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モロッコ

モロッコに行ってきました。久しぶりの一人旅です。カタール航空でドーハ乗継でカサブランカに入り、首都ラバト、白い街のテトゥアン、青い街のシャウエン、世界一の迷宮都市フェズ、大西洋に面したエッサウィラ、そしてマラケシュを周りました。

いつも成田発を利用していたため羽田空港国際線ターミナルが立派になっていてびっくりです!!モノレールと京急の駅が直結していて便利ですね。

カタール航空は初めての利用です。機材は最新で綺麗、機内食やサービスも良く、航空会社としては大変良いのですが、ヨーロッパに行くには所要時間が長い(カサブランカまで行き22時間、帰り19時間)のが難点です。今回はカサブランカ(モロッコ)行きで他に選択肢がなく利用しましたが一般的なヨーロッパ諸都市であれば利用がためらわれます。

カサブランカ空港に着き(2階)エスカレーターで1階に降りると鉄道の駅があります。ここで全日程のチケットを予約購入しました。オンラインで予約できるのですがモロッコの銀行で発行されたクレジットカードでないと決済できず実質的に国外での予約ができないシステムになっていました。料金は非常に安く1等でもカサブランカ空港〜ラバト1680円、ラバト〜タンジール3372円、マラケシュ〜カサブランカ空港2640円でした。

カサブランカ空港からカサブランカL’Oasis乗換で1時間半、まだ明るい首都ラバトに到着しました。

翌日、朝から市内を歩いて観光しました。ラバトは新市街と旧市街が融合した落ち着いた街で世界遺産に認定されています。あいにくムハンマド5世廟とハサン塔はクローズで中に入れませんでしたが騎乗の衛兵は見ることができました。

小舟が浮かぶ長閑なブーレグレグ川に沿って大西洋に面したカスバ(城塞)に向かいました。

ウダイヤのカスバの城門をくぐり、白と青に塗られた家が並ぶ迷路を通り展望台に立ちました。

メディナ(旧市街)に入りました。色々な商品が並ぶ通りを歩きました。迷路で有名なフェズやマラケシュほどの人混みもなく安心して歩けました。

2018年11月に開業した高速鉄道(フランスのTGVタイプ)で地中海の玄関タンジールに向かいました。駅も車両も最新鋭で大変快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(3分51秒)

ラバトから250kmを1時間20分、超モダンなタンジール駅に到着、快適でした。

乗継のバスの時間が悪いので、依頼しておいたタクシーでテトゥアンのホテルまで移動しました(約1時間、料金40ユーロ)。テトゥアンはスペインの影響が強い白い街として有名で世界遺産に認定されています。

王宮の横の門から旧市街に入ると迷路のように道が入り組み、業種別のスーク(市場)がありました。フェズやマラケシュと違い観光客はほとんど見かけず地元の人が行き交う生活感に溢れた街でした。

迷子になって歩いていると偶然タンネリ(革なめし染色場)に突き当たりました。フェズのタンネリが有名ですがどの街にもあるのでしょうか。なぜか猫が沢山いました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分11秒)

翌日、国営バスで1時間、青い街シャウエンに向かいました。山の斜面に階段状に広がる旧市街は白壁の家が連なり、白壁の下半分を青く塗った家が美しく写真映えすると人気が高まり、大勢の観光客が押し寄せています。特に人気のスポットは撮影待ちする人で一杯でした。

旧市街の中心にはカスバ(城塞)とモスクがあります。広場の南西地区には地元の人が買い物をするスーク(市場)がありました。

北東地区の土産店の並ぶ通りを抜けラスエルマの泉に出ました。清流に沿って洗濯場や休憩所があり、水を大切に楽しむ地元の人々の生活がありました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分41秒)

翌日、国営バスでフェズに向かいました。途中30分ほどのトイレ休憩をはさむ4時間のドライブです。

フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都です。城壁で取り囲まれた旧市街は世界一複雑な迷路の街として有名です。

間違いなく迷子になると思いガイドを雇い案内してもらいました。午前中は、青いタイルで装飾されたブージュルード門から旧市街に入り、迷路のような通りをめぐりながら、ブーイナニアマドラサ(神学校)、手芸地区、皮革製品地区、金属細工地区などを周りました。

手芸地区では織物工房、フェズ刺繍工房、絨毯店を訪問し伝統の手芸商品を見学しました。

皮革製品地区では革製品店の屋上からタンネリ(革なめし染色場)を見学しました。テレビでは見たことがありましたが実際に見ると壮観です。世界3大苦役と言われるそうですが、匂いと暑さの中、染料のは行ったプールのようなツボに全身を入れての作業は想像を絶します。

午後は、郊外の陶器工房でタジンやモザイクの制作工程を見学し、その後王宮とユダヤ人街を周りました。

夜はブージュルード門の近くのレストランでモロッコ料理(チキンと野菜のタジン)を食べました。

お時間があれば動画もご覧ください(5分23秒)

フェズからマラケシュへは550km鉄道だと6時間半かかり一日移動になってしまいますので空路で行くことにしました。マラケシュまで1時間のフライトでした。

マラケシュ空港は超モダンできれいな空港でした。

マラケシュから大西洋岸の街エッサウィラに向かいました。事前手配のタクシーで一路エッサウィラまで3時間(190km)料金は50ユーロと格安でした。

エッサウィラはビーチリゾートと旧市街が融合したおしゃれな街でした。城門をくぐりホテルにチェックインすると屋上で大西洋、港、城壁を見ながらウエルカムミントティーがサーブされました。

旧市街はフェズやマラケシュと異なり道幅の広い大通りを中心に広がり歩きやすく迷子にならずに済みました。

スカラ(城塞)に登り大西洋を眼下にみました。風が強くカモメが乱舞していました。砲台には日没を待つ人々が待機していました。

港には自分で選んだ魚を焼いて食べさせてくれる魚屋台街があります。夕日を見ながら美味しい焼き魚を頂きました。しかし残念なことにお酒が飲めずミネラルウォーターでした。

翌朝、港に行きました。カモメが飛び交う空港には小型の漁船がたくさ集まっていました。

お時間があれば動画もご覧ください(4分50秒)

昼からタクシーでマラケシュに移動しました。途中、郊外でアルガンオイルの生産共同組合により製造工程を見学しました。その後しばらく走ると道路沿いのアルガンの木にヤギが登っている所があり立ち寄りました。

マラケシュに到着しまた。大都市です。新市街には近代的な建物が並び、旧市街は巨大な城壁で囲まれていました。旧市街の中は迷路のように路地でつながっておりバイク、ロバ、リヤカーが走り回る活気のある街です。

まず旧市街の中心になっているジャマ・エル・フナ広場に行きました。まだ明るいので人出はそれほどでもありません。ジュースのスタンドが沢山あり1杯50円で搾りたてのオレンジジュースが楽しめました。

クトゥビア、アグノウ門、サアード朝の墳墓群、バヒア宮殿と歴史地区をめぐりました。

マラケシュの旧市街もフェズなどと同様に地区毎に業種の異なるスーク(市場)がありました。表通りにはきれいな店舗があり脇道に入るとその業種の工房が並んでいました。

夕方になると、レストラン屋台、野外芸人、楽団、猿や蛇のレンタル撮影屋など、ジャマ・エル・フナ広場が賑わってきました。

日が落ち、広場に面したレストランの屋上に登ると絶景です。

翌日、新市街の鉄道駅からフェズ行きの特急に乗りカサブランカに向かいました。ラバト〜タンジール間の高速鉄道に比べるとかなり古びた列車です。カサブランカ・ロアジス駅まで2時間半、乗り換えて25分で空港駅に着きました。

カサブランカ空港の搭乗ゲートに行くと、なんと日本食レストランがありびっくり!!

カサブランカからドーハ乗換で羽田まで19時間、行きに比べると飛行時間も短く、ドーハの乗り継ぎも2時間と適当で、夜行ということもあり良く眠れ快適でした。しかし羽田着が22時40分、川口の自宅に帰るには遅すぎるので空港から京急で1駅の天空橋で降り徒歩3分京急EXイン羽田に後泊、すぐお風呂にも入れ快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(4分52秒)

終わりに

突然思いつきモロッコに行ってきました。70歳の爺さんがリックサックを背負って一人旅、毎日歩き回り(15000歩から20000歩)写真と動画を撮りまくる日々、なんとか無事旅行できる程度には健康なことに感謝です。

フェズやマラケシュに代表されるメディナ(旧市街)を巡る日程でモロッコらしさを堪能できました。気候もフェズやマラケシュの日中こそ30度を超えて暑かったものの湿度が低いため日陰やスーク(市場)内はそれほど暑くなく、夕方は24度ぐらいで爽やかでした。また海岸沿いのラバトやエッサウィラは日中でも30度にならず夕方は涼しくてジャケットが必要でした。

モロッコ料理といえばタジンとクスクスですが、色々調べ評判のところ行きましたがあまり美味しいとは思えませんでした。魚は大西洋や地中海に面していることから新鮮で種類も多く(鯛、鱸、鰯、イカ、エビなど)料理方法も炭火焼きなことからシンプルで大変美味しいと思いました。しかしローカルレストランではアルコールの提供がなく(ホテルやグループが入るようなレストランならOKなのですが)残念でした。

今回は、一人旅で公共交通機関のみを利用するためアトラス山脈の彼方のカスバ街道やサハラ砂漠方面へ行けませんでした。次回は専用車をチャーターしてマラケシュからフェズまで3泊4日程度の旅行をしたいと思いました。

このブログは撮影した写真の一部と動画を元に作成しました。すべての写真を掲載したフォトアルバムも作成しましたのでご興味のある方はご覧ください。

フォトアルバム(モロッコ)

 

メキシコとパナマ

今回の旅行の主目的はメキシコの刺繍と織物を見にオアハカへ、パナマのモラを見にサンブラス諸島へ行くことです。オアハカはメキシコ南部の都市で、先住民率40%以上、今でも多種多様な文化や伝統が残っている「メキシコで最もメキシコらしい場所」といわれているところです。手芸が盛んで郊外の村では伝統的な手法で刺繍や織物が行われています。モラはカリブ海のサンブラス諸島に住むクナ族による幾枚も重ねた布を切り抜いて作る独特なアップリケです。サンブラス諸島はクナ族が高度の自治権を持ち、クナ族以外には事業活動ができないため、外部の資本によるリゾート開発が行われず自然がそのまま残っています。

成田からメキシコ航空でメキシコシティへ直行便で12時間半/時差15時間のフライトです。午後1時に到着しました。

空港から旧市街の中心ソカロ広場に近いホテルまでタクシーで30分ほどでした。まずはソカロ広場周辺を散策、広場では大規模なイベントが開かれ物産展やステージで演奏が行われていました。テントの中では民芸品やタコスなどのファーストフードが売られていました。ステージではラテン音楽のコンサートが行われ観客が音楽に合わせて踊っていました。

夜はソカロ広場を見下ろすレストランでメキシコ料理を楽しみました。

翌日、真っ先に国立人類学博物館に行きました。2階建で1階は考古学、2階は民俗学の展示です。マヤやアステカの展示はロンドンの大英博物館やニューヨークのメトロポリタン博物館に匹敵する素晴らしさでした。

マヤ展示室
アステカ展示室

民俗学の展示も素晴らしく、メキシコ各地の民族衣装や民芸品のコレクションは質量ともに圧倒的で、メキシコの豊かな民族性を学ぶことができました。

予約制ですが大変な人気で列ができていました

午後はメキシコ現代絵画を代表する女流画家フリーダ・カーロの博物館に行きました。民族芸術の第一人者としても有名で服飾デザイナーでもありました。

フリーダ・カーロのデザインしたドレス。左のドレスは身体障害があるフリーダ・カーロ用の皮製拘束衣がついた特異なものです

メキシコシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(6分27秒)

夕方のフライトでオアハカに行きました。19時頃にホテルに到着です。

ホテルは中庭のあるメキシコの邸宅を改装したものでした
入場料は無料でした

翌日、朝一番で織物博物館に行きました。小さな博物館です。まず最初にインディゴ(藍染)のお祭り用衣装に驚き、次に民族衣装のウイピル(貫頭衣)のコレクションに魅了されました。

オアハカ州の太平洋岸の村で行われるお祭りの衣装だそうです
ウイピル(貫頭衣)はグアテマラでも見ましたが、メキシコのものはより洗練されていました

オアハカの旧市街はサントドミンゴ教会とソカロ広場の間に広がるメキシコらしいカラフルな街でした。ソカロ広場の先にはメルカド(市場)があり食品や民芸品で溢れていました。

サントドミンゴ教会、中は黄金の輝きでした
カラフルな町並み、夜は露店がでます
ソカロ広場
メルカド(市場)

オアハカの郊外には手芸の村が沢山あり、それぞれの村には一村一品の手芸品があります。一日車をチャーターし、これらの村々の中から、午前は刺繍の村、午後は手織りの村に行きました。

サン・アントニーノ・カスティージョ・ベラスコ村
花柄刺繍の村です。刺繍作家として有名なグアダルーペさんの工房に行き、制作過程と作品を見せていただき、2点ほど作品を譲っていただきました。

全て手刺繍の家族工房です
細かい刺繍がびっしり刺されています
譲っていただいたブラウスと一緒に記念撮影です

テオティトラン・デル・バジェ村
手織りのラグ(タペテ)の村です。糸の染色から機織りまでの工程を一貫して家族で行っています。特に赤い色はサボテンに寄生するカイガラムシを潰してできるコチニールという色素を使用しています。

カイガラムシをすり潰すと真っ赤な染料(コチニール)が取れます
コチニールを溶かしたお湯に糸を浸けて染めます
300年以上使用している織機、あちこち補修して使用ていました
13代目のご当主に色々な作品を見せていただきました

オアハカの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(7分17秒)

メキシコシティ近くを飛んでいます

翌早朝、オアハカからメキシコシティ乗り継ぎでパナマシティに行きました。

以前パナマは治安が悪くカスコ・ビエホ(旧市街)は危険と言われていましたが、現在は世界遺産に指定され治安も良くなり散策やショッピングを楽しむことができます。海岸沿いの散歩道には露店が並びモラ(クナ族伝統のアップリケ)を売っていました。

大聖堂
手芸通り
たくさんモラが売られていました。一枚20ドルから50ドルほどでした

丁度カーニバルの時期だったので夜はパレードを見に行きました。

フロート5台+ダンサーのパレードといった構成です。パレードの沿道には食べ物の露店が並んでいました。

翌日は今回の旅行の最大の目的であるサンブラス諸島にモラを見に行きました。朝6時にホテルを出発してカリブ海の港まで2時間半、前半の道は平坦でしたが、後半は山道となり上下左右に今まで経験したことがない程のワインディングロードでした。クナ族の住むエリアは自治権が与えられ入域にはパスポートと入域税がかかります。域内のビジネスはクナ族に限られており外の資本が入れず、どこのリゾート地にでもあるような高級ホテルなどの施設はまったありません。観光客が行ける島は限定されており、クナ族の人々が住む51の島(コミュニティの島)とは厳密に分けられています。

クナ族エリアへの入域手続き待ちの車列
モーターボートでサンブラス諸島の島へ

最初に案内された島は観光客用で我々が希望するクナ族が生活しモラを作っている島ではありませんでした。

観光用の島、ビーチアクティビティが目的で、ロッジ、トイレ、レスラン、売店などがあるがクナ族は住んでいない

そこでガイドに改めて当方の希望を強く述べ特別にコミュニティの島に行くことができました。到着したコミュニティの島は観光用の島とは全く違い、サトウキビの茎を柱にヤシの葉でふかれた屋根の素朴な家が密集して並び、年配の女性は民族衣装を着て足元は裸足でした。モラを作っているお宅に案内していただいて作品を拝見し制作日数8ヶ月の前後に精緻なモラを施したブラウスを譲っていただきました。

コミュニティーの島の一つIsla Carti(カルティ島)に到着しました
外壁はサトウキビの茎を立てただけ、屋根は茅葺かトタン葺、電気はソーラ発電、水はどうしているのか?
クナ族の女性の典型的な服装、モラはブラウスの前と後ろに使用します。
訪問したお宅でモラを拝見していたところ近所の女性や子供が集まってきました
譲っていいただいたモラのブラウスです。制作に8か月かかったそうで、非常に丁寧に作られていました。

パナマシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(9分05秒)

今回の最大の目的であるパナマのサンブラス諸島に行って、実際にクナ族の女性に会ってモラの制作プロセスを見せていただき、モラの名品を拝見し、できれば譲っていいただく、という目的をなんとか果たすことができました。
日程企画の段階でモラについて調べましたが資料が極めて少なく、サンブラス諸島のどの島に行ったら良いかまったくわかりませんでした。現地の旅行会社に問い合わせましたが具体的な回答は得られませんでした。サンブラス諸島へはパナマシティから日帰りのツアーがありますがビーチアクティビティが目的のもので我々の目的とは異なります。兎に角現地に行って交渉しようということで日本を出発しました。
現地にいってはじめて観光用の島とコミュニティの島があることが分かり、交渉の末なんとか目的を果たせたのは幸運でした。
メキシコはオアハカが主たる目的でメキシコシティはあまり期待していなかったのですが、国立人類学博物館の展示に感動しメキシコシティに来てよかったと改めて思いました。オアハカは現地の旅行会社の方が大変優秀でこちらの希望を完璧に実現してくれました。やはり今回のような旅行は事前に現地旅行社を利用してしっかり手配しておく必要があることを再認識しました。

追記:フォトアルバムも作成しましたので静止画にご興味があればご覧ください

メキシコ・パナマ(2019) Mexico & Panama

クロアチア

今回の旅行は、世界無形文化遺産に登録されたパグ島のパグレースとフヴァール島のアガベレース、ドブロブニクの刺繍、クロアチアの民族衣装を見学することを主たる目的として、首都ザグレブから神々の手による水の箱庭と呼ばれるプリトヴィツ湖群国立公園を経由しアドリア海沿いにパグ島、ザダル、シベニク、トトギール、スプリット、フヴァール島と南下してドブロブニクに至り、最後にモンテネグロのコトル、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルをめぐりサラエボから帰国するコースとしました

ザグレブ

イスタンブール乗換で8:25にザグレブに到着しました。最近よくトルコ航空を利用します。乗継が良く、特に中欧にいくのに便利です。料金も割安で機内サービスも良く気に入っています。

空港からザグレブ市内の民俗学博物館に直行し11時開館の少し前に到着しましたが、快く入れてくれました。おかげで他に入館者はおらずゆっくり見学することができました。ザグレブ全域から集められた民族衣装が展示され見応えがありました。最初の部屋は明るく照明されていて綺麗に展示されてましたが、他の部屋は照明が暗く、せっかくのコレクションがあまりよく見えませんでした。

ザグレブ民俗学博物館

動画1分25秒

その後、イェラチッチ広場に向かい旧市街を散策しました。世界一短い(66m)というケーブルカーで丘の上に登り、聖マルコ教会に行きました。屋根瓦が紋章柄の美しい教会です。坂を下っていくと石の門があり、信徒の方が祈りをささげていました。ドラツ青果市場には新鮮が野菜が売られ市民生活の一端を見ることができました。広場を見渡すレストランで昼食をとってから聖母被昇天大聖堂に行きました。ネオゴシック様式の壮大な教会でした。その後イェラチッチ広場で観光案内所の前から無料の遊覧バスに乗り、ザグレブの街をぐるりと回ることができました。

動画1分17秒

午後3時に市内を発ちプリトヴィツェ湖群国立公園に向かい午後5時半に到着しました。公園の敷地内のホテルは3つしかなく、宿泊したイエゼロホテルはそのなかでは一番大きく設備が良いと言われています。三ツ星ですから設備はそれほどでもありませんが、公園の入口(Gate2)へ歩いて5分くらいとロケーションは最高でした。

プリトヴィツェ

一般的にはゲート1から入り、遊歩道を下っててプリトヴィツェ滝を見て、遊歩道をカウァノヴァツ湖、ミラノヴァツ湖と周り、P3からコジャック湖を電動ボートで渡ってP1、坂をのぼってST2/Gate2に至るのが一般的な周り方です。しかし夏場は大変混んでいてバスや船に乗るのも30分以上待つとのことから、翌日、逆回りで、8時にゲート2から公園に入り、先ずコジャック湖を船で渡って下湖群を4時間ほど散策しました。お陰であまり待つこともなくスムースに回ることができました。

動画3分16秒

午後1時にザダルに向かう予定でしたが、手配していた車のドラーバーよりブッシュファイア(やぶ火災)が発生して道路が封鎖されたため遅れるとの連絡が入りました。クロアチアと周辺国は夏の間は雨がほとんど降らず各地でブッシュファイアが発生するとのことでした(確かにドライブしていると道路の左右に火災の後を見ることができました)。最終的に車が到着したのは3時間遅れの午後4時になりましたが、待ち時間を利用して予定外の上湖群も少し見ることができました。ザダル到着は午後7時半頃となり、有名な夕日をみることができませんでした。すっかり暗くなりましたがGreeting to the Sunやローマ遺跡など夜のザダルを散策し、港に面したレストランでシーフードの夕食を楽しむことが出来ました。ザダルの観光名所ナンバーワンであるシーオルガン(波の動きを音に変換して音楽を奏でさせる)のまわりは大勢の人でにぎわっていて音が良く聞こえませんでしたので、翌朝もう一度訪ね妙なる音楽を楽しみました。

ザダル

動画57秒

前日の到着が遅くなりサダルの民俗学博物館見ることができず残念でしたが、次の訪問地パグ島に向けサダルを出発しました。パグ島までの道は特異な景観でした。大陸側から続く石灰岩の地層で緑が少なく白い岩で覆われた荒涼とした風景です。しかしパグは海に面した明るい港町でした。世界文化遺産に登録されているレースと、潮風を浴びわずかに残る草を食べる羊の乳から作る絶妙な塩味のチーズで有名です。旧市街の広場にパグレース組合が運営するギャラリーがありました。小さなギャラリーですが素晴らしいコレクションでした。係員の方も大変親切でパグレースの作り方を実演してくれました。街なかの路地にもレースを売る人がいましたが、レースを買うならこのギャラリーが一番だと思いました。

パグ

動画2分44秒

昼食後、次の宿泊地スプリットに向かい、途中でシベニクに立寄りました。街の中心にはクロアチア・ルネッサンス建築を代表する世界遺産の聖ヤコブ大聖堂がそびえていました。聖堂の外壁面にさまざまな表情の72人の顔が刻まれているのが特徴的でした。

シベニク

動画1分20秒

午後6時頃にスプリットに到着しました。ホテルがディオクレスティアヌス宮殿の中にあって車が乗り入れできないため青銅の門の近くに車を止めてもらいました。門を通ると宮殿の地下です。土産店が並ぶ通り(なんと宮殿に地下に土産街があるのです)をスーツケースを転がし、階段を上がってやっとホテルに着きました。観光には便利ですが、チェックインとチェックアウトが大変です。ホテルの裏手に宮殿の中心の大聖堂やペリスティルがあり、鐘楼に登ってスプリット旧市街の全景を眺め、迷路のような通りを歩いて旧市街全域を散策しました。港に面してローマ遺跡があり、塀で囲まれた宮殿中に商店やレストランが並んだテーマパークのようになった、活気に満ちた楽しい街です。遺跡が現代と共存するために大幅に改修されており、そのため世界遺産に登録されていないのかと思いました。夜、海沿いのレストランで食べたシーフードは今回の旅行でも最高でした(ムール貝のトマトソース蒸し、イカのグリル、シーフードリゾット)。帰りにプロムナード(リバ)のステージでサマーフェスティバルのイベントで民族衣装の踊りや合唱を楽しみました。

スプリット

動画3分38秒

スプリット民俗学博物館

大聖堂の隣のペリスティルの中庭から、天井に穴の開いた前庭を通り民俗学博物館に行きました。

動画1分21秒

スプリットから25キロ程のところにある世界遺産トロギールに行ってきました。バスステーションの前の橋を渡った城壁に囲まれた小さい島です。石畳の路地が複雑に入り込んでいます。聖ロバロ大聖堂の鐘楼に登り、街の全景を眺め、カメルレンゴの要塞まで海沿いを歩きました。スプリットは違い小さい落ち着きのある可愛らしい街で、ここに泊まるのも良いかなと思いました。

トロギール

動画1分35秒

朝、青銅の門の目の前の桟橋から高速艇でフヴァール島へ出港です。1時間ほどでフヴァールに到着しました。船着き場の目の前のホテルにチェックインし、先ずはフヴァールの城塞に登ってフヴァールの全景を眺め、下山しながらアガベレースを見にベネディクト修道院に行きました。フヴァールは、昼は人数もそれほど多くなくのどかでしたが、夜のレストラン地区は若者で一杯でびっくり、昼はアクティビティ、夜はナイトライフ、まさにリゾートでした。

フヴァール

動画1分36秒

フヴァールから高速艇でドブロブニクに向かいました。アドリア海の島々をまわり3時間ほどでドブロブニク港に到着後、車でスルジ山の展望台に上がりドブロブニクの旧市街を眺めながら昼食をとりました。事前に予約しておいたお陰で旧市街を見下ろす絶好の席で大満足でした。

ドブロブニク・スルジ山展望台

その後国境を越えてモンテネグロのコトルに向かいました。いりくんだ湾をくねくねとめぐる道からの眺めはまるでノルウェーのフィヨルドのようでした。コトルはドブロブニクのように城壁に囲まれた港街です。城内を散策した後、城塞を登り中腹からの眺めを楽しみました。街の中心、聖トリフォン大聖堂の前から歌声が聞こえました。よく見ると民族衣装の人々の踊る姿が見えました。

コトル

動画1分57秒

コトルからフェリーで湾をショートカットしてドブロブニクに向かいました。国境に到着すると大渋滞で車が動きません。しばらく待っていましたが調べてみるとクロアチア側の入国審査官が一人しかおらず通過するのに4時間を要することが分かりました。国境を越えた所にタクシーが1台いたので急遽チャーターし、コトルから乗ってきた車を捨て、荷物を持って徒歩で国境を越え、タクシーでドブロブニクに2時間遅れで到着することができました。まず民俗学博物館に行きました。細い路地を迷いそうになりながらようやくたどり着きましたが、ザグレブやスプリットに比べあまり見るものがなく、照明が暗くてせっかくのコレクションも良く見えず、スタッフもホスピタリティーにかけ無愛想でした。その後昼食を取ってから城壁を一周しました。1時間ほどかかりましたが絶景でドブロブニクに行ったら絶対に行くべきだと思いました。夕方歩いていると聖ヴラホ教会で結婚式をしていました。式が終わり新郎新婦が大聖堂を出てくると、新郎新婦を中心に参列者がギターの伴奏で歌い踊る大騒ぎとなり、最後は国旗を先頭にピレ門まで歌いながら行進をはじめました。クロアチアの結婚式は賑やかでダイナミックでした。

ドブロブニク

動画3分7秒

翌日、市内から車で30分程の空港近くの村(Cilipi)で毎週日曜日に開かれる民族ダンスと刺繍の日曜市を見に行きました。村の中央広場に教会とコナヴァラ民族芸術博物館があり、教会の入口前に客席が用意されていました。博物館は刺繍に特化しており、1階には養蚕や絹糸の製糸工程が展示され、2階には刺繍を施した美しい民族衣装が展示されていました。コレクションの素晴らしさ、見やすい照明、分かり易い解説、充実したショップ、ホスピタリティーにあふれたスタッフなど、小さいながら素晴らしいもので、ドブロブニクの民俗学博物館が期待はずれ(貧弱なコレクション、見にくい照明、無愛想なスタッフ)でしたが、大満足でした。広場のあちこちで日曜市が開かれ、刺繍を施した民族衣装を着た女性が刺繍を売っていました。ガイドブックにもでているドブロブニクの刺繍店の刺繍は観光土産然としていて買う気がしませんでしたが、こちらは素晴らしく、ドブロブニク刺繍を買うならここしかないと思いました。

コナヴァラ民族芸術博物館

動画1分15秒

11:15から民族ダンスのショーが始まりました。弦楽器の伴奏で6組の若い男女とおじいさん一人の明るく楽しいダンスです。最後に結婚式のカップルと付き人がでてきて全員で踊ります。

CILIPI 民族ダンス

動画1分25秒

12:00にショーが終わり、10キロほど離れたグルダ村郊外のレストランで昼食を取りました。みどりと水音につつまれたのどかなレストランで、民族衣装の女性がサーブしてくれました。その後、ドブロブニクを経由してボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに向かいました。途中のストラック村で2016年に世界遺産に登録された中世の墓碑を見ました。墓碑面の武人が右手をあげて挨拶をしていました。右手をあげているは友好の印、左手に弓を持っているのは、もし敵対するなら徹底的に戦うという意思表示だそうで、ボスニア人の心意気を学びました。山道を下り17時にモスタルに到着しました。

グルダ郊外のレストラン

ストラックの中世の墓碑

モスタル

モスタルは三つの川が合流するヘルツェゴビナの中心都市で、15世紀中ごろにオスマン帝国の支配下におかれため、トルコの面影が色濃く残るエキゾチックな街です。1993年のボスニア内戦で破壊され、戦後、平和の象徴として復活し世界遺産に登録されたスタリ・モスト橋は多くの観光客であふれていました。夕食をスタリ・モスト橋を見渡すレストランでとりました。食事中に橋の欄干から青年が眼下のネレトバ川に飛び込むのを見ることができました。翌日、改めて街を散策し、コスキ・メフメド・パシャ・モスクのミナレット(尖塔)に登りモスタルの全景を楽しみ、トルコの家でオスマン帝国時代の生活様式を見ることができました。

動画2分23秒

12時にモスタルを発ち、清流と魚料理で有名なブラ・スプリングで昼食をとり、クラヴィス滝を経由してサラエボ空港に向かいました。クラヴィス滝は高さはあまりありませんが、ナイアガラのような横幅のある美しい滝です。しかし大勢の人が泳ぐ海水浴場のような賑わいで拍子ぬけしました。クラヴィス滝から山の中をぬけてサラエボ空港まで3時ほどで到着しました。

ブナ・スプリング

動画42秒

クラヴィス滝

動画58秒

21:10発にサラエボを発ち、イスタンブール乗継で翌日の19時に無事成田につきました。

クロアチアは予想以上でした。内陸のプリトビチェ湖群国立公園も素晴らしかったのですが、一番気に入ったのは、アドリア海沿いの街々でした。ヨーロッパらしい歴史的な町並みと明るく美しい海が共存して他に類をみません。

観光的な要素を少し減らしもう少しゆっくりした日程にすべきだったと反省しています。特に最後のコトル、ドブロブニク、モスタルは1泊づつではなくドブロブニク3泊にしてリゾートライフを楽しむべきでした。コトルは魅力的な街でしたが国境の通過に時間がかかりすぎました。ボスニア・ヘルツェゴビナはモスタル以外観光的にはそれほど魅力的ではありませんでした。スプリットからドブロブニクへの移動の途中、又はドブロブニクからサラエボ空港に移動する途中に、昼食を含み3時間ほど立ち寄るのが良いと思います。

長野市と奈良井宿

善光寺の隣にある東山魁夷美術館が5月末で改築のため閉館になるとの情報を得て長野市に行くことになり、翌日どこに行こうかと考え40年以上行っていない木曽路の奈良井宿を訪ねることにしました。

大宮から北陸新幹線で長野市まで1時間、ノンストップ、早いですね。

北陸新幹線かがやき

先ずは善光寺参りです。前回お参りした時は御開帳の時でしたから大変な人出でしたが今回はそれほどでもなくゆっくりお参りができました。

善光寺山門前の参道
善光寺本堂

本堂から東山魁夷美術館に行く途中に小林一茶の「春風や牛に引かれて善光寺」の句碑がありました。

小林一茶の句碑(春風や牛に引かれて善光寺)
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善光寺東庭園を抜けた城山公園に長野県信濃美術館東山魁夷館がありました。施設の老朽化、狭隘な施設、学芸員の不足など、数々の問題が指摘され、東山魁夷館は2017年5月31日から、信濃美術館は2017年10月1日から休館し、全面的な再整備を行うそうです。学生時代の自画像から有名な白馬のいる緑の風景、そして絶筆の4本の木と星が描かれた「夕星」までゆっくり見ることができました。

次に、長野駅の東口から車で10分程の所にある水野美術館に行きました。「きのこ」で財をなした水野正幸氏(㈱ホクト創業者)が創設した日本画専門の美術館です。横山大観31点、菱田春草36点をはじめ橋本雅邦、下村観山などの初期日本美術院系作家を中心に加山又造や平山郁夫などの現代作家や上村松園、伊東深水などの女流作家を含む約500点の収蔵品があるそうです。行ってみると富山県水墨美術館所蔵作品の特別展が開催されており、期待していた水野美術館の収蔵品は逆に富山県水墨美術館に貸し出されていて見ることができませんでした。しかし富山県水墨美術館所蔵作品も素晴らしく富岡鉄斎や加山又造の作品を見ることができ良い勉強になりました。

水野美術館ロビーから見る日本庭園

翌朝、長野から特急しなので松本に行き、鈍行に乗り換えて塩尻経由奈良井に行きました。奈良井に行く鈍行は2時間に1本しかなく、自家用車か貸し切りバスで行かない限り大変行きにくい所です。このためか同じ中山道の妻籠宿に比べ行知名度が低く訪れる人もまばらでした。

奈良井宿2017年5月、鎮神社から見た町並み

奈良井宿には過去2回訪問しています。最初は1971年大学4年生の夏でした。中山道経由で名古屋に行くために立ち寄りました。泊まる所がなく長泉寺というお寺に泊めてもらい翌朝鳥居峠を越えて藪原にぬけた思い出の地です。1969年から始まった妻籠宿の保護事業が完了し観光地として脚光を浴びはじめた頃で、奈良井宿はまだ景観保護という活動とは無縁のひなびた町でした。村外れの水場は住民が使用する生活感に溢れる場所でした。

奈良井宿1971年夏、村外れの水場からみた町並み

現在、奈良井宿は重要伝統的建造物群保存地区として妻籠宿のように昔の町並みが保存されています。藪原から中山道屈指の難所と言われた鳥居峠を越えて来ると町の入口に鎮神社があり水場があります。そこから見た町並みは随分綺麗になっていましたが昔のままでした。木曽漆器やお六櫛のような民芸品のお店や、そば屋さんなどの食事処もあり、妻籠宿に負けない魅力的な宿場町ですので「エース」や「旅物語」などの団体旅行に取り入れ、もっと観光客に来てほしいものです。

八ヶ岳と諏訪湖

今年の4月4日に新宿駅新南口にオープンしたバスターミナル(バスタ新宿)から高速バスに乗りました。バスタ新宿は今まで新宿駅周辺に分散していた高速バスの乗り場を新宿駅新南口4階に集約したもので、JRからの乗り継ぎも良く広々としたロビーとチェックインカウンターが設備され非常に機能的で便利です。http://shinjuku-busterminal.co.jp/

201506Aバスタ新宿 201506Bバスタ新宿

日曜の下り中央高速道路は空いていて途中談合坂ICで20分の休憩をはさみ2時間半で八ヶ岳山麓の小淵沢のホテルに着きました。ホテルから歩いて10分、八ヶ岳リゾートアウトレットに行きました。小さな子供や犬をつれた若いファミリーで賑わっていました。超高級なブランドはあまりありませんがインポート系ファッションやスポーツアウトドア、生活雑貨、レストラン等64店舗が5500平米の広々とした森の中に展開し、買物しながら自然が楽しめます。http://www.yatsugatake-outlet.com/index2.php

201506F八ヶ岳 201506E八ヶ岳

ホテルからバスで15分ほどの平山郁夫シルクロード美術館に行きました。今回の旅行はこの美術館行くのが主目的でした。まづ特別展の「煌く布-金更紗と金糸織」を見ました。平山夫妻がインドとインドネシアで収集した金更紗(金を施したバティック)と金糸織(金糸を織り込んだ布)のコレクションです。我々夫婦も行ったインドのカッチ地方やインドネシアのジャワ島やバリ島などのもので、予想外で大変感激しました。1階には130回以上も訪れたシルクロードの取材と作品や最晩年の傑作「ルルド」の大作がありました。フランスの聖地「ルルド」で手に手にろうそくを持った大人たちの横向きの行列に子犬をつれた少女が正面を見つめる印象的な絵で、シルクロードの絵とは全く異なる画風に魅入られました。2階には砂漠を行くラクダの隊列の大作がならび圧巻です。同じモチーフを昼と夜の二枚に描き、向い合せて展示するという手法もユニークでダイナミックでした。

201506C平山郁夫美術館 201506D平山郁夫美術館

ルルド2       ラクダの隊列

翌日は上諏訪に行き北澤美術館に行きアールヌーボーのガラス器の傑作を堪能しました。これぞエミール・ガレ、ドーム、ラリック、すばらしい、ため息がでます。特別展ではパートドヴェールという技法によるガラス器を見ることができ勉強になりました。さらに二階の展示室には文化勲章受章作家による日本画のコレクションを楽しみました。特に東山魁夷のヨーロッパを題材に青を基調にした「晩鐘」や緑を基調にした「ハイデルベルグ」の作品が印象的でした。http://kitazawamuseum.kitz.co.jp/index.shtml

2北澤美術館                      北澤美術館

東山魁夷青 東山魁夷緑

タクシーで下諏訪に移動し諏訪大社秋宮の参道にある古民家を改装した蕎麦屋(苔泉亭)で天ぷらそばをいただきました。http://www.tamariya.org/taisentei/
昼食後、諏訪大社の下社の秋宮と春宮のニ社をお参りしました。Susieは若かりしころオルゴールで有名な三協精機(現:日本電産サンキョー)という会社に勤めていたことがあり、本社が諏訪だったことから諏訪には縁がありました。諏訪大社秋宮に行くと入り口の鳥居の前にサンキョーのオルゴールのモニュメントがあり懐かしい思いになりました。まづ出雲大社のような大しめなわがある神楽殿があり、その後ろに参拝する幣拝殿があります。その四隅に巨大な「御柱」が立っていました。7年に一度の天下の大祭と言われる「諏訪大社御柱祭」で16本のもみの大木が、4月氏子による勇壮な「山出し=木落し」の後、5月「里曳き」により社殿の四隅に建てられたものです。秋宮から中山道を1.1キロ歩くと春宮です。平日のせいか参拝者も少なく静かにお参りを済ますことができました。諏訪大社御柱祭の「木落し」でテレビで見て知っていましたが、その御柱が16本あり、四社の社殿の四隅に立てられていることは恥ずかしながら知りませんでしたので大変良い勉強になりました。http://www.onbashira.jp/about/taisha/

最後に諏訪湖の辺りに立つハーモ美術館に行きました。ルソーをはじめカミーユボンボワ、アンドレ・ボーシャン、グランマ・モーゼスなどの素朴派の作品400点を所蔵する個性的な美術館でした。http://www.harmo-museum.jp/
ルソー(果樹園) ルソー(花)

 

イタリア・ウンブリア州

ウンブリア州はローマとフィレンツェの間にある州で、サッカーで知られるペルージャや聖フランチェスコの町として知られるアッシジがある州です。観光的にはあまり日本では有名でありませんが、中世の街並みが残る緑豊かな地方です。この地にはアッシジ刺繍をはじめ多様な刺繍やレースが今尚残っているとのことで、スポレート在住の粉川さんの案内でトレビのサンタルチア教会、アッシジのラフェエッラ先生、ペルージャのウンブリア州物産館、伝統機織博物館、ソルベッロ博物館、マジョーレ島のレース博物館、パニカーレの刺繍博物館、を訪ね伝統ある手仕事に携わるご婦人の皆様と支援される皆様にお会いしてきました。

アッシジ刺繍(アッシジ)

アッシジ刺繍のラフェエラ先生(Raffaella Bartolucci Cesaretti)にお会いし作品を拝見しお話を伺いました。先生はソルベッロ刺繍の権威であるポルポラ先生(Genevieve Porpora)と共にスポレート刺繍協会(UNITI DA UN’FILO)の理事をされており、アッシジ刺繍のオリジナルデザイン集や、アッシジ刺繍の歴史、デザインのヒント、貴重なアンティーク作品を収めた本(IL PUNTO ASSSISI)を著作されています。

布はテラアッシジ麻100%、糸はDMC20番を使っているそうです。デザインは中世のファサードの動植物の模様、デルータ陶器に使われる模様、ルネッサンスの画家ラファエロの絵画やグロテスク模様、聖書のモチーフをヒントにおこしているとのこと。

トレヴィサンタルチア教会の金糸刺繍(トレヴィ)

アッシジ近郊のトレヴィはオリーブの樹々の中、円錐形の高い位置に構成された人口約1000人の小さな町。遠くから見ると町全体がピンク色でとても印象的です。それは町の背後にあるスパシオ山から切り出された石材のおかげでバラ色の町並みなのです。高い位置に町が築かれた理由は外敵や疫病から町を守る為だったそうです。

ウンブリア州物産館(ペルージャ)

ペルージャにあるウンブリア州物産館に展示されている刺繍やレースをソルベッロ刺繍のポルポラ先生のご紹介で特別に手にとって見ることができました。

伝統機織GIUDITTA BROZZETTI(ペルージャ)

手動の織り機で昔ながらの織物を制作している工房を見学しました。
建物はSan Francesco教会を買い取ったもので、ひいおばあさんから代々受け継がれ現在も作品の制作が続いています。工房の雰囲気も際立ってそれ自体が芸術品を見ているようです。案内してくださった女主人のMartaさんはまるでモデルさんのような美しい人でした。

ソルベッロ博物館

ペルージャ大聖堂の裏手にある博物館で学芸員の方の説明を受けながらソルベッロ刺繍のコレクションを拝見しました。素晴らしい刺繍のコレクションです。展示点数も半端ではありません。コレクションした方の情熱、伝えたい願いが伝わってきます。ソルベッロ刺繍はその制作を敢えて分業化し技法を門外不出としました。このため一貫した制作技法を知る人は現在ポルポラ先生をはじめ数人しかいないそうです。

見学を終えた後バルコニーにはクロスのかかったテーブルに飲み物とアペリティーボ(おつまみ)が用意されていてホッと一息。夏の遅い夕暮れを迎えたペルージャの景色もタップリと楽しみました。

マジョーレ島レース博物館

ペルージャから1時間ほどフィレンツェ方向に行ったところにあるトラジメーノ湖の中のマジョーレ島にあるレース博物館を訪問しました。博物館の前の通りではレースを編む女性がお二人いました。お一人はアンナ・ディサンティスさん(90歳をこえています)は7歳の時からお母さんから口頭で編み方を教わりました。なんとマジョーレ島レースの創始者の直系でソフィア・ローレンやモナコ王妃のドレスを制作した家柄だそうです。

 パニカーレ刺繍博物館

パニカーレ刺繍協会の皆さんの歓迎を受けチュール刺繍のコレクションを拝見しお話を伺いました。

ピッティ衣装博物館(フィレンツェ)

アルノ川の対岸にある広大なピッティ宮殿の中の衣装博物館を見学しました美しく上品なドレスが時代順に展示されています。一点一点・刺繍・スパンコール・ビーズ刺繍・レース・コード刺繍など、たくさんの種類の刺繍がそれぞれの時代の最先端ファッションとして見事に施されています。

後記

児童文学の山下明生先生ご夫妻からアッシジのお話しを伺い、以前より一度行ってみたいと思っておりました所、ヴォーグ学園の刺繍クラスで枝村先生よりアッシジ刺繍を学び、是非アッシジを訪ねて実際にアッシジ刺繍の製作に携わっている方々にお会いし、お話しを伺いたいと思い立ちました。ウエッブを検索した所イタリア在住の粉川さんのウンブリア刺繍のホームページを発見し、アッシジ刺繍以外にも多様な刺繍があることを知りました。そこで早速、粉川さんと連絡をとりコーディネート(日程の提案・手配・案内・通訳)をお願いしました。粉川さんの綿密なアレンジにより各地で素晴らしい方々にお会いし、的確な通訳により得難いお話しを伺うことができ、お陰さまで期待を大きく超えた実り豊かな旅行となりました。

見ず知らずの1人の日本人のために、わざわざお時間を割いていただき、親身に対応していただいたウンブリア州の皆さんに心から感謝すると共に、素晴らしいコーディネートをしていただいた粉川さん、勝手な私の希望を聞き入れ最大限実現するため旅行の手配をしカメラマンも担当してくれた夫、そしてペットホテルの狭いケージで10日間頑張った愛猫チリに感謝・感謝です。

後記2(2016年 7月8日)
ウンブリア州を訪ねたのは2015年の7月でした。それから10カ月後 ヴォーグ社発行のステッチイデー vol.23の世界刺しゅう図鑑の60ページから63ページに「優美なイタリアの刺繍プント・ウンブロ」のタイトルで詳しい記事が掲載されました。(文 粉川 妙)

今年は7月21日のヴォーグ学園のクラスの後ノルウェーのハーダンガーへ向かいます。色々事前に情報を収集していますがご当地のひと達による手仕事の伝統の継承は難しい事に直面しているようです。