「国内旅行」カテゴリーアーカイブ

長野市と奈良井宿

善光寺の隣にある東山魁夷美術館が5月末で改築のため閉館になるとの情報を得て長野市に行くことになり、翌日どこに行こうかと考え40年以上行っていない木曽路の奈良井宿を訪ねることにしました。

大宮から北陸新幹線で長野市まで1時間、ノンストップ、早いですね。

北陸新幹線かがやき

先ずは善光寺参りです。前回お参りした時は御開帳の時でしたから大変な人出でしたが今回はそれほどでもなくゆっくりお参りができました。

善光寺山門前の参道
善光寺本堂

本堂から東山魁夷美術館に行く途中に小林一茶の「春風や牛に引かれて善光寺」の句碑がありました。

小林一茶の句碑(春風や牛に引かれて善光寺)
クリックすると作品が表示されます

善光寺東庭園を抜けた城山公園に長野県信濃美術館東山魁夷館がありました。施設の老朽化、狭隘な施設、学芸員の不足など、数々の問題が指摘され、東山魁夷館は2017年5月31日から、信濃美術館は2017年10月1日から休館し、全面的な再整備を行うそうです。学生時代の自画像から有名な白馬のいる緑の風景、そして絶筆の4本の木と星が描かれた「夕星」までゆっくり見ることができました。

次に、長野駅の東口から車で10分程の所にある水野美術館に行きました。「きのこ」で財をなした水野正幸氏(㈱ホクト創業者)が創設した日本画専門の美術館です。横山大観31点、菱田春草36点をはじめ橋本雅邦、下村観山などの初期日本美術院系作家を中心に加山又造や平山郁夫などの現代作家や上村松園、伊東深水などの女流作家を含む約500点の収蔵品があるそうです。行ってみると富山県水墨美術館所蔵作品の特別展が開催されており、期待していた水野美術館の収蔵品は逆に富山県水墨美術館に貸し出されていて見ることができませんでした。しかし富山県水墨美術館所蔵作品も素晴らしく富岡鉄斎や加山又造の作品を見ることができ良い勉強になりました。

水野美術館ロビーから見る日本庭園

翌朝、長野から特急しなので松本に行き、鈍行に乗り換えて塩尻経由奈良井に行きました。奈良井に行く鈍行は2時間に1本しかなく、自家用車か貸し切りバスで行かない限り大変行きにくい所です。このためか同じ中山道の妻籠宿に比べ行知名度が低く訪れる人もまばらでした。

奈良井宿2017年5月、鎮神社から見た町並み

奈良井宿には過去2回訪問しています。最初は1971年大学4年生の夏でした。中山道経由で名古屋に行くために立ち寄りました。泊まる所がなく長泉寺というお寺に泊めてもらい翌朝鳥居峠を越えて藪原にぬけた思い出の地です。1969年から始まった妻籠宿の保護事業が完了し観光地として脚光を浴びはじめた頃で、奈良井宿はまだ景観保護という活動とは無縁のひなびた町でした。村外れの水場は住民が使用する生活感に溢れる場所でした。

奈良井宿1971年夏、村外れの水場からみた町並み

現在、奈良井宿は重要伝統的建造物群保存地区として妻籠宿のように昔の町並みが保存されています。藪原から中山道屈指の難所と言われた鳥居峠を越えて来ると町の入口に鎮神社があり水場があります。そこから見た町並みは随分綺麗になっていましたが昔のままでした。木曽漆器やお六櫛のような民芸品のお店や、そば屋さんなどの食事処もあり、妻籠宿に負けない魅力的な宿場町ですので「エース」や「旅物語」などの団体旅行に取り入れ、もっと観光客に来てほしいものです。

箱根

紅葉の箱根に行ってきました。今回の目的は紅葉を見ることと岡田美術館とポーラ美術館に行くことです。新宿から箱根湯本まで小田急ロマンスカーで1時間半、箱根湯本から強羅までは箱根登山鉄道で40分、更に強羅から公園上までケーブルカーで5分、箱根美術館に着きました。昼食を強羅ではなく公園上駅に隣接したレストランでとりましたが正解でした。明るく眺めの良いレストランで料理も美味しく楽しめました。箱根美術館は熱海のMOA美術館の姉妹館で陶器のコレクションがありますが和風庭園の紅葉で有名です。紅葉の見頃ということで平日にもかかわらず大勢の入館者で一杯でしたが、約130種類の苔と200本のモミジで彩られた「苔庭」は小雨に濡れて大変美しい風情でした。

 

バスで小涌谷まで10分、箱根小涌園の前の岡田美術館に行きました。2013年に会館した新しい美術館ですが日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの美術品が展示されています。全5階、延べ床面積約7,700㎡、展示面積約5,000㎡にも及ぶ大美術館です。唐三彩などの中国陶器や古九谷などの日本の陶器の名品が大変見やすく展示され、絵画では尾形光琳、葛飾北斎、横山大観、上村松園など素晴らしいコレクションです。折よく「若中と蕪村」の特別展が開催されており若冲の鶏を間近に鑑賞できました。美術館正面に「俵屋宗達の風神雷神図屏風をモチーフにした」縦12メートル、横30メートルの大壁画が描かれ、それを足湯に入りながら見るようになっています。残念ながら館内は撮影禁止でしたので(入口のセキュリティでカメラだけではなくスマホまで預けさせられました)HPを御覧ください岡田美術館

大平台の旅館に泊まりました。食事も温泉もよくくつろぐことができました。チェックインした時は暗くなっていて分からなかったのですが翌朝起きてみると快晴、目の前は紅葉の山々の絶景でした。
 

大平台からバスで30分仙石原のポーラ美術館に行きました。ポーラ化粧品のオーナーの収集した約9500点を展示しています。モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピカソなどの西洋絵画ばかりではなく、近代日本絵画のコレクションも素晴らしく、来館者も少ないことからゆっくり鑑賞できました。

白馬と上高地

迷走台風10号が日本上陸する日の朝8時に白馬に向けて大宮を出発しました。幸い風もほとんどなく小雨模様程度でしたので高速道路を順調に進み安曇野で昼食し午後2時に白馬東急ホテルに到着しました。

白馬

初めて利用するホテルでしたが、なかなか良いリゾートホテルで、落ち付いたロビー、設備のよい客室、お洒落なレストラン、そして本格的な露天風呂つき大浴場がありました。8月末とはいえまだ夏のピークシーズンだと思っていましたが完璧にオフで宿泊客も少なく、周囲のホテルやレストランも休業中が多いようでした。ひと風呂浴びて外へ出ると青空となっていましたので、ホテルの周りの和田野の森を1時間ほど散策しました。樅の木ホテルの横の「おおべいし橋」を渡って和田野の森に分け入り、木々につつまれ道を歩いていくとエポックホテルは休業していて閑散としていました。ホテルに隣接してミニトレインパークがありましたが残念ながら営業していませんでした。乗り場には本物の電車が置いてありミニSLのレールが縦横に敷設されておりびっくりです。子供つれには楽しい施設だとおもいました

上高地帝国ホテル

翌日は台風一過の晴天です。一路、上高地に向けて進むと左右の平野にはりんごがたわわになり、稲穂が波打ち、夏がおわり秋の風情です。風穴の里の道の駅でひと休みしたあと釜トンネルを通って赤屋根が青空に映える上高地帝国ホテルに11時半に到着しました。レストランでローストビーフのコース料理をいただきました。前菜は魚のテリーヌ、スープはかぼちゃの冷製、そしてメインのローストビーフはテーブルサイドでカーブしてサービスする本格的なものです。デザートは桃のゼリーそしてコーヒー、流石帝国ホテルです。味もサービスも完璧でした。

上高地散策

シャトルバスで大正池ホテルまで行き、大正池から河童橋まで散策しました。久しぶりに大正池に行きました。台風の翌日だったせいか観光客が以外と少なく静かな風景を楽しめました。焼岳が青空を背景にそびえ湖面には立ち枯れの木が突き出ています。半世紀も前の大学生の時にはじめて訪れた時のことを思い出しました。原生林を通り、木道を歩き、田代池に寄りました。ここは初めてです。浅い池で水が美しく印象的です。梓川沿いに河童橋に至ります。途中に上高地温泉ホテルなどの宿泊施設がありますがみな改築され綺麗になっていました。「昔は木造で山小屋のようなものだったな」などとつぶやいていました。梓川の辺りはすすきの穂がゆれて上高地はもう秋です。河童橋のたもとのカフェでアイスクリームとコーヒーをいただき、おみやげにアップルパイを買いました。河童橋からの穂高連峰は絶景でした。前回来た時は曇っていて山は麓しか見えなかったのですが、橋の上は観光客でいっぱいの銀座状態で最悪でした。今回は快晴で観光客も少なく、本来の上高地を満喫できました。上高地3時15分発・大宮着8時15分、流石につかれました。

八ヶ岳と諏訪湖

今年の4月4日に新宿駅新南口にオープンしたバスターミナル(バスタ新宿)から高速バスに乗りました。バスタ新宿は今まで新宿駅周辺に分散していた高速バスの乗り場を新宿駅新南口4階に集約したもので、JRからの乗り継ぎも良く広々としたロビーとチェックインカウンターが設備され非常に機能的で便利です。http://shinjuku-busterminal.co.jp/

201506Aバスタ新宿 201506Bバスタ新宿

日曜の下り中央高速道路は空いていて途中談合坂ICで20分の休憩をはさみ2時間半で八ヶ岳山麓の小淵沢のホテルに着きました。ホテルから歩いて10分、八ヶ岳リゾートアウトレットに行きました。小さな子供や犬をつれた若いファミリーで賑わっていました。超高級なブランドはあまりありませんがインポート系ファッションやスポーツアウトドア、生活雑貨、レストラン等64店舗が5500平米の広々とした森の中に展開し、買物しながら自然が楽しめます。http://www.yatsugatake-outlet.com/index2.php

201506F八ヶ岳 201506E八ヶ岳

ホテルからバスで15分ほどの平山郁夫シルクロード美術館に行きました。今回の旅行はこの美術館行くのが主目的でした。まづ特別展の「煌く布-金更紗と金糸織」を見ました。平山夫妻がインドとインドネシアで収集した金更紗(金を施したバティック)と金糸織(金糸を織り込んだ布)のコレクションです。我々夫婦も行ったインドのカッチ地方やインドネシアのジャワ島やバリ島などのもので、予想外で大変感激しました。1階には130回以上も訪れたシルクロードの取材と作品や最晩年の傑作「ルルド」の大作がありました。フランスの聖地「ルルド」で手に手にろうそくを持った大人たちの横向きの行列に子犬をつれた少女が正面を見つめる印象的な絵で、シルクロードの絵とは全く異なる画風に魅入られました。2階には砂漠を行くラクダの隊列の大作がならび圧巻です。同じモチーフを昼と夜の二枚に描き、向い合せて展示するという手法もユニークでダイナミックでした。

201506C平山郁夫美術館 201506D平山郁夫美術館

ルルド2       ラクダの隊列

翌日は上諏訪に行き北澤美術館に行きアールヌーボーのガラス器の傑作を堪能しました。これぞエミール・ガレ、ドーム、ラリック、すばらしい、ため息がでます。特別展ではパートドヴェールという技法によるガラス器を見ることができ勉強になりました。さらに二階の展示室には文化勲章受章作家による日本画のコレクションを楽しみました。特に東山魁夷のヨーロッパを題材に青を基調にした「晩鐘」や緑を基調にした「ハイデルベルグ」の作品が印象的でした。http://kitazawamuseum.kitz.co.jp/index.shtml

2北澤美術館                      北澤美術館

東山魁夷青 東山魁夷緑

タクシーで下諏訪に移動し諏訪大社秋宮の参道にある古民家を改装した蕎麦屋(苔泉亭)で天ぷらそばをいただきました。http://www.tamariya.org/taisentei/
昼食後、諏訪大社の下社の秋宮と春宮のニ社をお参りしました。Susieは若かりしころオルゴールで有名な三協精機(現:日本電産サンキョー)という会社に勤めていたことがあり、本社が諏訪だったことから諏訪には縁がありました。諏訪大社秋宮に行くと入り口の鳥居の前にサンキョーのオルゴールのモニュメントがあり懐かしい思いになりました。まづ出雲大社のような大しめなわがある神楽殿があり、その後ろに参拝する幣拝殿があります。その四隅に巨大な「御柱」が立っていました。7年に一度の天下の大祭と言われる「諏訪大社御柱祭」で16本のもみの大木が、4月氏子による勇壮な「山出し=木落し」の後、5月「里曳き」により社殿の四隅に建てられたものです。秋宮から中山道を1.1キロ歩くと春宮です。平日のせいか参拝者も少なく静かにお参りを済ますことができました。諏訪大社御柱祭の「木落し」でテレビで見て知っていましたが、その御柱が16本あり、四社の社殿の四隅に立てられていることは恥ずかしながら知りませんでしたので大変良い勉強になりました。http://www.onbashira.jp/about/taisha/

最後に諏訪湖の辺りに立つハーモ美術館に行きました。ルソーをはじめカミーユボンボワ、アンドレ・ボーシャン、グランマ・モーゼスなどの素朴派の作品400点を所蔵する個性的な美術館でした。http://www.harmo-museum.jp/
ルソー(果樹園) ルソー(花)

 

函館と下北半島

2016年3月26日に北海道新幹線が開通しましたので函館北斗まで乗ってきました。大宮発10時の便に乗る予定が京浜東北の事故で大遅延となり乗り遅れ、大宮に着いたのが10時35分、10時45分の便が満席で乗れず、次の便は2時間後の12時45分、青森までは1時間に2本ぐらいありますが北海道まではまだ便が少ないのです。大宮駅内で昼食をとりながら時間を潰しました。ようやく乗った新幹線は函館北斗まで3時間半極めて快適で、函館までなら飛行機より新幹線の方が良いですね。函館到着後、夕方から函館山に登り夕暮時から日没そして夜まで展望台で函館の景色を堪能しました。ロープウエーや展望台は観光客でいっぱいです。それも外国人の方が多いくらいで訪日観光客の増大が函館にも影響していました。

翌日は朝から元町地区からベイエリアまで2時間ほど散策、坂道で少し疲れましたが教会や明治時代の西洋建築を見て回りました。洋風木造建築が多く日本の他の都市とは異なるエキゾチックな町並みです。昼から五稜郭に行きました。五稜郭タワーに登ると眼下に日本では珍しい星形の城が見えました。その後隣接した北海道立函館美術館で開館30週年特別展「フランス近代美術をめぐる旅」を見ました。思いがけずルノワール、ミレー、セザンヌ、ピカソ、モディリアーニ、フジタの名画を堪能しました。その後赤レンガ倉庫エリアで昼食を取り、16時半のフェリーで下北半島の大間に行きました。大間は「大間マグロ」で有名な所ですので、もちろん本場のマグロを堪能するのが目的でしたが、期待した程ではなく少しがっかりでした。

三日目、大間からタクシーで佐井へ、佐井から観光船で仏ヶ浦観光に行きました。仏ヶ浦は下北半島の秘境で陸路だと駐車場から高低差100m以上の崖を下り20分・上り30分かかるそうですが、船だと佐井から30分の船旅で高低差0ですから便利です。海は海底のウニが見える程澄み、白く巨大な奇岩が連なり絶景です。佐井に戻ってからウニむき体験をしました。生きていて触手が動き、歩きだすほど新鮮なウニが一人5個、先生の指導で2つに割って中の身を取り出します。結構むずかしく、ウニが高いのも無理がないと納得しました。むいたウニはそのままだと1日で溶けてしまうそうで一般に流通しているウニはミョウバンで処理しているそうです。だから新鮮なウニはむきたてでないと食べられないわけです。自分でむいたウニを2階の食堂で刺し身定食を注文し、ご飯の上に乗せてウニ丼にして食べました。絶品でした。昼食後、高速艇で青森まで2時間半、途中でもう一度仏ヶ浦を今度は海上から眺め、イルカと遭遇したり楽しい船旅でした。青森港の船着場は昔の青函連絡船八甲田丸の隣、歩いて10分ほどで青森駅につきました。新青森から新幹線で大宮へ2時間半、楽しい旅行でした。

弘前・津軽こぎん刺し

「津軽こぎん刺し」を見に行きました。「津軽こぎん刺し」は江戸時代に木綿の着用を許されなかった農民が麻布を重ねて麻糸で刺した着物を普段着としていたもので、雪国津軽の冬は麻布だけでは寒さを防ぐことはできず、糸で布目をびっしり刺すことで保温効果も高めていたものです。明治に入ると木綿の着用が解禁になり、木綿糸が手に入りやすくなり、藍色の麻布に白い木綿糸で刺されるようになっていきました。農家の女達の美意識と工夫で多くの模様が生み出され、他の刺し手と美しさを競い合うようになり、娘達は幼少から刺す練習をし、晴れ着用として嫁入り支度に欠かせないものとなりました。しかし明治24年に上野~青森間の鉄道が開通し、明治27年に青森~弘前間に鉄道が延び、豊富な物資が流通し始めると麻より暖かく丈夫な木綿の着物が手に入るようになると、手間のかかるこぎん刺し着物は急速に廃れていきました。昭和に入ると、柳宗悦[やなぎむねよし](1889~1961)らによる民藝運動によって、再び注目を浴びることとなります。宗悦は津軽こぎん刺しの模様に注目し民家や古道具屋で古作こぎん着物を収集し、「名もない津軽の女達よ、よくこれほどのものを遺してくれた」(昭和7年「工芸」より)と絶賛しています。

弘前でも「津軽こぎん刺し」はおみやげ屋さんに小物が売られている程度で古作や新作をまとめて見られる施設は極めて少ないのが現実です。ネットで調べて見ただけでは十分な情報がなく弘前駅内の観光案内所で相談し3箇所ほど行ってきました。中でも「弘前こぎん研究所」では刺繍の方法を実演していただいた上で、古作のコレクションも見せていただくなど大変お世話になりました。http://www.kaneiri.co.jp/shop/people/kogin-miura.html

津軽近郊の大鰐温泉にある星野リゾート界に津軽こぎん刺しをモチーフにした特別室「津軽こぎんの間」ができたというテレビ報道に興味を惹かれ弘前に行ってきました。お部屋は離れで津軽こぎん刺しを柄にした障子や内装で綺麗な部屋でしたが「津軽こぎん刺し」そのものはあまりなく想像とは少し異なっていました。