アルザス(ミュウルーズ、コルマール、ストラスブール)

ルツェルンからバーゼル乗り換えでミュールーズに移動し3泊4日のアルザス地方観光をスタートしました。

バーゼル駅
ミュールーズ駅

ミュールーズ

フランス東部、ドイツとスイスの国境近くに位置するアルザス第2の町、18世紀から20世紀にかけて染織産業が栄え、フランスのマンチェスターと呼ばれてきました。

まず今回ミュールーズを訪問する主目的である染織博物館に行きました。18~19世紀の室内装飾、服飾デザイン画、染織見本を中心にヨーロッパを始めとする世界中の資料が約600万点も収められ、そのコレクションの豊富さ、質の高さにおいて、世界に類を見ない博物館です。膨大なテキスタイルのアーカイブからデザインをアレンジして商用利用できることからエルメスやサンローランなど世界の名だたるハイブランドも利用しています。

ミュールーズ染織博物館Musée de l’impression sur étoffes de Mulhouse

道に迷いながら歴史地区のレユニオン広場へ向かいます。広場の中央にはフランスでは珍しいプロテスタントの教会サン・テチエンヌ寺院、その向かいにはピンク色の旧市庁舎があります。

サン・テチエンヌ寺院
旧市役所
夕食はアルザス名物のシュークルートです

翌日から二日間観光タクシーをチャーターしてアルザスの美しい村を周りました。

エギスハイム

ミュールーズから40キロ、コルマールから5キロ、フランスで最も綺麗な村にの一つに選ばれたアルザスワインの村です。カラフルな街並みはおとぎ話にでてきそうです。

昼食にアルザス名物タルトフランべ(ピザに似ていますが、生地が薄く、発酵させない、そしてソースの代わりにチーズを使うことが特徴、トッピングは玉ねぎやベーコンでピザよりあっさりした味です)とアルザスワインを頂いてアルザス観光の中心都市コルマールで移動しました。

コルマール

人口6万8000人、アルザスでは第三の規模の都市で「アルザス ワイン街道の首都」と呼ばれ、旧市街には13~16世紀にまだドイツ領だった時代に建造されたドイツ風の木骨組みの街並みそのまま残っています。

プティット・ヴニーズ

翌日、コルマール近郊のカイゼルスベルクとリクヴィールを経由してストラスブールに向かいました。

カイゼルスベルク

2017年の「フランス⼈が選ぶお気に⼊りの村」にて第⼀位を獲得したアルザス地⽅屈指の⼈気観光地です。村の周囲を葡萄畑が取り巻き高台にお城があります。丁度お祭りが開かれており中世の騎士や可愛い子供達の歌を聴くことができました。

お城へ登る階段の八合目あたりからの眺め

リクヴィール

15世紀から16世紀の貴族の館が⽴ち並んでいます。中でもアルザスで最大25mの木組みの家が立派でした。お祭りなのか村の入り口でイベントが開かれ、スタンドでアルザスワインやビール、タルトフランべやソーセージが売られ、音楽にのってダンスを踊る人がいました。

リクヴィールからストラスブールに移動しました。

ストラスブール

フランス中東部のアルザス地⽅の中⼼、グラン・ディル(旧市街)に加え、2017年にノイシュタット(新市街)が登録拡⼤され、市の全域が世界遺産という世界でも稀な都市です。ホテルが旧市街のプティット・フランス地区の歩行者エリアにあったためタクシーがホテル前まで入れず、2分ほど荷物を転がして歩かされましたが、絶好のロケーションで散策を楽しむことができました。

ノートルダム=ド=ストラスブール大聖堂

旅行最後の夕食はアルザス料理で締めました

お土産

動画版もご覧ください(13分)

終わりに

以前からフランスのアルザス地方に行ってみたいと思っていました。クリスマスマーケットで有名な11月から12月とも考えましたが、やはりお花がきれいな春にすることにし、ゲイトウエー空港をチューリッヒにしたことからルツェルンにも寄ることにしました。そしてテキスタイル関連の工房や博物館がないかを調べてみると、ザンクト・ガレンに刺繍博物館、ミュールーズに染織博物館があることが分かりました。特にザンクト・ガレンは以前行ったドイツ白糸刺繍の村シュバルムとの関連があることが分かり、スイス3泊フランス3泊の日程がきまりました。

スイス国内の移動は鉄道を利用しました。なんとザンクト・ガレンにはチューリッヒ空港から直行列車があるのです。またスイスハーフフェアーカードという便利がものがありました。このカードを事前に買っておくと鉄道やロープーウェイなどが半額になります。また鉄道にはスーパーセイバーという運賃があり更に割引(合計で4分の1)になります。ただしスーパーセイバーは変更や払戻しができないので日程が確定するまでは手配しないほうがよいようです。手配はネットで簡単にできました。

アルザス地方の移動は、小さな村を効率的にまわるため、観光タクシーにしました。手配はネットでコルマールのタクシー会社数社に見積もりを依頼し、その中から回答が早く料金がリーズナブルなところにお願いしました。

ホテルはブッキングドットコムで手配しました。スイスは物価が高いので三つ星クラス、アルザスはスイスほど高くないので四つ星クラスとし、徒歩観光に便利な旧市街のホテルにしました。

食事はその地方らしいレストランで名物料理を食べるようにしました。スイスではチーズフォンデュやラクレット、アルザスではシュークルトやタルトフランべなど、一人前の量が多いこともあり前菜(サラダなど)とメインを一人前づつ頼み二人でシェアーしました。飲み物はビールがどこでも美味しく料金も手頃でした。おかげで二人で60スイスフラン/ユーロほど(一人当たり日本円で5000円から6000円)で済みました。

後期高齢者となり足腰がだいぶ弱り、以前のように歩き回ることが困難になってきましたが、これからも元気に旅行を続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スイス(ルツェルン、ピラトス山)

ザンクト・ガレンから鉄道でチューリッヒ経由で2時間半、スイスの中央部に位置し、美しい湖と奥に連なる山々、中世の建物が織りなす絵画のような風景で人々を魅了する古都ルツェルンに行きました。

ルツェルン駅
カレル橋(14世紀に城塞の一部として建設した屋根付木造橋)
シュプロイヤー橋(15世紀に城塞の一部として完成した屋根付木造橋、板絵”死の舞踏”)
旧市街からルツェルン湖を望む
ルツェルン湖とイエズス会教会
ライオン碑(フランス革命時に宮殿で王家を守り、勇敢な死を遂げたスイス傭兵を偲んでつくられた)

ルツェルン近郊のピラトス山(2132m)へ日帰り観光に行ってきました。

ルツェルン駅から地方鉄道でAlpnachstad駅へ
Alpnachstad登山電車駅
傾斜度最大48%の世界一の急最勾配をラックレール(歯車)で登ります
頂上駅に近づく登山電車
頂上間近です
頂上駅(Pilatus Kulm)
頂上駅(Pilatus Kulm)展望テラスからの眺め
帰りはロープウェイで降りました
Kriensロープウェイ

夕食後、もう一度カペル橋を渡り旧市街を回ってきました。

 

動画もご覧ください(5分半)

 

 

 

 

 

 

スイス(ザンクト・ガレン、アッペンツェル)

ドイツ白糸刺繍(シュヴァルム・ホワイトワーク)の源流の一つスイスのザンクト・ガレンに行ってきました。

スイスの刺繍の中心地はチューリッヒから90キロほど東のドイツ国境に近いザンクト・ガレンです。15世紀にリネン(麻)産業がはじまり、16世紀には修道士が刺繍技術を広めました。19世紀初頭に刺繍機が発明されるとザンクト・ガレンは欧州刺繍産業の中心として発展しました。近年は中国をはじめとするアジア諸国からの安価な製品の攻勢により価格競争力が低下したことから主力工場をアジアなどに移転し、スイスではデザインに注力しフランスの有名ブティックとの提携によるサンプル製造とスペシャリティ(高級)製品の製造に特化しています。したがって、今日手刺繍はほとんど行われておらず見学できる工房もないため、ザンクト・ガレン織物博物館と近郊のアッペンツェル博物館に行ってきました。

ザンクト・ガレン

チューリヒから東へ約1時間。ドイツとの国境でもあるボーデン湖に近い北東スイス地⽅の中⼼都市で歴史的な街です。街のシンボルでもある修道院は世界遺産に認定されています。修道院の周辺は車が乗り入れ禁止の旧市街となっています。装飾の見事な出窓が特徴的な家々や看板がかわいい店などが並ぶ小道や広場に、中世の街並の面影を感じられます。

修道院

中世ヨーロッパで「知の聖地」として名を轟かせた修道院。現在では宗教的な意味での修道院ではなくなりましたが、18世紀に改装された修道院の建物はバロック建築の傑作といわれる美しいもの。とくに、膨大な数の貴重本や手稿を納めた修道院付属図書館は世界最大級の中世の図書館として有名で、約17万冊ある蔵書のほとんどが今でも読むことができる状態を保っています。

ザンクト・ガレン織物博物館

古くからテキスタイル(繊維・織物)産業で栄えたザンクト・ガレン。1878年に織物産業の振興のために、型絵・図案などを蒐集し、ミュージアム・図書館を開設しました。旧市街の中⼼にある歴史的な建物にはレースや布地、洋服などの貴重なコレクションがつまっています。

ザンクト・ガレン織物博物館
刺しゅう機
インテリアファブリックのデザイン工程

ザンクト・ガレン織物博物館には大量のデザインブックが保管されており、歴史的な資料としてだけでなく、インスピレーションの源として、次世代のデザイナー達にとって、新しいデザインを作り出すテンプレートとして役立っています。

サンプルブック保存室
サンプルブック

ビショフ・テキスタイル社の本社

ザンクト・ガレン駅から歩いて15分ほどのところにスイスを代表する刺繍服地メーカーのビショフ・テキスタイル社の本社があります。元は工場でしたがデザイン制作を中心とする本社機能のみで、一般には非公開ですがザンクト・ガレン織物博物館に匹敵するデザインブックのコレクションがあり世界中からデザイナーが研究のため来ているそうです。今回見学を申し込みましたが残念ながらだめでした(ツテが必要です)。また一階にアウトレットショップがあり豊富な刺繍商品を購入することができます。

アッペンツェル

ザンクト・ガレンからアッペンツェル鉄道で山道を40分ほど登った山間の美しい村です。

アッペンツェル博物館

民俗博物館として村の生活のいろいろなものが見られますが、中でも四階の刺繍コレクションが素晴らしくザンクト・ガレン博物館ではあまり見られなかった手刺繍をたくさん見ることができました。

左:市庁舎 右:アッペンツェル博物館

1700年代、フランスの商人が上質なフランス刺繍をより安価に生産する方法を模索し、スイスのアッペンツェル州の農民にフランス式の刺繍を教え農家の女性たちが手掛けるようになりました。1850年には機械刺繍が開発され1880年までに精巧な手刺繍は衰退しましたが、1920年までこの地域の女性の半数が家計を支えるために刺繍をし、第二次世界大戦までには3,500人の女性が刺繍に従事していました。

四階、刺繍展示室

編集後記

ノルウェーのハーダンガー刺繍もそうでしたが近代化と共に伝統的手刺繍は廃れてしまい、今では博物館でしかみることができないところが増えてきました。ザンクト・ガレンとアッペンツェルの博物館で博物館の方に聞いてみると、やはり手刺繍を行われておらず、定期的に講師を招いて講習会を開いているそうです。スイスは19世紀初頭に刺繍機が発明されて以来機械刺繍に移行して手刺繍は廃れてしまいましたが、1941年にザンクト・ガレンからドイツのシュバルムに移住した女性(テクラ・ゴンベルトさん)によりその刺繍技法が伝えられ今日シュヴァルム・ホワイトワークとして残っていることを知り、文化と伝統とはこのように伝播していくものかとしみじみ感じています。

お土産

動画版もご覧ください(5分)

英国周遊(スコットランド、バース、コッツウォルズ、オックスフォード)

今回の旅の主たる目的はオクスフォードのピットリバーズ博物館で開かれる故ジョンセラオ氏によるデザインをキルトとして完成した作品の特別展「Mauka to Makai Hawaiian Quilts and Ecology of the Islands」のオープニングセレモニーとレセプションに参加する事とエジンバラ近郊のLochcarron of Scotland社のタータン工場を見学することです。エジンバラとオックスフォードをベースに日程を広げ、前半はインヴァネスからスカイ島へ、後半はバースからコッツウォルズをめぐりオクスフォードへと向かいました。

今回もカタール航空を利用しました。ドーハ乗り換えでエジンバラに入り2泊、エジンバラ城と市内観光を楽しみエジンバラから鉄道でボーダー地方(スコットランドとイングランドの境界)にあるタータン工場見学に行きました。夕方、長距離バスでインバネスに移動して2泊、日帰りでハイランド地方の絶景スカイ島を観光しました。

旅の後半はインヴァネスから空路ブリストルに移動してバースに1泊、翌日から23日で蜂蜜色の家々を彩る薔薇や多種多様の花々の咲いた村々をゆっくり周り最終日オクスフォードに1泊しました。

成田からドーハ乗り換えでエジンバラへ

エジンバラ (Edinburgh)

エジンバラ空港からバスで市内へ、所用30分。終点は宿泊するOld Waverley Hotel の真横で自分たちで荷物を運んでチェックインするのは楽でした。ホテルはスコット記念塔の真正面でもあり、部屋の窓からエジンバラ城が見える絶好のロケーションでした

旧市街を散策しエジンバラ城の麓に賑わうグラースマーケットの老舗のパブで最初の夕食を楽しみました。

翌日、朝一番でエジンバラ城に行きました。オンラインで日本から予約していましたのでスムーズに入場できました。(終日予約でいっぱいでした)

エジンバラ城は街の中心の小高い丘の上に築城されエジンバラ市内を一望する難攻不落の城です。入り口から坂道が始まり登りながらお城の見学です。ちょうど戦没者慰霊の式典が行われておりスコットランド伝統の正装タータンのキルトを身に纏った儀仗兵を見ることができました。

エジンバラ城を出て、メインストリート「ロイヤル・マイル」を下りながら旧市街を観光、途中でバグパイプの街頭演奏を聴くことができました。

夕方、ホテルの前の公園をエジンバラ城の麓の噴水まで歩きエジンバラ城を真下から撮影しました。ちなみに暗くなるのは21時頃です。

動画版(3分44秒)

ボーダー地方 (The Scottish Borders)

翌日、エジンバラ駅から鉄道とタクシーでボーダー地方(スコットランドとイングランドの境界)のタータン工場とスコットランド王ロバート一世の心臓が埋葬されているメルローズ修道院に行ってきました。

タータン工場(Lochcarron of Scotland)

世界有数のタータンメーカーで、糸の染色から生地の織り、オーダーメイドの縫製まで一貫して行っています。最新鋭の自動織機で生産されていますが、検品は丁寧に厳しく手作業で行われているのが印象的でした。先日もチャールス国王がカミラ王妃を伴いタータン・キルトの正装で訪問されました。
工場に向かう道路は広く周囲は牧歌的で羊が飼われ羊毛原料を直近で得られるとの事、製品のスムーズな搬出はこの道路が大きな役割を担っているとのことでした。

メルローズ修道院

イングランドとの戦争により廃墟となっていますが、1136年創建のゴシック様式の修道院です。イングランド王国に対する独立戦争においてスコットランドを率いた、スコットランドの国民的英雄、スコットランド王ロバート1世の心臓が埋葬されています。

動画版(3分31秒)

夕方、長距離バスでインバネスへ移動しました。移動距離は180キロ(所用4時間)運賃は9ポンド(1800円)となぜか格安でした。鉄道の方が早く快適ですが大きな荷物を持っての移動にはバスの方が楽です(鉄道は荷物を置く場所が確保できるか乗るまで分かりませんが、バスは荷物室に確実に預かってくれます)

インバネス(Inverness)

インバネスはネス川の河口に位置するスコットランド北東部の海岸都市です。夕食はネス川にかかる歩行者専用の橋を渡ってシーフード・レストランに行きました。

翌日、定期観光バスに乗って日帰りスカイ島とアイリンドナン城観光に行きました。朝8時発、夜8時帰着の12時間観光です。バス会社からは、雨と強風が予想され、傘は役にたたないため、上下服と靴は防水仕様の装備が要求されました。

スカイ島 (Isle of Skye)

まず、ハイランド牛とのご対面です。スコットランドの在来種で絶滅危惧種の愛らしい牛です。

ネス湖沿いにしばらく走ると、1230年に築城された今では朽ち果てた古城アーカート城を見下ろす展望台に着きました。

次に、午前中のハイライト、スコットランドで一番美しいと言われているアイリンドナン城にゆき1時間の休憩です。

スカイブリッジを渡ってスカイ島に入り、まず第一の絶景、1820年代に建造された3つのアーチをもつ美しい石造りの橋スリガカン・オールド・ブリッジ、古い石造の橋と背景の山並みのコントラストが美しい!

次は、第二の絶景、港町ポートリーです。遅い昼食を兼ねた1時間の休憩をとりました。港の埠頭に建つ建物がピンク、ブルーとカラフルです。

午後はスカイ島らしい絶景が続きます。先ず、奇岩 Old Man of Storr

次は、Rigg Viewpoint、海の景色が素晴らしい。強風が吹くなかで羊が放し飼いされていました。

最後は、Kilt Rock and Mealt falls、タータンのキルトスカートのひだように断崖絶壁が続き、落差60メートルの滝が海に落ちる様は絶景です。

スカイ島から本土に戻り、帰り道は往路とは異なり鉄道の路線に沿ってインバネスまで戻りました。

動画版(3分36秒)

https://www.youtube.com/watch?v=9dqW1ztYPVI

翌日、空路で一気にブリストルに飛び、タクシーで英国唯一の温泉地バースに移動しました。

バース (Bath)

  • バースのホテルにチェックインして先ず世界遺産のローマ浴場博物館に行きました。25年ぶりの再訪です。外観は昔のままですが博物館の内部の展示は現代の技術を導入して当時の様子はこのようであったであろうと映像で示したり、通路の一部は透明な床になっており見学者の足元に当時の遺跡を見ることができました。

次に、大聖堂に入りました。

その後エイボン川に向かいました。バルトニー橋を挟んで両岸に立ち並ぶ建物と川面に飛び交うかもめやゆっくりと近づいてくる白鳥は旅びとの目を楽しませてくれます。

動画版(1分44秒)

カッスル・クーム(Castel Comb)

昼から2泊3日のコッツウォルズ観光を開始しました。先ず、英国一、最も古い街並みが保存されている村コンテストで何度も表彰されている村カッスル・クームです。

テトベリー (Tetbury)

アフターヌーンティーを楽しみました。3段トレーには①フィンガーサンドイッチ②2種類のスコーン(プレーンとレーズン入り)にクロテッドクリーム(脂肪分がバターと生クリームの中間の濃厚なクリーム)といちごジャム③プチケーキがセットされ、飲み物は紅茶またはコーヒーが選べます。一般的に午後2時から5時頃までの間で提供されます。かなりヘビーなので昼食を抜いておかないと食べ切れないかもしれません。室内のテーブルでも屋外で庭の植物を眺めながらでもゆっくり時間をとって楽しむのが良いと思いました。

スタントン (Stanton)

NGS(英国園芸協会)が年に1回開催するオープンガーデン(個人のイングリッシュガーデンを公開すること)がスタントンで開かれることを知り、日程を変更して訪問することにしました。

個人の庭にも通りにも至る所で色彩豊かな薔薇や多種の花々が咲いていました。数箇所の案内のポイントではお茶とケーキの接待も行われていました。村の人々が花を育てて来訪者にどうぞ見て楽しんで下さいという精神は本当に素晴らしいと思いました。

 

1泊目は「コッツウォルズのベネチア」として愛されるボートン・オン・ザ・ウオーターです。

ボートン・オン・ザ・ウオーター (Bourton-on-the-Water)

 

二日目の最初の村は「イングランドで最も美しい村」として名を馳せるバイブリーです。

この村を訪ねるのは3度目となりました。1度目は高校生だった娘と、2度目は児童文学作家の山下先生ご夫妻と訪ねた思い出があります。30年近く前になりますが風景は変わらず美しい村ですね

バイブリー (Bibury)

 

 

次に、ローワー・スローターに行きました。大型バスが入れないこともあり観光客が少ない静かた村です。この村では静かで観光化されていない佇まいを十分に楽しむことができました。清らかな水の川、水車、家々の花、地元のワンちゃんが散歩を楽しみ、乗馬の人たちもいます

ローワー・スローター (Lower Slaughter)

 

次は、ブロードウェー村より1マイル(1.6キロメートル)ほど南東の高台に位置するブロードウェイ・タワーに立ち寄りました。

ブロードウェイ・タワー (Broadway Tower)

次も、大型バスが入れない観光客が少ない静かな村スノーヒルです。小さな綺麗な村でした。やはり薔薇やたくさんの草花が家々の玄関口に咲き揃っていました

スノーヒル (Snowhill)

次に立ち寄ったのは「コッツウォルズの宝石」とうたわれるチッピング・カムデンです。昼食を兼ねてクリームティー(アフタヌーンティーからサンドイッチとケーキを除いたもの=スコーンと紅茶の軽食)をいただきました。ここも以前来たことがあります。村のランドマークとも言える古いマーケット跡があります。

チッピング・カムデン (Chipping Campden)

最後に、シェイクスピアゆかりの地ストラスフォード・アポン・エイボンに行き宿泊しました。
先ず、シェイクスピアの奥さんアン・ハサウェイの家、次にシェイクスピアの生家を見学しました。

ストラスフォード・アポン・エイボン (Stratford-upon-Avon)

アン・ハサウェイの家

シェイクスピアの生家

ストラスフォード・アポン・エイボン

動画版(6分51秒)

朝、最後の宿泊地オックスフォードへタクシーで移動しました。ホテルのご厚意で午前中にチェックインでき市内観光に出ることができました。

オックスフォード (Oxford)

午後、ピットリバーズ博物館で開かれたハワイアンキルト特別展のオープニングセレモニーに参列しました。その特別展に展示されたキルトは、ピットリバース博物館から依頼を受け故ジョンセラオ氏のデザインをポアカラニキルターが制作した作品です。

動画版(5分32秒)

おわりに

6月のスコットランド・スカイ島の気候(最高気温17度・最低気温9度)は、日本の白馬村の6月の気候(最高気温19度・最低気温11度)より寒いだけでなく、1日のうちで空模様は曇りのち晴れ、時々雨、さらに強風が吹き荒れる、という激しいものです。我々も上下防水使用の服を着用しました。短い夏(7月と8月)を除き1年の大半は寒く厳しい気候です。スコットランド人の荒々しい性格はあの厳しい気候によって育まれているのかと思い至りました。

ピットリバース博物館のハワイアンキルト特別展は大変素晴らしいものでした。今は亡きジョン・セラオ先生も奥様ポアカラ二と共にお喜びになっていると思います。今回の展示会を機会にハワイアンキルトが一層発展していくように祈っています。

Susie

オクスフォード大学ピットリバーズ博物館ハワイアンキルト特別展

オクスフォード大学ピットリバーズ博物館で開催されるハワイアンキルトの特別展 Mauka to Makai Hawaiian Quilts and the Ecology of the Islands のオープニングとレセプションにご招待をいただき行って来ました

この特別展に展示されたキルトはピットリバーズ博物館から依頼を受け故ジョンセラオ氏のデザインを我々インストラクターと生徒が制作した作品です。完成したキルトは2022OHA(オフィス・オブ・ハワイアン・アフェア)で1日だけハワイで一般公開された後、ハワイに受領しにこられたキューレーターのマレンカ氏に託しピットリバーズ博物館に寄贈されました。

ポアカラ二・ファミリー

故ジョン・セラオ氏

オックスフォードはロンドンから車で1時間ほどのオックスフォード大学を中心とする大学都市です。

タクシーで10分ほどのオックスフォード大学自然史博物館に行きます。ピットリバーズ博物館は隣接する自然史博物館から入館するためです。


恐竜などの展示室を通りピットリバーズ博物館へ入ります


東南アジアや南太平洋などを中心に世界の民族考古資料を集めた博物館です。その膨大な展示を通って特別展示室に入ります。

オープニング・レセプションの前にハワイと日本からのメンバーが集まりました。

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突然連れて行かれ展示室の私の作品の前に座らせられインタビューが始まりました。事前に話もなく準備もしていなかったのでびっくりしました。

オープニング・レセプションには地元の方が大勢招かれていました。オープニングセレモニーがあってその後レセプションとおもっていたら、プレビュー・レセプションが先で皆さんワインなどを片手に展示会を楽しみ、その後ピットリバーズ博物館本館に移ってオープニングセレモニーでした。

プレビュー・レセプション

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オープニングセレモニー

ハワイ側代表シシーのスピーチ(YouTube動画 1分14秒)

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翌日から一般公開です。朝一番10時にピットリバーズ博物館に行き展示室に行きゆっくり作品を見ることができました。


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動画版です。クリックするとYouTube動画が開始します(3分半)

終わりに

ご覧の通りキルトは丁寧に美しく展示されていました。私たちの先生ジョンセラオ氏がこの日を一緒に迎えることができたらという思いと後継者のシシー嬢と支えたご家族がしっかりと計画を進めて来てくださったことに感謝です。伝統をつないでいくことは並大抵ではありません。ホノルルのポアカラニファミリーのキルト教室ではどなたにでもドアを開いてワークショップを行っています。また日本国内においてはインストラクターとして認められたキルターたちがそれぞれの教室でハワイアンキルト制作をしてみたいという方々へお教えしています。ピットリバーズ博物館での展示によってハワイアンキルトのメッセージや楽しさがさらに広く伝わってゆくことと思います。

なおこの特別展はこれから先2年間の展示が予定されていますので機会がございましたら是非ご覧ください。ロンドンから鉄道で1時間、オックスフォードは大変魅力的で美しい街です。

マハロ

追記

今回の展示に伴い、ポアカラにファミリーからはTシャツ、ピットリバーズ博物館からは図録とハガキなどが制作されました。
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聖週間のスペイン(マドリッド、トレド、セビリア、ロンダ、グラナダ、ロルカ、コルドバ、バルセロナ)

昨年スペインのロルカの刺繍博物館を訪問し素晴らしい金糸刺繍を見ました。この豪華な刺繍を施された衣装を着たパレードがあることを改めて知り、これは実際に見なければと思い、今年はパレードのあるセマナ・サンタ(聖週間:4/2-4/9)の時期に再びスペインに行くことにしました。

折角ですからロルカはパレードのピーク4/7(聖金曜日)に合わせ、その前の4/2(枝の主日)にマドリッドに入り、4/4(聖火曜日)はセビリア、4/5(聖水曜日)はロンダ、4/6(聖木曜日:最後の晩餐の日)はグラナダ、4/7(聖金曜日:イエス磔の日)はロルカ、4/8(聖土曜日:復活の前日)と4/9(復活祭:イエス復活の日)はコルドバ、最後にバルセロナを回るコースとし、その間でアンダルシア地方の白い村を二個所(オルベラ、ベレスブランコ)立ち寄ることにしました。

またセビリアでは刺繍工房を見学します。なお今回は友人3人も加わり5人の旅行となりました。

旅行の基本部分(往復の航空機、マドリッド2泊とバルセロナ2泊のホテル、マドリッド〜セビリアとコルドバ〜バルセロナの鉄道)はSTW社のパッケージツアーを利用し、セビリアからコルドバまでの区間の手配(ホテル、専用車、ガイド、桟敷席、入場券)をオンラインで行いました。田舎の自宅で直接手配できるとは便利になったものです。

航空会社はカタール航空です。ドーハ乗り換えでマドリッドまで23時間15分もかかりますが、成田を22:30発なので出発日が楽、一眠り(12時間)するとドーハ、3時間45分乗り継ぎは空港の設備(免税店や飲食店)が充実していて過ごし易く、マドリッドまでの7時間半も更に一眠りでそれほど苦痛ではありません。機内食も美味しくトイレなどの設備やサービスも良く快適な航空会社です。

ドーハ空港乗り継ぎ、ターミナルA,BからC,Dに移動するのにモノレールに乗ります 27秒

マドリッド

14:25マドリッド空港到着、シャトルバスでアトーチャ駅へ、始発なので荷物置き場も空いていて無事乗車できました。個人旅行で一番困るのは荷物(スーツケース)の運搬です。公共バスや鉄道に乗るときに荷物置き場が空いていないと大変です(鉄道の場合は座席の上の棚に載せなければなりません)

ホテルはアトーチャ駅前のオンリー ・ユー ・ホテル ・アトーチャ、駅から200mほどで地下鉄の駅の入り口がホテルの前にある大変便利で設備も良く朝食が素晴らしく美味しいホテルです。

チェックイン後、地下鉄でソル広場に行きマヨール広場を見てサンミゲル市場に行きました。市場は多くのバル(立ち食い方式の店)が店を開き真ん中のエリアで飲食するようになっています。

ソル広場のくまの像

マヨール広場

サンミゲル市場

サンミゲル市場の外でバンドの音がしました。通りにでるとセマナ・サンタ(聖週間)のプロセッション(宗教行列)が来ました。

スペインの夕食には早いので(19:00頃)バル(居酒屋)に入りました。生ハム、コロッケ、といった定番メニューにパエリアを注文しました。

トレド

翌日、マドリッドが首都になる前の首都である古都トレドに行きました。展望台からタホ川の対岸に広がるトレドを見て、市内に入りサントトメ教会でエルグレコのオルガス伯爵の埋葬を見てから大聖堂に行きました。壮大な聖堂の中でマリア様の像が印象的でした。

トレド全景

サントトメ教会

エル・グレコ作オルガス伯爵の埋葬

トレド大聖堂

マリア様の像

午後、マドリッドに戻りプラド美術館に行きました。30年ぶりです。入り口や展示室が変わりどう回って良いのか分からなくなりました。でも作品はそのまま、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤなどの名品はやはり素晴らしい。堪能しました。

プラド美術館

夕食はスペイン北部のガリシア地方の海鮮料理です。日本人の味覚にぴったりです。

セビリア

マドリッドを新幹線で9:05に発ち11;28にセビリアに到着しました。指定された号車側に荷物置き場がなく、慌てて隣の号車側の荷物置き場になんとか荷物を置くことができほっとしました。

セビリア駅から専用車で創業以来60年の老舗刺繍工房Bordaos Manuela Romeroに向かいました。工房では三代目のお嬢様ファティマ(Fatima)さんに出迎えていただき刺繍の制作工程や作品を見せていただき大変勉強になりました。

セビリアの刺繍工房 1分27秒  工房見学の詳細は「セビリア刺繍」をクリックしてご覧ください

昼食後、スペイン広場とアルカサルを観光しました

スペイン広場、1929年に開催された万国博覧会の会場として造られた公園

セビリアは聖週間期間中大聖堂周辺が交通規制のため車が入れません。今回宿泊のホテル・ドナ・マリアが大聖堂の目の前のためホテルの前まで車が入れず300メートルほど離れた黄金の塔の前で降り荷物を転がしながら歩いて行くことになりました。

聖堂の周りは桟敷席で取り囲まれ、その周りもプロセッションの出発を見ようとする人で一杯で歩くのも大変です。

夜、フラメンコを見に行きました。20:45からのセカンドショーです。1時間15分の熱演を舞台の最前列で見ました。凄い迫力、これがフラメンコと感動しました。

セビリアのフラメンコ 34秒

フラメンコが終わってから遅い夕食(スペインでは普通ですが)をとりホテルにかえりました。大聖堂のヒラルダの塔がライトアップされてきれいでした。

通りがかりのレストランでしたがこれが大当たりでした。

翌朝、大聖堂に入りました。ゴシック様式とルネサンス様式が混合するスペインで最も大きな大聖堂で中にコロンブスの墓がありました。高さ94mのヒラルダの塔にも登りました。延々とスロープが続き疲れましたが鐘楼からの眺めは素晴らしかったです。

セビリア大聖堂全景

大聖堂内

主祭壇

コロンブスの墓

ヒラルダの塔の頂上、鐘楼からの眺め

オルベラ

午後、専用車でセビリアを出てアンダルシア地方の白い村の一つオルベラに向かいました。小高い山に作られた村で頂上に教会とお城があります。あまり有名でないせいで観光客はほとんどいない静かな村で昼食をとりましました。

オルベラ 26秒

ロンダ

昼食後、絶壁の白い村ロンダに向かいました。高さ98メートルのヌエボ橋と最古の闘牛場で有名です。ヌエバ橋を見上げる写真が撮りたくて谷底の展望台まで降りました。絶景を楽しめましたが帰りの登りが大変でした。

ヌエボ橋からの眺め

展望台への道

高さ98メートルのヌエバ橋とパラドール

ロンダの闘牛場

夜、聖水曜日のプロセッションを見に街にでました。ソコロ広場に桟敷席が設けられプロセッションの到着を待つ人が集まりはじめていました。夕食をとり宿舎のパラドールに戻り深夜0時に沈黙のプロセッションを見ることができました。音もない厳粛な行進です。

桟敷席

桟敷席の近くのバルで夕食です

ロンダの沈黙のプロセッション 1分

朝、部屋からの眺め、絶景です

グラナダ

翌朝、ロンダを発ってグラナダに向かいました。グラナダはアルハンブラ宮殿内のホテル・アメリカを予約しました。パラドールの隣のホテルで割安ですが宮殿内というロケーションは抜群で静かで良いホテルでした。

アルハンブラ宮殿は大変広くナスル宮殿とヘネラリーフェ庭園を回ると2時間から3時間かかります。今回は宮殿内にあるホテルのメリットを活かし、先ずヘネラリーフェ庭園を見てからホテルに戻って昼食休憩をとり午後ナスル宮殿をまわりました。

ヘネラリーフェ宮殿

ナスル宮殿

ライオンの中庭

アルハンブラ宮殿 1分17秒

午後、バスで大聖堂に向かいましたが聖週間の交通規制で2キロほど手前で降ろされてしまい、そこから歩くことになりました。

1キロほど歩くとプロセッションに遭遇し行列と一緒に大聖堂を目指しました。途中で桟敷席のある地区になり他のプロセッションも見ました。行列から離れイザベル広場を目指しました。広場で他のプロセッションを見て大聖堂の裏手の路地のバルで夕食をしました。どの店も満員で外の席の横を大勢の人が通ります。ビールを頼むとサービスでトルティージャ(スペインオムレツ)がついてきました。これがグラナダ流だそうです。日がすっかり落ちてイザベル広場でロウソクの灯ったプロセッションを見てホテルに帰りました。

バルで夕食、トルティージャ(スペインオムレツ)はサービス

タパスの定番「コロッケ」

グラナダのプロセッション 2分9秒

ベレスブランコ

翌日、ロルカを目指し途中であまり知られていない白い村ベレスブランコに寄りました。山の上に立派な城のある村でした。

ベレスブランコ城

昼食はパン・コン・トマテ(トマトをぬったパン)とサラダ、素朴で美味しい

ロルカ

昼食後、ロルカに向かい山上のロルカ城の一画に建つパラドールに向かいました。チェックイン後ロルカ城を散策したあとホテルで休み夜のプロセッションに備えました。

パラドール

ロルカ城

城の塔からの眺め

夕方、タクシーで市内に降りて桟敷席に向かいました。桟敷はメインストリートの両側に650メートル10000席が設置された世界最大の劇場となっていました。

プロセッションは夜8時から深夜0時まで4時間通しで行われ参加者数千人、馬数百頭、馬車、フロート、神輿という想像を絶する大規模なものです。市内の教会に属す6つの信徒団(真紅組、紫組、青組、白組、黒組、緑組)がそれぞれ聖書の物語を基にした金糸刺繍を施した豪華な衣装や扮装をしたプロセッションを構成して行進します。

セマナ・サンタのプロセッションの定番である三角帽子の一団が先頭を行き、キリストとマリアの神輿が続き、最後にバンドがでるのは同じですが、ロルカで驚くべきはローマ時代の扮装をした騎士が馬に乗り巧みな馬術を見せ、馬車や戦車がが疾走するのです。このため道路には土が全面的にひかれ馬場になっていました。またエジプトやローマの物語(クレオパトラやシーザー)を演ずる扮装行列やフロートが入るのも特色です。

また桟敷席は信徒団毎に陣取っておりそれぞれのグループカラー(青、白など)のスカーフを付け、神を称える掛け声を大声でだし応援合戦をします。掛け声の音頭をとるのが子供であったりでびっくり、宗教的高揚が充満し、行列の参加者と桟敷席の応援団が一体となって更に興盛り上がり、最後にマリアの神輿が来ると空からは花びらが降り興奮は絶頂となりました。

先頭は三角帽子のナサレノ(悔悟者)、KKKではありません

バナーが続きます

次はバンドです

ローマの軍人の騎士がきます

馬車がきます

バナーを振りながら歩きます。まるで日本の纏持ちのようです

エジプトのパレードです

ローマのフロートです

マリアの神輿です

マリアの神輿に花びらが降りかかります

4時間のパレードを14分23にまとめました。少し長いですが是非ご覧ください

翌日、コルドバを目指して専用車で出発しました。途中世界遺産のウベダとバエサを経由しました。ウベダまでは山道を216キロ3時間ほどです。スペインはどこでも道路が整備されていて快適なドライブです。

ウベダ

アンダルシアの内陸部にありオリーブ畑に囲まれた古都でルネサンス様式の建築群が見られます。オリーブ畑を見渡す屋外レストランの昼食は爽やかで美味しかったです。

オリーブ畑

左はパラドール、中央はエル・サルバロード教会

エル、サルバロード大聖堂

トマトにアンチョビ、美味でした

バエサ

ウベダから10キロ、オリーブの木が広がる街には石畳の通りがあり、ヨーロッパで最も保存状態の良いルネサンス様式の建物がある落ち着いた街でした。

ポプロ広場

大聖堂

オリーブ畑の広がる道をコルドバを目指します。

コルドバ

聖土曜日(キリスト磔死の翌日)のコルドバに到着しました。ホテルがメスキータの前というロケーションのため道路規制で宿泊するユーロスター・マイモニデス・ホテル前まで車が入れず200メートルほど離れたアルカサルからスーツケースを転がして歩きました。

夕食後、ローマの橋を渡り、グアダルキビル川の対岸からライトアップされたメスキータを見ました。ホテルに戻る道でメスキータを覗くとオレンジの中庭に人が集まっていました。近づくと宗教儀式が行われたおり、終わるとメスキータの中に入って行きました。ついて行くとイスラム建築の馬蹄形アーチの広間を抜けてキリスト教の大聖堂に入りミサがはじまりました。賛美歌、聖書の一節の拝読、司祭による講話、が深夜の大聖堂に響き荘厳でした。

アンダルシア地方料理の定番「ガスパチョ」です

コルドバ名物「ラボ・デ・トロ」牛テールの赤ワイン煮込み

コルドバの夜 1分

翌朝、この日は復活祭の日曜日です。改めてメスキータに入ると大聖堂でコンサートが開かれていました。賛美歌が響き厳かな気持ちになりました。約850本の馬蹄形アーチの列柱が林立する美しいイスラム建築の広間を出るとオレンジの中庭です。噴水の向こうにミナレット(塔)がそびえ時鐘の音が響きました。門をでて花の小径を見に行きました。小さな路地で見過ごしてしまうほどです。通りの壁に花が飾られ背景にミナレットが入る人気のフォトスポットです。入り組んだ歴史地区を迷いながら歩き街の中心テンディリャス広場に出ました。更に迷いながら歩きシナゴーグ(ユダヤ教会)を見てホテルに戻りました。

コルドバ朝のコンサート 29秒

コルドバ、朝の散歩 2分20秒

夕方、新幹線でマドリッド経由バルセロナに向かいました。宿泊したサンツホテルは駅の中にあり大変便利ででした。

1等車は快適でした

航空機のような夕食がでました

バルセロナ

朝、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)に行きました。30年ぶりです。当時に比べ随分と工事が進んでおり素晴らしい聖堂が完成していました。


30年前のサグラダ・ファミリア(聖堂は工事中です)

2023年現在の建築状況(聖堂が完成し中央の塔が建築中)

聖堂の中に入ると伝統的な聖堂とは全く異なる巨大なガウディ独特の森をイメージした列柱とステンドグラスに包まれた大空間が現れ圧倒されました。

受難の塔(65メーター)に登りました。行きはエレベーター帰りは階段です。

鐘楼を飾るガラスモザイクのオブジェクトです。手前の青い方は「フリューロン」と呼ばれる花形装飾のオブジェクト、奥の赤い方は聖マタイの塔を飾る頭文字のMのオブジェクトです


展望台からの眺め


下りの螺旋階段

塔から降りて生誕のファサードと受難のファサードを見ました。生誕のファサードは1894年に建設が着工され、ガウディがこの世を去った7年後の1932年に、一部の彫刻を除いて工事が完了しました。ガウディ本人が、細部に至るまで設計し、彼が完成に近い状態まで見る事ができた唯一の部分で、出エジプトからキリスト生誕までの場面が彫刻で表現されています。

中央の3人は「聖マリアとヨセフの婚姻式」その下は「イエスとヨセフ」その右下は「ローマ兵による嬰児虐殺」

中央下「イエスの生誕」その上は「楽器を弾く天使」や「合唱する子供達」左下は「東方三賢人の礼拝」

受難のファサードは1954年着工で生誕のファサードと比べてシンプルでモダンです。彫刻は、キリストの苦悩と悲しみがテーマとなっており、最後の晩餐からキリストの十字架磔刑までの場面が12の彫刻群で表現されています。更にその遙か上には復活を遂げた「キリストの昇天」の彫刻も飾られています。

上は「十字架磔刑」その下は「聖ベロニカと複音史家」ゴルゴダの丘に向かう最中でイエスは再び力尽きて倒れてしまいます。この時、エルサレムの女性の一人「ベロニカ」が差し出した布(ベール)で、イエスが顔の血痕を拭うと、その布にイエスの顔が浮かび上がったという奇跡の場面

「ペテロの否認」イエスの12使徒の一人「ペテロ」が、イエスの事を三度「知らない」と答えた場面、臆病な自身の心とイエスに対する裏切りに苦悩するペトロ

キリストの昇天

午後、聖地モンセラットに行きました。スペイン広場から鉄道で1時間、登山電車に乗り換えて標高720メートルの修道院に到着、更にケーブルカーに乗り換えサン・ジョアン展望台に登りました。絶景です。修道院では御本尊の黒いマリア像を間近に拝謁することができ良い思い出となりました。

サン・ジョアン展望台へのケーブルカー

サン・ジョアン展望台からの眺め

モンセラット修道院全景

御本尊の黒いマリア様、予約またはTrans Montserrat Ticketを持っていると目近で拝観できます

翌日の午前は自由行動、我々はピカソ美術館に行きました。幼少期から老年期までトータル4,251点もの作品が展示されているため、時代とともに変わる作風を見ることもできました。83点ほどの作品を撮影してきました。よろしければご覧ください

午後、バルセロナ空港から帰国の途につきました。乗り換えのドーハ空港ではプライオリティパスを利用してアルマハ・サロン(空港ラウンジ)で休憩でき快適でした。

おわりに

今回はロルカのパレードを見ることが最大の目的でしたが期せずしてマドリッドからコルドバまでセマナ・サンタ(聖週間)を追う旅行となりました。特にセビリアとグラナダはプロセッション(宗教行列)がたくさん出ることから市内中央は交通規制がひかれ車が入れず、大勢の人が集まり歩くのも大変な程でした。日中は観光、夜は祭りと、朝から深夜まで充実した旅行でした。

セビリアの刺繍工房でショールに施す美しい「おしゃれな刺繍」を見ることができました。ラガルテラの刺繍はテーブルクロスなどの「実用的な刺繍」、ロルカの刺繍は「宗教行事の金糸刺繍」と、使用目的に応じた三種類の刺繍を見ることができました。

専用車(VAN)の手配をGetTransfer.comというサイトで行いました。Uberのような配車アプリですが長距離の専用車手配が簡単にでき費用も割安でした。でも最初のマドリッド空港に配車されないというトラブルに会いました。その後は前日にリコンファーム(システムの中にドライバーとメールする機能があります)することで問題なく利用できましたが、旅行会社を使わずネットで手配するOTA(Online Travel Agent)はリスクを承知で上手に使う必要があると思い知りました。

 

スペイン(マドリッド、ラガルテラ、バレンシア、パルマ、ロルカ、ムルシア)

2年ぶりの海外旅行です。今回の旅行の目的は①LagarteraのCorpus Christi (聖体祭)で伝統的な刺繍を見ること②Valenciaの伝統的織物工房を訪問すること③Mallorca島の絣工房を訪問すること④Lorcaでセマナ・サンタ(聖週間)で使用される刺繍を見ることです。

1.成田からマドリッドへ

QR807 2355分出発便の搭乗手続きのカウンター周辺は混雑していますが出国手続きを済ませゲートに向かう途中の免税店は閉まり、歩いている人は同じ便に乗る人のみで旅のワクワク感を感じられない閑散とした雰囲気でした。今回はカタール航空を利用しましたので乗り継ぎのドーハまで12時間、トランジット3時間20分、マドリードまで7時間40分、合計23時間かかりました。しかしフルフラットシートのおかげで良く眠れて予想外に快適でした。

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2.マドリッド

スペイン入国は入国アプリSpTHを荷物ターンテーブルエリアに入る前にチェックする手続きが追加されたこと以外は以前のままで極めてスムースでした。空港からアトーチャ駅行きのバス(15ユーロ)に乗り、駅前のNHホテルにチェックインしました。空港行きバス乗り場から徒歩200メートルほどと大変便利です。部屋付きのルーフバルコニーで懐かしい景色をゆっくりと目にすることができました。徒歩10分ほどのレイナソフィア美術館(ゲルニカ所蔵)も見えます。少し休憩して夕食へ。駅の反対側にある海鮮レストランで早速スペイン料理を堪能しました。前菜は野菜のオーブン焼き、メインは海鮮盛り合わせの2種、ビールに白ワイン。2人で65ユーロ(約9000円)料理の量も丁度いい具合で大満足でした。

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3.マドリッドからオロペサへ

アトーチャ駅から在来線のセビリア行きに乗り2時間、オロペサへ向かいました。スペインの鉄道は出発のホームが決まるのがギリギリの時間になるので案内板に注意が必要です。(ハラハラ)特に大きな荷物がある場合は大変です。ホームが決まったらダッシュで予約した号車に向かわないと荷物置き場がいっぱいになり座席の頭上に持ち上げて棚に置かねばなりません。(ウエイトリフテイングですよ。)またヨーロッパの駅と列車の高さは段差がありますので大きな重いバッゲージを持っての乗り降りは注意が必要です。今回は二人で中サイズのスーツケース2個を使いました。ホテル9泊分です。できるだけコンパクトに荷造りしました。

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4.オロペサ

オロペサ駅からタクシーでパラドールまで5分ほど、オロペサの古城の館を改装した国営ホテルです。スペイン全国に90以上あるパラドールの中でも屈指の建物の美しさかと思います。広大な景観を一望できる高台に位置して内装、空間、色彩、調度品、絵画、そして目の前には古城とスペインの歴史書などの中から膨らむイメージを楽しむことができます。チェックインを済ませ隣接するオロペサ城に登ると360度視野の熱くドライなスペインの大地と村の渋いオレンジ色の屋根の甍、幾つもの教会の尖頭、スーっと伸びる糸杉、カジェ(通り)に沿ってバル(居酒屋)や店が並んでいる村の構成を見ることができます。

夕食は歩いて10分ほどの旧市街の広場に面したバル(居酒屋)のテラスです。スペインのレストランは早くても20時半頃からオープンと遅く、それより早めに食事をするのであればバルでとることになります。外国人観光客の姿は見えません。地元の人たちが家族で、仲間同士で、テーブルを囲んでいます。2人分の量を注文すると多すぎますので3品(前菜・サラダ・魚料理)をオーダーしシェアー、後はビールとワイン、それで十分でした。日没は21時頃ですから明るく野外のテラスが快適です。静かな素敵な村でした。

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5.ラガルテラ

オロペサから3.5キロ(車で5分)人口1400名ほどの小さな村です。スペイン刺繍の主要生産地で9軒の刺繍工房がありテーブルクロス、スカーフ、ショールなど実用的な刺繍商品を制作販売しています。

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6月の第4日曜日にCorpus Christというキリスト教の祭りがあります。各家々の正面入り口が代々家宝としている大切な刺繍布や貴重なチンツの布で飾られて、祭壇をしつらえます。11時頃から人が集まり始めてカジェ(通り)は人人人でごった返す賑わいとなりました。12時から始まる教会のミサに村人は民族衣装を着て参加し、その後祭壇で飾られた通りをパレードします。司祭は飾られた祭壇を一軒づつ祝福して回ります。

私たちは朝早めにホテルを出て10時過ぎに村に到着、各家庭の飾り付けの様子を見たり、博物館へ行ったり、まだ人数の少ない村の中を散策しました。民族衣装で身支度を整えた女性たちのなんと美しいこと。撮影の許可をお願いすると可愛らしくポーズを取ってくれました。パレードが終わると飾り付けはすぐに撤収されました。

刺繍されたクロスや小物を販売するお店で店主と話をしていると、店主が民族衣装を纏った知り合いの女性を店内に招き入れ衣装について説明してくれました。特にリボンについてはビックリです。おばあさんが絹の布に手で刺繍をして仕立てたものでした。スカートは5枚ほど重ねて着用してふっくらとした形を作っていました。飾り付けを撤収した後の家々の入り口からは石造の家屋をパティオ(中庭)を植物が彩り日常の姿を見せてくれました。

聖体祭(Corpus Chiristi)

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ラガルテラ博物館(Municipal Museum ‘Marcial Moreno Pascual’)

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6.オロペサからバレンシアへ

オロペサからマドリッド乗り換えでバレンシアに向かいます。

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7.バレンシア

バレンシアの街を観光しました。まずタクシーでセラノスの塔まで行き、歩いてサンタマリア大聖堂、ラロンハ・デ・ラ・セダ、中央市場と回り、夕食はサンセバスチャン流のタパス(ピンチョス)の店に入りました。一品どれでも2ユーロ、皿に残った楊枝の数でお勘定です。

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8.バレンシアの伝統織物工房

地下鉄に20分ほど乗りバレンシア郊外にある伝統織物エスポリン工房Garinを見学してきました。有名なバレンシアの火祭りのパレードで女性が身に纏う絢爛豪華な伝統衣装に使われる絹織物がエスポリンです。1820年創業のエスポリン工房Garinはヨーロッパに残る最古の織物工房と言われています。

工房に入ると100年以上前に作られた10台ほどの手織りの機械が並んでいました。横糸を通すシャトルをエスポリンと呼ぶことから生地の名になったそうです。生地を織りながら小さなシャトル=エスポリンに用意されたたくさんの色糸を織りあげる布の裏側を見ながら織り込むという非常に難しい技法です。

工房の建物が老朽化し最近は見学をお断りしているそうです。そうとも知らず予約なしで突然訪問してしまったため、最初は男性3人が出てきてダメですと断られドアは閉められました。私たちも諦めたところ、ドアが再び開き東洋人の老夫婦に同情して下さった様子で特別に入館を許可、大変丁寧に館内をご案内していただきました。織物の現場、染色された絹糸、デザイン室、大切なデザインの保管室、同じパターンでカラーアソートを変えたサンプル生地等々ここまで見せて下さるのかと感激しました。説明を受けながら時折私の拙いスペイン語でフランスのリオンでの経験などをポツリポツリと伝えるとあなたはそこまで興味を持っているのかと嬉しそうな笑顔を見せてくださり、エスポリン工房Garinについての本をプレゼントして下さいました。特別に入館を許可して下さったことと丁寧にご案内下さったことに心より感謝いたします。

写真と映像は最初はNGでしたが特別に撮影許可をしてくださいました。ありがとうございます。

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9.バレンシアからパルマ・デ・マジョルカへ

ホテルから空港までタクシーでいきました。このタクシーが電動自動車のテスラだったのです。トランクにスーツケース2個も普通に入り、乗り心地も普通で違和感はまったくありません。しかし運転席を見ると13インチほどの大型モニターがついています。驚いたことに自分の車の前と左右の車や人の状況がリアルタイムでデジタル表示されているのです。自動運転一歩前の世界を見る思いです。

パルマ・デ・マジョルカのホテルにチェックインした後、久しぶりに和食にしようとホテルから近い日本食レストランに行きました。綺麗で洒落た和モダンの内装です。スタッフは全員スペイン人、英語のメニューを見ても何を食べたら良いのか判断しにくい表示です。とりあえず最初にサーモン、次に天ぷら、おすすめのカツオのタタキを頼みました。天ぷらはカラリと揚がり和食として立派なものでした。サーモンと鰹は和食とは言い難いのですがそれぞれソースが良く合い美味しくいただきました。最後に握り鮨を3貫(サーモン、ホタテ、マグロ)頼みましたが、これもまた美味しく大満足です。パルマ・デ・マジョルカを訪れる日本人観光客は少ないはずですが和食レストランはビックリするくらいたくさんあり、和食がスペインの食文化の一部にしっかりと定着していることを実感しました。

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10.絣織り工房見学

インドを源流とする絣織は東南アジア諸国を巡って日本に伝わりましたが、パキスタンやウズベキスタンを巡りヨーロッパにも伝わりました。しかし20世紀半ばころまではヨーロッパ各地で織られていましたが現在ではスペインのマジョルカ島の二つの工房でしか織られていないそうです。今回マジョルカ島にきたのは絣伝播の西端を見るためでした(物好きですね)

Teixits Vicens社

バスで1時間、マジョルカ島の北端に近いポレンサに向かいました。バスの停留所の側に目的のお店の広いショールームがありました。残念ながら工房見学はできませんでした。ショールームにはおしゃれな絣商品が並んでいました。インテリア製品、バッグや小物、衣類、壁布 etc.,  提案方法も色別に幾つかのサンプルを並べ、さらにまだこれだけのカラーパレットを用意しているのでカスタムメイドができることをアピール。確かに絣柄なのですが日本の絣のイメージとは全く異なります。現代の生活空間に取り入れたくなるような色のトーンやパターンのサイズ、アレンジ・デコ方法の提案が一般家庭の生活の場にすんなりと収まるのだと再認識するお店訪問となりました。カーテン/ドレープやテーブルクロスなど日本の家庭で使用しても違和感などなくきっと素敵なお部屋になることでしょうというクールモダンの印象でした。

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Aresania Textil Bujosa社

次はバスと電車を乗り継いでサンタ・マリア・ダル・カミに向かいました。Bujosa社は1949年創業の3世代ファミリー企業で昔ながらの70cm幅の布を生産している唯一の工房です。

最初に工房を見せていただきました。古色愴然とした機械織り機が並び絣が織られていました。デザインはシンプルな幾何学模様と明るい色が特徴で、古代から島で使われてきたデザインを再編集したものだそうです。1925年までは天然染料(インディゴ、樹皮、コチニールなど)を使用していましたが現在では最高品質レベルの化学染料が導入され、あらゆる色に対応しています。工房見学を終えて店舗に戻ると絣織りの商品がたくさん並んでいました。バッグ一つを例に挙げると最近のトレンドを意識したデザインを取り入れています。布は欲しい分だけカットしてくれます。Teixits  Vicens社の商品に対してこちらは落ち着いた色合いで織りの風合いが手仕事の好きな人には馴染むかもしれません。デザインは再編成とのことですが細やかな美しい色合わせに優しさのある伝統を感じました。

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Bujosa社を訪問した後、近くのレストランで昼食をとりました。パエリアなどの米料理を専門とするお店でしたが、お米ではなく細かく折ったスパゲッティーを使ったシーフード・フィデワを頼みました。前菜のいわしの酢漬け共々、大変美味しくいただきました。

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11.パルマデマジョルカからロルカへ

早朝、パルマデマジョルカからアリカンテに飛び、バスでムルシア乗り換えロルカに移動しました。

12.ロルカ

ロルカはセマナ・サンタ(聖週間)の仮装パレードで有名な街です。今回訪問の目的はそのパレードで使用される精緻に刺繍された豪華絢爛な衣装を見るためです。京都の祇園祭のように地区ごとに山車や行列があり4つの地区同胞団の博物館がありそれぞれ衣装の展示があります。中でもMUBBLA. Museo de Bordados del Paso Blanco(白組)とMUSEO AZUL DE LA SEMANA SANTA. MASS(青組)の展示が素晴らしいとのことで訪問することにしましたが、開館時間がスペインらしく10:00-14:00と17:00-20:00となって14:00-17:00は休館します(シエスタですね)そこでこの時間を使ってロルカ城に登り城内のレストランで昼食をとりました。

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夕方、まずMUSEO AZUL DE LA SEMANA SANTA. MASS(青組)に行きました。この博物館は最大規模で4階建になっており4階には刺繍を実際に行う工房があり窓越しですが見学できます。4階から2階までの展示は過去の作品が展示され1階には現在使用している作品が展示されているようでした。

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次にMUBBLA. Museo de Bordados del Paso Blanco(白組)に行きました。
ここは1階のみの展示ですが見事な作品が並びます。特に奥の部屋は漆黒の闇に作品にスポットライトがあたるドラマチックな展示が神秘的でした。

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翌日、見残した二つの博物館にいきました。ネット情報では開いているはずなのですがどちらも閉まっていました。

The Museo de Bordados del Paso Encarnado(真紅組)インターホンで来訪を伝えると特別に開けてくださいました。展示だけでなく刺繍工房も見学することができました。刺繍をする皆さんはピンクの上下のユニフォームを着て作業に入ります。刺繍フレームには作業途中の金糸刺繍の作品がセットされていてデザインラインを描いた紙が糸で止められアルゴドン(コットン綿)を糸で包みながら立体的にしている場所、立体的になっている部分をオロ(金)糸で巻き込んでいる箇所、いろいろな制作過程が全部一つのフレームに見ることができます。複数の手による共同作業です。展示作品はあまり多くありません。シスター自ら刺繍のプロセスを説明してくださいました。大変嬉しく感激しました。

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博物館を見学した後、近くの喫茶店でスペイン名物チュロス・コン・チョコラテ(揚げドーナツの一種のチュロスをホットチョコレートに浸けて食べます)の二度目の朝食(スペインでは朝と11時ころの2回朝食をたべるのです)を楽しみました。隣の八百屋さんに今が旬(5月から6月)のカラコレス(カタツムリ)が売られていました。フランスのエスカルゴとは違いスペインでは茹でて食べます。そういえばモロッコのスーク(市場)でも茹でたカタツムリが露天で売られ女性が立ったまま食べていました。

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最後にThe “Nicolas Salzillo, Il Maestro” museum of the Paso Morado紫組)を訪問しました。インターホンで来訪を伝えると関係者の方が対応してくださったのですが閉館中とのことで残念ながら見学は叶いませんでした。

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13.ムルシア

バスで1時間半、ムルシアに移動しました。ムルシアは州都で人口42万人スペイン第7位の都市ですが、マドリッドに比べると車や人通りも少なく落ち着いた街です。夕方、街を散策し大聖堂やレアルカジノを見学しました。

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14.ムルシアからマドリッドへ

長距離バスでマドリッドへ約5時間の移動です。今回は日本帰国の為のPCR検査をマドリッド空港内のクリニックで受けるため、ムルシアからマドリッド空港行きのバスを利用しました。横1+2列で足下も広く快適です。マドリッドまで160キロのメセタ(高原地帯)を走行していると風車が林立しており多い所では一望数十基もありビックリしました。昔はドンキホーテの舞台となるカンポデクリプターナの風車が有名でしたが現代は高速道路に沿って金属の白い発電用風車になっているのです。調べてみると2019年現在スペインの電力の2割が風力発電でEU27カ国中6位なのだそうです。恐れ入りました。

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15.マドリッド

空港内クリニックでPCR検査を受けたあと、シャトルバスでアトーチャ駅へ向かい、前回と同じ駅前のNHホテルにチェックインしました。少し休んでからレイナソフィア美術館へ行きました。チケット売り場で65歳以上は無料になるのでパスポートなど年齢を証明するものを見せて欲しいと言われました。しかしパスポートはホテルのセーフティーボックスに置いてあり、今持っていないことを伝えると次回は持ってきてねと言って無料のチケットを発行してくれました。ご配慮に感謝です。早速ピカソのゲルニカやダリの作品を堪能させてもらいました。次はパスポートのコピーを携帯します。

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翌日はスペインの旅も最終日です。久しぶりにソル広場へ行くと大規模な工事中で広場はフェンスで覆われ熊さんの像も可哀想でした。しかし近くのマヨール広場は以前のまま、イメージのままでした。隣のメルカド(市場)はバル(居酒屋)街になっており、美味しい具材盛り盛りのタパス(つまみ)がケースにカウンターに山盛り並べられています。その場で好みのタパスを選んでお勘定をして飲み物も買ってメルカド内のテーブルで食べることができます。外観はイメージのまま、屋内は随分と綺麗なメルカドになっていました。しばらく裏路地を歩きオペラ座に出ました。路地も綺麗になっていてびっくりです。明るい時間は安心して歩けます。王宮からスペイン広場のドンキホーテの像まで歩いて、昔夫の会社のオフィスのあった建物に対面して思い出に浸ることが出来ました。ホテルに戻り荷物をピックアップして空港へ向かいます。

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16.マドリッドから成田へ

空港のチェックインにはパスポートの他に72時間以内に受けたPCR検査の陰性証明書が必要でしたが、書類が完備していたので問題なく搭乗手続きは完了しました。今回はカタール航空を利用したのでマドリードからドーハまで6時間40分、トランジット2時間、ドーハから成田まで10時間40分と結構時間がかかりましたがフルフラットシートでしたからよく眠れ快適でした。

成田空港での入国手続きも入国アプリMySOSの登録申請が完了してスマホの画面が青になっていれば極めてスムースで飛行機から降りて税関を通過するまで30分ほどでした。入国アプリの登録やPCR検査陰性証明書の取得などまだまだ面倒な手続きが必要ですが、それさえ済んでいれば今まで通りに海外旅行ができるようになったと思います。しかしスマホがないと海外旅行ができない時代になりましたね。

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おわりに

1993年から1995年6月まで3年ほど夫の仕事の関係でマドリッドで暮らしました。その後はなかなか来西する機会がなく今回のスペイン訪問は四半世紀ぶりということになります。2年前に友人たちとスペインの刺繍と染織りを訪ねる旅を計画しましたが新型コロナの世界的蔓延のため残念ながら中止となりました。ようやく新型コロナが収束に向かい旅行が可能となったことから思い切って夫との二人旅となりました。二人とも70歳を超え体力は以前とは同じではありません。無理をしないことを心がけ、午後2時から5時まではホテルで休むようにしました。まさしくスペイン流シエスタですね。ラガルテーラの聖体祭、バレンシアの伝統織物、マジョルカ島の絣織り、ロルカの刺繍とあまり有名ではなく情報も無い場所ばかりでした。なんとか目的を達成し、素敵な人々に出会いうことができ、美味しい食事も楽しみ、改めてスペインの魅力を満喫できた旅でした。

今回は移動が多く列車やバスを利用しました。事前にネットで予約ができ料金も割安でした。ホテルはBooking.comで全て予約できました。四つ星のホテル代が結構安く1泊ルームチャージ20000円以下のところが多かったです。食事はバルで済ませることで安くて美味しいスペイン料理が堪能できました。成田空港で両替しユーロを用意しました が 支払いはカードが一般的でした。しかしアトーチャ駅の有料トイレ前では1ユーロのコイン持たずにきた人たちが困っていましたので多少の現金(ユーロ)は必要です。

屋外や店内などでマスクをする人は20%ぐらいでしたが、乗り物内は着用が義務化されていて皆さん全員マスクを着用していました。大声でのおしゃべりもしていませんでした。

もう一つ:刺繍の道です。以前メキシコの刺繍の伝播に触れヴォーグ社発行のステッチデイに書かせていただきました。今回、教会のシスターさん達の刺繍する様子を拝見することが出来ました。中米メキシコへスペインが進出した頃、修道院のシスターたちもメキシコに渡りご当地の女性達に刺繍を伝えたのだと私の内の刺繍の道ストーリーにつながりました。

あと一つ:ハワイアンキルトを制作することも私の好きなことの一つです。マドリッド駐在時代の思い出の一つはご当地で暮らす日本人の方達とハワイアンキルトをしたことです。スペインで一生暮らすことを選択した方も、また一時的な駐在員の家族の方もいらしゃいました。2度目のハワイ駐在員生活が始まって間もなく人づてにスペインでハワイアンキルトを習ってきた人がマウイ島?ハワイ島?(すみません、記憶が曖昧です。今は。)にいるのよとのことでした。私のスペインのスタジオで楽しんでいた方がお友達に教えたらしいことがわかりました。人が移動すると色々なことが一緒に移動しますね。余談です。

最後までご覧いただきありがとうございました。

スージー 杉 20227月記

モロッコ(ラバト、テトゥアン、シャウエン、フェズ、エッサウィラ、マラケシュ)

モロッコに行ってきました。久しぶりの一人旅です。カタール航空でドーハ乗継でカサブランカに入り、首都ラバト、白い街のテトゥアン、青い街のシャウエン、世界一の迷宮都市フェズ、大西洋に面したエッサウィラ、そしてマラケシュを周りました。

いつも成田発を利用していたため羽田空港国際線ターミナルが立派になっていてびっくりです!!モノレールと京急の駅が直結していて便利ですね。

カタール航空は初めての利用です。機材は最新で綺麗、機内食やサービスも良く、直行便に比べ所要時間が長い(カサブランカまで行き22時間、帰り19時間)のが難点ですが、ドーハの乗り継ぎも良く、夜日本発・翌日の午前目的地着で便利で、スペインやイギリスなど一般的なヨーロッパの諸都市であっても運賃が安く利用価値が高いと思います。

カサブランカ空港に着き(2階)エスカレーターで1階に降りると鉄道の駅があります。ここで全日程のチケットを予約購入しました。オンラインで予約できるのですがモロッコの銀行で発行されたクレジットカードでないと決済できず実質的に国外での予約ができないシステムになっていました。料金は非常に安く1等でもカサブランカ空港〜ラバト1680円、ラバト〜タンジール3372円、マラケシュ〜カサブランカ空港2640円でした。

カサブランカ空港からカサブランカL’Oasis乗換で1時間半、まだ明るい首都ラバトに到着しました。

翌日、朝から市内を歩いて観光しました。ラバトは新市街と旧市街が融合した落ち着いた街で世界遺産に認定されています。あいにくムハンマド5世廟とハサン塔はクローズで中に入れませんでしたが騎乗の衛兵は見ることができました。

小舟が浮かぶ長閑なブーレグレグ川に沿って大西洋に面したカスバ(城塞)に向かいました。

ウダイヤのカスバの城門をくぐり、白と青に塗られた家が並ぶ迷路を通り展望台に立ちました。

メディナ(旧市街)に入りました。色々な商品が並ぶ通りを歩きました。迷路で有名なフェズやマラケシュほどの人混みもなく安心して歩けました。

2018年11月に開業した高速鉄道(フランスのTGVタイプ)で地中海の玄関タンジールに向かいました。駅も車両も最新鋭で大変快適でした。

ラバトから250kmを1時間20分、超モダンなタンジール駅に到着、快適でした。

乗継のバスの時間が悪いので、依頼しておいたタクシーでテトゥアンのホテルまで移動しました(約1時間、料金40ユーロ)。テトゥアンはスペインの影響が強い白い街として有名で世界遺産に認定されています。

王宮の横の門から旧市街に入ると迷路のように道が入り組み、業種別のスーク(市場)がありました。フェズやマラケシュと違い観光客はほとんど見かけず地元の人が行き交う生活感に溢れた街でした。

迷子になって歩いていると偶然タンネリ(革なめし染色場)につき当たりました。フェズのタンネリが有名ですがどの街にもあるのでしょうか。なぜか猫が沢山いました。

翌日、国営バスで1時間、青い街シャウエンに向かいました。山の斜面に階段状に広がる旧市街は白壁の家が連なり、白壁の下半分を青く塗った家が美しく写真映えすると人気が高まり、大勢の観光客が押し寄せています。特に人気のスポットは撮影待ちする人で一杯でした。

旧市街の中心にはカスバ(城塞)とモスクがあります。広場の南西地区には地元の人が買い物をするスーク(市場)がありました。

北東地区の土産店の並ぶ通りを抜けラスエルマの泉に出ました。清流に沿って洗濯場や休憩所があり、水を大切に楽しむ地元の人々の生活がありました。

翌日、国営バスでフェズに向かいました。途中30分ほどのトイレ休憩をはさむ4時間のドライブです。

フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都です。城壁で取り囲まれた旧市街は世界一複雑な迷路の街として有名です。

間違いなく迷子になると思いガイドを雇い案内してもらいました。午前中は、青いタイルで装飾されたブージュルード門から旧市街に入り、迷路のような通りをめぐりながら、ブーイナニアマドラサ(神学校)、手芸地区、皮革製品地区、金属細工地区などを周りました。

手芸地区では織物工房、フェズ刺繍工房、絨毯店を訪問し伝統の手芸商品を見学しました。

皮革製品地区では革製品店の屋上からタンネリ(革なめし染色場)を見学しました。テレビでは見たことがありましたが実際に見ると壮観です。世界3大苦役と言われるそうですが、匂いと暑さの中、染料のは行ったプールのようなツボに全身を入れての作業は想像を絶します。

午後は、郊外の陶器工房でタジンやモザイクの制作工程を見学し、その後王宮とユダヤ人街を周りました。

夜はブージュルード門の近くのレストランでモロッコ料理(チキンと野菜のタジン)を食べました。

フェズからマラケシュへは550km鉄道だと6時間半かかり一日移動になってしまいますので空路で行くことにしました。マラケシュまで1時間のフライトでした。

マラケシュ空港は超モダンできれいな空港でした。

マラケシュから大西洋岸の街エッサウィラに向かいました。事前手配のタクシーで一路エッサウィラまで3時間(190km)料金は50ユーロと格安でした。

エッサウィラはビーチリゾートと旧市街が融合したおしゃれな街でした。城門をくぐりホテルにチェックインすると屋上で大西洋、港、城壁を見ながらウエルカムミントティーがサーブされました。

旧市街はフェズやマラケシュと異なり道幅の広い大通りを中心に広がり歩きやすく迷子にならずに済みました。

スカラ(城塞)に登り大西洋を眼下にみました。風が強くカモメが乱舞していました。砲台には日没を待つ人々が待機していました。

港には自分で選んだ魚を焼いて食べさせてくれる魚屋台街があります。夕日を見ながら美味しい焼き魚を頂きました。しかし残念なことにお酒が飲めずミネラルウォーターでした。

翌朝、港に行きました。カモメが飛び交う空港には小型の漁船がたくさ集まっていました。

昼からタクシーでマラケシュに移動しました。途中、郊外でアルガンオイルの生産共同組合により製造工程を見学しました。その後しばらく走ると道路沿いのアルガンの木にヤギが登っている所があり立ち寄りました。

マラケシュに到着しまた。大都市です。新市街には近代的な建物が並び、旧市街は巨大な城壁で囲まれていました。旧市街の中は迷路のように路地でつながっておりバイク、ロバ、リヤカーが走り回る活気のある街です。

まず旧市街の中心になっているジャマ・エル・フナ広場に行きました。まだ明るいので人出はそれほどでもありません。ジュースのスタンドが沢山あり1杯50円で搾りたてのオレンジジュースが楽しめました。

クトゥビア、アグノウ門、サアード朝の墳墓群、バヒア宮殿と歴史地区をめぐりました。

マラケシュの旧市街もフェズなどと同様に地区毎に業種の異なるスーク(市場)がありました。表通りにはきれいな店舗があり脇道に入るとその業種の工房が並んでいました。

夕方になると、レストラン屋台、野外芸人、楽団、猿や蛇のレンタル撮影屋など、ジャマ・エル・フナ広場が賑わってきました。

日が落ち、広場に面したレストランの屋上に登ると絶景です。

翌日、新市街の鉄道駅からフェズ行きの特急に乗りカサブランカに向かいました。ラバト〜タンジール間の高速鉄道に比べるとかなり古びた列車です。カサブランカ・ロアジス駅まで2時間半、乗り換えて25分で空港駅に着きました。

カサブランカ空港の搭乗ゲートに行くと、なんと日本食レストランがありびっくり!!

カサブランカからドーハ乗換で羽田まで19時間、行きに比べると飛行時間も短く、ドーハの乗り継ぎも2時間と適当で、夜行ということもあり良く眠れ快適でした。しかし羽田着が22時40分、自宅に帰るには遅すぎるので空港から京急で1駅の天空橋で降り徒歩3分京急EXイン羽田に後泊、すぐお風呂にも入れ快適でした。

終わりに

突然思いつきモロッコに行ってきました。70歳の爺さんがリックサックを背負って一人旅、毎日歩き回り(15000歩から20000歩)写真と動画を撮りまくる日々、なんとか無事旅行できる程度には健康なことに感謝です。

フェズやマラケシュに代表されるメディナ(旧市街)を巡る日程でモロッコらしさを堪能できました。気候もフェズやマラケシュの日中こそ30度を超えて暑かったものの湿度が低いため日陰やスーク(市場)内はそれほど暑くなく、夕方は24度ぐらいで爽やかでした。また海岸沿いのラバトやエッサウィラは日中でも30度にならず夕方は涼しくてジャケットが必要でした。

モロッコ料理といえばタジンとクスクスですが、色々調べ評判のところ行きましたがあまり美味しいとは思えませんでした。魚は大西洋や地中海に面していることから新鮮で種類も多く(鯛、鱸、鰯、イカ、エビなど)料理方法もシンプルな炭火焼きで大変美味しいと思いました。しかしローカルレストランではアルコールの提供がなく(ホテルやグループが入るようなレストランならOKなのですが)残念でした。

今回は、一人旅で公共交通機関のみを利用するためアトラス山脈の彼方のカスバ街道やサハラ砂漠方面へ行けませんでした。次回は専用車をチャーターしてマラケシュからフェズまで3泊4日程度の旅行をしたいと思いました。

動画版もご覧いただければ幸いです(27分15秒)

 

ミャンマー(ヤンゴン、インレー湖、バガン)

ミャンマーに行ってきました。インレー湖のはす糸織物工房とインレー湖周辺の村で5日に一度開かれる五日市を見に行くことにポイントを置いた、ヤンゴンに1泊、インレー湖に2泊、バガンに2泊、ヤンゴンに戻り1泊する6泊8日の旅です。

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