今回の旅行の主目的は、ウズベキスタンの世界遺産の街を周遊しながら、伝統刺繍(スザニ)の工房を訪ねることです。

ウズベキスタンは中央アジアに位置する共和制国家で、周辺国すべてが内陸に位置する「二重内陸国」です。首都はタシュケント。1991年に旧ソ連から独立し、イスラム文化とシルクロードの歴史的な遺跡が残る親日的な国として知られています。

ゲートウエイのタシケントに1泊、世界遺産の街ヒヴァ2泊・サマルカンド2泊・ブハラ1泊の合計6泊8日間の旅です。

1)成田→タシケント

日本からはウズベキスタン航空が週一便(季節により二便)成田・タシケント間を就航しています。所要時間は行き9時間、帰り7時間半です。

2)タシケント

国立応用美術館
19世紀初頭から現代に至るまでの伝統工芸品が収蔵されており、7,000点以上の貴重な作品が展示されています。刺繍(スザニ)の展示室からはじまり、チュベテイカ(ウズベクの伝統的な帽子)、カーペット、陶器や磁器、織物などが展示されており、これからウズベキスタン各地を回るのに大変参考になりました。

チョルスーバザール
中央アジア有数の規模の大きさで、「4つの道が交差する場所のバザール」という意味の100年以上前から歴史があるバザールです。青い広いドームが目印で、食料品から衣料品、日常品まであらゆる種類が売られていました。

地下鉄
ソ連時代にできた地下鉄が観光名所になっています。ホテルの前の駅は宇宙、二駅先はモスクをモチーフにしていて美しい。

2)ヒヴァ

午後、タシケントから900キロ離れたウルゲンチに空路移動、空港から車で45分(35キロ)夕暮れのヒバに着きました。

イチャンカラ(旧市街)内のホテル(民宿)を予約していたのでアラビヤンナイトの世界に迷いこんだような夜を過ごすことができました。

レストランで案内されたテーブル席からは目の前にミナレットを見ることができました。少し離れた席には日本人グループの皆さん。エンターテイナーを予約していてご当地の音楽や民族舞踊が賑やかに披露されていました。私たちも離れた席から少し楽しませていただけました。

翌朝、少し早く起きてホテルの屋上から日の出を見て、まだ歩く人もすくない旧市街を散策してきました。

朝9時、ヒヴァに住む唯一の日本人ガイド(ミカコさん)のご案内で一日イチャンカラ(旧市街)をゆっくり観光しました。まずヒヴァのKhiva Silk Workshopを訪問しました。あいにくスザニ職人の方は体調不調でお会いできませんでしたが、絨毯職人の方にお会いできお話を伺うことができました。

こちらの工房では絹糸を染めることをはじめとして全ての工程をこなしているそうです。絨毯を制作していたのはBakhtigulさん。道具を持たせてくれました。なんと重いこと!これで糸に圧を加えて密度を加え織り上げていくのですから大変な作業です。

天然染料で染め上げられた絹糸はどれも艶やかです。原料となる繭は思っていたより小さいサイズでした。以前、宮崎県綾の手紬染織工房で小石丸を見せていただいたことがありますが似たようなサイズでした。

クッションカバーを購入しました。布は手織り、いとは工房で染めたもの。手刺しです。布の元の色は白ですが胡桃を煮出した液に一晩浸し濃いめのエクリュといった色出しでしょうか。落ち着いた作品で大切にします。

隣のスザニショップに入ってみました。、オーナーの趣味とこだわりで収集したスザニや小物が所狭しと並んでいます。売れても売れなくても良いのだそうです。押し売りはしてきません。ゆっくりと品選びができます。気に入ったものが見つかったらラッキーです。

カルタ・ミノール・ミナレット
建築発起人のムハンマド・アミン・ハーンの死により高さ29メートルで建設が中止になったそうです。現在は中央アジアで最も美しいミナレットの一つとされています。

クフナ・アルク
要塞内にさらに築かれた別の要塞で、ホラズムのハーンの住居として機能していました。敷地内には、夏用と冬用の2つのモスク、ハーンの執務室や応接室、ハーレム、造幣局、そして生活に必要な施設が設けられていました。

イスラム・ホージャ・ミナレット
ヒヴァで最も高い高さ56メートルのミナレット。上まで登れますが若い方でもへとへとになるそうで登りませんでした。

応用芸術と民族博物館
カジ・カリャン・メドレセ内にある博物館ここでは1819世紀、そして20世紀の民族職人の芸術を見学することができます。

ジュマ・モスク
入口やドームがないという点で独特です。モスクの内部には、天井を支える213本の木製柱があり、そのうち21本は10世紀から12世紀にかけて建てられたものが今も保存されています。スペイン・コルドバのメスキータに良く似ています。

夜は眺めのよいテラッサ カフェ&レストランの屋上で夕陽を見ながらウズベクスタン料理を堪能しました。ルーフトップのテーブルからは360度の景色を楽しむことができました。ミナレットを除いては高い建造物はありません。広く遠くまで一望です。

3)ヒヴァ→サマルカンド

当初ブハラに移動することを考えましたが、鉄道だと6時間半、それも旧ソ連時代の古い車両で昼間の運行にも関われず寝台車(2段ベッド)、車だと420キロ(7時間〜8時間)の長距離ドライブとなることから断念し航空便にすることにしました。しかしブハラへの航空便は便数が少なく今回の旅行に合う便がないことから、タシケント乗り換えのサマルカンド便を利用することにしました。

4)サマルカンド

首都タシケントに続く、ウズベキスタン第2の都市サマルカンドは、ティムール朝を築いたウズベキスタンの英雄アミール・ティムールゆかりの地です。オアシス都市のサマルカンドはシルクロードの要所としても栄え、またティムール朝の首都としても栄えた歴史的な遺産都市で、東西文明の交差路として重要な役割を果たしました。

空港で日本語ガイドのウマルさんが出迎えてくれ、ブハラまで三日間ガイドをお願いしました。ウマルさんはサマルカンド生まれで日本留学経験もあり日本語が大変達者で歴史や文化の知識が豊富な方です。ウズベキスタンの情報を集めていた時にYouTubeでガイドされている姿を見てインスタグラムのDM機能で連絡をとりガイドをお願いすることができました。instagram.com/stories/umar_hayyom1/3867233826930226941/?hl=ja

空港到着が14:45でしたので、この日はサマルカンドで一番有名なレギスタン広場の観光に集中し他の観光個所は翌日に回しました。

左から、ウルグベクメドレセ、ティラカリメドレセ、シェルドルメドレセ

ウルグベクメドレセの中にスザニのお店があったので早速入ってみると高齢の女性がシルクロードの物語を刺繍をしていました。かぎ針を使っての刺繍です。一目で熟練した技術者の方とわかります。かぎ針の動きはスムーズで早く正確にチェーンステッチを刺し進めていらしゃいました。いつ頃から刺しゅうをやっているのですか?との問いには 少なくても40年以上とのことです。デザインはこのメドラサの様子を描いた絵画のようです。デザインを描く人と刺しゅうをする人は別のようです。フレームに設えてある布は55センチ幅ほどでで完成するには4枚を縫いつなげることで2メートル20センチのサイズに仕上げるそうです。完成した作品を拝見することができました。豊かな色彩の素晴らしいスザニを拝見しました。

夕食後、ライトアップを見にもう一度レギスタン広場に戻りました。昼間とはまた違って幽玄な姿に魅せられました。

5)ウルグッド

サマルカンドから50キロ離れたウルグッド近郊グス村のスザニ工房を目指しました。サマルカンド市内を出てしばらく走ると左右はアンズ・ナシ・綿の畑が続きタジキスタン国境の冠雪した山脈が見えてきます。

ハムダモフ家スザニ工房

グス村のハムダモフ家を訪問すると女の子が二人出迎え、胸に手を当てて礼儀正しくおじぎをしてくれました。その後お母さんのマヴリューダ・ノリモヴナさんがあらわれ刺繍の桟敷に案内してくれ、一族の女性が揃って刺繍のプレゼンテーションをしてくれました。私も刺繍をすることを伝えると一緒に刺繍をしましょうと誘って頂きましたので、お言葉に甘え一緒に刺繍を楽しみました。

スザニとは、手刺繍の部族の織物パネルで、ペルシャ語の「suzan」(針)に由来する言葉です。スザニは伝統的に花嫁が持参金の一部として作り、結婚式の日に花婿に贈られました。母親は娘に技術を伝え、工芸を存続させ、家族内で事業を維持します。ハムダモフ家でもマヴリューダ・ノリモヴナさんは母親のミゾモヴァ・ナルジさんから刺繍の技術を学びました。

ワークショップ後、ご家族にとって大切な部屋に案内されました。たくさんのスザニ、クッション、ガーラント、工芸作品的な立派な生活用品などが部屋いっぱいに展示されていました。全部時代時代のハムダモフ家の人々が実際に使用していた用品と制作したスザニ作品とのことです。

ショップショールームへ案内してくださいました。驚きの数のスザニ作品が目に入ります。こちらで作品を譲っていただくことができましたが、クレジットカードが使えず一苦労しました。USドル現金が必要です。

ウルグットバザール
中央アジア全体で最大級のバザールで、衣類、食品、金物など、地元の人々が必要とするあらゆるものを販売する巨大な市場です。絨毯、金属細工、陶磁器、宝石などの伝統工芸品を見つけることができますが、最大の魅力は刺繍(スザニ)でありウズベキスタン全国各地のスザニを購入することができます。多くのスザニ店が軒を連ねていて土・日は大変な賑わいだそうですが訪れたのが火曜日なのでかなり空いていました。それでも商売熱心がおばさんが店先で「うちにおいでよ」と声をかけてきます。
そんな雰囲気の中で床に座り込んでひたすらスザニに針を入れている女性を見つけました。とても笑顔が素敵な方で楽しそうに針を進めています。やってみる?と言いたげです。結局この制作途中のスザニを譲ってもらうことになりました。持っていた$はちょっと少なかったのですがまあまあと手を打つことになりました。糸と針も一緒にして。

プロフ
ガイドのウマルさんにウルグッドで一番美味しいと言われるプロフの専門店に案内してもらいました。プロフはウズベキスタンの国民食と言われる米料理で、お米、肉(主に羊肉)、にんじん、玉ねぎなどを油で炒めてから炊き上げるのが特徴です。プロフはウズベキスタンのレストランでは定番メニューですが、この店のプロフは格別に美味しいものでした。専門店と言うだけあってメニューはプロフと付け合わせのサラダしかありません。他の店と違いオーダーした人がプロフの大鍋の前で列を作って待ち、出来上がったプロフを手づかみで食べるのです。

味は絶品でした。脂っこくなくお米はパラッと仕上げられていて具として入っている人参の美味しい事!レストランは男性客で満員です。女性は私たち2人だけでした。男性たちは家族の分は持ち帰りとして注文するそうです。売り切れごめんですぐに大鍋は空になり食べ終わった客は波が引くようにレストランを出て行ってしまいました。

サマルカンドに戻りシャーヒズィンダ廟群を見学しました。アミール・ティムールとゆかりのある偉人達が眠る美しいサマルカンドブルーで施された霊廟が並んでいます。

最後にグリ・アミール廟を見学しました。ウズベキスタンの英雄アミール・ティムールが眠る霊廟です。「支配者の墓」という意味を持つグリ・アミール廟には、ティムールと彼の息子、孫なども眠っています。

6)サマルカンド→ギジュドヴァン

サマルカンドから車で230キロ、スザニ工房のあるギジュドヴァンに向かいました。ブハラから先は砂漠の道を行くと思っていたところ、緑の農地が広がり桃色のアンズの花や白いナシの花が咲き始めていました。

道路沿いには延々と背丈のさほど高くない桑の木が植えられていることに気づきます。今(3月末)は緑の葉はついていませんがやがて葉が育つ頃には人々が養蚕のために葉を摘むのでしょう。木の丈が低いのは葉を摘みやすくする為と思われます。白くふわふわしたものがついてる植物は綿、広大な畑が続きます。

ナルズラエフ家の工房
ナルズラエフ家の男性は何世代にもわたって続く陶芸家の家系で、コバルトブルー、ターコイズ、黄土色、緑といった象徴的な色彩を用いたギジュドゥヴァン陶芸の中心的な存在です。 またスザニ(刺繍)の工房は女性が運営しています。

刺しゅうを見せてくださったのはShahnozaさん。ご主人様のお母様から教えていただいたそうです。お母様はそのまたお母様から教わったそうです。100歳の義理の祖母の方は現役で刺しゅうをするそうです。刺しゅうは手刺しです。糸は絹糸。天然染料で自分で染めるそうです。見せてくださったスザニの布は驚くことに薄手の布から厚手、他にも様々な布も使用しています。布に描いたデザインについては自分でラインを引き、私に貸してくれたボールペンを指してこれを使って自分で描いてるのと言って満面の笑みでした。ステッチはZanjirchaチェーンステッチとBosmaテンションステッチ。バインディングはアトラス(絹の紬織)とブレードが使われているのもあります。仕上げはやはり胡桃の液にひたすこと一晩。床にも敷いてあったのでスザニの使用方法について聞いてみたら今日はあなたが来るとのことでたくさん見せてあげたいから特別よ、とのことでした。やっぱりね。床に敷いたりはしません。

7)ブハラ

ギジュドヴァンから1時間(50キロ)でブハラに着きました。ブハラは中央アジアで最も古い都市の一つで見ごたえあるイスラム建築が建ち並びます。またこの町は広い範囲に観光地が点在しているサマルカンドと異なり、コンパクトに広がった旧市街の中に見所が凝縮されており、徒歩での観光がしやすいのも魅力です
アルク城
2000年以上前からこの辺りは古代ブハラ発祥の地と言われています。1920年にソ連軍に破壊されてブハラ・ハーンが滅亡するまで、歴代のブハラ・ハーンの居城でした。
アルク城から旧市街の中心ポイカロン広場まで歩いて1キロほどあるので電動カートに乗りました(一人1ドル)
ポイカロン広場
ミルアラブ・メドレセ、カラーン・モスク、カラーン・ミナレットが集まっていてサマルカンドのレギスタン広場のようです。
ポイカロン広場からラビハウズ(旧市街中央に位置する人工池、池の周囲に屋外レストランがるブハラ観光の起点)までの間には多種多様な商店が並んでいます。特に丸屋根を持つ商店街(タキ・バザール)が印象的で、夜遅くまで営業していました。

Embroidered  Uzbek Suzanies
スザニを扱うお土産屋さんが軒を連ねています。その中の一つスザニのみに特化したお店に入りました。店内の壁には美しいスザニが多数展示されています。 よくみてゆくと地域によるスザニの特徴をみることができ興味が増してきます。マスター刺繍士のニゴラさんにお話を伺いました。糸の種類と染織、道具、布の種類、パターンなど丁寧に説明してくださいました。ニゴラさんは今まで大勢の女性に技術を教えてきました。技術を習得して制作した作品をお店で委託販売として請け負っているとのことです

スザニショップの近くにウズベキスタン紬(アドラス)の専門店がありました。紬織(イカット)はインドをオリジンに東は東南アジア諸国を経て日本、西は中央アジアを経てヨーロッパや南北アメリカに伝播した先染め糸を使用した織物です。ウズベキスタン紬(アドラス)もインド・パキスタンから伝播したものだと思いますが、鮮やかな色と大胆な柄で独特な風合いがあります。このショップの商品は大変デザインや品質が良く魅力でした。

夕食後、ライトアップを見にポイカロン広場にいきました。ライトアップを間近で見ることができ、色も多彩なので、サマルカンドのレギスタン広場より綺麗だと思いました。

8)ブハラ→タシケント

朝起きてメールをチェックしたところ、ブハラ発タシケント行きの航空会社よりスケジュール変更の連絡があり、タシケント発成田行きの帰国便に乗り継げないことが判明しました。鉄道をチェックしたところ全席満席、やむなく車を手配、ブハラ〜タシケント間546キロ、所要9時間半の長距離ドライブとなりました。この間短い休憩4回、ひたすら走り、出発1時間半前に空港到着、なんとか帰国便に間に合いました。最後に大きなトラブルに見舞われましたが、車窓からの風景を眺めながらウズベキスタンの国土を体感する良い経験となりました。

スザニ・コレクション

動画版(YouTube)

タシケント(5分51秒)https://youtu.be/_wnJXFbJB30
ヒヴァ(12分46秒)https://youtu.be/YTz1EZL2PN0
サマルカンド(13分45秒)https://youtu.be/Ag6LSmPptrA
グス&ウルグッド(16分48秒)https://youtu.be/4kM2DxPSLbo
ギジュドヴァン(14分29秒)https://youtu.be/xwhDdFkyIbw
ブハラ(20分10秒)https://youtu.be/jXuGzHrIeN0

終わりに

今回の旅行ではガイドのミカコさんとウマルさんに大変お世話になりました。スザニ工房の訪問手配やウズベク語の通訳がなければ旅の目的を達成できなかったでしょう。お二人のような優秀がガイドさんにお会いできたことがなにより幸運でした。心より感謝いたします。


中央:ミカコさん


ウマルさん

今回は様々な場所でスザニを学ぶことができました。日程の都合から東部のフェルナガ地方は行けず次回への宿題にします。

スザニを制作する場合一本の針を使って手刺しによるスタイルとかぎ針を使っての方法を直にみることができました。写真で大きなスザニを初めて目にした時にはアップリケが施されていると思っていました。大きな作品も小さな作品も全て刺しゅうでパターンが埋め尽くされています。

今回 ウズベキスタンでスザニを見学したところは
1)タシケント:国立応用美術館
2)ヒヴァ:Khova Silk Workshop(絨毯とスザニの工房)、応用芸術と民族博物館、ショップ
3) サマルカンド:ウルグベクメドレセの熟練女性の作品、夕食レストラン内の壁デコレーション
4) グス村:ハムダモフ家スザニ工房(家族での制作工房)
5) ウルグット:バザール
6)ギジュドヴァン:ナルズラエフ工房(陶器とスザニ)
7)ブハラ:スザニ専門店/ Embroiderd Uzbek Suzanies(ニゴラさん)
8)各所の土産店、バザール