九州の染織工房を訪ねるため、福岡県の久留米、宮崎県の都城と綾に行ってきました。

久留米

久留米絣(くるめがすり)は、福岡県南部の久留米周辺で製造されている綿絣で、伊予絣(愛媛県)、備後絣(広島県)とともに日本三大絣の一つとされています。織物産業の衰退とともに伊予絣と備後絣はそれぞれ1〜2社となってしまいましたが、久留米絣は現在でも21社操業と健闘しています。今回はその内の11社が集中している八女郡広川町の工房を訪ねました。

藍染絣工房山村健(やまむら たけし)

高速道路の広川ICから車で10分ほどの住宅地にある正藍染め手織り工房です。山村健さんは重要無形文化財保持者会会員/日本伝統工芸会正会員で日本伝統工芸展に1999年以来連続的に入選され2009年にはNHK会長賞を受賞された染織家です。数軒の工房が操業しており織機の音が響いていました。山村健さんに工房をご案内いただき、居間で作品を拝見させていただきました。天然藍染と手織りの伝統工法にこだわりながら絣によるグラデーション表現という新しい技法に挑戦され「Yamamura Blue」というブランドを確立されています。

丁度ご子息が藍染めの最中でした。柄を括られた糸(絣糸)を藍甕につけ、絞り、叩きつける、という作業を力強く続けられていました。希望の色になるまで30回以上も染めを繰り返す大変な仕事です。

居間に通していただきました。3月ということで雛飾りがしてあり華やかでした。藍染の着物・反物・袋物などが整然と並ぶ美しいお部屋です。山村健さんと奥様から多彩な作品を見せていただきました。ほとんどの久留米絣が経糸絣か、緯糸絣で、一方は無地で、模様は、横糸か縦糸のどちらか一方でつくりますが、山村さんの久留米絣は、経緯絣(ダブルイカット)といって、経糸と緯糸、二つの模様を合わせて織る極めて高度で精緻なものです。また伝統的な絣柄(紺地に白抜きの絣文様)だけではなくグラデーションを表現した現代的な大作など山村さんの独創的な作品群に感服しました。

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野村織物

山村工房から車で5分ほど広川の中心街にある機械織り工房です。
創業明治31年今年で125周年の老舗です。業界内では外注がほとんどの「染め(染色)」を自社で行う色づくりには定評があり、毎年新たに50~80の新色・新柄を発表しています。

四代目ご当主の若奥様に工房をご案内いただきました。まず倉庫の2階で製品を拝見しました。反物ではなく直径50センチほどのロール状の織物が並んだでいました。中でも伝統的な紺色ではない赤や黄色などのカラフルなものが新鮮でした。

1階は染色場です。山村工房の藍瓶が並ぶ天然藍染めと異なり反応染料による機械染めです。染め上がった絣糸と一緒にほぐした括り糸が再利用のため保存してありました。庭には染色前のくくった糸が糊付けされて干してありました。

隣の建物に入ると入り口で経割(柄合わせ)と経はえ(整経/せいけい)が行われ、奥には数十台のシャトル式機械織機が稼働していました。手織りは緯糸(よこいと)をシャトル(杼)で通し柄を合せながら一段づつ織りますが、機械織りは自動で連続的に行います。このため緯糸(よこいと)をトングとよばれる板状の木管に巻く作業をヌキ巻き台で行うところを初めて見ました。この作業で織るときの目印となる「耳」ができ機械織機でも柄をあわせることができるのです。

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都城

久留米から新幹線で新八代駅、高速バスに乗り換えて都城北、路線バスで都城に到着しました。

東郷織物工房

奄美大島生まれで祖父が大島紬の締機(しめばた)の発明者と言う一家で育った永江明夫氏(現代の名工に認定されています)によって生み出された綿のダイヤモンドと呼ばれる綿薩摩(薩摩絣)や大島紬・夏大島を生産する工房です。

都城駅からタクシーで5分ほどの本社を訪問すると社長夫人の谷口啓子さんにお出迎えいただき織物について詳しくお話をお聞きすることができました。まず代表的な製品である綿薩摩(薩摩絣)を見せていただき、商標になっている武者小路実篤の色紙(薩摩絣  手織絣  誠実無比  実篤)の掛軸も拝見しました。その後は次々と各種の織物見本や製品をご紹介いただきました。大島紬は一般的に絹ですが東郷織物はあえて技術的に困難な綿に挑戦しており、奄美大島では分業化されているデザイン・括り・染色・織りを自社で一貫して行っています。谷口さんは今年で77歳になられますがデザイナーとプロデューサーを兼ねられる大変精力的で方で織物に対する熱い思いに圧倒されました。

次に車で都城駅とは反対側の高台にある工房・ギャラリーにご案内いただきました。工房には20ほどの高機が列び絣が織られていました。高機に張られた経糸を見ると極めて細かく括られ先染めされていることが分かります。織子さんが緯糸を通すたびに一本づつ柄合わせをしているのが印象的でした。

隣接するギャラリーは銀座のショールームと言っても言い過ぎではない立派なもので、綿薩摩・大島紬・夏大島の着物や反物などが整然と展示され多様な作品を鑑賞できました。またショップが併設されていて洋服・スカーフ・ネクタイ・ハギレなどお土産に好適な商品が並んでいました。

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宮崎駅から西に25キロ、タクシーで30分ほど内陸に入ったユネスコエコパークに認定された自然豊かな町です。

綾の手紬染織工房

第3回三井ゴールデン匠賞グランプリを受賞された”現代の名工”秋山眞和氏が意匠監修する染織工房です。①桑栽培②養蚕(小石丸) ③ 天然染め(古法藍染め/大和貝紫染め )④織り(花織 / 絣織)と一貫した生産をおこなっています。

綾北川を渡り工房に着くと、お嬢様にお出迎えいただき、工房をご案内いただきました。藍染め場は今まで見た中では最大規模で40もの藍甕が列び生産量の多さがうかがわれました。隣は糸取り場で繭から絹糸を取る設備がならんでいました。庭には藍の元となるタデ(蓼)が栽培されていました。展示場に入るとショールーム・ショップがあり皇居で皇后陛下が育てておられる日本古来の在来希少繭(小石丸)や幻の貝紫染色による織物などを見ることができました。その奥が工房になっており、絣織りや花織りが織られていました。

ショールームでは奥様から色々なお話をうかがうことができました。私がキルターだと知ると藍染めの生地で作ったパッチワークキルトの上着まで見せていただき感激しました。

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あとがき

日本における絣伝播の道を訪ねる上で絣の三大産地の一つである久留米は是非行きたいところでした。今回、手織りと機械織りの工房を見学することができましたが、機械織りは①糸を括り先染めした絣糸を使用する②杼で緯糸を通すシャットル織機を使用する、という二点は一緒ですが手織りとは全く異なるものだと感じました。しかし非常に手間がかかり高価格で高級品の「手織り」と生産性が高くリーズナブルな価格で多様なニーズに対応できる普及品の「機械織り」はお互いに補完しあうことで、伊予絣と備後絣が衰退したのに反し、久留米絣が存続しているのだということが分かりました。

都城の染織は奄美大島、綾の染織は沖縄由来でした。太平洋戦争の激化により染織工場が鹿児島や宮崎に疎開し、戦後の混乱の中戻ることができずに宮崎に定着しました。その後宮崎の地域性を生かした商品開発を行い、東郷織物は綿薩摩、綾の手紬は貝紫染色・大和紫貝染や小石丸繭を完成しブランド化に成功したのです。

今回、どちらの工房でも、埼玉の田舎から来た面識もない老夫婦を暖かく出迎え、懇切丁寧に対応していただき誠にありがたく感謝に耐えません。伝統的な織物産業は着物文化の衰退により大変厳しい状況にありますが、皆さんの染織への情熱とご努力を見て、世界最高のレベルに進化した日本の染織は今後も発展していくと確信いたしました。

帰宅した翌週(4/2)、山村健さんがTBSの夜の番組「「和心百景」(21:54-22:00)という番組で紹介されました。私たちがお会し拝見した藍染や久留米絣に再会し良いご縁をいただいたと嬉しくなりました。この後も4月7/9/14/16/21と地上波やBSで放送されるそうですので是非ご覧ください。

動画版もよろしければ御覧ください(12分)