961)らによる民藝運動によって、再び注目を浴びることとなります。宗悦は津軽こぎん刺しの模様に注目し民家や古道具屋で古作こぎん着物を収集し、「名もない津軽の女達よ、よくこれほどのものを遺してくれた」(昭和7年「工芸」より)と絶賛しています。

弘前でも「津軽こぎん刺し」はおみやげ屋さんに小物が売られている程度で古作や新作をまとめて見られる施設は極めて少ないのが現実です。ネットで調べて見ただけでは十分な情報がなく弘前駅内の観光案内所で相談し3箇所ほど行ってきました。中でも「弘前こぎん研究所」では刺繍の方法を実演していただいた上で、古作のコレクションも見せていただくなど大変お世話になりました。http://www.kaneiri.co.jp/shop/people/kogin-miura.html

津軽近郊の大鰐温泉にある星野リゾート界に津軽こぎん刺しをモチーフにした特別室「津軽こぎんの間」ができたというテレビ報道に興味を惹かれ弘前に行ってきました。お部屋は離れで津軽こぎん刺しを柄にした障子や内装で綺麗な部屋でしたが「津軽こぎん刺し」そのものはあまりなく想像とは少し異なっていました。

イタリア・ウンブリア州

ウンブリア州はローマとフィレンツェの間にある州で、サッカーで知られるペルージャや聖フランチェスコの町として知られるアッシジがある州です。観光的にはあまり日本では有名でありませんが、中世の街並みが残る緑豊かな地方です。この地にはアッシジ刺繍をはじめ多様な刺繍やレースが今尚残っているとのことで、スポレート在住の粉川さんの案内でトレビのサンタルチア教会、アッシジのラフェエッラ先生、ペルージャのウンブリア州物産館、伝統機織博物館、ソルベッロ博物館、マジョーレ島のレース博物館、パニカーレの刺繍博物館、を訪ね伝統ある手仕事に携わるご婦人の皆様と支援される皆様にお会いしてきました。

アッシジ刺繍(アッシジ)

アッシジ刺繍のラフェエラ先生(Raffaella Bartolucci Cesaretti)にお会いし作品を拝見しお話を伺いました。先生はソルベッロ刺繍の権威であるポルポラ先生(Genevieve Porpora)と共にスポレート刺繍協会(UNITI DA UN’FILO)の理事をされており、アッシジ刺繍のオリジナルデザイン集や、アッシジ刺繍の歴史、デザインのヒント、貴重なアンティーク作品を収めた本(IL PUNTO ASSSISI)を著作されています。

布はテラアッシジ麻100%、糸はDMC20番を使っているそうです。デザインは中世のファサードの動植物の模様、デルータ陶器に使われる模様、ルネッサンスの画家ラファエロの絵画やグロテスク模様、聖書のモチーフをヒントにおこしているとのこと。

トレヴィサンタルチア教会の金糸刺繍(トレヴィ)

アッシジ近郊のトレヴィはオリーブの樹々の中、円錐形の高い位置に構成された人口約1000人の小さな町。遠くから見ると町全体がピンク色でとても印象的です。それは町の背後にあるスパシオ山から切り出された石材のおかげでバラ色の町並みなのです。高い位置に町が築かれた理由は外敵や疫病から町を守る為だったそうです。

ウンブリア州物産館(ペルージャ)

ペルージャにあるウンブリア州物産館に展示されている刺繍やレースをソルベッロ刺繍のポルポラ先生のご紹介で特別に手にとって見ることができました。

伝統機織GIUDITTA BROZZETTI(ペルージャ)

手動の織り機で昔ながらの織物を制作している工房を見学しました。
建物はSan Francesco教会を買い取ったもので、ひいおばあさんから代々受け継がれ現在も作品の制作が続いています。工房の雰囲気も際立ってそれ自体が芸術品を見ているようです。案内してくださった女主人のMartaさんはまるでモデルさんのような美しい人でした。

ソルベッロ博物館

ペルージャ大聖堂の裏手にある博物館で学芸員の方の説明を受けながらソルベッロ刺繍のコレクションを拝見しました。素晴らしい刺繍のコレクションです。展示点数も半端ではありません。コレクションした方の情熱、伝えたい願いが伝わってきます。ソルベッロ刺繍はその制作を敢えて分業化し技法を門外不出としました。このため一貫した制作技法を知る人は現在ポルポラ先生をはじめ数人しかいないそうです。

見学を終えた後バルコニーにはクロスのかかったテーブルに飲み物とアペリティーボ(おつまみ)が用意されていてホッと一息。夏の遅い夕暮れを迎えたペルージャの景色もタップリと楽しみました。

マジョーレ島レース博物館

ペルージャから1時間ほどフィレンツェ方向に行ったところにあるトラジメーノ湖の中のマジョーレ島にあるレース博物館を訪問しました。博物館の前の通りではレースを編む女性がお二人いました。お一人はアンナ・ディサンティスさん(90歳をこえています)は7歳の時からお母さんから口頭で編み方を教わりました。なんとマジョーレ島レースの創始者の直系でソフィア・ローレンやモナコ王妃のドレスを制作した家柄だそうです。

 パニカーレ刺繍博物館

パニカーレ刺繍協会の皆さんの歓迎を受けチュール刺繍のコレクションを拝見しお話を伺いました。

ピッティ衣装博物館(フィレンツェ)

アルノ川の対岸にある広大なピッティ宮殿の中の衣装博物館を見学しました美しく上品なドレスが時代順に展示されています。一点一点・刺繍・スパンコール・ビーズ刺繍・レース・コード刺繍など、たくさんの種類の刺繍がそれぞれの時代の最先端ファッションとして見事に施されています。

後記

児童文学の山下明生先生ご夫妻からアッシジのお話しを伺い、以前より一度行ってみたいと思っておりました所、ヴォーグ学園の刺繍クラスで枝村先生よりアッシジ刺繍を学び、是非アッシジを訪ねて実際にアッシジ刺繍の製作に携わっている方々にお会いし、お話しを伺いたいと思い立ちました。ウエッブを検索した所イタリア在住の粉川さんのウンブリア刺繍のホームページを発見し、アッシジ刺繍以外にも多様な刺繍があることを知りました。そこで早速、粉川さんと連絡をとりコーディネート(日程の提案・手配・案内・通訳)をお願いしました。粉川さんの綿密なアレンジにより各地で素晴らしい方々にお会いし、的確な通訳により得難いお話しを伺うことができ、お陰さまで期待を大きく超えた実り豊かな旅行となりました。

見ず知らずの1人の日本人のために、わざわざお時間を割いていただき、親身に対応していただいたウンブリア州の皆さんに心から感謝すると共に、素晴らしいコーディネートをしていただいた粉川さん、勝手な私の希望を聞き入れ最大限実現するため旅行の手配をしカメラマンも担当してくれた夫、そしてペットホテルの狭いケージで10日間頑張った愛猫チリに感謝・感謝です。

後記2(2016年 7月8日)
ウンブリア州を訪ねたのは2015年の7月でした。それから10カ月後 ヴォーグ社発行のステッチイデー vol.23の世界刺しゅう図鑑の60ページから63ページに「優美なイタリアの刺繍プント・ウンブロ」のタイトルで詳しい記事が掲載されました。(文 粉川 妙)

今年は7月21日のヴォーグ学園のクラスの後ノルウェーのハーダンガーへ向かいます。色々事前に情報を収集していますがご当地のひと達による手仕事の伝統の継承は難しい事に直面しているようです。