宮城県仙南の「ひな祭り」

宮城県仙南地域で開催された13のひな祭りイベントの内の3個所(白石市、大河原町、川崎町)4会場をまわってきました。

白石市壽丸屋敷

東北新幹線で東京から白石蔵王まで約2時間、白石市(しろいしし)は福島・仙台・山形の中間に位置しています。街の中心にある壽丸屋敷(すまるやしき、明治中期から大正にかけて建てられた土蔵造りの店蔵と母屋からなる豪商の町屋建築)で開催された「ほっこりおひなさま展」を見学しました。


駅から徒歩5分

邸内に入ると地域の家々で使われていた雛飾りが並び壮観です。白石和紙の展示もありました。

白石城(伊達家の重臣・片倉家のかっての居城)に向かって歩くと白石という地名の由来でパワースポットの「神石白石」があり丘の上に天守閣が見えました。

白石・人形の蔵

次に明治・大正・昭和にかけての人形など常時5000点を展示する「白石・人形の蔵」に行きました。中学校の社会科の先生だった方が「子どもたちに歴史を身近に感じてもらいたい」と平成7年にオープンした博物館です。

本館一階はなつかしの駄菓子屋グッズでいっぱいです。

別館一階には伊達家拝領の古今雛や江戸時代制作のさが並んでいました。

別館二階に市松人形がいっぱい。一体一体は可愛いのですがこれだけ密集して並ぶと見方によっては少し怖いです。

在来線のローカル電車で13分大河原に移動し国登録有形文化財佐藤家住宅で開催された「佐藤屋でひなまつり」を見学しました。

駅から5分ほど歩き白石川を渡りました。4月上旬の川堤は桜の名所として有名です。

大河原町佐藤家住宅

佐藤家住宅は、明治から昭和にかけて建てられた近代和風建築物で、その大きさと細部まで気を配った造作は保存状態が良く、繁栄を極めた大地主の歴史を今に伝えています。27名の会員によるボランティア団体「佐藤屋プロジェクト」により佐藤家住宅を利用して定期的なイベントが開かれており、今回は3月2日から4日まで「ひなまつり」が開催されました。


駅から徒歩10分


御殿雛


享保雛


享保雛

仙台

在来線で35分仙台に移動して駅前のホテルモントレ仙台に宿泊しました。最上階(17階)に温泉(SkySpaサラ・テレナ)があり疲れがとれました。


駅前で朝市通りにも近く大変便利です


露天風呂はありませんがサウナもある本格的な大浴場です。

翌日、仙台駅前からバスで1時間半(秋保温泉から10キロ)、国営みちのく杜の湖畔公園(南地区・北地区・里山地区の三つのエリアからなる広大な国営公園、蔵王山麓の裾野、釜房湖畔に位置した豊かな水と緑に囲まれています)にいきました。

みちのく杜の湖畔公園

南地区に入ると「時の広場」があります。ストーンサークルのような不思議な広場です。その先に「彩の広場」が広がっています。まだ春が早く花はほとんど咲いていませんが4月になったらさぞ綺麗でしょう。


時の広場


彩の広場

ふるさと村エリアまでの道の両側に花が咲きはじめ春の伊吹をかんじました。


クリスマスローズ


原種シクラメン


水仙とふきのとう

ふるさと村エリアには東北各地から8棟の古民家が移築されており、この時期(2/23-3/24)は古民家に総数13台の7段飾りやガラスケース入り雛飾りなどが展示されていました。


長屋門

釜房の家(宮城県)地元の釜房ダム建設ため水没した村から移築

         湯田河の松(樹齢六百年、鶴が羽を広げているように見えることから「鶴の松」と呼ばれています。

本庄由利の家(秋田県)

月山山麓の家(山形県)

南会津の家(福島県)

鳴瀬川河畔の家(宮城県)

遠野の家(岩手県)

津軽の家(青森県)雪が降り始めました


雪が激しくなってきました。帰ります。

より詳しい動画版(15分)をご覧下さい

あとがき

埼玉県岩槻では参道の階段に27段371の雛人形を並べる愛宕神社の雛飾りをはじめ各所で雛飾りやコンサートなどが行われる「まちかど雛めぐり」というイベントが開催され多くの人で賑わいます。これはこれで素晴らしいのですがやや観光的になりすぎた感もありす。反面、今回訪問した白石・大河原・やみちのく杜の湖畔公園ふるさと村の「ひなまつり」は人出も少なく決して派手なものではありせんが伝統的な日本家屋や古民家に雛人形が飾られ子供の成長を祝う「ひなまつり」の原点を見ることができ大変有意義でした。

 

 

 

 

聖週間のスペイン(マドリッド、トレド、セビリア、ロンダ、グラナダ、ロルカ、コルドバ、バルセロナ)

昨年スペインのロルカの刺繍博物館を訪問し素晴らしい金糸刺繍を見ました。この豪華な刺繍を施された衣装を着たパレードがあることを改めて知り、これは実際に見なければと思い、今年はパレードのあるセマナ・サンタ(聖週間:4/2-4/9)の時期に再びスペインに行くことにしました。

折角ですからロルカはパレードのピーク4/7(聖金曜日)に合わせ、その前の4/2(枝の主日)にマドリッドに入り、4/4(聖火曜日)はセビリア、4/5(聖水曜日)はロンダ、4/6(聖木曜日:最後の晩餐の日)はグラナダ、4/7(聖金曜日:イエス磔の日)はロルカ、4/8(聖土曜日:復活の前日)と4/9(復活祭:イエス復活の日)はコルドバ、最後にバルセロナを回るコースとし、その間でアンダルシア地方の白い村を二個所(オルベラ、ベレスブランコ)立ち寄ることにしました。

またセビリアでは刺繍工房を見学します。なお今回は友人3人も加わり5人の旅行となりました。

旅行の基本部分(往復の航空機、マドリッド2泊とバルセロナ2泊のホテル、マドリッド〜セビリアとコルドバ〜バルセロナの鉄道)はSTW社のパッケージツアーを利用し、セビリアからコルドバまでの区間の手配(ホテル、専用車、ガイド、桟敷席、入場券)をオンラインで行いました。田舎の自宅で直接手配できるとは便利になったものです。

航空会社はカタール航空です。ドーハ乗り換えでマドリッドまで23時間15分もかかりますが、成田を22:30発なので出発日が楽、一眠り(12時間)するとドーハ、3時間45分乗り継ぎは空港の設備(免税店や飲食店)が充実していて過ごし易く、マドリッドまでの7時間半も更に一眠りでそれほど苦痛ではありません。機内食も美味しくトイレなどの設備やサービスも良く快適な航空会社です。

ドーハ空港乗り継ぎ、ターミナルA,BからC,Dに移動するのにモノレールに乗ります 27秒

マドリッド

14:25マドリッド空港到着、シャトルバスでアトーチャ駅へ、始発なので荷物置き場も空いていて無事乗車できました。個人旅行で一番困るのは荷物(スーツケース)の運搬です。公共バスや鉄道に乗るときに荷物置き場が空いていないと大変です(鉄道の場合は座席の上の棚に載せなければなりません)

ホテルはアトーチャ駅前のオンリー ・ユー ・ホテル ・アトーチャ、駅から200mほどで地下鉄の駅の入り口がホテルの前にある大変便利で設備も良く朝食が素晴らしく美味しいホテルです。

チェックイン後、地下鉄でソル広場に行きマヨール広場を見てサンミゲル市場に行きました。市場は多くのバル(立ち食い方式の店)が店を開き真ん中のエリアで飲食するようになっています。

ソル広場のくまの像
マヨール広場
サンミゲル市場

サンミゲル市場の外でバンドの音がしました。通りにでるとセマナ・サンタ(聖週間)のプロセッション(宗教行列)が来ました。

スペインの夕食には早いので(19:00頃)バル(居酒屋)に入りました。生ハム、コロッケ、といった定番メニューにパエリアを注文しました。

トレド

翌日、マドリッドが首都になる前の首都である古都トレドに行きました。展望台からタホ川の対岸に広がるトレドを見て、市内に入りサントトメ教会でエルグレコのオルガス伯爵の埋葬を見てから大聖堂に行きました。壮大な聖堂の中でマリア様の像が印象的でした。

トレド全景
サントトメ教会
エル・グレコ作オルガス伯爵の埋葬
トレド大聖堂
マリア様の像

午後、マドリッドに戻りプラド美術館に行きました。30年ぶりです。入り口や展示室が変わりどう回って良いのか分からなくなりました。でも作品はそのまま、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤなどの名品はやはり素晴らしい。堪能しました。

プラド美術館

夕食はスペイン北部のガリシア地方の海鮮料理です。日本人の味覚にぴったりです。

セビリア

マドリッドを新幹線で9:05に発ち11;28にセビリアに到着しました。指定された号車側に荷物置き場がなく、慌てて隣の号車側の荷物置き場になんとか荷物を置くことができほっとしました。

セビリア駅から専用車で創業以来60年の老舗刺繍工房Bordaos Manuela Romeroに向かいました。工房では三代目のお嬢様ファティマ(Fatima)さんに出迎えていただき刺繍の制作工程や作品を見せていただき大変勉強になりました。

セビリアの刺繍工房 1分27秒  工房見学の詳細は「セビリア刺繍」をクリックしてご覧ください

昼食後、スペイン広場とアルカサルを観光しました

スペイン広場、1929年に開催された万国博覧会の会場として造られた公園

セビリアは聖週間期間中大聖堂周辺が交通規制のため車が入れません。今回宿泊のホテル・ドナ・マリアが大聖堂の目の前のためホテルの前まで車が入れず300メートルほど離れた黄金の塔の前で降り荷物を転がしながら歩いて行くことになりました。

聖堂の周りは桟敷席で取り囲まれ、その周りもプロセッションの出発を見ようとする人で一杯で歩くのも大変です。

夜、フラメンコを見に行きました。20:45からのセカンドショーです。1時間15分の熱演を舞台の最前列で見ました。凄い迫力、これがフラメンコと感動しました。

セビリアのフラメンコ 34秒

フラメンコが終わってから遅い夕食(スペインでは普通ですが)をとりホテルにかえりました。大聖堂のヒラルダの塔がライトアップされてきれいでした。

通りがかりのレストランでしたがこれが大当たりでした。

翌朝、大聖堂に入りました。ゴシック様式とルネサンス様式が混合するスペインで最も大きな大聖堂で中にコロンブスの墓がありました。高さ94mのヒラルダの塔にも登りました。延々とスロープが続き疲れましたが鐘楼からの眺めは素晴らしかったです。

セビリア大聖堂全景
大聖堂内
主祭壇
コロンブスの墓
ヒラルダの塔の頂上、鐘楼からの眺め
オルベラ

午後、専用車でセビリアを出てアンダルシア地方の白い村の一つオルベラに向かいました。小高い山に作られた村で頂上に教会とお城があります。あまり有名でないせいで観光客はほとんどいない静かな村で昼食をとりましました。

オルベラ 26秒

ロンダ

昼食後、絶壁の白い村ロンダに向かいました。高さ98メートルのヌエボ橋と最古の闘牛場で有名です。ヌエバ橋を見上げる写真が撮りたくて谷底の展望台まで降りました。絶景を楽しめましたが帰りの登りが大変でした。

ヌエボ橋からの眺め
展望台への道
高さ98メートルのヌエバ橋とパラドール
ロンダの闘牛場

夜、聖水曜日のプロセッションを見に街にでました。ソコロ広場に桟敷席が設けられプロセッションの到着を待つ人が集まりはじめていました。夕食をとり宿舎のパラドールに戻り深夜0時に沈黙のプロセッションを見ることができました。音もない厳粛な行進です。

桟敷席
桟敷席の近くのバルで夕食です

ロンダの沈黙のプロセッション 1分

朝、部屋からの眺め、絶景です
グラナダ

翌朝、ロンダを発ってグラナダに向かいました。グラナダはアルハンブラ宮殿内のホテル・アメリカを予約しました。パラドールの隣のホテルで割安ですが宮殿内というロケーションは抜群で静かで良いホテルでした。

アルハンブラ宮殿は大変広くナスル宮殿とヘネラリーフェ庭園を回ると2時間から3時間かかります。今回は宮殿内にあるホテルのメリットを活かし、先ずヘネラリーフェ庭園を見てからホテルに戻って昼食休憩をとり午後ナスル宮殿をまわりました。

ヘネラリーフェ宮殿
ナスル宮殿
ライオンの中庭

アルハンブラ宮殿 1分17秒

午後、バスで大聖堂に向かいましたが聖週間の交通規制で2キロほど手前で降ろされてしまい、そこから歩くことになりました。

1キロほど歩くとプロセッションに遭遇し行列と一緒に大聖堂を目指しました。途中で桟敷席のある地区になり他のプロセッションも見ました。行列から離れイザベル広場を目指しました。広場で他のプロセッションを見て大聖堂の裏手の路地のバルで夕食をしました。どの店も満員で外の席の横を大勢の人が通ります。ビールを頼むとサービスでトルティージャ(スペインオムレツ)がついてきました。これがグラナダ流だそうです。日がすっかり落ちてイザベル広場でロウソクの灯ったプロセッションを見てホテルに帰りました。

バルで夕食、トルティージャ(スペインオムレツ)はサービス
タパスの定番「コロッケ」

グラナダのプロセッション 2分9秒

ベレスブランコ

翌日、ロルカを目指し途中であまり知られていない白い村ベレスブランコに寄りました。山の上に立派な城のある村でした。

ベレスブランコ城
昼食はパン・コン・トマテ(トマトをぬったパン)とサラダ、素朴で美味しい
ロルカ

昼食後、ロルカに向かい山上のロルカ城の一画に建つパラドールに向かいました。チェックイン後ロルカ城を散策したあとホテルで休み夜のプロセッションに備えました。

パラドール
ロルカ城
城の塔からの眺め

夕方、タクシーで市内に降りて桟敷席に向かいました。桟敷はメインストリートの両側に650メートル10000席が設置された世界最大の劇場となっていました。

プロセッションは夜8時から深夜0時まで4時間通しで行われ参加者数千人、馬数百頭、馬車、フロート、神輿という想像を絶する大規模なものです。市内の教会に属す6つの信徒団(真紅組、紫組、青組、白組、黒組、緑組)がそれぞれ聖書の物語を基にした金糸刺繍を施した豪華な衣装や扮装をしたプロセッションを構成して行進します。

セマナ・サンタのプロセッションの定番である三角帽子の一団が先頭を行き、キリストとマリアの神輿が続き、最後にバンドがでるのは同じですが、ロルカで驚くべきはローマ時代の扮装をした騎士が馬に乗り巧みな馬術を見せ、馬車や戦車がが疾走するのです。このため道路には土が全面的にひかれ馬場になっていました。またエジプトやローマの物語(クレオパトラやシーザー)を演ずる扮装行列やフロートが入るのも特色です。

また桟敷席は信徒団毎に陣取っておりそれぞれのグループカラー(青、白など)のスカーフを付け、神を称える掛け声を大声でだし応援合戦をします。掛け声の音頭をとるのが子供であったりでびっくり、宗教的高揚が充満し、行列の参加者と桟敷席の応援団が一体となって更に興盛り上がり、最後にマリアの神輿が来ると空からは花びらが降り興奮は絶頂となりました。

先頭は三角帽子のナサレノ(悔悟者)、KKKではありません

バナーが続きます
次はバンドです
ローマの軍人の騎士がきます
馬車がきます
バナーを振りながら歩きます。まるで日本の纏持ちのようです
エジプトのパレードです
ローマのフロートです
マリアの神輿です
マリアの神輿に花びらが降りかかります

4時間のパレードを14分23にまとめました。少し長いですが是非ご覧ください

翌日、コルドバを目指して専用車で出発しました。途中世界遺産のウベダとバエサを経由しました。ウベダまでは山道を216キロ3時間ほどです。スペインはどこでも道路が整備されていて快適なドライブです。

ウベダ

アンダルシアの内陸部にありオリーブ畑に囲まれた古都でルネサンス様式の建築群が見られます。オリーブ畑を見渡す屋外レストランの昼食は爽やかで美味しかったです。

オリーブ畑
左はパラドール、中央はエル・サルバロード教会
エル、サルバロード大聖堂

トマトにアンチョビ、美味でした
バエサ

ウベダから10キロ、オリーブの木が広がる街には石畳の通りがあり、ヨーロッパで最も保存状態の良いルネサンス様式の建物がある落ち着いた街でした。

ポプロ広場
大聖堂

オリーブ畑の広がる道をコルドバを目指します。

コルドバ

聖土曜日(キリスト磔死の翌日)のコルドバに到着しました。ホテルがメスキータの前というロケーションのため道路規制で宿泊するユーロスター・マイモニデス・ホテル前まで車が入れず200メートルほど離れたアルカサルからスーツケースを転がして歩きました。

夕食後、ローマの橋を渡り、グアダルキビル川の対岸からライトアップされたメスキータを見ました。ホテルに戻る道でメスキータを覗くとオレンジの中庭に人が集まっていました。近づくと宗教儀式が行われたおり、終わるとメスキータの中に入って行きました。ついて行くとイスラム建築の馬蹄形アーチの広間を抜けてキリスト教の大聖堂に入りミサがはじまりました。賛美歌、聖書の一節の拝読、司祭による講話、が深夜の大聖堂に響き荘厳でした。

アンダルシア地方料理の定番「ガスパチョ」です
コルドバ名物「ラボ・デ・トロ」牛テールの赤ワイン煮込み

コルドバの夜 1分

翌朝、この日は復活祭の日曜日です。改めてメスキータに入ると大聖堂でコンサートが開かれていました。賛美歌が響き厳かな気持ちになりました。約850本の馬蹄形アーチの列柱が林立する美しいイスラム建築の広間を出るとオレンジの中庭です。噴水の向こうにミナレット(塔)がそびえ時鐘の音が響きました。門をでて花の小径を見に行きました。小さな路地で見過ごしてしまうほどです。通りの壁に花が飾られ背景にミナレットが入る人気のフォトスポットです。入り組んだ歴史地区を迷いながら歩き街の中心テンディリャス広場に出ました。更に迷いながら歩きシナゴーグ(ユダヤ教会)を見てホテルに戻りました。

コルドバ朝のコンサート 29秒

コルドバ、朝の散歩 2分20秒

夕方、新幹線でマドリッド経由バルセロナに向かいました。宿泊したサンツホテルは駅の中にあり大変便利ででした。

1等車は快適でした
航空機のような夕食がでました
バルセロナ

朝、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)に行きました。30年ぶりです。当時に比べ随分と工事が進んでおり素晴らしい聖堂が完成していました。


30年前のサグラダ・ファミリア(聖堂は工事中です)

2023年現在の建築状況(聖堂が完成し中央の塔が建築中)

聖堂の中に入ると伝統的な聖堂とは全く異なる巨大なガウディ独特の森をイメージした列柱とステンドグラスに包まれた大空間が現れ圧倒されました。

受難の塔(65メーター)に登りました。行きはエレベーター帰りは階段です。

鐘楼を飾るガラスモザイクのオブジェクトです。手前の青い方は「フリューロン」と呼ばれる花形装飾のオブジェクト、奥の赤い方は聖マタイの塔を飾る頭文字のMのオブジェクトです


展望台からの眺め


下りの螺旋階段

塔から降りて生誕のファサードと受難のファサードを見ました。生誕のファサードは1894年に建設が着工され、ガウディがこの世を去った7年後の1932年に、一部の彫刻を除いて工事が完了しました。ガウディ本人が、細部に至るまで設計し、彼が完成に近い状態まで見る事ができた唯一の部分で、出エジプトからキリスト生誕までの場面が彫刻で表現されています。

中央の3人は「聖マリアとヨセフの婚姻式」その下は「イエスとヨセフ」その右下は「ローマ兵による嬰児虐殺」
中央下「イエスの生誕」その上は「楽器を弾く天使」や「合唱する子供達」左下は「東方三賢人の礼拝」

受難のファサードは1954年着工で生誕のファサードと比べてシンプルでモダンです。彫刻は、キリストの苦悩と悲しみがテーマとなっており、最後の晩餐からキリストの十字架磔刑までの場面が12の彫刻群で表現されています。更にその遙か上には復活を遂げた「キリストの昇天」の彫刻も飾られています。

上は「十字架磔刑」その下は「聖ベロニカと複音史家」ゴルゴダの丘に向かう最中でイエスは再び力尽きて倒れてしまいます。この時、エルサレムの女性の一人「ベロニカ」が差し出した布(ベール)で、イエスが顔の血痕を拭うと、その布にイエスの顔が浮かび上がったという奇跡の場面
「ペテロの否認」イエスの12使徒の一人「ペテロ」が、イエスの事を三度「知らない」と答えた場面、臆病な自身の心とイエスに対する裏切りに苦悩するペトロ
キリストの昇天

午後、聖地モンセラットに行きました。スペイン広場から鉄道で1時間、登山電車に乗り換えて標高720メートルの修道院に到着、更にケーブルカーに乗り換えサン・ジョアン展望台に登りました。絶景です。修道院では御本尊の黒いマリア像を間近に拝謁することができ良い思い出となりました。

サン・ジョアン展望台へのケーブルカー
サン・ジョアン展望台からの眺め
モンセラット修道院全景

御本尊の黒いマリア様、予約またはTrans Montserrat Ticketを持っていると目近で拝観できます

翌日の午前は自由行動、我々はピカソ美術館に行きました。幼少期から老年期までトータル4,251点もの作品が展示されているため、時代とともに変わる作風を見ることもできました。83点ほどの作品を撮影してきました。よろしければご覧ください

午後、バルセロナ空港から帰国の途につきました。乗り換えのドーハ空港ではプライオリティパスを利用してアルマハ・サロン(空港ラウンジ)で休憩でき快適でした。

おわりに

今回はロルカのパレードを見ることが最大の目的でしたが期せずしてマドリッドからコルドバまでセマナ・サンタ(聖週間)を追う旅行となりました。特にセビリアとグラナダはプロセッション(宗教行列)がたくさん出ることから市内中央は交通規制がひかれ車が入れず、大勢の人が集まり歩くのも大変な程でした。日中は観光、夜は祭りと、朝から深夜まで充実した旅行でした。

セビリアの刺繍工房でショールに施す美しい「おしゃれな刺繍」を見ることができました。ラガルテラの刺繍はテーブルクロスなどの「実用的な刺繍」、ロルカの刺繍は「宗教行事の金糸刺繍」と、使用目的に応じた三種類の刺繍を見ることができました。

専用車(VAN)の手配をGetTransfer.comというサイトで行いました。Uberのような配車アプリですが長距離の専用車手配が簡単にでき費用も割安でした。でも最初のマドリッド空港に配車されないというトラブルに会いました。その後は前日にリコンファーム(システムの中にドライバーとメールする機能があります)することで問題なく利用できましたが、旅行会社を使わずネットで手配するOTA(Online Travel Agent)はリスクを承知で上手に使う必要があると思い知りました。

 

スペイン(マドリッド、ラガルテラ、バレンシア、パルマ、ロルカ、ムルシア)

2年ぶりの海外旅行です。今回の旅行の目的は①LagarteraのCorpus Christi (聖体祭)で伝統的な刺繍を見ること②Valenciaの伝統的織物工房を訪問すること③Mallorca島の絣工房を訪問すること④Lorcaでセマナ・サンタ(聖週間)で使用される刺繍を見ることです。

1.成田からマドリッドへ

QR807 2355分出発便の搭乗手続きのカウンター周辺は混雑していますが出国手続きを済ませゲートに向かう途中の免税店は閉まり、歩いている人は同じ便に乗る人のみで旅のワクワク感を感じられない閑散とした雰囲気でした。今回はカタール航空を利用しましたので乗り継ぎのドーハまで12時間、トランジット3時間20分、マドリードまで7時間40分、合計23時間かかりました。しかしフルフラットシートのおかげで良く眠れて予想外に快適でした。

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2.マドリッド

スペイン入国は入国アプリSpTHを荷物ターンテーブルエリアに入る前にチェックする手続きが追加されたこと以外は以前のままで極めてスムースでした。空港からアトーチャ駅行きのバス(15ユーロ)に乗り、駅前のNHホテルにチェックインしました。空港行きバス乗り場から徒歩200メートルほどと大変便利です。部屋付きのルーフバルコニーで懐かしい景色をゆっくりと目にすることができました。徒歩10分ほどのレイナソフィア美術館(ゲルニカ所蔵)も見えます。少し休憩して夕食へ。駅の反対側にある海鮮レストランで早速スペイン料理を堪能しました。前菜は野菜のオーブン焼き、メインは海鮮盛り合わせの2種、ビールに白ワイン。2人で65ユーロ(約9000円)料理の量も丁度いい具合で大満足でした。

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3.マドリッドからオロペサへ

アトーチャ駅から在来線のセビリア行きに乗り2時間、オロペサへ向かいました。スペインの鉄道は出発のホームが決まるのがギリギリの時間になるので案内板に注意が必要です。(ハラハラ)特に大きな荷物がある場合は大変です。ホームが決まったらダッシュで予約した号車に向かわないと荷物置き場がいっぱいになり座席の頭上に持ち上げて棚に置かねばなりません。(ウエイトリフテイングですよ。)またヨーロッパの駅と列車の高さは段差がありますので大きな重いバッゲージを持っての乗り降りは注意が必要です。今回は二人で中サイズのスーツケース2個を使いました。ホテル9泊分です。できるだけコンパクトに荷造りしました。

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4.オロペサ

オロペサ駅からタクシーでパラドールまで5分ほど、オロペサの古城の館を改装した国営ホテルです。スペイン全国に90以上あるパラドールの中でも屈指の建物の美しさかと思います。広大な景観を一望できる高台に位置して内装、空間、色彩、調度品、絵画、そして目の前には古城とスペインの歴史書などの中から膨らむイメージを楽しむことができます。チェックインを済ませ隣接するオロペサ城に登ると360度視野の熱くドライなスペインの大地と村の渋いオレンジ色の屋根の甍、幾つもの教会の尖頭、スーっと伸びる糸杉、カジェ(通り)に沿ってバル(居酒屋)や店が並んでいる村の構成を見ることができます。

夕食は歩いて10分ほどの旧市街の広場に面したバル(居酒屋)のテラスです。スペインのレストランは早くても20時半頃からオープンと遅く、それより早めに食事をするのであればバルでとることになります。外国人観光客の姿は見えません。地元の人たちが家族で、仲間同士で、テーブルを囲んでいます。2人分の量を注文すると多すぎますので3品(前菜・サラダ・魚料理)をオーダーしシェアー、後はビールとワイン、それで十分でした。日没は21時頃ですから明るく野外のテラスが快適です。静かな素敵な村でした。

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5.ラガルテラ

オロペサから3.5キロ(車で5分)人口1400名ほどの小さな村です。スペイン刺繍の主要生産地で9軒の刺繍工房がありテーブルクロス、スカーフ、ショールなど実用的な刺繍商品を制作販売しています。

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6月の第4日曜日にCorpus Christというキリスト教の祭りがあります。各家々の正面入り口が代々家宝としている大切な刺繍布や貴重なチンツの布で飾られて、祭壇をしつらえます。11時頃から人が集まり始めてカジェ(通り)は人人人でごった返す賑わいとなりました。12時から始まる教会のミサに村人は民族衣装を着て参加し、その後祭壇で飾られた通りをパレードします。司祭は飾られた祭壇を一軒づつ祝福して回ります。

私たちは朝早めにホテルを出て10時過ぎに村に到着、各家庭の飾り付けの様子を見たり、博物館へ行ったり、まだ人数の少ない村の中を散策しました。民族衣装で身支度を整えた女性たちのなんと美しいこと。撮影の許可をお願いすると可愛らしくポーズを取ってくれました。パレードが終わると飾り付けはすぐに撤収されました。

刺繍されたクロスや小物を販売するお店で店主と話をしていると、店主が民族衣装を纏った知り合いの女性を店内に招き入れ衣装について説明してくれました。特にリボンについてはビックリです。おばあさんが絹の布に手で刺繍をして仕立てたものでした。スカートは5枚ほど重ねて着用してふっくらとした形を作っていました。飾り付けを撤収した後の家々の入り口からは石造の家屋をパティオ(中庭)を植物が彩り日常の姿を見せてくれました。

聖体祭(Corpus Chiristi)

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ラガルテラ博物館(Municipal Museum ‘Marcial Moreno Pascual’)

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クリックで動画表示(4分)

 

6.オロペサからバレンシアへ

オロペサからマドリッド乗り換えでバレンシアに向かいます。

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7.バレンシア

バレンシアの街を観光しました。まずタクシーでセラノスの塔まで行き、歩いてサンタマリア大聖堂、ラロンハ・デ・ラ・セダ、中央市場と回り、夕食はサンセバスチャン流のタパス(ピンチョス)の店に入りました。一品どれでも2ユーロ、皿に残った楊枝の数でお勘定です。

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8.バレンシアの伝統織物工房

地下鉄に20分ほど乗りバレンシア郊外にある伝統織物エスポリン工房Garinを見学してきました。有名なバレンシアの火祭りのパレードで女性が身に纏う絢爛豪華な伝統衣装に使われる絹織物がエスポリンです。1820年創業のエスポリン工房Garinはヨーロッパに残る最古の織物工房と言われています。

工房に入ると100年以上前に作られた10台ほどの手織りの機械が並んでいました。横糸を通すシャトルをエスポリンと呼ぶことから生地の名になったそうです。生地を織りながら小さなシャトル=エスポリンに用意されたたくさんの色糸を織りあげる布の裏側を見ながら織り込むという非常に難しい技法です。

工房の建物が老朽化し最近は見学をお断りしているそうです。そうとも知らず予約なしで突然訪問してしまったため、最初は男性3人が出てきてダメですと断られドアは閉められました。私たちも諦めたところ、ドアが再び開き東洋人の老夫婦に同情して下さった様子で特別に入館を許可、大変丁寧に館内をご案内していただきました。織物の現場、染色された絹糸、デザイン室、大切なデザインの保管室、同じパターンでカラーアソートを変えたサンプル生地等々ここまで見せて下さるのかと感激しました。説明を受けながら時折私の拙いスペイン語でフランスのリオンでの経験などをポツリポツリと伝えるとあなたはそこまで興味を持っているのかと嬉しそうな笑顔を見せてくださり、エスポリン工房Garinについての本をプレゼントして下さいました。特別に入館を許可して下さったことと丁寧にご案内下さったことに心より感謝いたします。

写真と映像は最初はNGでしたが特別に撮影許可をしてくださいました。ありがとうございます。

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9.バレンシアからパルマ・デ・マジョルカへ

ホテルから空港までタクシーでいきました。このタクシーが電動自動車のテスラだったのです。トランクにスーツケース2個も普通に入り、乗り心地も普通で違和感はまったくありません。しかし運転席を見ると13インチほどの大型モニターがついています。驚いたことに自分の車の前と左右の車や人の状況がリアルタイムでデジタル表示されているのです。自動運転一歩前の世界を見る思いです。

パルマ・デ・マジョルカのホテルにチェックインした後、久しぶりに和食にしようとホテルから近い日本食レストランに行きました。綺麗で洒落た和モダンの内装です。スタッフは全員スペイン人、英語のメニューを見ても何を食べたら良いのか判断しにくい表示です。とりあえず最初にサーモン、次に天ぷら、おすすめのカツオのタタキを頼みました。天ぷらはカラリと揚がり和食として立派なものでした。サーモンと鰹は和食とは言い難いのですがそれぞれソースが良く合い美味しくいただきました。最後に握り鮨を3貫(サーモン、ホタテ、マグロ)頼みましたが、これもまた美味しく大満足です。パルマ・デ・マジョルカを訪れる日本人観光客は少ないはずですが和食レストランはビックリするくらいたくさんあり、和食がスペインの食文化の一部にしっかりと定着していることを実感しました。

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10.絣織り工房見学

インドを源流とする絣織は東南アジア諸国を巡って日本に伝わりましたが、パキスタンやウズベキスタンを巡りヨーロッパにも伝わりました。しかし20世紀半ばころまではヨーロッパ各地で織られていましたが現在ではスペインのマジョルカ島の二つの工房でしか織られていないそうです。今回マジョルカ島にきたのは絣伝播の西端を見るためでした(物好きですね)

Teixits Vicens社

バスで1時間、マジョルカ島の北端に近いポレンサに向かいました。バスの停留所の側に目的のお店の広いショールームがありました。残念ながら工房見学はできませんでした。ショールームにはおしゃれな絣商品が並んでいました。インテリア製品、バッグや小物、衣類、壁布 etc.,  提案方法も色別に幾つかのサンプルを並べ、さらにまだこれだけのカラーパレットを用意しているのでカスタムメイドができることをアピール。確かに絣柄なのですが日本の絣のイメージとは全く異なります。現代の生活空間に取り入れたくなるような色のトーンやパターンのサイズ、アレンジ・デコ方法の提案が一般家庭の生活の場にすんなりと収まるのだと再認識するお店訪問となりました。カーテン/ドレープやテーブルクロスなど日本の家庭で使用しても違和感などなくきっと素敵なお部屋になることでしょうというクールモダンの印象でした。

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Aresania Textil Bujosa社

次はバスと電車を乗り継いでサンタ・マリア・ダル・カミに向かいました。Bujosa社は1949年創業の3世代ファミリー企業で昔ながらの70cm幅の布を生産している唯一の工房です。

最初に工房を見せていただきました。古色愴然とした機械織り機が並び絣が織られていました。デザインはシンプルな幾何学模様と明るい色が特徴で、古代から島で使われてきたデザインを再編集したものだそうです。1925年までは天然染料(インディゴ、樹皮、コチニールなど)を使用していましたが現在では最高品質レベルの化学染料が導入され、あらゆる色に対応しています。工房見学を終えて店舗に戻ると絣織りの商品がたくさん並んでいました。バッグ一つを例に挙げると最近のトレンドを意識したデザインを取り入れています。布は欲しい分だけカットしてくれます。Teixits  Vicens社の商品に対してこちらは落ち着いた色合いで織りの風合いが手仕事の好きな人には馴染むかもしれません。デザインは再編成とのことですが細やかな美しい色合わせに優しさのある伝統を感じました。

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Bujosa社を訪問した後、近くのレストランで昼食をとりました。パエリアなどの米料理を専門とするお店でしたが、お米ではなく細かく折ったスパゲッティーを使ったシーフード・フィデワを頼みました。前菜のいわしの酢漬け共々、大変美味しくいただきました。

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11.パルマデマジョルカからロルカへ

早朝、パルマデマジョルカからアリカンテに飛び、バスでムルシア乗り換えロルカに移動しました。

12.ロルカ

ロルカはセマナ・サンタ(聖週間)の仮装パレードで有名な街です。今回訪問の目的はそのパレードで使用される精緻に刺繍された豪華絢爛な衣装を見るためです。京都の祇園祭のように地区ごとに山車や行列があり4つの地区同胞団の博物館がありそれぞれ衣装の展示があります。中でもMUBBLA. Museo de Bordados del Paso Blanco(白組)とMUSEO AZUL DE LA SEMANA SANTA. MASS(青組)の展示が素晴らしいとのことで訪問することにしましたが、開館時間がスペインらしく10:00-14:00と17:00-20:00となって14:00-17:00は休館します(シエスタですね)そこでこの時間を使ってロルカ城に登り城内のレストランで昼食をとりました。

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夕方、まずMUSEO AZUL DE LA SEMANA SANTA. MASS(青組)に行きました。この博物館は最大規模で4階建になっており4階には刺繍を実際に行う工房があり窓越しですが見学できます。4階から2階までの展示は過去の作品が展示され1階には現在使用している作品が展示されているようでした。

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次にMUBBLA. Museo de Bordados del Paso Blanco(白組)に行きました。
ここは1階のみの展示ですが見事な作品が並びます。特に奥の部屋は漆黒の闇に作品にスポットライトがあたるドラマチックな展示が神秘的でした。

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翌日、見残した二つの博物館にいきました。ネット情報では開いているはずなのですがどちらも閉まっていました。

The Museo de Bordados del Paso Encarnado(真紅組)インターホンで来訪を伝えると特別に開けてくださいました。展示だけでなく刺繍工房も見学することができました。刺繍をする皆さんはピンクの上下のユニフォームを着て作業に入ります。刺繍フレームには作業途中の金糸刺繍の作品がセットされていてデザインラインを描いた紙が糸で止められアルゴドン(コットン綿)を糸で包みながら立体的にしている場所、立体的になっている部分をオロ(金)糸で巻き込んでいる箇所、いろいろな制作過程が全部一つのフレームに見ることができます。複数の手による共同作業です。展示作品はあまり多くありません。シスター自ら刺繍のプロセスを説明してくださいました。大変嬉しく感激しました。

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博物館を見学した後、近くの喫茶店でスペイン名物チュロス・コン・チョコラテ(揚げドーナツの一種のチュロスをホットチョコレートに浸けて食べます)の二度目の朝食(スペインでは朝と11時ころの2回朝食をたべるのです)を楽しみました。隣の八百屋さんに今が旬(5月から6月)のカラコレス(カタツムリ)が売られていました。フランスのエスカルゴとは違いスペインでは茹でて食べます。そういえばモロッコのスーク(市場)でも茹でたカタツムリが露天で売られ女性が立ったまま食べていました。

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最後にThe “Nicolas Salzillo, Il Maestro” museum of the Paso Morado紫組)を訪問しました。インターホンで来訪を伝えると関係者の方が対応してくださったのですが閉館中とのことで残念ながら見学は叶いませんでした。

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13.ムルシア

バスで1時間半、ムルシアに移動しました。ムルシアは州都で人口42万人スペイン第7位の都市ですが、マドリッドに比べると車や人通りも少なく落ち着いた街です。夕方、街を散策し大聖堂やレアルカジノを見学しました。

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14.ムルシアからマドリッドへ

長距離バスでマドリッドへ約5時間の移動です。今回は日本帰国の為のPCR検査をマドリッド空港内のクリニックで受けるため、ムルシアからマドリッド空港行きのバスを利用しました。横1+2列で足下も広く快適です。マドリッドまで160キロのメセタ(高原地帯)を走行していると風車が林立しており多い所では一望数十基もありビックリしました。昔はドンキホーテの舞台となるカンポデクリプターナの風車が有名でしたが現代は高速道路に沿って金属の白い発電用風車になっているのです。調べてみると2019年現在スペインの電力の2割が風力発電でEU27カ国中6位なのだそうです。恐れ入りました。

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15.マドリッド

空港内クリニックでPCR検査を受けたあと、シャトルバスでアトーチャ駅へ向かい、前回と同じ駅前のNHホテルにチェックインしました。少し休んでからレイナソフィア美術館へ行きました。チケット売り場で65歳以上は無料になるのでパスポートなど年齢を証明するものを見せて欲しいと言われました。しかしパスポートはホテルのセーフティーボックスに置いてあり、今持っていないことを伝えると次回は持ってきてねと言って無料のチケットを発行してくれました。ご配慮に感謝です。早速ピカソのゲルニカやダリの作品を堪能させてもらいました。次はパスポートのコピーを携帯します。

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翌日はスペインの旅も最終日です。久しぶりにソル広場へ行くと大規模な工事中で広場はフェンスで覆われ熊さんの像も可哀想でした。しかし近くのマヨール広場は以前のまま、イメージのままでした。隣のメルカド(市場)はバル(居酒屋)街になっており、美味しい具材盛り盛りのタパス(つまみ)がケースにカウンターに山盛り並べられています。その場で好みのタパスを選んでお勘定をして飲み物も買ってメルカド内のテーブルで食べることができます。外観はイメージのまま、屋内は随分と綺麗なメルカドになっていました。しばらく裏路地を歩きオペラ座に出ました。路地も綺麗になっていてびっくりです。明るい時間は安心して歩けます。王宮からスペイン広場のドンキホーテの像まで歩いて、昔夫の会社のオフィスのあった建物に対面して思い出に浸ることが出来ました。ホテルに戻り荷物をピックアップして空港へ向かいます。

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16.マドリッドから成田へ

空港のチェックインにはパスポートの他に72時間以内に受けたPCR検査の陰性証明書が必要でしたが、書類が完備していたので問題なく搭乗手続きは完了しました。今回はカタール航空を利用したのでマドリードからドーハまで6時間40分、トランジット2時間、ドーハから成田まで10時間40分と結構時間がかかりましたがフルフラットシートでしたからよく眠れ快適でした。

成田空港での入国手続きも入国アプリMySOSの登録申請が完了してスマホの画面が青になっていれば極めてスムースで飛行機から降りて税関を通過するまで30分ほどでした。入国アプリの登録やPCR検査陰性証明書の取得などまだまだ面倒な手続きが必要ですが、それさえ済んでいれば今まで通りに海外旅行ができるようになったと思います。しかしスマホがないと海外旅行ができない時代になりましたね。

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おわりに

1993年から1995年6月まで3年ほど夫の仕事の関係でマドリッドで暮らしました。その後はなかなか来西する機会がなく今回のスペイン訪問は四半世紀ぶりということになります。2年前に友人たちとスペインの刺繍と染織りを訪ねる旅を計画しましたが新型コロナの世界的蔓延のため残念ながら中止となりました。ようやく新型コロナが収束に向かい旅行が可能となったことから思い切って夫との二人旅となりました。二人とも70歳を超え体力は以前とは同じではありません。無理をしないことを心がけ、午後2時から5時まではホテルで休むようにしました。まさしくスペイン流シエスタですね。ラガルテーラの聖体祭、バレンシアの伝統織物、マジョルカ島の絣織り、ロルカの刺繍とあまり有名ではなく情報も無い場所ばかりでした。なんとか目的を達成し、素敵な人々に出会いうことができ、美味しい食事も楽しみ、改めてスペインの魅力を満喫できた旅でした。

今回は移動が多く列車やバスを利用しました。事前にネットで予約ができ料金も割安でした。ホテルはBooking.comで全て予約できました。四つ星のホテル代が結構安く1泊ルームチャージ20000円以下のところが多かったです。食事はバルで済ませることで安くて美味しいスペイン料理が堪能できました。成田空港で両替しユーロを用意しました が 支払いはカードが一般的でした。しかしアトーチャ駅の有料トイレ前では1ユーロのコイン持たずにきた人たちが困っていましたので多少の現金(ユーロ)は必要です。

屋外や店内などでマスクをする人は20%ぐらいでしたが、乗り物内は着用が義務化されていて皆さん全員マスクを着用していました。大声でのおしゃべりもしていませんでした。

もう一つ:刺繍の道です。以前メキシコの刺繍の伝播に触れヴォーグ社発行のステッチデイに書かせていただきました。今回、教会のシスターさん達の刺繍する様子を拝見することが出来ました。中米メキシコへスペインが進出した頃、修道院のシスターたちもメキシコに渡りご当地の女性達に刺繍を伝えたのだと私の内の刺繍の道ストーリーにつながりました。

あと一つ:ハワイアンキルトを制作することも私の好きなことの一つです。マドリッド駐在時代の思い出の一つはご当地で暮らす日本人の方達とハワイアンキルトをしたことです。スペインで一生暮らすことを選択した方も、また一時的な駐在員の家族の方もいらしゃいました。2度目のハワイ駐在員生活が始まって間もなく人づてにスペインでハワイアンキルトを習ってきた人がマウイ島?ハワイ島?(すみません、記憶が曖昧です。今は。)にいるのよとのことでした。私のスペインのスタジオで楽しんでいた方がお友達に教えたらしいことがわかりました。人が移動すると色々なことが一緒に移動しますね。余談です。

最後までご覧いただきありがとうございました。

スージー 杉 20227月記

ドイツ(フランクフルト、エシュヴェーゲ、 シュヴァルム、ドレスデン、マイセン、ベルリン)

今回の旅行の目的はドイツ白糸刺繍(Schwalm Embroidry)を勉強するためシュヴァルム(Schwalm)を訪ねることと、前回見残したドイツ3大クリスマスマーケットの一つドレスデン(ニュールンベルクとシュトゥットガルトは2015年訪問)とベルリンに行くことでした。

シュヴァルム(Schwalm)はフランクフルトの北130キロの小さな村でSchwalm博物館があり、12月15日(金)16(土)17(日)の三日間館内でクルスマスマーケットが開かれるとの情報を得て、この期間に合うように日程を調整しました。またSchwalmから北東90キロのエシュヴェーゲ(Eschwege)にドイツ白糸刺繍(Schwalm)の研究家で私設博物館を開いている方がいることを知り連絡をとり訪問することにしました。

日程は、SchwalmとEschwegeに行くためフランクフルトに2泊、クリスマスマーケットを見るためドレスデンとベルリンにそれぞれ2泊の合計6泊、全体では9日間としました。航空会社は今回もトルコ航空にしました。フランクフルトIN、ベルリンOUTでスケジュールが良く(フランクフルト朝着、ベルリン夜発、イスタンブールの乗継時間が適当)、料金が特別運賃で格安だったからです。ドイツ国内の移動は鉄道を基本としました。当初ジャーマンレイルパスの利用を考えていましたが、利用区間毎の料金の合計の方が安いので区間ごとに購入することにしました。予約はドイツ鉄道(DB)ネット予約でチケットはE-Ticketでした。EschwegeからSchwalmへは鉄道での乗継が悪く時間もかかるのでタクシーをネット手配しました。ホテルは各地のクリスマスマーケットから最も近い四つ星以上のホテルとしました。

フランクフルト(Frankfurt)

午前10:35フランクフルト着、空港からホテルまでタクシーで20分程で到着しました。ホテルにチェックイン後クリスマスマーケットに行きました。ホテルを出てベルリナー通りを10分程歩くとパウルス教会前からノイエクレーメ通りにかけてクリスマスマーケットが開かれており、そのままレーマー広場のクリスマスマーケットにつながっていました。時々小雨がふる天気でしたが大変な人出で賑わっていました。

パウルス教会前の広場
ノイエクレーメ通り
レーマー広場

エシュヴェーゲ(Eschwege)

フランクフルトから2時間、2度鉄道を乗継ぎエシュヴェーゲ(Eschwege)に到着、事前に予約をしておいたLuzine Happelさんの私設博物館に行きました。

 シュヴァルム(Schwalm)

午後2時にタクシーにてシュヴァルム(Schwalm)向かいました。伝統的な木組みの家々が列ぶ田舎の村々を巡りながら、雪の峠道を越える90分ほどのドライブはなかなか趣がありました。シュヴァルムは四方を堀で囲まれた村です。村の中央広場でクリスマスマーケットが開かれており、広場に面してシュヴァルム博物館がありました。博物館は12月15日(金)16(土)17(日)の三日間だけ館内の展示を変更しクリスマスマーケットが開かれていました。この地方はグリム童話の「赤ずきんちゃん」の故郷です。本場の赤ずきんちゃんの頭巾はちいさな帽子のようでした。博物館にはこの頭巾をかぶったおばあちゃんが手芸をしており感激しました。ちなみに赤い頭巾は未婚の女性用、既婚の女性用は黒い頭巾でした。

ドレスデン(Dresden)

フランクフルトからドイツ新幹線(IEC)で4時間15分ドレスデンに移動しました。おしゃれなレストラン車両もついていましたが、フランクフルト駅で買ったサンドイッチと車内販売のコーヒー(車掌さんがお盆にコーヒーを載せて販売にきました)で昼食をとりました。ドレスデン駅は近代的な駅で大きなクリマスツリーが飾られていました。タクシーでホテルに着くと、ホテルの目の前のノイマルクト広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ネットやガイドガイドブックではアルマルクト広場(ホテルから歩いて5分)のクリスマスマーケットが案内されていて、他の会場の案内がなかったので当惑してしまいましたが、ドレスデンに来てみると他にもいろいろな所でクリスマスマーケットが開かれており、それぞれに特色があり魅力的でした。

アルマルクト広場のクリスマスマーケット

ドレスデンで一番大きいクリスマスマーケットです、世界最大のクリスマス・ピラミッド(高さ14メートル)がまわり、多くの人で賑わっていました。クリマスの菓子で有名なシュトレンはここが本場で、いろいろな種類のシュトレンが売られていました。

ノイマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルの目の前の広場のクリスマスマーケットです。街灯がなく屋台の照明だけのため真っ暗、焚き火がたかれ、昔ながらのクリスマスマーケットでしょうか、却って雰囲気がありました。

フラウエン教会からミュンツガッセ通りのクリスマスマーケット

第2次大戦のドレスデン大空襲で崩壊し、1194年から11年の歳月をかけて昔の姿で再建されたフラウエン教会前から始まりエルベ川まで続くミュンツガッセ通りで開かれていました。屋台の裏がわにレストランが並んでおりソーセージの立ち食いやホット赤ワインの立ち飲みだけではなくゆっくりとした食事も楽しめます。

シュタルホーフ(武芸競技場)の中世のクリスマス

フラウエン教会の前にヒルトンホテルがあり、その隣のショッピングセンターを通り抜けるとシュタルホーフ(武芸競技場)の入口にでます。シュタルホーフの側面の101メートルの壁には25000枚のマイセン磁器タイルに描かれた壁画「君主の行列」を見ることができます。シュタルホーフに入ると中世の村を再現したクリスマスマーケットが開かれていました。屋台のセットや店員の衣装も全て中世風です。ババリアン風のブラスバンドの演奏もあり大変な盛り上がりです。

旧市街

フラウエン教会を過ぎ、シュタルホーフを抜けるとザクセン州最大の教会である三位一体大聖堂の前にでます。その裏の劇場広場に面して歌劇場(ゼンパーオペラ)とツヴィンガー宮殿があり、ツヴィンガー宮殿の絵画館と陶磁器コレクションに入館しました。絵画館は正直なところ期待外れでした。フェルメールは貸し出されているのか見ることができず、一番人気のラファエロの「システイーナのマドンナ」も大作ではありますがラファエロらしさがあまり感じられませんでした。それ以外にもレンブラント、デューラー、ブリューゲル、ボッティチェリがありましたが展示の方法や照明が悪くいまひとつでした。しかし陶磁器コレクションは素晴らしいものでした。展示や照明も良く、マイセンの動物シリーズや有田焼のコレクションは特に素晴らしいものでした。

マイセン(Meisen)

ドレスデンから郊外電車で35分、マイセンに行ってきました。先ずマイセン陶磁工場に行きましたが、丁度お昼でしたので工場内のレストランで昼食をとりました。食事もおいしかったのですが、なにより食器が白磁のマイセンで感激しました。工場では製造工程を見学し、その後2階の博物館で素晴らしいマイセンのコレクションを拝見しました。最後にショップがありましたが高価すぎて手が出ませんでした。クリスマスマーケットが開かれている広場を散策し、エルベ川にかかるアルシュタット橋からアルブレヒト城の景色を楽しみました

ベルリン(Berlin)

ドレスデンから特急(EC)で2時間、ベルリンに着きました。ベルリン駅はドイツ最大級の近代的な駅で立体構造となっており少し驚きました。ホテルチェックイン後、早速ブランデンブルク門とドイツ連邦議会議事堂と見に行きました。

ジャンダルメンマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルから徒歩1分、ベルリンで一番美しいと言われるジャンダルメンマルクト広場に行ってきました。少し驚いたのは入場料を1ユーロとるのです。フランス教会とドイツ教会を背景に白いテントの統一された屋台が並び、テントでできたレストランエリアやショッピングエリアまであり、整然として美しいクリスマスマーケットでした。

ペルガモン博物館

古代ギリシャのペルガモン(現トルコ、ペルガマ)で発掘された遺跡を移築した世界屈指の博物館です。入館してすると先ず青いレンガの巨大な古代バビロニアの「イシュタール門」が目の前に現れ、門をくぐると「ミレトスの市場門」と続き、隣の部屋にはライオンが描かれたタイルで作られた「行列通り」があります。その素晴らしさに圧倒されると同時に、これほどの遺跡を奪われた国の気持ちを思いと、奪われたがために保存され今日我々が見ることができる矛盾とで、大変悩ましく思いました。それ以外のコレクションも素晴らしく大英博物館やメトロポリタン博物館に匹敵すると思いました。

新博物館

ペルガモン博物館を出て隣の新博物館に入りベルリンの至宝と呼ばれる「王妃ネフェルティティの胸像」を見に行きました。オフシーズのため展示室は空いており間近にゆっくり見ることができました。紀元前13世紀の第18王朝のファラオでアクエンアテンの王妃として数奇な運命をたどったエジプトの三大美女の一人です。リアルな造形と美しい彩色で3000年前の像とはとても思えません。知的で意思の強い女性であったと感じました。またその他のエジプトのコレクションも素晴らしいものでした。

シャルロッテンブルク宮殿

循環式自由乗降市内観光バス(Hop on-Hop off)のルートの西端にある初代プロイセン国王フリードリヒ1世の王妃シャルロッテの夏の別荘です。宮殿前の広場ではクリスマスマーケットが開かれていました。ウイーンのシェーンブルン宮殿のようにベルサイユ宮殿を参考に作られた宮殿で当時の王妃の生活が忍ばれる絢爛豪華な宮殿です。入場料に音声ガイドがついており日本語で大変分かりやすい説明があり良く理解できました。

絵画館

ポツダム広場から徒歩15分、フィルハーモニー隣の文化フォーラムの中核をなす美術館です。入館すると先ず初期ルネサンスのフランス人画家ジーン・フーケの特別展が展示されていました。いままであまり馴染みのない画家でしたが、鮮やかな色彩と立体的な描写で現代の作品かと見紛うほどの美しさでした。常設展もクラナッハ、ブリューゲル、レンブラント、フェルメール、ボッティチェリと名品が多く、その他の作品も大変素晴らしく世界屈指の美術館だと思いました。

ベルリン・フィルハーモニー

クラシックは全く門外漢なのですが折角の機会なのでベルリンフィルに行ってきました。開演30分前、ロビーはワインを片手に(ビールの人はほとんどいません)歓談する人で一杯です。ドレスコードはなく気楽な服装の方が大半です。寝たりして恥をかかないように席は最上段の最後列(Dゾーン6列22と23)にしました(日本でネット予約一人40ユーロ)。20時開演です。指揮Ivan Fischer、バイオリンVilde Frang、前半はBela BartonのHungarian Peasant SongsとConcerto for Violin and Orchestra、15分間の休憩後の後半はFelix MendelssohnのA Midsummer Night’s Dreamでした。素晴らしい演奏を堪能し、ドイツ最後の夜を楽しみました。

さいごに

今年で3年連続のクリスマスマーケット巡りの旅行でした。2015年はJTBルックの団体旅行でドイツのニュールンベルク、シュトットガルト、ローテンブルク、ルードヴィヒブルク、フライブルクに2016年はルーマニアのブラショフ、シギショアラ、シビウ、クルージュ・ナポカそしてハンガリーのブダペスト、これでドイツ3大クリスマスマーケットの全てとその周辺のクリスマスマーケットに行ったことになります。

冬のヨーロッパは日照時間も短く気温も低くいので一般的には観光に不向きですが、①たのしいクリスマスマーケット②博物館や美術館が空いていてゆっくりみることができる③コンサートなどのイベントを楽しめる。といった魅力があるのでクリスマスシーズンのヨーロッパおすすめです。

ベルリンの博物館・宮殿・美術館では入場料に音声ガイドの機器のレンタルが含まれていて日本語を含む各国語に対応していました。音声はプロのアナウンサーによる録音で非常に分かりやすく良く理解できました。日本の観光地はどうなっているのでしょう。外国人にとって音声ガイドは大変有効ですので是非導入すべきですね。

 

 

 

 

ルーマニア・ハンガリー(ブラショフ、シギショアラ、シビウ、クルージュ・ナポカ、ブダペスト、ホッロークー、メセーケヴェジュド)

ハンガリー刺繍には大きく分けて三つのスタイルがあり、2年前に一番ポピュラーでシンプルな花柄スタイルのカロチャ刺繍を見にカロチャに行ってきました。今回はメゼーケベジュドに濃厚な花柄スタイルのマチョ刺繍を、そし現在はルーマニア領ですが以前はハンガリー領で今でもハンガリー族が住むクルージ・ナポカの郊外の村に最も古いスタイルのイーラーシュシュ刺繍を見に行くことを最大の目的とし、観光的には世界遺産とルーマニアとハンガリーのクリスマスマーケットを見に行くコースとしました。

ブラショフ Brasov

日本を夜発ってルーマニアの首都ブカレストに朝着き、タクシーで標高800mのスキーリゾートのシナイアの町を経由し2時間半ほどでブラショフに着きました。旧市街の中心の広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのものに比べると規模は小さく人出も少ないですが夜になるとライトアップされ大変綺麗でした。

ブラショフ民族博物館 Ethnographical Museum Brasov

ルーマニア各地の民族衣装が展示されていました。20世紀初頭のジャガード式自動織機があり実演してくれました。古い手機から現在の自動織機に移る前の半自動の機械で大変興味深いものでした。

ルシュノフ要塞 Rasnov Fortress

ブラショフからブラン城に行く途中の山の上に造られた要塞です。駐車場からトラクターに引かれた車に乗って登ります。頂上からは360度の絶景が望めます。オフシーズの早朝ということもあり我々二人しか来訪者はおらず貸し切りの贅沢な時間を過ごすこととができました。

ブラン城(ドラキュラ城)Bran Castle

ルーマニアの観光地では一番有名なところでしょう。流石に観光客も多くトイレや売店といった設備や城内の展示も整っていて観光しやすくなっていました。

ビスクリ要塞教会 Viscri Fortified Church

トランシルバニア地方に100以上ある城壁で囲われた教会の一つで世界遺産に指定されています。残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでしたが豪壮な造りで圧倒的な存在感がありました。

シギショアラ Sighisoara

ブラショフから120km、中世の町並みが残る城塞都市です。多くの人々は山の下の新市街に住んでいて山上の城郭内旧市街に住む人は少なくレストランや店舗もあまりありません。夜は歩く人も少ない暗い町並みが幻想的でした。

ビエルタン要塞教会  Biertan Fortified Church

シギショアラから27kmのビエルタンにある要塞教会。三重の壁に囲まれた堅固な造りで教会というより城と言う方がピッタリする。ここも残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでした。

シビウ Sibiu

トランシルバニア高原の南端に位置する古都。旧市街の中心の大広場ではルーマニア最大と言われるクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのニュールンベルクやシュトットガルトに比べ屋台の数や人出も遥かに少ないものですが、広場を取り巻く建物にプロジェクションマッピングされ大変美しいものでした。

クルージュ・ナポカ Cluj-Napoca

トランシルバニア地方の中心都市。ルーマニアで二番目に大きい聖ミハイ教会のたつ統一広場でクリスマスマーケットが開かれていました。食事の屋台ではルーマニア料理の中をくり抜いたパンに入った豆のスープが売られていました。ミニアイススケート場や音楽のステージが開かれ、サンタクロースが広場の周りのレストランや会場を歩きチョコレートを配っていました。ホテルの窓から正教聖堂と国立劇場が見え夜はライトアップされて綺麗でした。25日のクリスマスはキリスト教国の常でレストランを含めほとんどどこも開いていません。開いているのは教会と夜のクリスマスマーケットぐらいでした。日中はホテルでのんびりし、夜になって夕食を兼ねてクリスマスマーケットに行き、かろうじて開いているレストランを見つけ夕食にありつけました。外は雪になり静かなホワイトクリスマスでした。

トランシルバニア民族博物館  Ethnographic Museum of Transylvania

トランシルバニア地方の民族衣装が展示されています。残念ながら展示変更作業が行われていて一部見ることができませんでした。

カロタセグ地方 Kalotaszeg Area

クルージュ・ナポカの西50kmほどの地域の村イズヴォル・クリシュルイの国道沿いに民芸品を売る店が並んでいます。クリスマスイブのため開いている店は少なかったのですが良い刺繍を買うことができました。丘の上には町を見下ろすように要塞教会が建っていました。

シック村 Sic Villege

クルージュ・ナポカの北東40kmほどのハンガリー系住民が住む村。まず教会に行くと丁度ミサがあるようで村人が三々五々集まっていました。年配の女性は民族衣装(赤又は黒のスカート、黒い防寒上着、黒いスカーフ)を身に着けていました。教会の中では小学生くらいの子供がバイオリンで賛美歌を弾いていました。次にブカレストの旅行会社に依頼してあったシック村家庭訪問です。シック村の伝統的な緑色の家に着くと白いスカーフをかぶり赤い服を着た女性が出迎えてくれました。67歳になるクララさんでした。そしてなんと我々を連れてきてくれた車の運転手はクララさんの息子さんでした。丁度クリスマスイブなので実家に帰ってきたのでした。ガイドのロクサーナさんがギターを持ってきていて、クララさんの家の前で歌を歌い始めました。歌を歌わないと家に入れてくれない風習があるんだそうです。家に入ると歓迎のお菓子が用意され、自家製のスモモのパリンカ(強い蒸留酒)で乾杯です。ダイニングルームのサードボードや壁の飾り棚などは綺麗な花がらの塗装がされていましたが全てクララさんの手によるものだそうです。一旦外に出て「清潔の部屋」と呼ばれる嫁入り道具を飾る部屋のある離れに案内されました。そこでもう一つのサプライズが待っていました。玄関を入ると日本の本が置いてありました。「ルーマニアの赤い薔薇」という1991年に出版された日本ヴォーグ社発行の写真集です。この写真集を見てシック村に来ることを決めた本でした。伺ってみると著者の「みやこうせい氏」はクララさんの家に泊まって取材していたそうです。また日本のテレビ番組の取材で女優の羽田美智子さんが10日間泊まって生活したことも分かりました。「清潔の部屋」に入ると天井まで届く枕カバーをはじめカラフルな寝具や衣装箱で埋め尽くされていました。これこそ本やインターネットで見て憧れたそのものと感激しました。母屋に戻ってクララさんから刺繍の手ほどきを受け、日本では見たことのない技法を習うことができました。そのあとクリスマス料理をいただきました。チキンスープ、牛肉料理、デザート、どれもクララさんの手料理です。素朴で暖かく美味しい料理を堪能していると、小学生くらいの男の子が入ってきて賛美歌を歌いはじめました。歌い終わるとみなさんからお年玉が渡されます。これがこの地方のクリスマスの習慣のようでした。期待以上の体験ができた素晴らしいクリスマスイブとなりました。

ブダペスト Budapest

クルージュ・ナポカからブダペストまで350kmをミニバスで移動しました。9人乗りのミニバスで料金は一人100RON(約2700円)と格安です。日本でインターネットで予約しクレジットカードで支払いも済んでいます。ハンガリー国境でのパスポートチェック(所用20分程度)を含めブダペストまで約6時間のドライブは席が狭くて快適とは言い難いもののなんとか我慢できる範囲でした。ブダペストのバスターミナルからは地下鉄で5駅10分程度でホテルの近くに着きました。一人300フォリント(130円程度)一番古い路線のため車両も古いものでしたが安くて便利です。
今回の宿泊は1泊ということもありクリスマスマーケットに近く料金が安い所という条件で検索(Booking.com)した結果アパートメント(民泊)を予約してみました。住所は直ぐわかりましたがどこにもアパートメントの名称がなく受付もありません。ようやくアパートのインターホンの部屋表示の一つに小さく手書きでアパートの名称をみつけボタンを押しましたが返事がありません。電話すると事前に連絡してあった到着時間より早かった(バスが1時間半早く到着したため)のでまで着ていないとのことでした。幸いアパートのビルの1階に荷物一時預かり所があったのでスーツケースを預け、クリスマスマーケットの見物に行って時間をつぶし予定の時間にやっとチェックインができました。「古いアパートの一室を綺麗に改修し貸出し、事前に連絡した時間にスタッフが出向いてチェックインを行い、全額現金で前払い、チェックアウトは鍵をメールボックルにドロップする。なにかあったら電話で連絡し対応する」というシステムでした。部屋自体は広くて綺麗、料金も室料80ユーロ+掃除代15ユーロ=95ユーロ(約12000円)場所はブダペスト随一の繁華街の一画でクリスマスマーケットから5分と最高に便利なところなので良い選択だったとは思いますが民泊にはそれなりに問題(不便)があることが認識でき良い勉強となりました。
ところでブダペストのクリスマスマーケットは最高でした。ヴルシュマルティ広場周辺と聖イシュヴァーン大聖堂前広場の二会場がありドイツのものに比べてスケールでも負けていないばかりか、屋台の商品バリエーションが多くてセンスが良く(ドイツは屋台は多いが同じようなクリスマス商品ばかり)テイクアウトのフード屋台の料理のバリエーションが豊富でテーブルや椅子があって座って食べられる(ドイツは料理のバエーションやテーブルが少なく椅子はほとんどない)というグルメとショッピングという面ではドイツクリスマスマーケットより勝っていると思います。

ホッロークー Holloko

ブダペストから北東に約100km、バローツ洋式の伝統家屋の残る世界遺産の村。残念ながら冬期のためほとんどの施設が開いておらず外観を見ながら散策しただけでした。観光客や住む人の姿もほとんど見えませんでしたが、その分静かで美しい村を満喫することができました。

マチョ博物館 Matyo Museum

ホッロークーから約100kmブダペストから約130kmのメセーケヴェジュドにあるマチョ刺繍の博物館。博物館の正面にマチョ刺繍を今日のスタイル(多種多様な花柄と豊富な色)に発展普及させたKisjanko Bori女史の胸像が置かれており、2階の展示室には女史がデザインした花々の元絵が展示されていました。

マチョ刺繍講習 Matyo Embroidery Workshop

ハダス地区の民芸館(House of Folk Arts)で1時間ほどマチョ刺繍の個人レッスンを受けました。

ハダス地区 Hadas District

マチョ博物館の近くに、マチョ刺繍を発展普及させたKisjanko Bori女史の家を中心に民芸関連の家が集まっている地区があります。あいにく塗装家具の家などは閉まっていましたがKisjanko Bori女史の家、織物の家、刺繍の家、民芸品店などを見ることができました。博物館とは違って生活の中の刺繍を見ることができ良い勉強になりました。

料理

ルーマニアの料理に関する知識はほとんどなくガイドブックによるとボリュームのある肉料理が中心のようです。家内は旅行中は体調管理のためヘビーな料理を避けていることもありスープとサラダをメインに食べていました。一番興味深かったのは一斤ほどの丸型パンの中身をくり抜いて豆のスープを入れたものでした。サイコロ状に切ったロースハムのような肉も入っていましたが味はそれほど濃くなく美味しくいただきました。サラダは野菜が新鮮でドレッシングもシンプルで結構でした。牛肉のひき肉を俵型にして焼いたハンガリー風ハンバーグステーキといったものもいただきましたがこれも予想外におとなしい味で美味しいものでした。ルーマニアは歴史的に多民族国家でドイツ系やラテン系の食事も一般的で、どの町にも美味しいイタリアレストランがありました。クルージュ・ナポカで食べたオッソブーコは絶品で付け合せのミラノ風リゾットが黄金色で今まで食べた中で一番でした。それからルーマニアワインが素晴らしく白(シャルドネ)と赤(カベルネ)はレストランおすすめのハウスワインで十二分に美味しく陶然となりました。
ハンガリーの料理も伝統的なものはルーマニアと同じようにボリュームのある肉料理が中心のようです。前回ブダペストで食べた生フォアグラのソテーが超絶美味しかったので今回もと思ったのでが、クリマスシーズのためお目当てのレストラン(コムセソワ)がクローズであったため今回はミシュランの星付きの創作ルーマニア料理の店に行きました。非常に洗練されフランス料理のようでプレゼンテーションも美しく大変美味しいものでした。最後の夕食は温泉リゾートホテルで1泊2食のバイキングでした。これが一般的なハンガリー料理なのでしょうが正直あまり美味しくありませんでした。やはりレストランとメニューを選ばないと美味しいものは食べられないということですね。