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モロッコ

モロッコに行ってきました。久しぶりの一人旅です。カタール航空でドーハ乗継でカサブランカに入り、首都ラバト、白い街のテトゥアン、青い街のシャウエン、世界一の迷宮都市フェズ、大西洋に面したエッサウィラ、そしてマラケシュを周りました。

いつも成田発を利用していたため羽田空港国際線ターミナルが立派になっていてびっくりです!!モノレールと京急の駅が直結していて便利ですね。

カタール航空は初めての利用です。機材は最新で綺麗、機内食やサービスも良く、航空会社としては大変良いのですが、ヨーロッパに行くには所要時間が長い(カサブランカまで行き22時間、帰り19時間)のが難点です。今回はカサブランカ(モロッコ)行きで他に選択肢がなく利用しましたが一般的なヨーロッパ諸都市であれば利用がためらわれます。

カサブランカ空港に着き(2階)エスカレーターで1階に降りると鉄道の駅があります。ここで全日程のチケットを予約購入しました。オンラインで予約できるのですがモロッコの銀行で発行されたクレジットカードでないと決済できず実質的に国外での予約ができないシステムになっていました。料金は非常に安く1等でもカサブランカ空港〜ラバト1680円、ラバト〜タンジール3372円、マラケシュ〜カサブランカ空港2640円でした。

カサブランカ空港からカサブランカL’Oasis乗換で1時間半、まだ明るい首都ラバトに到着しました。

翌日、朝から市内を歩いて観光しました。ラバトは新市街と旧市街が融合した落ち着いた街で世界遺産に認定されています。あいにくムハンマド5世廟とハサン塔はクローズで中に入れませんでしたが騎乗の衛兵は見ることができました。

小舟が浮かぶ長閑なブーレグレグ川に沿って大西洋に面したカスバ(城塞)に向かいました。

ウダイヤのカスバの城門をくぐり、白と青に塗られた家が並ぶ迷路を通り展望台に立ちました。

メディナ(旧市街)に入りました。色々な商品が並ぶ通りを歩きました。迷路で有名なフェズやマラケシュほどの人混みもなく安心して歩けました。

2018年11月に開業した高速鉄道(フランスのTGVタイプ)で地中海の玄関タンジールに向かいました。駅も車両も最新鋭で大変快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(3分51秒)

ラバトから250kmを1時間20分、超モダンなタンジール駅に到着、快適でした。

乗継のバスの時間が悪いので、依頼しておいたタクシーでテトゥアンのホテルまで移動しました(約1時間、料金40ユーロ)。テトゥアンはスペインの影響が強い白い街として有名で世界遺産に認定されています。

王宮の横の門から旧市街に入ると迷路のように道が入り組み、業種別のスーク(市場)がありました。フェズやマラケシュと違い観光客はほとんど見かけず地元の人が行き交う生活感に溢れた街でした。

迷子になって歩いていると偶然タンネリ(革なめし染色場)に突き当たりました。フェズのタンネリが有名ですがどの街にもあるのでしょうか。なぜか猫が沢山いました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分11秒)

翌日、国営バスで1時間、青い街シャウエンに向かいました。山の斜面に階段状に広がる旧市街は白壁の家が連なり、白壁の下半分を青く塗った家が美しく写真映えすると人気が高まり、大勢の観光客が押し寄せています。特に人気のスポットは撮影待ちする人で一杯でした。

旧市街の中心にはカスバ(城塞)とモスクがあります。広場の南西地区には地元の人が買い物をするスーク(市場)がありました。

北東地区の土産店の並ぶ通りを抜けラスエルマの泉に出ました。清流に沿って洗濯場や休憩所があり、水を大切に楽しむ地元の人々の生活がありました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分41秒)

翌日、国営バスでフェズに向かいました。途中30分ほどのトイレ休憩をはさむ4時間のドライブです。

フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都です。城壁で取り囲まれた旧市街は世界一複雑な迷路の街として有名です。

間違いなく迷子になると思いガイドを雇い案内してもらいました。午前中は、青いタイルで装飾されたブージュルード門から旧市街に入り、迷路のような通りをめぐりながら、ブーイナニアマドラサ(神学校)、手芸地区、皮革製品地区、金属細工地区などを周りました。

手芸地区では織物工房、フェズ刺繍工房、絨毯店を訪問し伝統の手芸商品を見学しました。

皮革製品地区では革製品店の屋上からタンネリ(革なめし染色場)を見学しました。テレビでは見たことがありましたが実際に見ると壮観です。世界3大苦役と言われるそうですが、匂いと暑さの中、染料のは行ったプールのようなツボに全身を入れての作業は想像を絶します。

午後は、郊外の陶器工房でタジンやモザイクの制作工程を見学し、その後王宮とユダヤ人街を周りました。

夜はブージュルード門の近くのレストランでモロッコ料理(チキンと野菜のタジン)を食べました。

お時間があれば動画もご覧ください(5分23秒)

フェズからマラケシュへは550km鉄道だと6時間半かかり一日移動になってしまいますので空路で行くことにしました。マラケシュまで1時間のフライトでした。

マラケシュ空港は超モダンできれいな空港でした。

マラケシュから大西洋岸の街エッサウィラに向かいました。事前手配のタクシーで一路エッサウィラまで3時間(190km)料金は50ユーロと格安でした。

エッサウィラはビーチリゾートと旧市街が融合したおしゃれな街でした。城門をくぐりホテルにチェックインすると屋上で大西洋、港、城壁を見ながらウエルカムミントティーがサーブされました。

旧市街はフェズやマラケシュと異なり道幅の広い大通りを中心に広がり歩きやすく迷子にならずに済みました。

スカラ(城塞)に登り大西洋を眼下にみました。風が強くカモメが乱舞していました。砲台には日没を待つ人々が待機していました。

港には自分で選んだ魚を焼いて食べさせてくれる魚屋台街があります。夕日を見ながら美味しい焼き魚を頂きました。しかし残念なことにお酒が飲めずミネラルウォーターでした。

翌朝、港に行きました。カモメが飛び交う空港には小型の漁船がたくさ集まっていました。

お時間があれば動画もご覧ください(4分50秒)

昼からタクシーでマラケシュに移動しました。途中、郊外でアルガンオイルの生産共同組合により製造工程を見学しました。その後しばらく走ると道路沿いのアルガンの木にヤギが登っている所があり立ち寄りました。

マラケシュに到着しまた。大都市です。新市街には近代的な建物が並び、旧市街は巨大な城壁で囲まれていました。旧市街の中は迷路のように路地でつながっておりバイク、ロバ、リヤカーが走り回る活気のある街です。

まず旧市街の中心になっているジャマ・エル・フナ広場に行きました。まだ明るいので人出はそれほどでもありません。ジュースのスタンドが沢山あり1杯50円で搾りたてのオレンジジュースが楽しめました。

クトゥビア、アグノウ門、サアード朝の墳墓群、バヒア宮殿と歴史地区をめぐりました。

マラケシュの旧市街もフェズなどと同様に地区毎に業種の異なるスーク(市場)がありました。表通りにはきれいな店舗があり脇道に入るとその業種の工房が並んでいました。

夕方になると、レストラン屋台、野外芸人、楽団、猿や蛇のレンタル撮影屋など、ジャマ・エル・フナ広場が賑わってきました。

日が落ち、広場に面したレストランの屋上に登ると絶景です。

翌日、新市街の鉄道駅からフェズ行きの特急に乗りカサブランカに向かいました。ラバト〜タンジール間の高速鉄道に比べるとかなり古びた列車です。カサブランカ・ロアジス駅まで2時間半、乗り換えて25分で空港駅に着きました。

カサブランカ空港の搭乗ゲートに行くと、なんと日本食レストランがありびっくり!!

カサブランカからドーハ乗換で羽田まで19時間、行きに比べると飛行時間も短く、ドーハの乗り継ぎも2時間と適当で、夜行ということもあり良く眠れ快適でした。しかし羽田着が22時40分、川口の自宅に帰るには遅すぎるので空港から京急で1駅の天空橋で降り徒歩3分京急EXイン羽田に後泊、すぐお風呂にも入れ快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(4分52秒)

終わりに

突然思いつきモロッコに行ってきました。70歳の爺さんがリックサックを背負って一人旅、毎日歩き回り(15000歩から20000歩)写真と動画を撮りまくる日々、なんとか無事旅行できる程度には健康なことに感謝です。

フェズやマラケシュに代表されるメディナ(旧市街)を巡る日程でモロッコらしさを堪能できました。気候もフェズやマラケシュの日中こそ30度を超えて暑かったものの湿度が低いため日陰やスーク(市場)内はそれほど暑くなく、夕方は24度ぐらいで爽やかでした。また海岸沿いのラバトやエッサウィラは日中でも30度にならず夕方は涼しくてジャケットが必要でした。

モロッコ料理といえばタジンとクスクスですが、色々調べ評判のところ行きましたがあまり美味しいとは思えませんでした。魚は大西洋や地中海に面していることから新鮮で種類も多く(鯛、鱸、鰯、イカ、エビなど)料理方法も炭火焼きなことからシンプルで大変美味しいと思いました。しかしローカルレストランではアルコールの提供がなく(ホテルやグループが入るようなレストランならOKなのですが)残念でした。

今回は、一人旅で公共交通機関のみを利用するためアトラス山脈の彼方のカスバ街道やサハラ砂漠方面へ行けませんでした。次回は専用車をチャーターしてマラケシュからフェズまで3泊4日程度の旅行をしたいと思いました。

このブログは撮影した写真の一部と動画を元に作成しました。すべての写真を掲載したフォトアルバムも作成しましたのでご興味のある方はご覧ください。

フォトアルバム(モロッコ)

 

メキシコとパナマ

今回の旅行の主目的はメキシコの刺繍と織物を見にオアハカへ、パナマのモラを見にサンブラス諸島へ行くことです。オアハカはメキシコ南部の都市で、先住民率40%以上、今でも多種多様な文化や伝統が残っている「メキシコで最もメキシコらしい場所」といわれているところです。手芸が盛んで郊外の村では伝統的な手法で刺繍や織物が行われています。モラはカリブ海のサンブラス諸島に住むクナ族による幾枚も重ねた布を切り抜いて作る独特なアップリケです。サンブラス諸島はクナ族が高度の自治権を持ち、クナ族以外には事業活動ができないため、外部の資本によるリゾート開発が行われず自然がそのまま残っています。

成田からメキシコ航空でメキシコシティへ直行便で12時間半/時差15時間のフライトです。午後1時に到着しました。

空港から旧市街の中心ソカロ広場に近いホテルまでタクシーで30分ほどでした。まずはソカロ広場周辺を散策、広場では大規模なイベントが開かれ物産展やステージで演奏が行われていました。テントの中では民芸品やタコスなどのファーストフードが売られていました。ステージではラテン音楽のコンサートが行われ観客が音楽に合わせて踊っていました。

夜はソカロ広場を見下ろすレストランでメキシコ料理を楽しみました。

翌日、真っ先に国立人類学博物館に行きました。2階建で1階は考古学、2階は民俗学の展示です。マヤやアステカの展示はロンドンの大英博物館やニューヨークのメトロポリタン博物館に匹敵する素晴らしさでした。

マヤ展示室
アステカ展示室

民俗学の展示も素晴らしく、メキシコ各地の民族衣装や民芸品のコレクションは質量ともに圧倒的で、メキシコの豊かな民族性を学ぶことができました。

予約制ですが大変な人気で列ができていました

午後はメキシコ現代絵画を代表する女流画家フリーダ・カーロの博物館に行きました。民族芸術の第一人者としても有名で服飾デザイナーでもありました。

フリーダ・カーロのデザインしたドレス。左のドレスは身体障害があるフリーダ・カーロ用の皮製拘束衣がついた特異なものです

メキシコシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(6分27秒)

夕方のフライトでオアハカに行きました。19時頃にホテルに到着です。

ホテルは中庭のあるメキシコの邸宅を改装したものでした
入場料は無料でした

翌日、朝一番で織物博物館に行きました。小さな博物館です。まず最初にインディゴ(藍染)のお祭り用衣装に驚き、次に民族衣装のウイピル(貫頭衣)のコレクションに魅了されました。

オアハカ州の太平洋岸の村で行われるお祭りの衣装だそうです
ウイピル(貫頭衣)はグアテマラでも見ましたが、メキシコのものはより洗練されていました

オアハカの旧市街はサントドミンゴ教会とソカロ広場の間に広がるメキシコらしいカラフルな街でした。ソカロ広場の先にはメルカド(市場)があり食品や民芸品で溢れていました。

サントドミンゴ教会、中は黄金の輝きでした
カラフルな町並み、夜は露店がでます
ソカロ広場
メルカド(市場)

オアハカの郊外には手芸の村が沢山あり、それぞれの村には一村一品の手芸品があります。一日車をチャーターし、これらの村々の中から、午前は刺繍の村、午後は手織りの村に行きました。

サン・アントニーノ・カスティージョ・ベラスコ村
花柄刺繍の村です。刺繍作家として有名なグアダルーペさんの工房に行き、制作過程と作品を見せていただき、2点ほど作品を譲っていただきました。

全て手刺繍の家族工房です
細かい刺繍がびっしり刺されています
譲っていただいたブラウスと一緒に記念撮影です

テオティトラン・デル・バジェ村
手織りのラグ(タペテ)の村です。糸の染色から機織りまでの工程を一貫して家族で行っています。特に赤い色はサボテンに寄生するカイガラムシを潰してできるコチニールという色素を使用しています。

カイガラムシをすり潰すと真っ赤な染料(コチニール)が取れます
コチニールを溶かしたお湯に糸を浸けて染めます
300年以上使用している織機、あちこち補修して使用ていました
13代目のご当主に色々な作品を見せていただきました

オアハカの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(7分17秒)

メキシコシティ近くを飛んでいます

翌早朝、オアハカからメキシコシティ乗り継ぎでパナマシティに行きました。

以前パナマは治安が悪くカスコ・ビエホ(旧市街)は危険と言われていましたが、現在は世界遺産に指定され治安も良くなり散策やショッピングを楽しむことができます。海岸沿いの散歩道には露店が並びモラ(クナ族伝統のアップリケ)を売っていました。

大聖堂
手芸通り
たくさんモラが売られていました。一枚20ドルから50ドルほどでした

丁度カーニバルの時期だったので夜はパレードを見に行きました。

フロート5台+ダンサーのパレードといった構成です。パレードの沿道には食べ物の露店が並んでいました。

翌日は今回の旅行の最大の目的であるサンブラス諸島にモラを見に行きました。朝6時にホテルを出発してカリブ海の港まで2時間半、前半の道は平坦でしたが、後半は山道となり上下左右に今まで経験したことがない程のワインディングロードでした。クナ族の住むエリアは自治権が与えられ入域にはパスポートと入域税がかかります。域内のビジネスはクナ族に限られており外の資本が入れず、どこのリゾート地にでもあるような高級ホテルなどの施設はまったありません。観光客が行ける島は限定されており、クナ族の人々が住む51の島(コミュニティの島)とは厳密に分けられています。

クナ族エリアへの入域手続き待ちの車列
モーターボートでサンブラス諸島の島へ

最初に案内された島は観光客用で我々が希望するクナ族が生活しモラを作っている島ではありませんでした。

観光用の島、ビーチアクティビティが目的で、ロッジ、トイレ、レスラン、売店などがあるがクナ族は住んでいない

そこでガイドに改めて当方の希望を強く述べ特別にコミュニティの島に行くことができました。到着したコミュニティの島は観光用の島とは全く違い、サトウキビの茎を柱にヤシの葉でふかれた屋根の素朴な家が密集して並び、年配の女性は民族衣装を着て足元は裸足でした。モラを作っているお宅に案内していただいて作品を拝見し制作日数8ヶ月の前後に精緻なモラを施したブラウスを譲っていただきました。

コミュニティーの島の一つIsla Carti(カルティ島)に到着しました
外壁はサトウキビの茎を立てただけ、屋根は茅葺かトタン葺、電気はソーラ発電、水はどうしているのか?
クナ族の女性の典型的な服装、モラはブラウスの前と後ろに使用します。
訪問したお宅でモラを拝見していたところ近所の女性や子供が集まってきました
譲っていいただいたモラのブラウスです。制作に8か月かかったそうで、非常に丁寧に作られていました。

パナマシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(9分05秒)

今回の最大の目的であるパナマのサンブラス諸島に行って、実際にクナ族の女性に会ってモラの制作プロセスを見せていただき、モラの名品を拝見し、できれば譲っていいただく、という目的をなんとか果たすことができました。
日程企画の段階でモラについて調べましたが資料が極めて少なく、サンブラス諸島のどの島に行ったら良いかまったくわかりませんでした。現地の旅行会社に問い合わせましたが具体的な回答は得られませんでした。サンブラス諸島へはパナマシティから日帰りのツアーがありますがビーチアクティビティが目的のもので我々の目的とは異なります。兎に角現地に行って交渉しようということで日本を出発しました。
現地にいってはじめて観光用の島とコミュニティの島があることが分かり、交渉の末なんとか目的を果たせたのは幸運でした。
メキシコはオアハカが主たる目的でメキシコシティはあまり期待していなかったのですが、国立人類学博物館の展示に感動しメキシコシティに来てよかったと改めて思いました。オアハカは現地の旅行会社の方が大変優秀でこちらの希望を完璧に実現してくれました。やはり今回のような旅行は事前に現地旅行社を利用してしっかり手配しておく必要があることを再認識しました。

追記:フォトアルバムも作成しましたので静止画にご興味があればご覧ください

メキシコ・パナマ(2019) Mexico & Panama

ラトビア・エストニア

今回の旅行の最大の目的はエストニアのキフヌ島に行くことです。キフヌ島は生きた博物館と言われ、本土では失われた歌や踊り、手工芸、生活文化が残っており、女性は子供からおばぁちゃんまで今も伝統的な縞模様のスカートをはいています。更にムフ島のムフ刺繍とハープサルのレースを見学する手芸の旅です。

成田を12時にたちモスクワで乗り換え20時にリガにつきました。入国手続きが意外に時間がかかったため急いでターンテーブルに向かいました。小さな空港で到着便も少ないのですぐに荷物がでるはずなのですがなかなか出てきません。他にも10人ほどの人が荷物が出るのを待ちましたが、結局ミッシングが確定し手続きをとることになりました。最終的に翌日荷物は発見され、午後ホテルに届けられましたが、旅行初日なので久しぶりに慌てました。次回からは最低限の着替えを手荷物として持ち歩く必要があると反省しました。

ホテルは旧市街にあるのでチェックインしてすぐ散歩に出かけました。1〜2分も歩くとダム広場に着きましたが、なんと大きなクマの置物が広場を埋め尽くしていました。よく見るとそれぞれカラフルにペイントされ国別になっています。説明を読むと「ユナイテッド・バディー・ベア」という国連のイベントで各国の芸術家により彩色された2メートルの140体のクマが「文化と宗教の間における許容と人々のコミュニケーション」を目的に展示されているものでした。

ダム広場のユナイテッド・バディー・ベア

翌日、小雨模様でしたが、市内観光に出ました。リガの旧市街は石畳で歴史的な建物が多い落ち着いた趣のある街です。朝は観光客を含め人の出もすくなく静かでした。

三人兄弟

旧市街を取り巻く運河を巡る船に乗りに行きました。乗り場は緑と花が咲ほこる美しい公園の中でした。運河をめぐり港を回って元の運河に戻る1時間のクルーズはのどかで快適でした。

ドーム広場に戻り12時からのリガ大聖堂のパイプオルガンコンサートに行きました。6718本のパイプを持つ世界で四番目に大きなパイプオルガンです。美しいステンドグラスの光の中を荘厳な音色が響き渡りました。

123メートルの尖塔を持つ聖ペテロ教会の横のレストランで昼食を取りました。仔牛のシュニッツェルは本場のウイーンより美味しくラトビアの食文化の高さを感じました。

細い道を抜けると市庁舎広場に出ました。前面にブラックヘッドの会館という壮大な建物があります。4世紀に未婚商人のギルト「ブラックヘッド」の為に建てられ、リガ建都800周年の1999年に再建されたのです

街の中心リーヴ広場にはおしゃれなレストランが並び、その前にはきれいな花が咲いていました。

ビデオ(4分8秒)

リガから高速バスでエストニアのパルヌに移動しました。バスターミナルの前は中央市場です。

パルヌで専用車に乗り換えキフヌ島行きの港まで30分、フェリーに乗って1時間でキフヌ島につきました。

キフヌ島に到着し民宿にチェックインしました。広い敷地の一戸建てでした。夏も終わりで宿泊客は我々の他にはお婆ちゃんのグループが一つ、民宿のスタッフもお婆ちゃんが二人だけす。このお婆ちゃんは大変良い人なのですが英語が喋れないため話が通じず苦労しました。

朝起きると羊の群れがやってきて、民宿の前の牧草地で朝食です。草を噛むバリバリという音が響きました。

タクシーもバスもないのでレンタル自転車を借りてキフヌ博物館に向かいました。道は平坦で高低差はあまりないのですが、なれない自転車に悪戦苦闘、ようやく博物館に到着しました。

博物館の学芸員さんから教えて頂いたキフヌ島手芸の第一人者Roosiさんを訪ねました。ノーアポイントでしたが心良くお会いいただき感謝です。ちょうどじゃがいもを収穫してきた所だそうです。84歳の元気なお婆ちゃんでした。

その後、キフヌ島最北端の灯台を目指しました。ようやく静かな岬に到着しましたが、残念ながら灯台は工事中でした。

お昼は博物館から500メートルほど離れた集落のオープンレストランでした。陽光の中おいしい昼食とビールを楽しみました。

朝晩の食事は民宿のお婆ちゃんが部屋まで届けてくれました。キフヌ島の家庭の味です。素朴ですがどんな高級レストランより美味しい、思い出に残る味でした。

朝食
夕食

ビデオ(4分36秒)

キフヌ島を10時のフェリーでたち本土に戻り、事前に手配しておいた専用車で湿地帯公園経由でムフ島行きのフェリーが出る港まで移動し、20分でムフ島に着きました。その後ムフ博物館に行きムフ刺繍を施した民族衣装を見てから、島の中心の村LIVAのムフ刺繍協会の運営するショップに寄り、最終的に宿泊先のペデステ・マナーに行きました。

ペデステ・マナーはエストニアを代表する5星のマナーハウス(領主の館)で広大な敷地に24の客室があります。スパの他にはこれといった目ぼしい設備がない、ひたすらのんびり過ごすという究極のリゾートホテルです。部屋の窓から外を見ると芝生の上を全自動の掃除機(アイロボットの大型)が動き回る以外は誰もいません。有名なレストランはガラス張りで庭の眺めの美しく、料理もエレガントでした。

翌日、10時にムフ刺繍作家のシリエさんの工房を訪問しました。当日は日本人を含む3つのグループがワークショップのために訪問されるとのことで、お忙しい中丁寧に作品について説明していただきました。

ビデオ(4分14秒)

フェリーで本土に戻り、タリンから99キロ離れたバルト海に面したリゾート都市ハープサルに向かいました。到着したバス停は旧ハープサル駅(鉄道博物館)の前でした。クラシックな駅舎に入ると線路に多くの鉄道車両が屋外展示されていました。正面には赤い星のマークがついた共産主義時代のものです。中でも蒸気機関車がなかなかの迫力でした

ホテルチェックイン後ハープサル・レースセンターに行きました。極細の糸で編まれたレースのショールが特色でかつてはエストニアの重要な輸出品だったそうです。レースセンターの前からハープサル城までのメインストリートで丁度クラフトフェアーが開かれていました。多くの手芸作品のお店の他にハムやチーズなどの食品のお店もあり多くの人で賑わっていました。

ビデオ(2分40秒)

ハープサルから高速バスでタリンに向かいました。99キロ1時間半の快適なドライブです。運賃はわずか4.2ユーロ、通常運賃7ユーロのところシニア(60歳以上)は4割引なのです。エストニアは高齢者に優しい国でした。

タリンのホテルに荷物を預け早速タリンの街の散策に出ました。タリンの旧市街は中世がそのまま残ったようなロマンチックな街です。昼食は古い商人の館を改装して造られたオルデハンザにしました。中に入ると真っ暗です。だんだん暗さに目が慣れてくると中世の食堂にろうそくが灯り、中世の服装をした男性と女性のスタッフがサーブをしています。魚の燻製の盛り合わせとスープそれからはちみつ入りビールをたのみました。料理もパンもおいしくいただけましたが、ちみつ入りビールは良い経験になったというところです。

昼食後、ぶらぶらと旧市街を散策しました。市庁舎のあるラエコヤ広場をぐるりと廻り、聖カタリーナ通りの手芸店を覗きました。さすがに大観光地でお土産やさんやレストランがたくさんがあり観光客で賑わっていました。

夕食後、ライトアップされたラエコヤ広場を散策しました。

ビデオ(4分40秒)

帰りの便のモスクワ乗り継ぎは5時間50分もありましたが、プライオリティーパスの空港ラウンジのお蔭で快適に過ごすことができました。プライオリティーパスは世界140か国500都市1200か所以上の空港ラウンジが無料で利用できる会員組織です。楽天プレミアムカード(年会費10000円)に入ると無料でついてくるので今回はじめて利用しましたが大変助かりました。ちなみにカードホルダーの帯同者は一人1回3000円かかります。

ドイツ Xmas Market

今回の旅行の目的はドイツ白糸刺繍(Schwalm Embroidry)を勉強するためシュヴァルム(Schwalm)を訪ねることと、前回見残したドイツ3大クリスマスマーケットの一つドレスデン(ニュールンベルクとシュトゥットガルトは2015年訪問)とベルリンに行くことでした。

シュヴァルム(Schwalm)はフランクフルトの北130キロの小さな村でSchwalm博物館があり、12月15日(金)16(土)17(日)の三日間館内でクルスマスマーケットが開かれるとの情報を得て、この期間に合うように日程を調整しました。またSchwalmから北東90キロのエシュヴェーゲ(Eschwege)にドイツ白糸刺繍(Schwalm)の研究家で私設博物館を開いている方がいることを知り連絡をとり訪問することにしました。

日程は、SchwalmとEschwegeに行くためフランクフルトに2泊、クリスマスマーケットを見るためドレスデンとベルリンにそれぞれ2泊の合計6泊、全体では9日間としました。航空会社は今回もトルコ航空にしました。フランクフルトIN、ベルリンOUTでスケジュールが良く(フランクフルト朝着、ベルリン夜発、イスタンブールの乗継時間が適当)、料金が特別運賃で格安だったからです。ドイツ国内の移動は鉄道を基本としました。当初ジャーマンレイルパスの利用を考えていましたが、利用区間毎の料金の合計の方が安いので区間ごとに購入することにしました。予約はドイツ鉄道(DB)ネット予約でチケットはE-Ticketでした。EschwegeからSchwalmへは鉄道での乗継が悪く時間もかかるのでタクシーをネット手配しました。ホテルは各地のクリスマスマーケットから最も近い四つ星以上のホテルとしました。

フランクフルト(Frankfurt)

午前10:35フランクフルト着、空港からホテルまでタクシーで20分程で到着しました。ホテルにチェックイン後クリスマスマーケットに行きました。ホテルを出てベルリナー通りを10分程歩くとパウルス教会前からノイエクレーメ通りにかけてクリスマスマーケットが開かれており、そのままレーマー広場のクリスマスマーケットにつながっていました。時々小雨がふる天気でしたが大変な人出で賑わっていました。

パウルス教会前の広場
ノイエクレーメ通り
レーマー広場

エシュヴェーゲ(Eschwege)

フランクフルトから2時間、2度鉄道を乗継ぎエシュヴェーゲ(Eschwege)に到着、事前に予約をしておいたLuzine Happelさんの私設博物館に行きました。

 シュヴァルム(Schwalm)

午後2時にタクシーにてシュヴァルム(Schwalm)向かいました。伝統的な木組みの家々が列ぶ田舎の村々を巡りながら、雪の峠道を越える90分ほどのドライブはなかなか趣がありました。シュヴァルムは四方を堀で囲まれた村です。村の中央広場でクリスマスマーケットが開かれており、広場に面してシュヴァルム博物館がありました。博物館は12月15日(金)16(土)17(日)の三日間だけ館内の展示を変更しクリスマスマーケットが開かれていました。この地方はグリム童話の「赤ずきんちゃん」の故郷です。本場の赤ずきんちゃんの頭巾はちいさな帽子のようでした。博物館にはこの頭巾をかぶったおばあちゃんが手芸をしており感激しました。ちなみに赤い頭巾は未婚の女性用、既婚の女性用は黒い頭巾でした。

ドレスデン(Dresden)

フランクフルトからドイツ新幹線(IEC)で4時間15分ドレスデンに移動しました。おしゃれなレストラン車両もついていましたが、フランクフルト駅で買ったサンドイッチと車内販売のコーヒー(車掌さんがお盆にコーヒーを載せて販売にきました)で昼食をとりました。ドレスデン駅は近代的な駅で大きなクリマスツリーが飾られていました。タクシーでホテルに着くと、ホテルの目の前のノイマルクト広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ネットやガイドガイドブックではアルマルクト広場(ホテルから歩いて5分)のクリスマスマーケットが案内されていて、他の会場の案内がなかったので当惑してしまいましたが、ドレスデンに来てみると他にもいろいろな所でクリスマスマーケットが開かれており、それぞれに特色があり魅力的でした。

アルマルクト広場のクリスマスマーケット

ドレスデンで一番大きいクリスマスマーケットです、世界最大のクリスマス・ピラミッド(高さ14メートル)がまわり、多くの人で賑わっていました。クリマスの菓子で有名なシュトレンはここが本場で、いろいろな種類のシュトレンが売られていました。

ノイマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルの目の前の広場のクリスマスマーケットです。街灯がなく屋台の照明だけのため真っ暗、焚き火がたかれ、昔ながらのクリスマスマーケットでしょうか、却って雰囲気がありました。

フラウエン教会からミュンツガッセ通りのクリスマスマーケット

第2次大戦のドレスデン大空襲で崩壊し、1194年から11年の歳月をかけて昔の姿で再建されたフラウエン教会前から始まりエルベ川まで続くミュンツガッセ通りで開かれていました。屋台の裏がわにレストランが並んでおりソーセージの立ち食いやホット赤ワインの立ち飲みだけではなくゆっくりとした食事も楽しめます。

シュタルホーフ(武芸競技場)の中世のクリスマス

フラウエン教会の前にヒルトンホテルがあり、その隣のショッピングセンターを通り抜けるとシュタルホーフ(武芸競技場)の入口にでます。シュタルホーフの側面の101メートルの壁には25000枚のマイセン磁器タイルに描かれた壁画「君主の行列」を見ることができます。シュタルホーフに入ると中世の村を再現したクリスマスマーケットが開かれていました。屋台のセットや店員の衣装も全て中世風です。ババリアン風のブラスバンドの演奏もあり大変な盛り上がりです。

旧市街

フラウエン教会を過ぎ、シュタルホーフを抜けるとザクセン州最大の教会である三位一体大聖堂の前にでます。その裏の劇場広場に面して歌劇場(ゼンパーオペラ)とツヴィンガー宮殿があり、ツヴィンガー宮殿の絵画館と陶磁器コレクションに入館しました。絵画館は正直なところ期待外れでした。フェルメールは貸し出されているのか見ることができず、一番人気のラファエロの「システイーナのマドンナ」も大作ではありますがラファエロらしさがあまり感じられませんでした。それ以外にもレンブラント、デューラー、ブリューゲル、ボッティチェリがありましたが展示の方法や照明があまり良くなくいまひとつでした。しかし陶磁器コレクションは素晴らしいものでした。展示や照明も良く、マイセンの動物シリーズや有田焼のコレクションは特に素晴らしいものでした。

フラウエン教会
シュタルホーフ「君主の行列」
ラファエロ「システィーナのマドンナ」
陶磁器コレクション

マイセン(Meisen)

ドレスデンから郊外電車で35分、マイセンに行ってきました。先ずマイセン陶磁工場に行きましたが、丁度お昼でしたので工場内のレストランで昼食をとりました。食事もおいしかったのですが、なにより食器が白磁のマイセンで感激しました。工場では製造工程を見学し、その後2階の博物館で素晴らしいマイセンのコレクションを拝見しました。最後にショップがありましたが高価すぎて手が出ませんでした。クリスマスマーケットが開かれている広場を散策し、エルベ川にかかるアルシュタット橋からアルブレヒト城の景色を楽しみました。

ベルリン(Berlin)

ドレスデンから特急(EC)で2時間、ベルリンに着きました。ベルリン駅はドイツ最大級の近代的な駅で立体構造となっており少し驚きました。ホテルチェックイン後、早速ブランデンブルク門とドイツ連邦議会議事堂と見に行きました。

ジャンダルメンマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルから徒歩1分、ベルリンで一番美しいと言われるジャンダルメンマルクト広場に行ってきました。少し驚いたのは入場料を1ユーロとるのです。フランス教会とドイツ教会を背景に白いテントの統一された屋台が並び、テントでできたレストランエリアやショッピングエリアまであり、整然として美しいクリスマスマーケットでした。

リージェントホテルのクリマス飾り

ペルガモン博物館

古代ギリシャのペルガモン(現トルコ、ペルガマ)で発掘された遺跡を移築した世界屈指の博物館です。入館してすると先ず青いレンガの巨大な古代バビロニアの「イシュタール門」が目の前に現れ、門をくぐると「ミレトスの市場門」と続き、隣の部屋にはライオンが描かれたタイルで作られた「行列通り」があります。その素晴らしさに圧倒されると同時に、これほどの遺跡を奪われた国の気持ちを思いと、奪われたがために保存され今日我々が見ることができる矛盾とで、大変悩ましく思いました。それ以外のコレクションも素晴らしく大英博物館やメトロポリタン博物館に匹敵すると思いました。

イシュタール門
ミレトスの市場門
行列通り

新博物館

ペルガモン博物館を出て隣の新博物館に入りベルリンの至宝と呼ばれる「王妃ネフェルティティの胸像」を見に行きました。オフシーズンのため展示室は空いており間近にゆっくり見ることができました。紀元前13世紀の第18王朝のファラオでアクエンアテンの王妃として数奇な運命をたどったエジプトの三大美女の一人です。リアルな造形と美しい彩色で3000年前の像とはとても思えません。知的で意思の強い女性であったと感じました。またその他のエジプトのコレクションも素晴らしいものでした。

Wikipedia (CC BY-SA 3.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3#/media/File:Nofretete_Neues_Museum.jpg

シャルロッテンブルク宮殿

循環式自由乗降市内観光バス(Hop on-Hop off)のルートの西端にある初代プロイセン国王フリードリヒ1世の王妃シャルロッテの夏の別荘です。宮殿前の広場ではクリスマスマーケットが開かれていました。ウイーンのシェーンブルン宮殿のようにベルサイユ宮殿を参考に作られた宮殿で当時の王妃の生活が忍ばれる絢爛豪華な宮殿です。入場料に音声ガイドがついており日本語で大変分かりやすい説明があり良く理解できました。

絵画館

ポツダム広場から徒歩15分、フィルハーモニー隣の文化フォーラムの中核をなす美術館です。入館すると先ず初期ルネサンスのフランス人画家ジーン・フーケの特別展が開かれていました。あまり馴染みのない画家でしたが、鮮やかな色彩と立体的な描写で現代の作品かと見紛うほどの美しさでした。常設展もクラナッハ、ブリューゲル、レンブラント、フェルメール、ボッティチェリと名品が多く、その他の作品も大変素晴らしく世界屈指の美術館だと思いました。

フーケ「天使に囲まれた聖母子」 Wikipedia パブリックドメイン
クラナッハ「ルクレティア」
ブリューゲル「ネーデルラントの諺」
レンブラント派「黄金の兜の男」
フェルメール「ぶどう酒のグラス」
ボッティチェリ「ビーナス」、ウフィツィ美術館の「ビーナス誕生」の中心部分にそっくり

ベルリン・フィルハーモニー

クラシックは全く門外漢なのですが折角の機会なのでベルリンフィルに行ってきました。開演30分前、ロビーはワインを片手に(ビールの人はほとんどいません)歓談する人で一杯です。ドレスコードはなく気楽な服装の方が大半です。寝たりして恥をかかないように席は最上段の最後列(Dゾーン6列22と23)にしました(日本でネット予約一人40ユーロ)。20時開演です。指揮Ivan Fischer、バイオリンVilde Frang、前半はBela BartonのHungarian Peasant SongsとConcerto for Violin and Orchestra、15分間の休憩後の後半はFelix MendelssohnのA Midsummer Night’s Dreamでした。素晴らしい演奏を堪能し、ドイツ最後の夜を楽しみました。

さいごに

今年で3年連続のクリスマスマーケット巡りの旅行でした。2015年はJTBルックの団体旅行でドイツのニュールンベルク、シュトットガルト、ローテンブルク、ルードヴィヒブルク、フライブルクに2016年はルーマニアのブラショフ、シギショアラ、シビウ、クルージュ・ナポカそしてハンガリーのブダペスト、これでドイツ3大クリスマスマーケットの全てとその周辺のクリスマスマーケットに行ったことになります。

冬のヨーロッパは日照時間も短く気温も低くいので一般的には観光に不向きですが、①たのしいクリスマスマーケット②博物館や美術館が空いていてゆっくりみることができる③コンサートなどのイベントを楽しめる。といった魅力があるのでクリスマスシーズンのヨーロッパおすすめです。

ベルリンの博物館・宮殿・美術館では入場料に音声ガイドの機器のレンタルが含まれていて日本語を含む各国語に対応していました。音声はプロのアナウンサーによる録音で非常に分かりやすく良く理解できました。日本の観光地はどうなっているのでしょう。外国人にとって音声ガイドは大変有効ですので是非導入すべきですね。

 

 

 

 

クロアチア

今回の旅行は、世界無形文化遺産に登録されたパグ島のパグレースとフヴァール島のアガベレース、ドブロブニクの刺繍、クロアチアの民族衣装を見学することを主たる目的として、首都ザグレブから神々の手による水の箱庭と呼ばれるプリトヴィツ湖群国立公園を経由しアドリア海沿いにパグ島、ザダル、シベニク、トトギール、スプリット、フヴァール島と南下してドブロブニクに至り、最後にモンテネグロのコトル、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルをめぐりサラエボから帰国するコースとしました

ザグレブ

イスタンブール乗換で8:25にザグレブに到着しました。最近よくトルコ航空を利用します。乗継が良く、特に中欧にいくのに便利です。料金も割安で機内サービスも良く気に入っています。

空港からザグレブ市内の民俗学博物館に直行し11時開館の少し前に到着しましたが、快く入れてくれました。おかげで他に入館者はおらずゆっくり見学することができました。ザグレブ全域から集められた民族衣装が展示され見応えがありました。最初の部屋は明るく照明されていて綺麗に展示されてましたが、他の部屋は照明が暗く、せっかくのコレクションがあまりよく見えませんでした。

ザグレブ民俗学博物館

動画1分25秒

その後、イェラチッチ広場に向かい旧市街を散策しました。世界一短い(66m)というケーブルカーで丘の上に登り、聖マルコ教会に行きました。屋根瓦が紋章柄の美しい教会です。坂を下っていくと石の門があり、信徒の方が祈りをささげていました。ドラツ青果市場には新鮮が野菜が売られ市民生活の一端を見ることができました。広場を見渡すレストランで昼食をとってから聖母被昇天大聖堂に行きました。ネオゴシック様式の壮大な教会でした。その後イェラチッチ広場で観光案内所の前から無料の遊覧バスに乗り、ザグレブの街をぐるりと回ることができました。

動画1分17秒

午後3時に市内を発ちプリトヴィツェ湖群国立公園に向かい午後5時半に到着しました。公園の敷地内のホテルは3つしかなく、宿泊したイエゼロホテルはそのなかでは一番大きく設備が良いと言われています。三ツ星ですから設備はそれほどでもありませんが、公園の入口(Gate2)へ歩いて5分くらいとロケーションは最高でした。

プリトヴィツェ

一般的にはゲート1から入り、遊歩道を下っててプリトヴィツェ滝を見て、遊歩道をカウァノヴァツ湖、ミラノヴァツ湖と周り、P3からコジャック湖を電動ボートで渡ってP1、坂をのぼってST2/Gate2に至るのが一般的な周り方です。しかし夏場は大変混んでいてバスや船に乗るのも30分以上待つとのことから、翌日、逆回りで、8時にゲート2から公園に入り、先ずコジャック湖を船で渡って下湖群を4時間ほど散策しました。お陰であまり待つこともなくスムースに回ることができました。

動画3分16秒

午後1時にザダルに向かう予定でしたが、手配していた車のドラーバーよりブッシュファイア(やぶ火災)が発生して道路が封鎖されたため遅れるとの連絡が入りました。クロアチアと周辺国は夏の間は雨がほとんど降らず各地でブッシュファイアが発生するとのことでした(確かにドライブしていると道路の左右に火災の後を見ることができました)。最終的に車が到着したのは3時間遅れの午後4時になりましたが、待ち時間を利用して予定外の上湖群も少し見ることができました。ザダル到着は午後7時半頃となり、有名な夕日をみることができませんでした。すっかり暗くなりましたがGreeting to the Sunやローマ遺跡など夜のザダルを散策し、港に面したレストランでシーフードの夕食を楽しむことが出来ました。ザダルの観光名所ナンバーワンであるシーオルガン(波の動きを音に変換して音楽を奏でさせる)のまわりは大勢の人でにぎわっていて音が良く聞こえませんでしたので、翌朝もう一度訪ね妙なる音楽を楽しみました。

ザダル

動画57秒

前日の到着が遅くなりサダルの民俗学博物館見ることができず残念でしたが、次の訪問地パグ島に向けサダルを出発しました。パグ島までの道は特異な景観でした。大陸側から続く石灰岩の地層で緑が少なく白い岩で覆われた荒涼とした風景です。しかしパグは海に面した明るい港町でした。世界文化遺産に登録されているレースと、潮風を浴びわずかに残る草を食べる羊の乳から作る絶妙な塩味のチーズで有名です。旧市街の広場にパグレース組合が運営するギャラリーがありました。小さなギャラリーですが素晴らしいコレクションでした。係員の方も大変親切でパグレースの作り方を実演してくれました。街なかの路地にもレースを売る人がいましたが、レースを買うならこのギャラリーが一番だと思いました。

パグ

動画2分44秒

昼食後、次の宿泊地スプリットに向かい、途中でシベニクに立寄りました。街の中心にはクロアチア・ルネッサンス建築を代表する世界遺産の聖ヤコブ大聖堂がそびえていました。聖堂の外壁面にさまざまな表情の72人の顔が刻まれているのが特徴的でした。

シベニク

動画1分20秒

午後6時頃にスプリットに到着しました。ホテルがディオクレスティアヌス宮殿の中にあって車が乗り入れできないため青銅の門の近くに車を止めてもらいました。門を通ると宮殿の地下です。土産店が並ぶ通り(なんと宮殿に地下に土産街があるのです)をスーツケースを転がし、階段を上がってやっとホテルに着きました。観光には便利ですが、チェックインとチェックアウトが大変です。ホテルの裏手に宮殿の中心の大聖堂やペリスティルがあり、鐘楼に登ってスプリット旧市街の全景を眺め、迷路のような通りを歩いて旧市街全域を散策しました。港に面してローマ遺跡があり、塀で囲まれた宮殿中に商店やレストランが並んだテーマパークのようになった、活気に満ちた楽しい街です。遺跡が現代と共存するために大幅に改修されており、そのため世界遺産に登録されていないのかと思いました。夜、海沿いのレストランで食べたシーフードは今回の旅行でも最高でした(ムール貝のトマトソース蒸し、イカのグリル、シーフードリゾット)。帰りにプロムナード(リバ)のステージでサマーフェスティバルのイベントで民族衣装の踊りや合唱を楽しみました。

スプリット

動画3分38秒

スプリット民俗学博物館

大聖堂の隣のペリスティルの中庭から、天井に穴の開いた前庭を通り民俗学博物館に行きました。

動画1分21秒

スプリットから25キロ程のところにある世界遺産トロギールに行ってきました。バスステーションの前の橋を渡った城壁に囲まれた小さい島です。石畳の路地が複雑に入り込んでいます。聖ロバロ大聖堂の鐘楼に登り、街の全景を眺め、カメルレンゴの要塞まで海沿いを歩きました。スプリットは違い小さい落ち着きのある可愛らしい街で、ここに泊まるのも良いかなと思いました。

トロギール

動画1分35秒

朝、青銅の門の目の前の桟橋から高速艇でフヴァール島へ出港です。1時間ほどでフヴァールに到着しました。船着き場の目の前のホテルにチェックインし、先ずはフヴァールの城塞に登ってフヴァールの全景を眺め、下山しながらアガベレースを見にベネディクト修道院に行きました。フヴァールは、昼は人数もそれほど多くなくのどかでしたが、夜のレストラン地区は若者で一杯でびっくり、昼はアクティビティ、夜はナイトライフ、まさにリゾートでした。

フヴァール

動画1分36秒

フヴァールから高速艇でドブロブニクに向かいました。アドリア海の島々をまわり3時間ほどでドブロブニク港に到着後、車でスルジ山の展望台に上がりドブロブニクの旧市街を眺めながら昼食をとりました。事前に予約しておいたお陰で旧市街を見下ろす絶好の席で大満足でした。

ドブロブニク・スルジ山展望台

その後国境を越えてモンテネグロのコトルに向かいました。いりくんだ湾をくねくねとめぐる道からの眺めはまるでノルウェーのフィヨルドのようでした。コトルはドブロブニクのように城壁に囲まれた港街です。城内を散策した後、城塞を登り中腹からの眺めを楽しみました。街の中心、聖トリフォン大聖堂の前から歌声が聞こえました。よく見ると民族衣装の人々の踊る姿が見えました。

コトル

動画1分57秒

コトルからフェリーで湾をショートカットしてドブロブニクに向かいました。国境に到着すると大渋滞で車が動きません。しばらく待っていましたが調べてみるとクロアチア側の入国審査官が一人しかおらず通過するのに4時間を要することが分かりました。国境を越えた所にタクシーが1台いたので急遽チャーターし、コトルから乗ってきた車を捨て、荷物を持って徒歩で国境を越え、タクシーでドブロブニクに2時間遅れで到着することができました。まず民俗学博物館に行きました。細い路地を迷いそうになりながらようやくたどり着きましたが、ザグレブやスプリットに比べあまり見るものがなく、照明が暗くてせっかくのコレクションも良く見えず、スタッフもホスピタリティーにかけ無愛想でした。その後昼食を取ってから城壁を一周しました。1時間ほどかかりましたが絶景でドブロブニクに行ったら絶対に行くべきだと思いました。夕方歩いていると聖ヴラホ教会で結婚式をしていました。式が終わり新郎新婦が大聖堂を出てくると、新郎新婦を中心に参列者がギターの伴奏で歌い踊る大騒ぎとなり、最後は国旗を先頭にピレ門まで歌いながら行進をはじめました。クロアチアの結婚式は賑やかでダイナミックでした。

ドブロブニク

動画3分7秒

翌日、市内から車で30分程の空港近くの村(Cilipi)で毎週日曜日に開かれる民族ダンスと刺繍の日曜市を見に行きました。村の中央広場に教会とコナヴァラ民族芸術博物館があり、教会の入口前に客席が用意されていました。博物館は刺繍に特化しており、1階には養蚕や絹糸の製糸工程が展示され、2階には刺繍を施した美しい民族衣装が展示されていました。コレクションの素晴らしさ、見やすい照明、分かり易い解説、充実したショップ、ホスピタリティーにあふれたスタッフなど、小さいながら素晴らしいもので、ドブロブニクの民俗学博物館が期待はずれ(貧弱なコレクション、見にくい照明、無愛想なスタッフ)でしたが、大満足でした。広場のあちこちで日曜市が開かれ、刺繍を施した民族衣装を着た女性が刺繍を売っていました。ガイドブックにもでているドブロブニクの刺繍店の刺繍は観光土産然としていて買う気がしませんでしたが、こちらは素晴らしく、ドブロブニク刺繍を買うならここしかないと思いました。

コナヴァラ民族芸術博物館

動画1分15秒

11:15から民族ダンスのショーが始まりました。弦楽器の伴奏で6組の若い男女とおじいさん一人の明るく楽しいダンスです。最後に結婚式のカップルと付き人がでてきて全員で踊ります。

CILIPI 民族ダンス

動画1分25秒

12:00にショーが終わり、10キロほど離れたグルダ村郊外のレストランで昼食を取りました。みどりと水音につつまれたのどかなレストランで、民族衣装の女性がサーブしてくれました。その後、ドブロブニクを経由してボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに向かいました。途中のストラック村で2016年に世界遺産に登録された中世の墓碑を見ました。墓碑面の武人が右手をあげて挨拶をしていました。右手をあげているは友好の印、左手に弓を持っているのは、もし敵対するなら徹底的に戦うという意思表示だそうで、ボスニア人の心意気を学びました。山道を下り17時にモスタルに到着しました。

グルダ郊外のレストラン

ストラックの中世の墓碑

モスタル

モスタルは三つの川が合流するヘルツェゴビナの中心都市で、15世紀中ごろにオスマン帝国の支配下におかれため、トルコの面影が色濃く残るエキゾチックな街です。1993年のボスニア内戦で破壊され、戦後、平和の象徴として復活し世界遺産に登録されたスタリ・モスト橋は多くの観光客であふれていました。夕食をスタリ・モスト橋を見渡すレストランでとりました。食事中に橋の欄干から青年が眼下のネレトバ川に飛び込むのを見ることができました。翌日、改めて街を散策し、コスキ・メフメド・パシャ・モスクのミナレット(尖塔)に登りモスタルの全景を楽しみ、トルコの家でオスマン帝国時代の生活様式を見ることができました。

動画2分23秒

12時にモスタルを発ち、清流と魚料理で有名なブラ・スプリングで昼食をとり、クラヴィス滝を経由してサラエボ空港に向かいました。クラヴィス滝は高さはあまりありませんが、ナイアガラのような横幅のある美しい滝です。しかし大勢の人が泳ぐ海水浴場のような賑わいで拍子ぬけしました。クラヴィス滝から山の中をぬけてサラエボ空港まで3時ほどで到着しました。

ブナ・スプリング

動画42秒

クラヴィス滝

動画58秒

21:10発にサラエボを発ち、イスタンブール乗継で翌日の19時に無事成田につきました。

クロアチアは予想以上でした。内陸のプリトビチェ湖群国立公園も素晴らしかったのですが、一番気に入ったのは、アドリア海沿いの街々でした。ヨーロッパらしい歴史的な町並みと明るく美しい海が共存して他に類をみません。

観光的な要素を少し減らしもう少しゆっくりした日程にすべきだったと反省しています。特に最後のコトル、ドブロブニク、モスタルは1泊づつではなくドブロブニク3泊にしてリゾートライフを楽しむべきでした。コトルは魅力的な街でしたが国境の通過に時間がかかりすぎました。ボスニア・ヘルツェゴビナはモスタル以外観光的にはそれほど魅力的ではありませんでした。スプリットからドブロブニクへの移動の途中、又はドブロブニクからサラエボ空港に移動する途中に、昼食を含み3時間ほど立ち寄るのが良いと思います。

ベトナム

2013年に南部のホーチミン市、中部のフエとホイアンに行ってきましたが、今回は北部の首都ハノイ、中国国境に近い山岳地帯のサパ、世界遺産のハロン湾と陸のハロン湾と言われるチャンアンに行ってきました。

今回の旅行の最大の目的はサパ周辺の山岳地帯に住む少数民族の民族衣装を見に行くことでした。
そこでハノイに着いて真っ先に民族博物館にいきました。花モン族・黒モン族・タイ族などの多様な民族衣装を見ることができ良い勉強になりました。

水上人形劇

その後ベトナム独特の水上人形劇を見ました。ホーチミン市でも見ましたがハノイが本家のようです。本来は村の野外で行われていましたが現在はホアンキエム湖畔のタンロン人形劇場で上演されています。内容的にはホーチミン市の方が変化に富んで良いと思いましたが、舞台や音楽はハノイの方が良いと思いました。

チャパエクスプレス

サパに行くための拠点都市ラオカイに行く方法は鉄道とバスがあります。ハノイ/ラオカイ間の高速道路(264キロ)が2014年9月に開通したため以前は9時間以上かかったものが4時間で行くことができるようになりバスで朝出発すれば昼にはラオカイに着くことができるようになりました。しかし観光的には従来から確立している輸送手段である夜行列車が今でも主流のようです。ベトナムの鉄道はベトナム国鉄により運行されていますが面白いことに連結されている寝台車は複数の民間企業により運営されています。最高級はサパのビクトリホテルが運営しているヴィクトリア・エクスプレスですが我々は少しランクの低いチャパ・エクスプレスの2人個室を利用しました。キャビンは狭く2つのベッドの間に少し隙間がある程度ですが快適でよく眠れました。洗面所とトイレは車両の前後にありあまり綺麗とは言えませんが機能的には十分でした。22時ハノイ発、翌朝6時20分ラオカイ着ですので食堂車はなく、夕食は駅に行く前に済ませ、朝食はラオカイ駅前のレストランで食べることになります。

ラオカイは中国との国境の街で駅から車で5分ほどで国境です。中国の雲南省からベトナムのトンキン湾に至る紅河(Red river)を国境とし橋がかかっています。

谷間の棚田
紅河に沿って走る

ラオカイから紅河に沿って30分程走り橋を渡ると曲がりくねった山道となり2時間ほど登りバックハ(Bac Ha)に着きました。途中の谷には棚田がつづいていました。

バックハーで小休止をとり更に山道を1時間ほど走りカンカウ(Can Cau)に着きました。この村では毎週土曜日にマーケットが開かれます。バックハーの日曜市と比べて規模は小さいのですが、よりローカル色が強くカラフルな民族衣装の女性で溢れていました。食料・衣類雑貨・食事・動物の4つのエリアに分かれていていました。特に水牛の取引が盛んでバックハーを超える規模でした。

午後バックハーに戻り昼食後近郊の花モン族の村(Ban Pho)に行きました。花モン族は最も華やかな衣装で有名ですが農業中心の生活で少数民族の中でも貧しいようです。しかし子供たちはとても可愛く明るく素直でした。帰り道で洋裁店を覗くと花モン族の服を作っていました。早速一式買ってしまいました。

バックハーに1泊しました。山の中のかなり大きな街ですがサパと違い高級なホテルはなく宿泊したホテルもエレベーターがない2つ星クラスでした。バスルームがシャワーのみなのは良いのですが、広めのシャワースペースに便器が共存するなんともワイルドなものでした。

翌朝は日曜市(Sunday market)です。ホテルから歩いて5分ほどで到着しました。カンカウと同様に食料・衣類雑貨・食事・動物の4つのエリアに分かれていていました。食料エリアには種類豊富で新鮮な野菜が並び、肉はテーブルにドンと並んで衛生面で心配になりました。魚も少しですが売っていました。食事エリアには多くの店がならび朝食を食べる人々で賑わっていました。衣類雑貨エリアには衣類小物を売る土産店が並び、鍬などの金物などの店もありました。動物エリアでは水牛の他に子犬を売る人が多くいました。

午後サパに向かう途中でタイ族の村に立ち寄りました。村はずれで水牛車に乗り換えて中央までのんびりと行きました。

バックハーまで2時間、そこからまた山道を1時間半登りサパに着きました。サパはフランス統治時代に開発されたリゾート都市です。日本ではあまり有名ではありませんが欧米では有名な観光地で多くの観光客で溢れていました。新たらしいホテルも相次ぎ建築されておりこれからますます発展すると思われます。

路地奥にアメイジングホテルが見える

サパのホテルは4つ星のアメイジングホテルでした。2015年開業のまあたらしい快適なホテルでした。メインストリートから近く買い物や食事にも便利でした。実は歴史的有名ホテルのヴィクトリアホテルにすればが良かったかなと思っていましたが、アメイジングホテルで正解でした。ヴィクトリアホテルを見に行きましたが、確かにクラシックでレストランは雰囲気があってよかったのですが、ロビーはそれほど高級感はなく、客室の中は見れませんでしたが外から見る限り昔のリゾートホテルのスタンダードである狭い部屋のようでした。なにより問題は丘の上にあり買い物や外のレストランに行くのに不便だということです。

翌日、あいにく小雨と霧で視界が悪く、晴れていれば素晴らしいサパ周辺の展望を楽しめませんでした。街にでて民芸品の店をめぐり黒モン族などの手芸品を買いました。午後はトレッキングです。車で1時間ほど山を下りラオチャイ村に行き、そこからタヴァン村まで2時間ほど歩きました。民族衣装の黒モン族の女性が我々のグループ4人に3人付いてきました。目的はお土産を買ってほしいからなのですが、なにかと話しかけてきます。1時間ほど一緒に歩き村はずれで手芸品を一つ買ってあげました。現地ガイドだと思い片言の英語で話ながら歩くのも良い思い出になりました。

夕方、ラオカイに戻り駅前のレストランで夕食をとり時間調整をしてラオカイ駅発21時のチャパエクスプレスでハノイに向かいました。

翌朝5時半にハノイ駅に着きました。歩いて5分ほどの所のホテルでシャワーと朝食をとり7時半にハロン湾行きのバスが迎えに着ました。市内の複数のホテルを回って乗客をピックアップするのに30分以上かかり、途中20分ほどのトイレ休憩を1回とってハロン湾には12時着きました。なんと4時間半もかかりました。ハノイからハロン湾まで約170キロですからいかにも時間がかかりすぎです。高速道路が完備すれば2時間程度となりもっ行きやすくなるのにと思いました。

ハロン湾のクルーズ船
サンセット

ハロン湾の着くとクルーズ船がたくさん係留されていました。我々の乗る船はACLASS SLTELLAER CRUISEという船で客室数24今回の乗客は31名とのことでした。客室は海側に面したバス(シャワー)トイレつきのツインベッドの部屋でした。狭いながら快適な部屋でした。湾内のためか波もなくほとんど揺れを感じることもありませんでした。昼食後テンダー(船が引いている連絡用ボート)で旧水上村(現在住民はなくたんなるフローティングボート乗り場となっている)に行き、小舟に乗換洞窟くぐりをし、その後サプライジング・ケーブという鍾乳洞に行きました。200段ほどの階段を登った先に鍾乳洞の入口があります。階段を降りていくと巨大が鍾乳洞に入っていきます。予想を超える規模です。日本の秋芳洞より大きく変化に富んでいると思いました。船に戻ると甲板ではサンセットカクテルパーが開かれ夕日を見ながらののどかな時間が流れていきました。夕食後にはイカ釣り体験がありました。

太極拳
ティプトップ島頂上からの眺め

朝食前に甲板では太極拳のレッスンがありました。ゆっくり動く島影を背景にゆったりとした太極拳はなんとも言えず良いものでした。朝食後ティプトップ島(Ti Top Island)に行きました。400段の階段を登ると島の頂上の展望台からハロン湾の360度の展望が楽しめます。島の下は海水浴場になっており海水浴も楽しめます。船に戻ると春巻き造りの料理教室が開かれました。早めの昼食をとり12時頃に船は港に戻りました。12時半頃ハノイのホテル行きのバスが出発し16時半頃にホテルにつきました。ハロン湾の良さは日帰りではなく1泊2日のクルーズでないと分からないと感じました。

ヒルトンのロビー

ハノイはヒルトンホテルに2泊しました。ホアンキエム湖に近く旧市街にも徒歩圏といいうベストロケーションと設備・食事・サービスとどれをとっても最高のホテルで快適でした。特にエグゼクティブルームだったので18時からエグゼクティブラウンジで軽食(といってもメニューも豊富なブッフェ)とワイン・ビール・ソフトドリンク(飲み放題)が無料で楽しめるので助かりました。

翌日の10時にセントジョセフ大聖堂前集合の旧市街散策ツアーに参加しました。大聖堂を見てから旧市街の金物・靴・衣類など同じ業種の店が並ぶ通りを右に左に歩き回りました。途中でハノイ名物のスイート「チェ」やつけ麺「ブンチャー」を食べたりハノイの庶民生活を楽しみました。

午後はタクシーで10キロほど離れたVan Phuc Silk Villageに行きました。郊外の村だと思ったら既に村ではなくでシルク製品を売る店が集まった街中の一画でした。都市の拡大と共に市街化したようです。シルクを織る工場が並んでいることを想像していましたが工場はあまり見かけず店舗ばかりが目につきました。工場に入って見ると手動の織り機はありませんでしたがジャガード式自動織機が稼働していました。織り柄パターンを穴あけした板をつなげたパンチカード式のもので現代的な自動織機に移行する過渡期のものです。今では博物館でしか見られないものが実際に使用されているのを見て感激しました。

夜はフランス料理のお店に行きました。フランス統治の伝統からフランス料理が盛んかと思いましたが思いの他少なく、ネットで調べたところ評判の良いところはマリオットやソフィテルなどの超高級ホテルのレストランのようであまり興味が湧きません。そこでガイドさんから紹介されたローカルのフランス料理店に行きました。ホテルから歩いて10分もかからない場所でしたが道に迷い20分近くかかりました。レストランはなかなか高級感があり日本人が良く利用するようで日本語のメニューがありました。前菜・スープ・メイン(肉と魚のチョイス)・デザートで35ドルと料金もリーズナブルでした。ベトナム料理が1週間続いたのでしばらくぶりの洋食でホッとしました。

チャンアン船乗り場
洞窟くぐり

翌日は帰国日ですがハノイ発が深夜でホテル発が21時でしたから丸一日あります。そこで2014年に世界遺産に登録され陸のハロン湾と呼ばれるチャンアンに行きました。ハノイを8時に出発して高速道路があるので2時間半で到着しました。カルスト台地が水没し多くの島ができたのがハロン湾で、チャンアンはそれが地上なため山水画のような山の間を川がながれているものでした。中国の桂林は漓江という大河を大型船で下りますがチャンアンは小舟で小川をめぐるものです。途中に寺院や洞窟くぐりがある2時間の船遊びでした。船頭さんは船の後ろに座り手漕ぎ(時々足こぎ)で進めます。乗客もオールをもっと一緒に漕ぐという参加型です。コースの途中に8個所の洞窟くぐりがあります。一番長い洞窟は300メートル以上あり天井も低くかなりスリリングです。はずかしながら撮影に気を取られ頭を天井の岩にぶつけてしまいました。幸い帽子をかぶっていたので軽症で済みましたが痛い思い出になりました。

ビッグドン寺

午後ビックドン寺という洞窟寺院に行きました。この寺院にいくにはタムコックから2キロの田舎道を何故か自転車で行くことになっています。レストランで自転車を借りふらふらしながら10分ほどで到着です。断崖に沿って階段を登りながら3つ寺院と洞窟をお参りします。途中の洞窟は真っ暗でスマホの懐中電灯機能で進みました。一番上の寺院のあたりには野生?の山羊がいたり自然豊かな寺院でした。

タムコックに戻りVan Lam Embroider Villageに行きました。日本のテレビで見て是非行きたいと現地旅行社に依頼した所でした。チャンアンの公式ホームページに載っており全国的に有名であると情報で大いに期待した行きました。ところが案内された所は日本のテレビにも紹介された所でしたが刺繍工房というより縫製工場で刺繍はほんの少ししかやっていません。ガイドの説明では昔は盛んだったが今はこの工場しかないというのです。また村といってもタムコックの街外れで想像していたような村ではありませんでした。納得できず重ねてガイドに希望を伝え他を探させようやく更に街を離れた所の工場に行くことができ制作風景が見られました。工場の向かいには同じ経営の高級リゾートホテルがあり、その売店で刺繍商品を購入でき満足しました。

ハノイのホテルに戻り夕食後タクシーで空港に行きました。タクシーで1時間18ドルでした。ハノイ空港の国際線ターミナルは2014年12月31日に運用開始したばかりの空港でした。深夜の0時50分ハノイを発って成田には朝7時35分に到着しました。

ハノイを除き全て1泊で毎日観光と移動という少しハードなスケジュールでしたが、充実した楽しい旅行でした。

ルーマニアとハンガリー

ハンガリー刺繍には大きく分けて三つのスタイルがあり、2年前に一番ポピュラーでシンプルな花柄スタイルのカロチャ刺繍を見にカロチャに行ってきました。今回はメゼーケベジュドに濃厚な花柄スタイルのマチョ刺繍を、そし現在はルーマニア領ですが以前はハンガリー領で今でもハンガリー族が住むクルージ・ナポカの郊外の村に最も古いスタイルのイーラーシュシュ刺繍を見に行くことを最大の目的とし、観光的には世界遺産とルーマニアとハンガリーのクリスマスマーケットを見に行くコースとしました。

ブラショフ Brasov

日本を夜発ってルーマニアの首都ブカレストに朝着き、タクシーで標高800mのスキーリゾートのシナイアの町を経由し2時間半ほどでブラショフに着きました。旧市街の中心の広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのものに比べると規模は小さく人出も少ないですが夜になるとライトアップされ大変綺麗でした。

ブラショフ民族博物館 Ethnographical Museum Brasov

ルーマニア各地の民族衣装が展示されていました。20世紀初頭のジャガード式自動織機があり実演してくれました。古い手機から現在の自動織機に移る前の半自動の機械で大変興味深いものでした。

ルシュノフ要塞 Rasnov Fortress

ブラショフからブラン城に行く途中の山の上に造られた要塞です。駐車場からトラクターに引かれた車に乗って登ります。頂上からは360度の絶景が望めます。オフシーズの早朝ということもあり我々二人しか来訪者はおらず貸し切りの贅沢な時間を過ごすこととができました。

ブラン城(ドラキュラ城)Bran Castle

ルーマニアの観光地では一番有名なところでしょう。流石に観光客も多くトイレや売店といった設備や城内の展示も整っていて観光しやすくなっていました。

ビスクリ要塞教会 Viscri Fortified Church

トランシルバニア地方に100以上ある城壁で囲われた教会の一つで世界遺産に指定されています。残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでしたが豪壮な造りで圧倒的な存在感がありました。

シギショアラ Sighisoara

ブラショフから120km、中世の町並みが残る城塞都市です。多くの人々は山の下の新市街に住んでいて山上の城郭内旧市街に住む人は少なくレストランや店舗もあまりありません。夜は歩く人も少ない暗い町並みが幻想的でした。

ビエルタン要塞教会  Biertan Fortified Church

シギショアラから27kmのビエルタンにある要塞教会。三重の壁に囲まれた堅固な造りで教会というより城と言う方がピッタリする。ここも残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでした。

シビウ Sibiu

トランシルバニア高原の南端に位置する古都。旧市街の中心の大広場ではルーマニア最大と言われるクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのニュールンベルクやシュトットガルトに比べ屋台の数や人出も遥かに少ないものですが、広場を取り巻く建物にプロジェクションマッピングされ大変美しいものでした。

クルージュ・ナポカ Cluj-Napoca

トランシルバニア地方の中心都市。ルーマニアで二番目に大きい聖ミハイ教会のたつ統一広場でクリスマスマーケットが開かれていました。食事の屋台ではルーマニア料理の中をくり抜いたパンに入った豆のスープが売られていました。ミニアイススケート場や音楽のステージが開かれ、サンタクロースが広場の周りのレストランや会場を歩きチョコレートを配っていました。ホテルの窓から正教聖堂と国立劇場が見え夜はライトアップされて綺麗でした。25日のクリスマスはキリスト教国の常でレストランを含めほとんどどこも開いていません。開いているのは教会と夜のクリスマスマーケットぐらいでした。日中はホテルでのんびりし、夜になって夕食を兼ねてクリスマスマーケットに行き、かろうじて開いているレストランを見つけ夕食にありつけました。外は雪になり静かなホワイトクリスマスでした。

トランシルバニア民族博物館  Ethnographic Museum of Transylvania

トランシルバニア地方の民族衣装が展示されています。残念ながら展示変更作業が行われていて一部見ることができませんでした。

カロタセグ地方 Kalotaszeg Area

クルージュ・ナポカの西50kmほどの地域の村イズヴォル・クリシュルイの国道沿いに民芸品を売る店が並んでいます。クリスマスイブのため開いている店は少なかったのですが良い刺繍を買うことができました。丘の上には町を見下ろすように要塞教会が建っていました。

シック村 Sic Villege

クルージュ・ナポカの北東40kmほどのハンガリー系住民が住む村。まず教会に行くと丁度ミサがあるようで村人が三々五々集まっていました。年配の女性は民族衣装(赤又は黒のスカート、黒い防寒上着、黒いスカーフ)を身に着けていました。教会の中では小学生くらいの子供がバイオリンで賛美歌を弾いていました。次にブカレストの旅行会社に依頼してあったシック村家庭訪問です。シック村の伝統的な緑色の家に着くと白いスカーフをかぶり赤い服を着た女性が出迎えてくれました。67歳になるクララさんでした。そしてなんと我々を連れてきてくれた車の運転手はクララさんの息子さんでした。丁度クリスマスイブなので実家に帰ってきたのでした。ガイドのロクサーナさんがギターを持ってきていて、クララさんの家の前で歌を歌い始めました。歌を歌わないと家に入れてくれない風習があるんだそうです。家に入ると歓迎のお菓子が用意され、自家製のスモモのパリンカ(強い蒸留酒)で乾杯です。ダイニングルームのサードボードや壁の飾り棚などは綺麗な花がらの塗装がされていましたが全てクララさんの手によるものだそうです。一旦外に出て「清潔の部屋」と呼ばれる嫁入り道具を飾る部屋のある離れに案内されました。そこでもう一つのサプライズが待っていました。玄関を入ると日本の本が置いてありました。「ルーマニアの赤い薔薇」という1991年に出版された日本ヴォーグ社発行の写真集です。この写真集を見てシック村に来ることを決めた本でした。伺ってみると著者の「みやこうせい氏」はクララさんの家に泊まって取材していたそうです。また日本のテレビ番組の取材で女優の羽田美智子さんが10日間泊まって生活したことも分かりました。「清潔の部屋」に入ると天井まで届く枕カバーをはじめカラフルな寝具や衣装箱で埋め尽くされていました。これこそ本やインターネットで見て憧れたそのものと感激しました。母屋に戻ってクララさんから刺繍の手ほどきを受け、日本では見たことのない技法を習うことができました。そのあとクリスマス料理をいただきました。チキンスープ、牛肉料理、デザート、どれもクララさんの手料理です。素朴で暖かく美味しい料理を堪能していると、小学生くらいの男の子が入ってきて賛美歌を歌いはじめました。歌い終わるとみなさんからお年玉が渡されます。これがこの地方のクリスマスの習慣のようでした。期待以上の体験ができた素晴らしいクリスマスイブとなりました。

ブダペスト Budapest

クルージュ・ナポカからブダペストまで350kmをミニバスで移動しました。9人乗りのミニバスで料金は一人100RON(約2700円)と格安です。日本でインターネットで予約しクレジットカードで支払いも済んでいます。ハンガリー国境でのパスポートチェック(所用20分程度)を含めブダペストまで約6時間のドライブは席が狭くて快適とは言い難いもののなんとか我慢できる範囲でした。ブダペストのバスターミナルからは地下鉄で5駅10分程度でホテルの近くに着きました。一人300フォリント(130円程度)一番古い路線のため車両も古いものでしたが安くて便利です。
今回の宿泊は1泊ということもありクリスマスマーケットに近く料金が安い所という条件で検索(Booking.com)した結果アパートメント(民泊)を予約してみました。住所は直ぐわかりましたがどこにもアパートメントの名称がなく受付もありません。ようやくアパートのインターホンの部屋表示の一つに小さく手書きでアパートの名称をみつけボタンを押しましたが返事がありません。電話すると事前に連絡してあった到着時間より早かった(バスが1時間半早く到着したため)のでまで着ていないとのことでした。幸いアパートのビルの1階に荷物一時預かり所があったのでスーツケースを預け、クリスマスマーケットの見物に行って時間をつぶし予定の時間にやっとチェックインができました。「古いアパートの一室を綺麗に改修し貸出し、事前に連絡した時間にスタッフが出向いてチェックインを行い、全額現金で前払い、チェックアウトは鍵をメールボックルにドロップする。なにかあったら電話で連絡し対応する」というシステムでした。部屋自体は広くて綺麗、料金も室料80ユーロ+掃除代15ユーロ=95ユーロ(約12000円)場所はブダペスト随一の繁華街の一画でクリスマスマーケットから5分と最高に便利なところなので良い選択だったとは思いますが民泊にはそれなりに問題(不便)があることが認識でき良い勉強となりました。
ところでブダペストのクリスマスマーケットは最高でした。ヴルシュマルティ広場周辺と聖イシュヴァーン大聖堂前広場の二会場がありドイツのものに比べてスケールでも負けていないばかりか、屋台の商品バリエーションが多くてセンスが良く(ドイツは屋台は多いが同じようなクリスマス商品ばかり)テイクアウトのフード屋台の料理のバリエーションが豊富でテーブルや椅子があって座って食べられる(ドイツは料理のバエーションやテーブルが少なく椅子はほとんどない)というグルメとショッピングという面ではドイツクリスマスマーケットより勝っていると思います。

ホッロークー Holloko

ブダペストから北東に約100km、バローツ洋式の伝統家屋の残る世界遺産の村。残念ながら冬期のためほとんどの施設が開いておらず外観を見ながら散策しただけでした。観光客や住む人の姿もほとんど見えませんでしたが、その分静かで美しい村を満喫することができました。

マチョ博物館 Matyo Museum

ホッロークーから約100kmブダペストから約130kmのメセーケヴェジュドにあるマチョ刺繍の博物館。博物館の正面にマチョ刺繍を今日のスタイル(多種多様な花柄と豊富な色)に発展普及させたKisjanko Bori女史の胸像が置かれており、2階の展示室には女史がデザインした花々の元絵が展示されていました。

マチョ刺繍講習 Matyo Embroidery Workshop

ハダス地区の民芸館(House of Folk Arts)で1時間ほどマチョ刺繍の個人レッスンを受けました。

ハダス地区 Hadas District

マチョ博物館の近くに、マチョ刺繍を発展普及させたKisjanko Bori女史の家を中心に民芸関連の家が集まっている地区があります。あいにく塗装家具の家などは閉まっていましたがKisjanko Bori女史の家、織物の家、刺繍の家、民芸品店などを見ることができました。博物館とは違って生活の中の刺繍を見ることができ良い勉強になりました。

料理

ルーマニアの料理に関する知識はほとんどなくガイドブックによるとボリュームのある肉料理が中心のようです。家内は旅行中は体調管理のためヘビーな料理を避けていることもありスープとサラダをメインに食べていました。一番興味深かったのは一斤ほどの丸型パンの中身をくり抜いて豆のスープを入れたものでした。サイコロ状に切ったロースハムのような肉も入っていましたが味はそれほど濃くなく美味しくいただきました。サラダは野菜が新鮮でドレッシングもシンプルで結構でした。牛肉のひき肉を俵型にして焼いたハンガリー風ハンバーグステーキといったものもいただきましたがこれも予想外におとなしい味で美味しいものでした。ルーマニアは歴史的に多民族国家でドイツ系やラテン系の食事も一般的で、どの町にも美味しいイタリアレストランがありました。クルージュ・ナポカで食べたオッソブーコは絶品で付け合せのミラノ風リゾットが黄金色で今まで食べた中で一番でした。それからルーマニアワインが素晴らしく白(シャルドネ)と赤(カベルネ)はレストランおすすめのハウスワインで十二分に美味しく陶然となりました。
ハンガリーの料理も伝統的なものはルーマニアと同じようにボリュームのある肉料理が中心のようです。前回ブダペストで食べた生フォアグラのソテーが超絶美味しかったので今回もと思ったのでが、クリマスシーズのためお目当てのレストラン(コムセソワ)がクローズであったため今回はミシュランの星付きの創作ルーマニア料理の店に行きました。非常に洗練されフランス料理のようでプレゼンテーションも美しく大変美味しいものでした。最後の夕食は温泉リゾートホテルで1泊2食のバイキングでした。これが一般的なハンガリー料理なのでしょうが正直あまり美味しくありませんでした。やはりレストランとメニューを選ばないと美味しいものは食べられないということですね。

 

オランダとノルウェー

アムステルダム

今回の旅行の最大の目標はノルウェーのハーダンガーフィヨルドのウトネという小さな村の民族博物館にハーダンガー刺繍を見に行くことでした。ハーダンガーフィヨルドはノルウェー第2の都市ベルゲンから行くのですが、ベルゲンへは日本から直行便はなく乗り継ぎも非常に悪いことから経由地のオランダのアムステルダムに2泊することにしました。街の中心のダム広場に面したホテルに泊まりましたが、ダム広場で野外コンサートが開かれていたため大変な人出と音でびっくりしました。到着後まづは運河めぐりの船にのり街を一回りし、その後飾り窓地区を散歩しました。運河沿いの道には大勢の人が行き交い、昔のようないかがわしい雰囲気は全くなくなっていました。夕食はアンティークな内装の伝統的オランダ料理のレストランに行きました。フランスやイタリアの料理のような洗練されたものではありませんが素朴で家庭的な味が楽しめました。翌日は花市場まで歩き花屋さんの前のスターバックスで朝食をとりました。運河沿いに多くの花屋さんが並びオランダらしくて良い観光地です。その後ゴッホ美術館と国立美術館に行きました。ゴッホ美術館は時系列的に作品が展示され、ゴッホの書簡なども展示されていて大変勉強になりました。残念ながら作品の撮影ができないため外観の写真だけです。ゴッホ美術館から5分ほどの国立美術館ではレンブラントとフェルメールを見ました。流石にすばらしくこれを見るだけでもアムステルダムに行く価値がありますね。事前にネットでチケットを購入していたため、どちらの美術館とも全く待たずに入館できました。良いシステムですね。

ベルゲン

ホテルを出て石畳の道をしばらく歩くと港を隔てて世界遺産の木造家屋ブリッゲンが見えてきました。ハンザ同盟で栄えたカラフルな街並みを散策しクラシックなレストランでノルウェー料理を食べました。期待通り魚料理が絶品でした。港に面した魚市場は市場というより屋台食堂街といった感じで、お店の前で料理し裏のテーブルで食事ができるようになっており、観光客でいっぱいでした。ブリッゲンの裏手からケーブルカーで展望台のあるフロイエン山に登りました。ベルゲンの街が眼下に広がり絶景です。函館山の展望台のようです。翌日のバス乗り場を確認するためベルゲン駅まで歩きました。

ハーダンガーフィヨルド

ベルゲンからハーダンガーフィヨルドの港ノールハイムスンまでバスで1時間半、そこから高速船に乗って1時間でウトネにつきました。港の目の前には1722年から営業しているノルウェー最古のウトネホテルがあります。1階はフロント、ロビー、レストラン、2階は客室の小さな家族的なホテルです。昼食を頼んだらロビーのテーブルにリネンをひいて我々だけのダイニングをセットしてくれてびっくり。料理もおいしくて二度びっくりでした。この村には民族博物館があり特にハーダンガー刺繍のコレクションはノルウェー随一です。ハーダンガー刺繍はイタリアの刺繍技術がこの地に伝わり独自の発展をとげたもので、結婚式やおめでたい席の正装として着用されたものですが最近は後継者もいなくなり絶滅寸前の状況です。貧しかった時代に女性が美しい衣装を作るために一所懸命作ったものが、豊かな時代となり手のかかる手仕事をしなくなってしまったもので、世界中で起きている現象です。伝統を守ることは本当に大変なことだと展示を見ながら感じました。また本館の周囲には古民家が保存されており昔の生活を見ることができます。さらに車で30分フィヨルドに沿って行くとアガの村がありここにも民族博物館がありました。ここのハーダンガー刺繍のコレクションはウトネほど豊富ではありませんが全てが一人の女性が制作した家族のものである点が大変興味深いものでした。翌日ウトネから再度高速船にのってハーダンガーフィヨルドの最深部のアイフィヨルドまで2時間のフィヨルドクルーズを楽しみました。両岸には山の中腹まで「さくらんぼ」と「りんご」の畑が続き、各所で滝が流れ落ち、村が現れます。船が立ち寄る港には大抵クラシックなリゾートホテルがあり、水面(海面)は鏡のようで地上の景色が写りこんで絵のような美しさです。

アイフィヨルド

ハーダンガーフィヨルド最深部の村です。車で20分ほど山道を登るとノルウェー屈指の名滝ヴォリングスフォッセンがあります。谷の両側から2つの滝が流れ落ちて谷底で一つになりまるでU字型の滝に見えることで有名です。我々の行った日は残念ながら片方の滝の水量が細くそれほどには見えませんでしたが、それでも正面の滝は二段三段に落ち雄大でした。アイフィヨルドのホテルは港に面して建ち窓からの景色はまさにフィヨルドのホテルそのものです。驚いたことにこんなフィヨルドの奥まったホテルに中国人と韓国人の団体が入っていたのです。日本人は我々だけだというのに。ところがホテルの前にはノルウェーの国旗の他、アメリカ、イギリス、スペイン、ドイツの旗と日本の旗が立っていましたが、中国や韓国の国旗は立っていないのです。

ボス

アイフィヨルドから1時間バスに乗ってベルゲンと首都オスロを結ぶ鉄道とハーダンガーフィヨルドとソグネフィヨルド方面行きのバスの発着点であるボスに着きました。そして駅からタクシーで湖を取りまく山の上にあるボス民族博物館に行ってきました。ハーダンガー刺繍はウトネやアガに比べると少ないながら胸当のコレクションが豊富で綺麗に整理されていました。しかしここの魅力は湖と街を見下ろす絶景です。この景色を見るだけでも立ち寄る価値があります。ミュールダール行きの電車の出発時間まで駅の隣のホテルで昼食をとりました。駅のホームと直結したホテルですが1864創立の素晴らしい歴史的ホテルでした。

フロム鉄道

ボス始発の電車にのりミュールダールまで1時間、いよいよ800メートルの高度差を1時間で下る登山鉄道フロム鉄道です。進行方向左側の眺めが良いのは分かっていましたが自由席のため思うように席が取れず反対側のそれも通路側という最悪の席でした。出発して2駅目で一時停車があり車外にでて間近に滝を見ることができます。飛沫でびしょびしょになりながら乗客はみな大喜びです。滝の上に赤い服を着た女性(魔女)がでて歌を歌います。その後は断崖、滝、山、川などの絶景を見ながらの下りを楽しみました。

フロム

ソグネフィヨルド観光の一大基地です。フロム鉄道、フィヨルド観光船、そして大型クルーズ船が集まり、観光客でいっぱいです。港の正面にはフレトハイムホテルがありロビーではソプラノ歌手による歓迎コンサートがありました。

ソグネフィヨルド

バスでグドヴァンゲンに行きフィヨルド観光船に乗ってフロムの手前のウンドレダールまでフィヨルドクルーズを楽しみました。この間はフィヨルドの幅が狭く左右に渓谷が迫り最もフィヨルドらしさを感じることができます。ノルウェー到着以来天候が不順で、毎日曇りベース、頻繁に小雨、時たま日差しがさすという状況でしたが、この日は快晴となりフィヨルド観光を満喫できました。グドヴァンゲンからは小型の観光船も同時出港し後方を追走、フロム方向からは観光船が次々とスレ違いフィヨルド観光銀座の様相です。緑の渓谷、無数の滝、カラフルで可愛らしい村、かもめ、フィヨルドは想像以上に美しく写真をとりまくりました。終点のフロムの手前のウンドレダールで下船しました。この村は山羊のチーズとスターヴ(木造)教会で有名な小さな村です。一般的な山羊チーズと異なり茶色く少し甘いチーズは独特でチーズというより何かのパテのようです。クラッカーに乗せて食べるとデザートの向いているようです。ここのスターヴ(木造)教会は良く写真でみる茶色でネパールの寺院のような形ではなく白くて一般的な教会のようですが内部が古い形式で外側が近代の形式のようです。フロムと異なり人口80人ほどの小さな可愛らしい村でフィヨルドの村を堪能できました。バスでフロムに戻り午後3時半に高速船でベルゲンに向け出港しました。途中いくつかの村を経由しながら5時間半のクルーズです。グドヴァンゲンからの部分と異なりフィヨルドの幅が広く景色的にはあまりドラマチックではありません。ベルゲンに近づくと美しい住宅が並ぶ内海クルーズとなります。海面ぎりぎりのところには船着場のある家がつづき、カラフルな住宅はどれも大きく、ノルウェーの生活レベルの高さを感じます。いよいよベルゲンに入港です。左側にはブリッゲンが、正面には魚市場が、右側には宿泊ホテルが見えます。午後9時ベルゲン到着しました。ようやくホテルに到着するとオーバーブッキングでリロケーション(ホテル変更)を告げられ近くのホテルに移動、やれやれです。しかし怪我の功名というか新しいホテルの近くに素敵なイタリアレストランを発見し最後の夕食を楽しうことができました。ノルウェーでイタリア料理、これが絶品でした。

まとめ

今回の旅行の大きな目的であるハーダンガー刺繍の見学は当初予定していたウトネの民族博物館だけではなくアガやボスの民族博物館に行くことができ予想以上の成果がありました。詳細は「刺繍・レース」のページに別途掲載していますのでごらんください。

個人旅行でフィヨルド観光をする場合、ベルゲンから日帰りで行く分にはオプショナルツアーのようなノルウェー・イン・ア・ナットシェルという周遊券が便利です。ソグネフィヨルドを例にとると、ベルゲンから鉄道でミュールダールへ、ミュールダールから登山鉄道でフロムへ、フロムからフィヨルド観光船でグドヴァンゲンへ、グドヴァンゲンからスタルハイム経由バスでボスへ、ボスから電車でベルゲンへ、という日程にそったチケットがセットされ料金も割安となっています。しかし今回のように周遊券ではカバーできないような日程となると途端に困難になります。鉄道・バス・船の時刻表がネット上にはあるのですが運輸機関毎にバラバラで探さねばならないのと駅名・バス停名・港名がノルウェー語で地図を参照しながら調べなければいけません。結果的には希望する日程を作ることができましたがかなり時間を要しました。外国人が日本国内の旅行日程を作るとしたらやはり大変だろうなと思いました、拡大する訪日旅行のFIT化に対応するのに時刻表の英文化が必要だと思いますが、どこまで進んでいるのかな?と思いました。

ネットでヨーロッパ個人旅行の日程作成と手配を行う度にネットの進歩を痛感します。エアーは格安航空券サイト、ホテルはホテル予約サイト、鉄道はレイルヨーロッパ、空港・ホテル間トランスファーは各空港のサイトに掲載された運送会社のサイト、美術館の予約は各美術館のサイト、船は船会社のサイト、で日程の大半は埼玉の田舎で予約・発券ができました。旅行会社の存在意義がだんだん少なくなっているなと心配する反面、調べて手配するのに大変な時間がかかる面もあり、一般的な人にとっては旅行会社の作るパッケージ旅行の方が便利なので、今後も旅行会社の存在意義は高いと思います。しかしそれにはより高い企画力と情報発信力が必要だとも思います。

弘前・津軽こぎん刺し

「津軽こぎん刺し」を見に行きました。「津軽こぎん刺し」は江戸時代に木綿の着用を許されなかった農民が麻布を重ねて麻糸で刺した着物を普段着としていたもので、雪国津軽の冬は麻布だけでは寒さを防ぐことはできず、糸で布目をびっしり刺すことで保温効果も高めていたものです。明治に入ると木綿の着用が解禁になり、木綿糸が手に入りやすくなり、藍色の麻布に白い木綿糸で刺されるようになっていきました。農家の女達の美意識と工夫で多くの模様が生み出され、他の刺し手と美しさを競い合うようになり、娘達は幼少から刺す練習をし、晴れ着用として嫁入り支度に欠かせないものとなりました。しかし明治24年に上野~青森間の鉄道が開通し、明治27年に青森~弘前間に鉄道が延び、豊富な物資が流通し始めると麻より暖かく丈夫な木綿の着物が手に入るようになると、手間のかかるこぎん刺し着物は急速に廃れていきました。昭和に入ると、柳宗悦[やなぎむねよし](1889~1961)らによる民藝運動によって、再び注目を浴びることとなります。宗悦は津軽こぎん刺しの模様に注目し民家や古道具屋で古作こぎん着物を収集し、「名もない津軽の女達よ、よくこれほどのものを遺してくれた」(昭和7年「工芸」より)と絶賛しています。

弘前でも「津軽こぎん刺し」はおみやげ屋さんに小物が売られている程度で古作や新作をまとめて見られる施設は極めて少ないのが現実です。ネットで調べて見ただけでは十分な情報がなく弘前駅内の観光案内所で相談し3箇所ほど行ってきました。中でも「弘前こぎん研究所」では刺繍の方法を実演していただいた上で、古作のコレクションも見せていただくなど大変お世話になりました。http://www.kaneiri.co.jp/shop/people/kogin-miura.html

津軽近郊の大鰐温泉にある星野リゾート界に津軽こぎん刺しをモチーフにした特別室「津軽こぎんの間」ができたというテレビ報道に興味を惹かれ弘前に行ってきました。お部屋は離れで津軽こぎん刺しを柄にした障子や内装で綺麗な部屋でしたが「津軽こぎん刺し」そのものはあまりなく想像とは少し異なっていました。

イタリア・ウンブリア州

ウンブリア州はローマとフィレンツェの間にある州で、サッカーで知られるペルージャや聖フランチェスコの町として知られるアッシジがある州です。観光的にはあまり日本では有名でありませんが、中世の街並みが残る緑豊かな地方です。この地にはアッシジ刺繍をはじめ多様な刺繍やレースが今尚残っているとのことで、スポレート在住の粉川さんの案内でトレビのサンタルチア教会、アッシジのラフェエッラ先生、ペルージャのウンブリア州物産館、伝統機織博物館、ソルベッロ博物館、マジョーレ島のレース博物館、パニカーレの刺繍博物館、を訪ね伝統ある手仕事に携わるご婦人の皆様と支援される皆様にお会いしてきました。

アッシジ刺繍(アッシジ)

アッシジ刺繍のラフェエラ先生(Raffaella Bartolucci Cesaretti)にお会いし作品を拝見しお話を伺いました。先生はソルベッロ刺繍の権威であるポルポラ先生(Genevieve Porpora)と共にスポレート刺繍協会(UNITI DA UN’FILO)の理事をされており、アッシジ刺繍のオリジナルデザイン集や、アッシジ刺繍の歴史、デザインのヒント、貴重なアンティーク作品を収めた本(IL PUNTO ASSSISI)を著作されています。

布はテラアッシジ麻100%、糸はDMC20番を使っているそうです。デザインは中世のファサードの動植物の模様、デルータ陶器に使われる模様、ルネッサンスの画家ラファエロの絵画やグロテスク模様、聖書のモチーフをヒントにおこしているとのこと。

トレヴィサンタルチア教会の金糸刺繍(トレヴィ)

アッシジ近郊のトレヴィはオリーブの樹々の中、円錐形の高い位置に構成された人口約1000人の小さな町。遠くから見ると町全体がピンク色でとても印象的です。それは町の背後にあるスパシオ山から切り出された石材のおかげでバラ色の町並みなのです。高い位置に町が築かれた理由は外敵や疫病から町を守る為だったそうです。

ウンブリア州物産館(ペルージャ)

ペルージャにあるウンブリア州物産館に展示されている刺繍やレースをソルベッロ刺繍のポルポラ先生のご紹介で特別に手にとって見ることができました。

伝統機織GIUDITTA BROZZETTI(ペルージャ)

手動の織り機で昔ながらの織物を制作している工房を見学しました。
建物はSan Francesco教会を買い取ったもので、ひいおばあさんから代々受け継がれ現在も作品の制作が続いています。工房の雰囲気も際立ってそれ自体が芸術品を見ているようです。案内してくださった女主人のMartaさんはまるでモデルさんのような美しい人でした。

ソルベッロ博物館

ペルージャ大聖堂の裏手にある博物館で学芸員の方の説明を受けながらソルベッロ刺繍のコレクションを拝見しました。素晴らしい刺繍のコレクションです。展示点数も半端ではありません。コレクションした方の情熱、伝えたい願いが伝わってきます。ソルベッロ刺繍はその制作を敢えて分業化し技法を門外不出としました。このため一貫した制作技法を知る人は現在ポルポラ先生をはじめ数人しかいないそうです。

見学を終えた後バルコニーにはクロスのかかったテーブルに飲み物とアペリティーボ(おつまみ)が用意されていてホッと一息。夏の遅い夕暮れを迎えたペルージャの景色もタップリと楽しみました。

マジョーレ島レース博物館

ペルージャから1時間ほどフィレンツェ方向に行ったところにあるトラジメーノ湖の中のマジョーレ島にあるレース博物館を訪問しました。博物館の前の通りではレースを編む女性がお二人いました。お一人はアンナ・ディサンティスさん(90歳をこえています)は7歳の時からお母さんから口頭で編み方を教わりました。なんとマジョーレ島レースの創始者の直系でソフィア・ローレンやモナコ王妃のドレスを制作した家柄だそうです。

 パニカーレ刺繍博物館

パニカーレ刺繍協会の皆さんの歓迎を受けチュール刺繍のコレクションを拝見しお話を伺いました。

ピッティ衣装博物館(フィレンツェ)

アルノ川の対岸にある広大なピッティ宮殿の中の衣装博物館を見学しました美しく上品なドレスが時代順に展示されています。一点一点・刺繍・スパンコール・ビーズ刺繍・レース・コード刺繍など、たくさんの種類の刺繍がそれぞれの時代の最先端ファッションとして見事に施されています。

後記

児童文学の山下明生先生ご夫妻からアッシジのお話しを伺い、以前より一度行ってみたいと思っておりました所、ヴォーグ学園の刺繍クラスで枝村先生よりアッシジ刺繍を学び、是非アッシジを訪ねて実際にアッシジ刺繍の製作に携わっている方々にお会いし、お話しを伺いたいと思い立ちました。ウエッブを検索した所イタリア在住の粉川さんのウンブリア刺繍のホームページを発見し、アッシジ刺繍以外にも多様な刺繍があることを知りました。そこで早速、粉川さんと連絡をとりコーディネート(日程の提案・手配・案内・通訳)をお願いしました。粉川さんの綿密なアレンジにより各地で素晴らしい方々にお会いし、的確な通訳により得難いお話しを伺うことができ、お陰さまで期待を大きく超えた実り豊かな旅行となりました。

見ず知らずの1人の日本人のために、わざわざお時間を割いていただき、親身に対応していただいたウンブリア州の皆さんに心から感謝すると共に、素晴らしいコーディネートをしていただいた粉川さん、勝手な私の希望を聞き入れ最大限実現するため旅行の手配をしカメラマンも担当してくれた夫、そしてペットホテルの狭いケージで10日間頑張った愛猫チリに感謝・感謝です。

後記2(2016年 7月8日)
ウンブリア州を訪ねたのは2015年の7月でした。それから10カ月後 ヴォーグ社発行のステッチイデー vol.23の世界刺しゅう図鑑の60ページから63ページに「優美なイタリアの刺繍プント・ウンブロ」のタイトルで詳しい記事が掲載されました。(文 粉川 妙)

今年は7月21日のヴォーグ学園のクラスの後ノルウェーのハーダンガーへ向かいます。色々事前に情報を収集していますがご当地のひと達による手仕事の伝統の継承は難しい事に直面しているようです。