「キルト」カテゴリーアーカイブ

東京国際キルトフェスティバル

東京ドームで開催されている第19回東京国際キルトフェスティバルに行ってきました。


東京ドームの広大なアリーナを展示ブースとマーケットブースが埋め、観客で一杯となって大盛況です。

会場に入るとの特別企画の「キルトが奏でるミュージック」をテーマにした楽しい人形やキルトが出迎えてくれました。


くるみ割り人形

ブレーメンの音楽隊

三浦百恵さんのキルトも展示されていました

キャッシー中島の息子さん勝野洋輔のトークショーも大人気です

有名な先生がたのキルト作品は流石に見応えがありました

宮内恵子先生(バラの大きなブーケ)


最上美和子先生(東京2020キックオフ!)

コンテスト部門「日本キルト大賞」には応募総数1122点の中から選ばれた入選・入賞作品約300点が展示されていました。


入賞作品展示エリア

日本キルト大賞(慈雨の調べ)
和布のキルトで素晴らしいものでした。

入賞作品は流石に素晴らしいものでしたが、入選作品も負けず劣らず素晴らしく作者の皆さんの並々ならない努力のあとが見て取れる力作ぞろいでした。

入選作品展示エリア

おかげさまで私の作品も入選し展示していただきました。

キルトマーケットにハワイアンキルトのメアリーシーザーさんのお店があり久しぶりに再会しました

メキシコとパナマ

今回の旅行の主目的はメキシコの刺繍と織物を見にオアハカへ、パナマのモラを見にサンブラス諸島へ行くことです。オアハカはメキシコ南部の都市で、先住民率40%以上、今でも多種多様な文化や伝統が残っている「メキシコで最もメキシコらしい場所」といわれているところです。手芸が盛んで郊外の村では伝統的な手法で刺繍や織物が行われています。モラはカリブ海のサンブラス諸島に住むクナ族による幾枚も重ねた布を切り抜いて作る独特なアップリケです。サンブラス諸島はクナ族が高度の自治権を持ち、クナ族以外には事業活動ができないため、外部の資本によるリゾート開発が行われず自然がそのまま残っています。

成田からメキシコ航空でメキシコシティへ直行便で12時間半/時差15時間のフライトです。午後1時に到着しました。

空港から旧市街の中心ソカロ広場に近いホテルまでタクシーで30分ほどでした。まずはソカロ広場周辺を散策、広場では大規模なイベントが開かれ物産展やステージで演奏が行われていました。テントの中では民芸品やタコスなどのファーストフードが売られていました。ステージではラテン音楽のコンサートが行われ観客が音楽に合わせて踊っていました。

夜はソカロ広場を見下ろすレストランでメキシコ料理を楽しみました。

翌日、真っ先に国立人類学博物館に行きました。2階建で1階は考古学、2階は民俗学の展示です。マヤやアステカの展示はロンドンの大英博物館やニューヨークのメトロポリタン博物館に匹敵する素晴らしさでした。

マヤ展示室
アステカ展示室

民俗学の展示も素晴らしく、メキシコ各地の民族衣装や民芸品のコレクションは質量ともに圧倒的で、メキシコの豊かな民族性を学ぶことができました。

予約制ですが大変な人気で列ができていました

午後はメキシコ現代絵画を代表する女流画家フリーダ・カーロの博物館に行きました。民族芸術の第一人者としても有名で服飾デザイナーでもありました。

フリーダ・カーロのデザインしたドレス。左のドレスは身体障害があるフリーダ・カーロ用の皮製拘束衣がついた特異なものです

メキシコシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(6分27秒)

夕方のフライトでオアハカに行きました。19時頃にホテルに到着です。

ホテルは中庭のあるメキシコの邸宅を改装したものでした
入場料は無料でした

翌日、朝一番で織物博物館に行きました。小さな博物館です。まず最初にインディゴ(藍染)のお祭り用衣装に驚き、次に民族衣装のウイピル(貫頭衣)のコレクションに魅了されました。

オアハカ州の太平洋岸の村で行われるお祭りの衣装だそうです
ウイピル(貫頭衣)はグアテマラでも見ましたが、メキシコのものはより洗練されていました

オアハカの旧市街はサントドミンゴ教会とソカロ広場の間に広がるメキシコらしいカラフルな街でした。ソカロ広場の先にはメルカド(市場)があり食品や民芸品で溢れていました。

サントドミンゴ教会、中は黄金の輝きでした
カラフルな町並み、夜は露店がでます
ソカロ広場
メルカド(市場)

オアハカの郊外には手芸の村が沢山あり、それぞれの村には一村一品の手芸品があります。一日車をチャーターし、これらの村々の中から、午前は刺繍の村、午後は手織りの村に行きました。

サン・アントニーノ・カスティージョ・ベラスコ村
花柄刺繍の村です。刺繍作家として有名なグアダルーペさんの工房に行き、制作過程と作品を見せていただき、2点ほど作品を譲っていただきました。

全て手刺繍の家族工房です
細かい刺繍がびっしり刺されています
譲っていただいたブラウスと一緒に記念撮影です

テオティトラン・デル・バジェ村
手織りのラグ(タペテ)の村です。糸の染色から機織りまでの工程を一貫して家族で行っています。特に赤い色はサボテンに寄生するカイガラムシを潰してできるコチニールという色素を使用しています。

カイガラムシをすり潰すと真っ赤な染料(コチニール)が取れます
コチニールを溶かしたお湯に糸を浸けて染めます
300年以上使用している織機、あちこち補修して使用ていました
13代目のご当主に色々な作品を見せていただきました

オアハカの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(7分17秒)

メキシコシティ近くを飛んでいます

翌早朝、オアハカからメキシコシティ乗り継ぎでパナマシティに行きました。

以前パナマは治安が悪くカスコ・ビエホ(旧市街)は危険と言われていましたが、現在は世界遺産に指定され治安も良くなり散策やショッピングを楽しむことができます。海岸沿いの散歩道には露店が並びモラ(クナ族伝統のアップリケ)を売っていました。

大聖堂
手芸通り
たくさんモラが売られていました。一枚20ドルから50ドルほどでした

丁度カーニバルの時期だったので夜はパレードを見に行きました。

フロート5台+ダンサーのパレードといった構成です。パレードの沿道には食べ物の露店が並んでいました。

翌日は今回の旅行の最大の目的であるサンブラス諸島にモラを見に行きました。朝6時にホテルを出発してカリブ海の港まで2時間半、前半の道は平坦でしたが、後半は山道となり上下左右に今まで経験したことがない程のワインディングロードでした。クナ族の住むエリアは自治権が与えられ入域にはパスポートと入域税がかかります。域内のビジネスはクナ族に限られており外の資本が入れず、どこのリゾート地にでもあるような高級ホテルなどの施設はまったありません。観光客が行ける島は限定されており、クナ族の人々が住む51の島(コミュニティの島)とは厳密に分けられています。

クナ族エリアへの入域手続き待ちの車列
モーターボートでサンブラス諸島の島へ

最初に案内された島は観光客用で我々が希望するクナ族が生活しモラを作っている島ではありませんでした。

観光用の島、ビーチアクティビティが目的で、ロッジ、トイレ、レスラン、売店などがあるがクナ族は住んでいない

そこでガイドに改めて当方の希望を強く述べ特別にコミュニティの島に行くことができました。到着したコミュニティの島は観光用の島とは全く違い、サトウキビの茎を柱にヤシの葉でふかれた屋根の素朴な家が密集して並び、年配の女性は民族衣装を着て足元は裸足でした。モラを作っているお宅に案内していただいて作品を拝見し制作日数8ヶ月の前後に精緻なモラを施したブラウスを譲っていただきました。

コミュニティーの島の一つIsla Carti(カルティ島)に到着しました
外壁はサトウキビの茎を立てただけ、屋根は茅葺かトタン葺、電気はソーラ発電、水はどうしているのか?
クナ族の女性の典型的な服装、モラはブラウスの前と後ろに使用します。
訪問したお宅でモラを拝見していたところ近所の女性や子供が集まってきました
譲っていいただいたモラのブラウスです。制作に8か月かかったそうで、非常に丁寧に作られていました。

パナマシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(9分05秒)

今回の最大の目的であるパナマのサンブラス諸島に行って、実際にクナ族の女性に会ってモラの制作プロセスを見せていただき、モラの名品を拝見し、できれば譲っていいただく、という目的をなんとか果たすことができました。
日程企画の段階でモラについて調べましたが資料が極めて少なく、サンブラス諸島のどの島に行ったら良いかまったくわかりませんでした。現地の旅行会社に問い合わせましたが具体的な回答は得られませんでした。サンブラス諸島へはパナマシティから日帰りのツアーがありますがビーチアクティビティが目的のもので我々の目的とは異なります。兎に角現地に行って交渉しようということで日本を出発しました。
現地にいってはじめて観光用の島とコミュニティの島があることが分かり、交渉の末なんとか目的を果たせたのは幸運でした。
メキシコはオアハカが主たる目的でメキシコシティはあまり期待していなかったのですが、国立人類学博物館の展示に感動しメキシコシティに来てよかったと改めて思いました。オアハカは現地の旅行会社の方が大変優秀でこちらの希望を完璧に実現してくれました。やはり今回のような旅行は事前に現地旅行社を利用してしっかり手配しておく必要があることを再認識しました。

追記:フォトアルバムも作成しましたので静止画にご興味があればご覧ください

メキシコ・パナマ(2019) Mexico & Panama

南フランス

今回の目的は南フランスの伝統キルト「ブティ」とリヨンの絹織物産業を勉強することと、今まであまり行ったことがない南仏をじっくり見て回り、各地の名物料理を食べることでした。

「ブティ」は南フランスのプロヴァンス地方発祥のキルティング技術で「白い布の彫刻」とも呼ばれており、ローマ遺跡で有名なニームから西に18キロほど離れたカルビゾンの「ブティの館 La Maison du BOUTIS」という博物館と、ニームから東に28キロほど離れたタラスコンの「ソレイアード博物館 Musee Souleiado」で「ブティ」を見ることができることが分かりました。そしてリヨンには「リヨン織物装飾芸術博物館」と「カニュの館」があることが分かりました。

日程は、ニースから入ってリヨンから帰国することとし、今回も乗継の良いトルコ航空を利用しました。宿泊はニース1泊、マルセイユ1泊、カルカソンヌ1泊、ニーム1泊、アヴィニョン2泊、リヨン1泊の7泊、観光に便利なロケーション(カルカソンヌは城内)の4星クラスのホテルとしました。移動はフランス国鉄(SNCF)をネットで予約しチケットはE-Ticketでした。ニースとアヴィニョンでは日本語ガイドつきの車をチャーターし、リヨンでは徒歩観光のため日本人ガイドを手配しました。

ニース

午前10:40ニース着、空港からニース市内を通過し海岸沿いにモナコに向かいました。途中ヴィルフランシュ・シュル・メールでフォトストップ、絶景です。

モナコはテニスのモンテカルロ大会の真最中、と同時に自動車レースのモンテカルロラリーの準備(工事)で大渋滞でした。下車せず車窓からの観光です。小さくても豊かで平和な国、一つの理想形、でもお金持ちしか住めないようです。
モナコからニース方向に10キロほど戻り標高427メートルの高台の村エズ(鷲の巣村と呼ばれています)に向かいます。



駐車場から坂道を登っていくと、くねくねとした小道にお店やレストランが続くお洒落な村です。頂上に植物園があり、眼下に青い海(コート・ダジュール)が広がっていました。

ニースに着いてシャガール美術館に行きました。日差しの気持ちの良い野外レストランでニース風サラダをいただきました。



コレクションの中心は旧約聖書を題材とする17点の作品で、見慣れたロマンチックなシャガールの作風とは一線を画した宗教色が強い作品でしたが、シャガールの本質を理解す上で大変勉強になりました。

モーセと燃える柴
馬に乗る花嫁(ソロモンの雅歌)

その後城址公園からニースの海岸風景を展望しました。よくテレビで見た風景です。

夜はニースの最高級ホテルのネグレスコでシェフをしていた方が開いたニース地方料理の店に行きました。電話予約を取らない小さなレストランでしたが、なんとか入ることができました。素朴でやさしい味です。プリンを一つとり二人で分けていたら、さり気なくケーキをサービスしてくれました。お味もサービスも今回の旅行で一番のレストランでした。



翌朝、旧市街サレヤ広場の朝市を散策しました。美しい花や新鮮な野菜を売る店や土産店などを見て、カフェで一休みしてから、TGVでマルセイユに移動しました。

マルセイユ

車窓から地中海を見ながらの2時間40分の快適な鉄道の旅です。車内ではWiFiが無料で使え、アプリで現在どこを何キロで走っているかがリアルタイムで分かり便利でした。



マルセイユ到着後、旧港からプチトレイン(4~5両連結式の市内観光バス)でノートルダム教会へ行きました。狭い市内をくねくね曲がりながら走り市内観光に最高です。ノートルダム教会は山の上にあるので、下から(旧港、海から)いつも見え、教会からはマルセイユが360度見えました。内部は美しいモザイク画で飾られ、天井から船の模型が沢山下がっていました。海に生きる人々が航海の安全を祈って寄進したもので信仰の深さと切実な祈りを感じました。



夜は車で10分程の漁港でブイヤベースを食べました。魚のスープは濃過ぎ、魚は煮過ぎで、今一つでしたが、外では多くの人がワインを片手に集まっており、一緒に美しいサンセットを見ることができ良い思い出になりました。

う〜ん・・イマイチ
夕日が最高でした。まわりはワインを片手の若い人でいっぱい

朝、旧港の岸壁で開かれるフィッシュマーケットに行ってきました。小さな舟から降ろされたとれたての魚はまだピチピチ跳ねていました。


カルカソンヌ

マルセイユから鉄道で3時間20分カルカソンヌに着きました。駅の前は世界遺産のミディ運河をめぐる船の船着場です。

世界遺産ミディ運河

タクシーでカルカソンヌ城内のホテルに向かうと城壁の外で降ろされました(中には入れないのです)しかしそこには予約していたホテルの軽自動車が迎えに来ていました。なるほどこういうシステムなのかと感心しました。カルカソンヌは「カルカソンヌを見ずして死ぬな」と称えられるヨーロッパ最大の城塞都市でまさしく中世にタイムトリップした気分が味わえる街です。

ナルボンヌ門

二重の城壁に囲まれた城塞都市の中には土産店やレストランが並び一大観光地です。日中は日帰りの観光客で溢れていますが、城内には小さなホテルが3軒しかないため朝晩は人影もなく静かです。

コンタル城に入城して城壁を廻り城塞都市の全景をみることができました。これだけ保存状態の良い見ごたえのあるお城はあまりないと思います。

城の外壁に黄色いスタライプの塗装が?一体なに?
オード門を出て、ある一点から見ると城に同心円が描かれていました。なんとアートでした!

夜はカルカソンヌの名物料理カスレ(白インゲン豆、カモまたはガチョウのコンフィ、ソーセージなどを土鍋で煮込んだもの)を食べました。お豆が良く煮えて味がしみ大変美味しくいただきました。

翌日、タクシーで旧橋と新橋を経由して下町のバスティード・サン・ルイを少しまわってからバスでモンペリエに向かいました。

新橋から見た旧橋とカルカソンヌ

実は当初、鉄道でニームに移動する予定だったのですが、フランス国鉄のストのため、急遽バスに変更したのです。しかしニーム行は時間が合わず、100キロ手前のモンペリエ行きを予約し、チャーターしていた車をモンペリエに迎いに来てもらい、なんとか日程を守ることができました。

カルヴィゾン

モンペリエからカルビゾンのブティの家(Maison du Boutis)に向かいました。この博物館はブティ協会が運営するもので18世紀と19世紀そして最近の作品が展示されています。ブティは南フランス発祥のキルティングで二枚の布にまず柄を縫って、その柄の中に後から綿を入れるという気の遠くなるような手作業の美しい作品です。近代化と共に一端廃れかけたものを協会を中心に復興され、現在ではフランス各地でグループができ活発に活動されているそうです。協会の会員の方に素晴らしい作品の数々を丁寧にご案内いただきました。最後に会長にお会いすることができ特別に館内の写真撮影の許可をいただけました。

ブティ協会会長と記念撮影

ニーム

ニーム到着後、まず街はずれの丘の上に建つマーニュの塔に行きました。ローマ時代の見張り台でかなり崩れていますが内部のらせん階段を登って展望台に上がり、ニームの全景を見ることができました。

ニームはフランス最古のローマ遺跡の街として有名ですが、円形劇場や古代神殿(メゾン・カレ)といったローマ遺跡と現代の建物が融合した清潔で整った街でした。

円形劇場
古代劇場(メゾン・カレ)

リュベロン地域のフランスの最も美しい村をめぐる

ニームを発ちリュベロン地域のルションに向かいました。ルションはアヴィニョンから東に50キロほどのオークという黄色い顔料の原料となる岩石がとれる建物がピンク色をした村です。フランスの田舎の小さな村の歴史遺産の価値の向上や保護を目的とし、「人口が2000人以下」、「都市化されていない地域」や「歴史的建造物、自然遺産を含む保護地区を最低2箇所以上保有」など、厳しい条件をクリアした「フランスの最も美しい村(現在157)」の一つに認定されています。

ルションの全景
ルションの村

次にルションから10キロほど離れた同じく「フランスの最も美しい村」、岩山に張り付いたようなはちみつ色の村ゴルドに向かいました。天空の城ラピュタのモデルになった村だそうです。なおフランスの最も美しい村協会の会長はこの村の村長さんだそうです。

ゴルドの全景
はちみつ色のゴルド城

アヴィニョン

ゴルドからアヴィニョンに着きました。まずローヌ川の中州に渡ってアヴィニョン橋(サンベネゼ橋)と教皇宮殿の両方見える撮影スポットに行きました。1177年から1185年にかけて建設された石造アーチ橋で、建設当時は長さ920m、22のアーチがありましたが、現在は倒壊し4つのアーチが残っているのみです。

アヴィニョン教皇宮殿は1334年から1352年にかけてローマ教皇の住居として建設された、ヨーロッパ最大級のゴシック宮殿です。フランス革命時に襲撃を受け一部のフレスコ画を除き内装は破壊されましたが、入口で貸し出されるタブレットのVR(仮想現実)機能で往時の華やかな内装を見ることができるようになっています。

VR(仮想現実)による宮殿内観光

プロヴァンス一日観光

車をチャーターしプロヴァンスの一日観光に行きました。

まずアヴィニョンから南に30キロほどのレ・ボー・デ・プロヴァンスに行きました。プロバンス語で岩だらけの屋根という意味の石灰岩で形成された城塞の村です。40年近く前、この村のボー・マニエールというミシュラン三つ星レストラン(現在は二つ星)に行く企画をして転勤のため行けなかった思い出があります。今回やった来ることができました(レストランには行けませんでしたが)

次にアルルに行きました。アルルは古代ローマ時代から中世にかけての歴史の息吹が強く感じられる街です。ローマ時代には首府が置かれ、今なお闘牛が行われる円形闘技場や劇場があります。また印象派のゴッホが滞在した15ヶ月間で約200点もの作品を残している街でもあります。昼食をとったあと円形闘技場と劇場をまわりましたが、ゴッホゆかりの「夜のカフェテラス」などの場所には行く時間がありませんでした(街はずれの「跳ね橋」には行くことができました)やはり一泊する必要があったと反省しています。

円形闘技場
ゴッホの跳ね橋

次にプロヴァンスプリントのレゾリヴァード社に行きました。200年の歴史を誇る老舗で、今では珍しくなった自社工場でプリントを行っています。オーナー自ら工場を案内していただきました。会社の歴史やプリント工程の詳細を熱心に説明していただき、自社の製品に対する愛情と熱意を強く感じました。またスクリーンプリントやロータリープリントなどの最新技術を見ることができ大変勉強になりました。

オート・スクリーン・プリンター
ロータリープリンター用シリンダー
オーナーとご子息

次にタラスコンのソレイアード博物館に行きました。プロヴァンスプリントの大手メーカーであるソレイアード社の運営する博物館です。ブティのコレクションは少なく、プロヴァンスの伝統衣装や最近のファッションの推移が展示の中心でした。展示を各自見るスタイルで特別に案内はありませんでした。ソレイアード社のショップが併設されており博物館よりショップが目的で来る方のほうが多いようです。

最後にポン・デュ・ガールに行きました。紀元50年頃ユゼスの水源からニームへの導水路として建設された高さ49mの世界一高い古代の水道橋です。1985年にユネスコ世界遺産に登録され、フランスの偉大な景勝地にも指定されています。スペインのセゴビアの水道橋(高さ28.5m)より大きく保存状態が良い美しい橋でした。

リヨン

アヴィニョンTGV駅(市の中心から少し離れている)からリヨンへTGVで1時間でした。「美食の都」「絹の街」と呼ばれるパリに次ぐフランス第2の都市です。 ローヌ川とソーヌ川の2本の川が街を横切り、背後にローマの遺跡を残すフルヴィエールの丘がそびえ、旧市街と呼ばれる古い町並みはユネスコ世界遺産に登録されています。
ホテルにチェックイン後、先ずリヨン織物装飾芸術博物館に行きました。リヨン織物装飾芸術博物館はリヨンのみならず世界の織物芸術作品と産業の歴史をあますことなく伝える博物館で、織物芸術の分野でヨーロッパ最大級の規模を誇ってます。残念ながら写真撮影が禁止されているためコレクションをご覧いただけませんが一見の価値があります。

その後カニュの館に行きました。カニュとは機織り職人のことを指し、このエリアには織物工房が軒を連ね一日中機織りの音が響いていたそうです。使用されていた織り機は当時発明されたジャガード式半自動織機でカニュの館では機織りの実演してくれました。このジャガード式半自動織機が先日行ったベトナムでは現役で使用されていたのを思い出し感激しました。

その後、市庁舎やバルトルディの噴水があるテロー広場にある伝統染色工房に行きました。インドから伝わった木版プリント(2011年に行ったインドのグジャラート州では今でもこの方式が使用されていました)の技法を改良し金属製の柄を打ち込んだ木版を使用したプリントを実演してくれました。またスクリーンプリントなどの伝統的な染色も行っており、美しい布製品を販売していました。

バルトルディの噴水と市庁舎
ウッドプリントの刷版、柄は木彫りではなく金属製でした

夕食は旧市街のブション(リヨン料理のレストラン)に行き、リヨンの伝統料理である川カマスのクネル(魚のすりみ)とアンドゥイエット(内蔵肉のソーセージの煮込み)を食べました。かなり癖があり残してしまいましたがリヨン庶民の味を楽しむことができました。

リヨンはパリによく似ています。街の中心には近代的な高層ビルはなく、高さとスタイルが統一された石造りの整然とした町並みが続き、セーヌ川に似たローヌ川とソーヌ川が流れています。しかもパリよりコンパクトで主要な見どころには歩いていけて便利です。朝、ソーヌ川沿いのマルシェ(朝市)に行きお土産にオリーブとチーズを買い、正面には裁判所とフルヴィェールの丘の上のノートルダム寺院を見ながらソーヌ川にかかるパレ・デ・ジャスティスの遊歩道を渡って世界遺産の旧市街に行きました。

正面は裁判所、その上の丘の上にノートルダム寺院とエッフェル塔に似た展望台が見えます

リヨン・サン・ジャン大聖堂に入ってから、ケーブルカーで古代ローマ劇場へいきました。

サン・ジャン大聖堂
今でも現役で使用されています

それから歩いてノートルダム寺院(ノートルダム ド フルヴィエール バジリカ聖堂)に行きました。9世紀末に、建築家ピエール・ボッサンによって設計され、費用は献金によって賄われました。聖母アリアに捧げられた建物で、大聖堂の最上部に聖母像をいただいています。壮大な聖堂の中は黄金色の装飾がまばゆいばかりに輝き豪華絢爛です。夜はライトアップされ印象的でした。見晴らし台からリヨンの街並みを展望しました。

 夕方、リヨン・サン=テグジュペリ空港を発ち、イスタンブール乗継で無事成田に帰国しました。

さいごに

今回も多くの方々のご協力で大変有意義な旅行となりました。事前に得られたブティやプロヴァンスプリントについて情報は極めて少なく現地に行って初めてその実態にふれることができました。しかしフランス語が出来ないため通訳なしには表面的なことしか分からなかったでしょう。幸いアヴィニョン在住の串川さんとリヨン在住の藤原さんという極めて優秀なガイドさんによる通訳のおかげで良く理解することができました。またブティの家ではブティ協会の皆さんのご協力でブティの歴史や背景など得難い知識を得ることができました。心より感謝したいと思います。

観光的には好天に恵まれ南仏の風景や食を堪能することができました。旅行中にフランス国鉄(SNCF)のストによりカルカソンヌ〜ニーム〜アヴィニョンという2区間がキャンセルとなるというアクシデントが発生し、一時はどうしたものかと困惑しましたが、なんとかバスへの変更で対応でき事なきを得ました。終わってしまえば良い思い出となりました。

当初、昨年につづき友人夫妻と4人で旅行する予定でしたが、ご主人がご病気となったため急遽キャンセルとなり、私達夫婦だけで行くことになり大変残念でした。次回は是非またご一緒したいと思っています。