スイス(ザンクト・ガレン、アッペンツェル)

ドイツ白糸刺繍(シュヴァルム・ホワイトワーク)の源流の一つスイスのザンクト・ガレンに行ってきました。

スイスの刺繍の中心地はチューリッヒから90キロほど東のドイツ国境に近いザンクト・ガレンです。15世紀にリネン(麻)産業がはじまり、16世紀には修道士が刺繍技術を広めました。19世紀初頭に刺繍機が発明されるとザンクト・ガレンは欧州刺繍産業の中心として発展しました。近年は中国をはじめとするアジア諸国からの安価な製品の攻勢により価格競争力が低下したことから主力工場をアジアなどに移転し、スイスではデザインに注力しフランスの有名ブティックとの提携によるサンプル製造とスペシャリティ(高級)製品の製造に特化しています。したがって、今日手刺繍はほとんど行われておらず見学できる工房もないため、ザンクト・ガレン織物博物館と近郊のアッペンツェル博物館に行ってきました。

ザンクト・ガレン

チューリヒから東へ約1時間。ドイツとの国境でもあるボーデン湖に近い北東スイス地⽅の中⼼都市で歴史的な街です。街のシンボルでもある修道院は世界遺産に認定されています。修道院の周辺は車が乗り入れ禁止の旧市街となっています。装飾の見事な出窓が特徴的な家々や看板がかわいい店などが並ぶ小道や広場に、中世の街並の面影を感じられます。

修道院

中世ヨーロッパで「知の聖地」として名を轟かせた修道院。現在では宗教的な意味での修道院ではなくなりましたが、18世紀に改装された修道院の建物はバロック建築の傑作といわれる美しいもの。とくに、膨大な数の貴重本や手稿を納めた修道院付属図書館は世界最大級の中世の図書館として有名で、約17万冊ある蔵書のほとんどが今でも読むことができる状態を保っています。

ザンクト・ガレン織物博物館

古くからテキスタイル(繊維・織物)産業で栄えたザンクト・ガレン。1878年に織物産業の振興のために、型絵・図案などを蒐集し、ミュージアム・図書館を開設しました。旧市街の中⼼にある歴史的な建物にはレースや布地、洋服などの貴重なコレクションがつまっています。

ザンクト・ガレン織物博物館
刺しゅう機
インテリアファブリックのデザイン工程

ザンクト・ガレン織物博物館には大量のデザインブックが保管されており、歴史的な資料としてだけでなく、インスピレーションの源として、次世代のデザイナー達にとって、新しいデザインを作り出すテンプレートとして役立っています。

サンプルブック保存室
サンプルブック

ビショフ・テキスタイル社の本社

ザンクト・ガレン駅から歩いて15分ほどのところにスイスを代表する刺繍服地メーカーのビショフ・テキスタイル社の本社があります。元は工場でしたがデザイン制作を中心とする本社機能のみで、一般には非公開ですがザンクト・ガレン織物博物館に匹敵するデザインブックのコレクションがあり世界中からデザイナーが研究のため来ているそうです。今回見学を申し込みましたが残念ながらだめでした(ツテが必要です)。また一階にアウトレットショップがあり豊富な刺繍商品を購入することができます。

アッペンツェル

ザンクト・ガレンからアッペンツェル鉄道で山道を40分ほど登った山間の美しい村です。

アッペンツェル博物館

民俗博物館として村の生活のいろいろなものが見られますが、中でも四階の刺繍コレクションが素晴らしくザンクト・ガレン博物館ではあまり見られなかった手刺繍をたくさん見ることができました。

左:市庁舎 右:アッペンツェル博物館

1700年代、フランスの商人が上質なフランス刺繍をより安価に生産する方法を模索し、スイスのアッペンツェル州の農民にフランス式の刺繍を教え農家の女性たちが手掛けるようになりました。1850年には機械刺繍が開発され1880年までに精巧な手刺繍は衰退しましたが、1920年までこの地域の女性の半数が家計を支えるために刺繍をし、第二次世界大戦までには3,500人の女性が刺繍に従事していました。

四階、刺繍展示室

編集後記

ノルウェーのハーダンガー刺繍もそうでしたが近代化と共に伝統的手刺繍は廃れてしまい、今では博物館でしかみることができないところが増えてきました。ザンクト・ガレンとアッペンツェルの博物館で博物館の方に聞いてみると、やはり手刺繍を行われておらず、定期的に講師を招いて講習会を開いているそうです。スイスは19世紀初頭に刺繍機が発明されて以来機械刺繍に移行して手刺繍は廃れてしまいましたが、1941年にザンクト・ガレンからドイツのシュバルムに移住した女性(テクラ・ゴンベルトさん)によりその刺繍技法が伝えられ今日シュヴァルム・ホワイトワークとして残っていることを知り、文化と伝統とはこのように伝播していくものかとしみじみ感じています。

お土産

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