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モロッコ

モロッコに行ってきました。久しぶりの一人旅です。カタール航空でドーハ乗継でカサブランカに入り、首都ラバト、白い街のテトゥアン、青い街のシャウエン、世界一の迷宮都市フェズ、大西洋に面したエッサウィラ、そしてマラケシュを周りました。

いつも成田発を利用していたため羽田空港国際線ターミナルが立派になっていてびっくりです!!モノレールと京急の駅が直結していて便利ですね。

カタール航空は初めての利用です。機材は最新で綺麗、機内食やサービスも良く、航空会社としては大変良いのですが、ヨーロッパに行くには所要時間が長い(カサブランカまで行き22時間、帰り19時間)のが難点です。今回はカサブランカ(モロッコ)行きで他に選択肢がなく利用しましたが一般的なヨーロッパ諸都市であれば利用がためらわれます。

カサブランカ空港に着き(2階)エスカレーターで1階に降りると鉄道の駅があります。ここで全日程のチケットを予約購入しました。オンラインで予約できるのですがモロッコの銀行で発行されたクレジットカードでないと決済できず実質的に国外での予約ができないシステムになっていました。料金は非常に安く1等でもカサブランカ空港〜ラバト1680円、ラバト〜タンジール3372円、マラケシュ〜カサブランカ空港2640円でした。

カサブランカ空港からカサブランカL’Oasis乗換で1時間半、まだ明るい首都ラバトに到着しました。

翌日、朝から市内を歩いて観光しました。ラバトは新市街と旧市街が融合した落ち着いた街で世界遺産に認定されています。あいにくムハンマド5世廟とハサン塔はクローズで中に入れませんでしたが騎乗の衛兵は見ることができました。

小舟が浮かぶ長閑なブーレグレグ川に沿って大西洋に面したカスバ(城塞)に向かいました。

ウダイヤのカスバの城門をくぐり、白と青に塗られた家が並ぶ迷路を通り展望台に立ちました。

メディナ(旧市街)に入りました。色々な商品が並ぶ通りを歩きました。迷路で有名なフェズやマラケシュほどの人混みもなく安心して歩けました。

2018年11月に開業した高速鉄道(フランスのTGVタイプ)で地中海の玄関タンジールに向かいました。駅も車両も最新鋭で大変快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(3分51秒)

ラバトから250kmを1時間20分、超モダンなタンジール駅に到着、快適でした。

乗継のバスの時間が悪いので、依頼しておいたタクシーでテトゥアンのホテルまで移動しました(約1時間、料金40ユーロ)。テトゥアンはスペインの影響が強い白い街として有名で世界遺産に認定されています。

王宮の横の門から旧市街に入ると迷路のように道が入り組み、業種別のスーク(市場)がありました。フェズやマラケシュと違い観光客はほとんど見かけず地元の人が行き交う生活感に溢れた街でした。

迷子になって歩いていると偶然タンネリ(革なめし染色場)に突き当たりました。フェズのタンネリが有名ですがどの街にもあるのでしょうか。なぜか猫が沢山いました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分11秒)

翌日、国営バスで1時間、青い街シャウエンに向かいました。山の斜面に階段状に広がる旧市街は白壁の家が連なり、白壁の下半分を青く塗った家が美しく写真映えすると人気が高まり、大勢の観光客が押し寄せています。特に人気のスポットは撮影待ちする人で一杯でした。

旧市街の中心にはカスバ(城塞)とモスクがあります。広場の南西地区には地元の人が買い物をするスーク(市場)がありました。

北東地区の土産店の並ぶ通りを抜けラスエルマの泉に出ました。清流に沿って洗濯場や休憩所があり、水を大切に楽しむ地元の人々の生活がありました。

お時間があれば動画もご覧ください(3分41秒)

翌日、国営バスでフェズに向かいました。途中30分ほどのトイレ休憩をはさむ4時間のドライブです。

フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都です。城壁で取り囲まれた旧市街は世界一複雑な迷路の街として有名です。

間違いなく迷子になると思いガイドを雇い案内してもらいました。午前中は、青いタイルで装飾されたブージュルード門から旧市街に入り、迷路のような通りをめぐりながら、ブーイナニアマドラサ(神学校)、手芸地区、皮革製品地区、金属細工地区などを周りました。

手芸地区では織物工房、フェズ刺繍工房、絨毯店を訪問し伝統の手芸商品を見学しました。

皮革製品地区では革製品店の屋上からタンネリ(革なめし染色場)を見学しました。テレビでは見たことがありましたが実際に見ると壮観です。世界3大苦役と言われるそうですが、匂いと暑さの中、染料のは行ったプールのようなツボに全身を入れての作業は想像を絶します。

午後は、郊外の陶器工房でタジンやモザイクの制作工程を見学し、その後王宮とユダヤ人街を周りました。

夜はブージュルード門の近くのレストランでモロッコ料理(チキンと野菜のタジン)を食べました。

お時間があれば動画もご覧ください(5分23秒)

フェズからマラケシュへは550km鉄道だと6時間半かかり一日移動になってしまいますので空路で行くことにしました。マラケシュまで1時間のフライトでした。

マラケシュ空港は超モダンできれいな空港でした。

マラケシュから大西洋岸の街エッサウィラに向かいました。事前手配のタクシーで一路エッサウィラまで3時間(190km)料金は50ユーロと格安でした。

エッサウィラはビーチリゾートと旧市街が融合したおしゃれな街でした。城門をくぐりホテルにチェックインすると屋上で大西洋、港、城壁を見ながらウエルカムミントティーがサーブされました。

旧市街はフェズやマラケシュと異なり道幅の広い大通りを中心に広がり歩きやすく迷子にならずに済みました。

スカラ(城塞)に登り大西洋を眼下にみました。風が強くカモメが乱舞していました。砲台には日没を待つ人々が待機していました。

港には自分で選んだ魚を焼いて食べさせてくれる魚屋台街があります。夕日を見ながら美味しい焼き魚を頂きました。しかし残念なことにお酒が飲めずミネラルウォーターでした。

翌朝、港に行きました。カモメが飛び交う空港には小型の漁船がたくさ集まっていました。

お時間があれば動画もご覧ください(4分50秒)

昼からタクシーでマラケシュに移動しました。途中、郊外でアルガンオイルの生産共同組合により製造工程を見学しました。その後しばらく走ると道路沿いのアルガンの木にヤギが登っている所があり立ち寄りました。

マラケシュに到着しまた。大都市です。新市街には近代的な建物が並び、旧市街は巨大な城壁で囲まれていました。旧市街の中は迷路のように路地でつながっておりバイク、ロバ、リヤカーが走り回る活気のある街です。

まず旧市街の中心になっているジャマ・エル・フナ広場に行きました。まだ明るいので人出はそれほどでもありません。ジュースのスタンドが沢山あり1杯50円で搾りたてのオレンジジュースが楽しめました。

クトゥビア、アグノウ門、サアード朝の墳墓群、バヒア宮殿と歴史地区をめぐりました。

マラケシュの旧市街もフェズなどと同様に地区毎に業種の異なるスーク(市場)がありました。表通りにはきれいな店舗があり脇道に入るとその業種の工房が並んでいました。

夕方になると、レストラン屋台、野外芸人、楽団、猿や蛇のレンタル撮影屋など、ジャマ・エル・フナ広場が賑わってきました。

日が落ち、広場に面したレストランの屋上に登ると絶景です。

翌日、新市街の鉄道駅からフェズ行きの特急に乗りカサブランカに向かいました。ラバト〜タンジール間の高速鉄道に比べるとかなり古びた列車です。カサブランカ・ロアジス駅まで2時間半、乗り換えて25分で空港駅に着きました。

カサブランカ空港の搭乗ゲートに行くと、なんと日本食レストランがありびっくり!!

カサブランカからドーハ乗換で羽田まで19時間、行きに比べると飛行時間も短く、ドーハの乗り継ぎも2時間と適当で、夜行ということもあり良く眠れ快適でした。しかし羽田着が22時40分、川口の自宅に帰るには遅すぎるので空港から京急で1駅の天空橋で降り徒歩3分京急EXイン羽田に後泊、すぐお風呂にも入れ快適でした。

お時間があれば動画もご覧ください(4分52秒)

終わりに

突然思いつきモロッコに行ってきました。70歳の爺さんがリックサックを背負って一人旅、毎日歩き回り(15000歩から20000歩)写真と動画を撮りまくる日々、なんとか無事旅行できる程度には健康なことに感謝です。

フェズやマラケシュに代表されるメディナ(旧市街)を巡る日程でモロッコらしさを堪能できました。気候もフェズやマラケシュの日中こそ30度を超えて暑かったものの湿度が低いため日陰やスーク(市場)内はそれほど暑くなく、夕方は24度ぐらいで爽やかでした。また海岸沿いのラバトやエッサウィラは日中でも30度にならず夕方は涼しくてジャケットが必要でした。

モロッコ料理といえばタジンとクスクスですが、色々調べ評判のところ行きましたがあまり美味しいとは思えませんでした。魚は大西洋や地中海に面していることから新鮮で種類も多く(鯛、鱸、鰯、イカ、エビなど)料理方法も炭火焼きなことからシンプルで大変美味しいと思いました。しかしローカルレストランではアルコールの提供がなく(ホテルやグループが入るようなレストランならOKなのですが)残念でした。

今回は、一人旅で公共交通機関のみを利用するためアトラス山脈の彼方のカスバ街道やサハラ砂漠方面へ行けませんでした。次回は専用車をチャーターしてマラケシュからフェズまで3泊4日程度の旅行をしたいと思いました。

このブログは撮影した写真の一部と動画を元に作成しました。すべての写真を掲載したフォトアルバムも作成しましたのでご興味のある方はご覧ください。

フォトアルバム(モロッコ)

 

メキシコとパナマ

今回の旅行の主目的はメキシコの刺繍と織物を見にオアハカへ、パナマのモラを見にサンブラス諸島へ行くことです。オアハカはメキシコ南部の都市で、先住民率40%以上、今でも多種多様な文化や伝統が残っている「メキシコで最もメキシコらしい場所」といわれているところです。手芸が盛んで郊外の村では伝統的な手法で刺繍や織物が行われています。モラはカリブ海のサンブラス諸島に住むクナ族による幾枚も重ねた布を切り抜いて作る独特なアップリケです。サンブラス諸島はクナ族が高度の自治権を持ち、クナ族以外には事業活動ができないため、外部の資本によるリゾート開発が行われず自然がそのまま残っています。

成田からメキシコ航空でメキシコシティへ直行便で12時間半/時差15時間のフライトです。午後1時に到着しました。

空港から旧市街の中心ソカロ広場に近いホテルまでタクシーで30分ほどでした。まずはソカロ広場周辺を散策、広場では大規模なイベントが開かれ物産展やステージで演奏が行われていました。テントの中では民芸品やタコスなどのファーストフードが売られていました。ステージではラテン音楽のコンサートが行われ観客が音楽に合わせて踊っていました。

夜はソカロ広場を見下ろすレストランでメキシコ料理を楽しみました。

翌日、真っ先に国立人類学博物館に行きました。2階建で1階は考古学、2階は民俗学の展示です。マヤやアステカの展示はロンドンの大英博物館やニューヨークのメトロポリタン博物館に匹敵する素晴らしさでした。

マヤ展示室
アステカ展示室

民俗学の展示も素晴らしく、メキシコ各地の民族衣装や民芸品のコレクションは質量ともに圧倒的で、メキシコの豊かな民族性を学ぶことができました。

予約制ですが大変な人気で列ができていました

午後はメキシコ現代絵画を代表する女流画家フリーダ・カーロの博物館に行きました。民族芸術の第一人者としても有名で服飾デザイナーでもありました。

フリーダ・カーロのデザインしたドレス。左のドレスは身体障害があるフリーダ・カーロ用の皮製拘束衣がついた特異なものです

メキシコシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(6分27秒)

夕方のフライトでオアハカに行きました。19時頃にホテルに到着です。

ホテルは中庭のあるメキシコの邸宅を改装したものでした
入場料は無料でした

翌日、朝一番で織物博物館に行きました。小さな博物館です。まず最初にインディゴ(藍染)のお祭り用衣装に驚き、次に民族衣装のウイピル(貫頭衣)のコレクションに魅了されました。

オアハカ州の太平洋岸の村で行われるお祭りの衣装だそうです
ウイピル(貫頭衣)はグアテマラでも見ましたが、メキシコのものはより洗練されていました

オアハカの旧市街はサントドミンゴ教会とソカロ広場の間に広がるメキシコらしいカラフルな街でした。ソカロ広場の先にはメルカド(市場)があり食品や民芸品で溢れていました。

サントドミンゴ教会、中は黄金の輝きでした
カラフルな町並み、夜は露店がでます
ソカロ広場
メルカド(市場)

オアハカの郊外には手芸の村が沢山あり、それぞれの村には一村一品の手芸品があります。一日車をチャーターし、これらの村々の中から、午前は刺繍の村、午後は手織りの村に行きました。

サン・アントニーノ・カスティージョ・ベラスコ村
花柄刺繍の村です。刺繍作家として有名なグアダルーペさんの工房に行き、制作過程と作品を見せていただき、2点ほど作品を譲っていただきました。

全て手刺繍の家族工房です
細かい刺繍がびっしり刺されています
譲っていただいたブラウスと一緒に記念撮影です

テオティトラン・デル・バジェ村
手織りのラグ(タペテ)の村です。糸の染色から機織りまでの工程を一貫して家族で行っています。特に赤い色はサボテンに寄生するカイガラムシを潰してできるコチニールという色素を使用しています。

カイガラムシをすり潰すと真っ赤な染料(コチニール)が取れます
コチニールを溶かしたお湯に糸を浸けて染めます
300年以上使用している織機、あちこち補修して使用ていました
13代目のご当主に色々な作品を見せていただきました

オアハカの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(7分17秒)

メキシコシティ近くを飛んでいます

翌早朝、オアハカからメキシコシティ乗り継ぎでパナマシティに行きました。

以前パナマは治安が悪くカスコ・ビエホ(旧市街)は危険と言われていましたが、現在は世界遺産に指定され治安も良くなり散策やショッピングを楽しむことができます。海岸沿いの散歩道には露店が並びモラ(クナ族伝統のアップリケ)を売っていました。

大聖堂
手芸通り
たくさんモラが売られていました。一枚20ドルから50ドルほどでした

丁度カーニバルの時期だったので夜はパレードを見に行きました。

フロート5台+ダンサーのパレードといった構成です。パレードの沿道には食べ物の露店が並んでいました。

翌日は今回の旅行の最大の目的であるサンブラス諸島にモラを見に行きました。朝6時にホテルを出発してカリブ海の港まで2時間半、前半の道は平坦でしたが、後半は山道となり上下左右に今まで経験したことがない程のワインディングロードでした。クナ族の住むエリアは自治権が与えられ入域にはパスポートと入域税がかかります。域内のビジネスはクナ族に限られており外の資本が入れず、どこのリゾート地にでもあるような高級ホテルなどの施設はまったありません。観光客が行ける島は限定されており、クナ族の人々が住む51の島(コミュニティの島)とは厳密に分けられています。

クナ族エリアへの入域手続き待ちの車列
モーターボートでサンブラス諸島の島へ

最初に案内された島は観光客用で我々が希望するクナ族が生活しモラを作っている島ではありませんでした。

観光用の島、ビーチアクティビティが目的で、ロッジ、トイレ、レスラン、売店などがあるがクナ族は住んでいない

そこでガイドに改めて当方の希望を強く述べ特別にコミュニティの島に行くことができました。到着したコミュニティの島は観光用の島とは全く違い、サトウキビの茎を柱にヤシの葉でふかれた屋根の素朴な家が密集して並び、年配の女性は民族衣装を着て足元は裸足でした。モラを作っているお宅に案内していただいて作品を拝見し制作日数8ヶ月の前後に精緻なモラを施したブラウスを譲っていただきました。

コミュニティーの島の一つIsla Carti(カルティ島)に到着しました
外壁はサトウキビの茎を立てただけ、屋根は茅葺かトタン葺、電気はソーラ発電、水はどうしているのか?
クナ族の女性の典型的な服装、モラはブラウスの前と後ろに使用します。
訪問したお宅でモラを拝見していたところ近所の女性や子供が集まってきました
譲っていいただいたモラのブラウスです。制作に8か月かかったそうで、非常に丁寧に作られていました。

パナマシティの動画を作成しましたのでお時間がありましたらご覧ください(9分05秒)

今回の最大の目的であるパナマのサンブラス諸島に行って、実際にクナ族の女性に会ってモラの制作プロセスを見せていただき、モラの名品を拝見し、できれば譲っていいただく、という目的をなんとか果たすことができました。
日程企画の段階でモラについて調べましたが資料が極めて少なく、サンブラス諸島のどの島に行ったら良いかまったくわかりませんでした。現地の旅行会社に問い合わせましたが具体的な回答は得られませんでした。サンブラス諸島へはパナマシティから日帰りのツアーがありますがビーチアクティビティが目的のもので我々の目的とは異なります。兎に角現地に行って交渉しようということで日本を出発しました。
現地にいってはじめて観光用の島とコミュニティの島があることが分かり、交渉の末なんとか目的を果たせたのは幸運でした。
メキシコはオアハカが主たる目的でメキシコシティはあまり期待していなかったのですが、国立人類学博物館の展示に感動しメキシコシティに来てよかったと改めて思いました。オアハカは現地の旅行会社の方が大変優秀でこちらの希望を完璧に実現してくれました。やはり今回のような旅行は事前に現地旅行社を利用してしっかり手配しておく必要があることを再認識しました。

追記:フォトアルバムも作成しましたので静止画にご興味があればご覧ください

メキシコ・パナマ(2019) Mexico & Panama

ミャンマー

友人夫婦と一緒にミャンマーに行ってきました。インレー湖のはす糸織物工房とインレー湖周辺の村で5日に一度開かれる五日市を見に行くことにポイントを置いた、ヤンゴンに1泊、インレー湖に2泊、バガンに2泊、ヤンゴンに戻り1泊する6泊8日の旅です。

ヤンゴン

ベトナムのハノイ乗り換えでヤンゴンに18時に到着しました。まずシュエダゴォンパゴダのライトアップを見てからホテルにチェックインしました。

インレー湖

翌日、空路ヘホへ飛び、車でインレー湖に向かいました。途中シェヤンウェー僧院に立ち寄りました。金色に輝く仏塔が多いミャンマー風ではなく木造の質素な僧院でしたが隣接する寺院の中に無数の仏像が安置されていてびっくりしました。

インレー湖に到着すると5人乗りの高速艇に乗り換えて観光です。片足で櫓を漕ぐ漁師、ファウンドーウー寺院、水上農園を見てホテルにチェクインしました。

ホテルはインレー湖に面したホテルで客室は湖の上にありました。

翌日の午前中はインデインという村に行きました。民族衣装の人々で溢れたマーケットは前回行ったベトナム北部のバックハーに匹敵するエキサイティングなものでした。隣接する仏塔群も素晴らしく感動しました。午後は織物工房に行きました。はす糸の織物で有名ですが主力は絹織物で糸染めからの本格的手織り工房でした

インデイン5日市

インデイン仏塔群

織物工房

首長族の店

紙漉きと傘造りの工房を併設した土産店に首長族の女性がいましたがあまりにも見世物的で悲しくなりました。以前行ったタイ北部チェンライの奥地の首長族の村の人々は生き生きとしていたのと対象的でした。

朝ホテルをチェックアウトし車で空港のあるヘホの村まで山道を1時間ほど登り、さらに1時間ほど左右にごま畑の黄色い花やとうもろこし畑などを見ながら走りピンダヤの街に着き、5日市と洞窟寺院を観光し、ヘホ空港から空路バガンに向かいました。

ピンダヤ5日市

ピンダヤ洞窟寺院

ピンダヤ紙工房

ヘホ空港からプロペラ機で40分ほどで日没直後のバガンに到着しホテルにチェクインしました。

バガンのホテル

翌日は終日バガン観光です。早朝ホテル敷地内の13階建てのタワーから美しい日の出を鑑賞、朝迷路のようなニャンウー市場をまわり、午前金色のシュエズィーゴンパゴダなどを拝観、昼食後ホテルで一休み、午後バガン1美しいと言われるアーナンダ寺院などを拝観、パゴダを真っ赤に染めて沈む夕日を観賞し、夕食は伝統的な操り人形劇を見ながらミャンマー料理を楽しみました。

日の出

ニャンウー市場

シュエズィーゴン・パゴダ

ティーローミンロー寺院

タラバー門

マヌーハ寺院

アーナンダ寺院

タビィニュ寺院

バガンの夕日

操り人形劇レストラン

バガンから50キロほど離れたナッ神の聖地ポッパ山に行きました。途中ヤシ砂糖の村で砂糖の生産工程などを見ました。ポッパの頂上に登るには700段以上の階段を登る必要があるため登頂は断念しましたが麓は大変な人出で一大観光地でした。昼食をポッパ山を見下ろすポッパリゾートホテルで取り、バガンに戻ってバヤトンズ遺跡とミンナントゥ村を観光し空路ヤンゴンに戻りました。

ヤシ砂糖つくりの村

タウンカラ(ポッパ山)

ポッパマウンテンリゾート

友人夫妻とポッパ山を見ながら昼食です

パヤートンズ遺跡群

ミンナトゥ村

ミャンマー旅行も最終日となりました。午前中は金色のシェッダゴンパゴダと巨大な寝釈迦仏のチャウダー時を観光し、午後はアウンサンマーケットと市内を観光してから、フェアトレードショップで買い物をして夜ヤンゴンを立ちハノイ乗り換えで帰国の途しました。

シュエダゴンパゴダ

アウンサンショッピンセンター

ヤンゴン市内

フェアトレードショップ

開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す運動のお店です。一般的な土産店より価格は少し高いですが製作者が誠実に作った良い作品が販売されていました。
Pomelo for Yanmar

ミャンマーは日本人にとってベトナムやカンボジアに比べ知名度が低くいですが、観光地としての魅力は大変大きく今後大いに期待できるとお思いました。
ヤンゴン空港は最近立て直された最新式の国際空港ですがヘホとバガンの空港はまだプロペラ機しか利用できず施設も貧弱で交通インフラはまだ未熟です。しかし観光資源は素晴らしく金色にかがやくヤンゴンのシュエダゴンパゴダの壮大さはローマのサンピエトロ大聖堂に匹敵すると思いました。インレー湖では小型モーターボートで湖水を疾走しながら寺院・水上農園・ハス糸織物工房などに立ち寄る独特な観光スタイルや、インデイン村の民族色の濃いエネルギッシュな五日市や無数の仏塔が並ぶ遺跡と現役の寺院が合体した宗教空間に魅了されました。バガンは3000以上の仏塔や寺院があり観光個所にあふれていますがなにより日の出が圧巻でした。バガンから50キロほど離れたポッパ山でも大変面白い体験ができました。そしてなにより魅力的だったのは活気に富んだ地方のマーケットでした。民族色豊かな衣装、野菜・魚・肉など豊富な食材、混み合った狭い通路を行き交う人々、など極めて魅力的でした。
今回の旅行はホテルと国内線は自分で手配しましたがヤンゴン到着から出発までの6泊7日間のガイド・車・船の手配は現地旅行社に依頼しました。ミャンマー人日本語ガイドがスルーガイドとして全行程同行してくれたおかげで非常にスムースに旅行ができました。費用も欧米に比べ格安でサービスもよく楽しい旅行ができました。ホテルの設備やサービスもよく支払いもクレジットカードが利用でき全く問題ありませんでした。ミャンマー料理はカレー風味の煮込み料理や揚げ物などが中心のやや油こいものが多く、味付けはあまりせずに自分で香辛料や魚醤などで味を調整する料理が多いようでした。
今回の旅行の写真や動画はスマホ(Huawei P20 Pro)で撮影しました。いままで旅行用に一眼デジタルを使用していましたがもうスマホで十分ですね。

ミャンマー旅行記(ビデオ)

ラトビア・エストニア

今回の旅行の最大の目的はエストニアのキフヌ島に行くことです。キフヌ島は生きた博物館と言われ、本土では失われた歌や踊り、手工芸、生活文化が残っており、女性は子供からおばぁちゃんまで今も伝統的な縞模様のスカートをはいています。更にムフ島のムフ刺繍とハープサルのレースを見学する手芸の旅です。

成田を12時にたちモスクワで乗り換え20時にリガにつきました。入国手続きが意外に時間がかかったため急いでターンテーブルに向かいました。小さな空港で到着便も少ないのですぐに荷物がでるはずなのですがなかなか出てきません。他にも10人ほどの人が荷物が出るのを待ちましたが、結局ミッシングが確定し手続きをとることになりました。最終的に翌日荷物は発見され、午後ホテルに届けられましたが、旅行初日なので久しぶりに慌てました。次回からは最低限の着替えを手荷物として持ち歩く必要があると反省しました。

ホテルは旧市街にあるのでチェックインしてすぐ散歩に出かけました。1〜2分も歩くとダム広場に着きましたが、なんと大きなクマの置物が広場を埋め尽くしていました。よく見るとそれぞれカラフルにペイントされ国別になっています。説明を読むと「ユナイテッド・バディー・ベア」という国連のイベントで各国の芸術家により彩色された2メートルの140体のクマが「文化と宗教の間における許容と人々のコミュニケーション」を目的に展示されているものでした。

ダム広場のユナイテッド・バディー・ベア

翌日、小雨模様でしたが、市内観光に出ました。リガの旧市街は石畳で歴史的な建物が多い落ち着いた趣のある街です。朝は観光客を含め人の出もすくなく静かでした。

三人兄弟

旧市街を取り巻く運河を巡る船に乗りに行きました。乗り場は緑と花が咲ほこる美しい公園の中でした。運河をめぐり港を回って元の運河に戻る1時間のクルーズはのどかで快適でした。

ドーム広場に戻り12時からのリガ大聖堂のパイプオルガンコンサートに行きました。6718本のパイプを持つ世界で四番目に大きなパイプオルガンです。美しいステンドグラスの光の中を荘厳な音色が響き渡りました。

123メートルの尖塔を持つ聖ペテロ教会の横のレストランで昼食を取りました。仔牛のシュニッツェルは本場のウイーンより美味しくラトビアの食文化の高さを感じました。

細い道を抜けると市庁舎広場に出ました。前面にブラックヘッドの会館という壮大な建物があります。4世紀に未婚商人のギルト「ブラックヘッド」の為に建てられ、リガ建都800周年の1999年に再建されたのです

街の中心リーヴ広場にはおしゃれなレストランが並び、その前にはきれいな花が咲いていました。

ビデオ(4分8秒)

リガから高速バスでエストニアのパルヌに移動しました。バスターミナルの前は中央市場です。

パルヌで専用車に乗り換えキフヌ島行きの港まで30分、フェリーに乗って1時間でキフヌ島につきました。

キフヌ島に到着し民宿にチェックインしました。広い敷地の一戸建てでした。夏も終わりで宿泊客は我々の他にはお婆ちゃんのグループが一つ、民宿のスタッフもお婆ちゃんが二人だけす。このお婆ちゃんは大変良い人なのですが英語が喋れないため話が通じず苦労しました。

朝起きると羊の群れがやってきて、民宿の前の牧草地で朝食です。草を噛むバリバリという音が響きました。

タクシーもバスもないのでレンタル自転車を借りてキフヌ博物館に向かいました。道は平坦で高低差はあまりないのですが、なれない自転車に悪戦苦闘、ようやく博物館に到着しました。

博物館の学芸員さんから教えて頂いたキフヌ島手芸の第一人者Roosiさんを訪ねました。ノーアポイントでしたが心良くお会いいただき感謝です。ちょうどじゃがいもを収穫してきた所だそうです。84歳の元気なお婆ちゃんでした。

その後、キフヌ島最北端の灯台を目指しました。ようやく静かな岬に到着しましたが、残念ながら灯台は工事中でした。

お昼は博物館から500メートルほど離れた集落のオープンレストランでした。陽光の中おいしい昼食とビールを楽しみました。

朝晩の食事は民宿のお婆ちゃんが部屋まで届けてくれました。キフヌ島の家庭の味です。素朴ですがどんな高級レストランより美味しい、思い出に残る味でした。

朝食
夕食

ビデオ(4分36秒)

キフヌ島を10時のフェリーでたち本土に戻り、事前に手配しておいた専用車で湿地帯公園経由でムフ島行きのフェリーが出る港まで移動し、20分でムフ島に着きました。その後ムフ博物館に行きムフ刺繍を施した民族衣装を見てから、島の中心の村LIVAのムフ刺繍協会の運営するショップに寄り、最終的に宿泊先のペデステ・マナーに行きました。

ペデステ・マナーはエストニアを代表する5星のマナーハウス(領主の館)で広大な敷地に24の客室があります。スパの他にはこれといった目ぼしい設備がない、ひたすらのんびり過ごすという究極のリゾートホテルです。部屋の窓から外を見ると芝生の上を全自動の掃除機(アイロボットの大型)が動き回る以外は誰もいません。有名なレストランはガラス張りで庭の眺めの美しく、料理もエレガントでした。

翌日、10時にムフ刺繍作家のシリエさんの工房を訪問しました。当日は日本人を含む3つのグループがワークショップのために訪問されるとのことで、お忙しい中丁寧に作品について説明していただきました。

ビデオ(4分14秒)

フェリーで本土に戻り、タリンから99キロ離れたバルト海に面したリゾート都市ハープサルに向かいました。到着したバス停は旧ハープサル駅(鉄道博物館)の前でした。クラシックな駅舎に入ると線路に多くの鉄道車両が屋外展示されていました。正面には赤い星のマークがついた共産主義時代のものです。中でも蒸気機関車がなかなかの迫力でした

ホテルチェックイン後ハープサル・レースセンターに行きました。極細の糸で編まれたレースのショールが特色でかつてはエストニアの重要な輸出品だったそうです。レースセンターの前からハープサル城までのメインストリートで丁度クラフトフェアーが開かれていました。多くの手芸作品のお店の他にハムやチーズなどの食品のお店もあり多くの人で賑わっていました。

ビデオ(2分40秒)

ハープサルから高速バスでタリンに向かいました。99キロ1時間半の快適なドライブです。運賃はわずか4.2ユーロ、通常運賃7ユーロのところシニア(60歳以上)は4割引なのです。エストニアは高齢者に優しい国でした。

タリンのホテルに荷物を預け早速タリンの街の散策に出ました。タリンの旧市街は中世がそのまま残ったようなロマンチックな街です。昼食は古い商人の館を改装して造られたオルデハンザにしました。中に入ると真っ暗です。だんだん暗さに目が慣れてくると中世の食堂にろうそくが灯り、中世の服装をした男性と女性のスタッフがサーブをしています。魚の燻製の盛り合わせとスープそれからはちみつ入りビールをたのみました。料理もパンもおいしくいただけましたが、ちみつ入りビールは良い経験になったというところです。

昼食後、ぶらぶらと旧市街を散策しました。市庁舎のあるラエコヤ広場をぐるりと廻り、聖カタリーナ通りの手芸店を覗きました。さすがに大観光地でお土産やさんやレストランがたくさんがあり観光客で賑わっていました。

夕食後、ライトアップされたラエコヤ広場を散策しました。

ビデオ(4分40秒)

帰りの便のモスクワ乗り継ぎは5時間50分もありましたが、プライオリティーパスの空港ラウンジのお蔭で快適に過ごすことができました。プライオリティーパスは世界140か国500都市1200か所以上の空港ラウンジが無料で利用できる会員組織です。楽天プレミアムカード(年会費10000円)に入ると無料でついてくるので今回はじめて利用しましたが大変助かりました。ちなみにカードホルダーの帯同者は一人1回3000円かかります。

南フランス

今回の目的は南フランスの伝統キルト「ブティ」とリヨンの絹織物産業を勉強することと、今まであまり行ったことがない南仏をじっくり見て回り、各地の名物料理を食べることでした。

「ブティ」は南フランスのプロヴァンス地方発祥のキルティング技術で「白い布の彫刻」とも呼ばれており、ローマ遺跡で有名なニームから西に18キロほど離れたカルビゾンの「ブティの館 La Maison du BOUTIS」という博物館と、ニームから東に28キロほど離れたタラスコンの「ソレイアード博物館 Musee Souleiado」で「ブティ」を見ることができることが分かりました。そしてリヨンには「リヨン織物装飾芸術博物館」と「カニュの館」があることが分かりました。

日程は、ニースから入ってリヨンから帰国することとし、今回も乗継の良いトルコ航空を利用しました。宿泊はニース1泊、マルセイユ1泊、カルカソンヌ1泊、ニーム1泊、アヴィニョン2泊、リヨン1泊の7泊、観光に便利なロケーション(カルカソンヌは城内)の4星クラスのホテルとしました。移動はフランス国鉄(SNCF)をネットで予約しチケットはE-Ticketでした。ニースとアヴィニョンでは日本語ガイドつきの車をチャーターし、リヨンでは徒歩観光のため日本人ガイドを手配しました。

ニース

午前10:40ニース着、空港からニース市内を通過し海岸沿いにモナコに向かいました。途中ヴィルフランシュ・シュル・メールでフォトストップ、絶景です。

モナコはテニスのモンテカルロ大会の真最中、と同時に自動車レースのモンテカルロラリーの準備(工事)で大渋滞でした。下車せず車窓からの観光です。小さくても豊かで平和な国、一つの理想形、でもお金持ちしか住めないようです。
モナコからニース方向に10キロほど戻り標高427メートルの高台の村エズ(鷲の巣村と呼ばれています)に向かいます。



駐車場から坂道を登っていくと、くねくねとした小道にお店やレストランが続くお洒落な村です。頂上に植物園があり、眼下に青い海(コート・ダジュール)が広がっていました。

ニースに着いてシャガール美術館に行きました。日差しの気持ちの良い野外レストランでニース風サラダをいただきました。



コレクションの中心は旧約聖書を題材とする17点の作品で、見慣れたロマンチックなシャガールの作風とは一線を画した宗教色が強い作品でしたが、シャガールの本質を理解す上で大変勉強になりました。

モーセと燃える柴
馬に乗る花嫁(ソロモンの雅歌)

その後城址公園からニースの海岸風景を展望しました。よくテレビで見た風景です。

夜はニースの最高級ホテルのネグレスコでシェフをしていた方が開いたニース地方料理の店に行きました。電話予約を取らない小さなレストランでしたが、なんとか入ることができました。素朴でやさしい味です。プリンを一つとり二人で分けていたら、さり気なくケーキをサービスしてくれました。お味もサービスも今回の旅行で一番のレストランでした。



翌朝、旧市街サレヤ広場の朝市を散策しました。美しい花や新鮮な野菜を売る店や土産店などを見て、カフェで一休みしてから、TGVでマルセイユに移動しました。

マルセイユ

車窓から地中海を見ながらの2時間40分の快適な鉄道の旅です。車内ではWiFiが無料で使え、アプリで現在どこを何キロで走っているかがリアルタイムで分かり便利でした。



マルセイユ到着後、旧港からプチトレイン(4~5両連結式の市内観光バス)でノートルダム教会へ行きました。狭い市内をくねくね曲がりながら走り市内観光に最高です。ノートルダム教会は山の上にあるので、下から(旧港、海から)いつも見え、教会からはマルセイユが360度見えました。内部は美しいモザイク画で飾られ、天井から船の模型が沢山下がっていました。海に生きる人々が航海の安全を祈って寄進したもので信仰の深さと切実な祈りを感じました。



夜は車で10分程の漁港でブイヤベースを食べました。魚のスープは濃過ぎ、魚は煮過ぎで、今一つでしたが、外では多くの人がワインを片手に集まっており、一緒に美しいサンセットを見ることができ良い思い出になりました。

う〜ん・・イマイチ
夕日が最高でした。まわりはワインを片手の若い人でいっぱい

朝、旧港の岸壁で開かれるフィッシュマーケットに行ってきました。小さな舟から降ろされたとれたての魚はまだピチピチ跳ねていました。


カルカソンヌ

マルセイユから鉄道で3時間20分カルカソンヌに着きました。駅の前は世界遺産のミディ運河をめぐる船の船着場です。

世界遺産ミディ運河

タクシーでカルカソンヌ城内のホテルに向かうと城壁の外で降ろされました(中には入れないのです)しかしそこには予約していたホテルの軽自動車が迎えに来ていました。なるほどこういうシステムなのかと感心しました。カルカソンヌは「カルカソンヌを見ずして死ぬな」と称えられるヨーロッパ最大の城塞都市でまさしく中世にタイムトリップした気分が味わえる街です。

ナルボンヌ門

二重の城壁に囲まれた城塞都市の中には土産店やレストランが並び一大観光地です。日中は日帰りの観光客で溢れていますが、城内には小さなホテルが3軒しかないため朝晩は人影もなく静かです。

コンタル城に入城して城壁を廻り城塞都市の全景をみることができました。これだけ保存状態の良い見ごたえのあるお城はあまりないと思います。

城の外壁に黄色いスタライプの塗装が?一体なに?
オード門を出て、ある一点から見ると城に同心円が描かれていました。なんとアートでした!

夜はカルカソンヌの名物料理カスレ(白インゲン豆、カモまたはガチョウのコンフィ、ソーセージなどを土鍋で煮込んだもの)を食べました。お豆が良く煮えて味がしみ大変美味しくいただきました。

翌日、タクシーで旧橋と新橋を経由して下町のバスティード・サン・ルイを少しまわってからバスでモンペリエに向かいました。

新橋から見た旧橋とカルカソンヌ

実は当初、鉄道でニームに移動する予定だったのですが、フランス国鉄のストのため、急遽バスに変更したのです。しかしニーム行は時間が合わず、100キロ手前のモンペリエ行きを予約し、チャーターしていた車をモンペリエに迎いに来てもらい、なんとか日程を守ることができました。

カルヴィゾン

モンペリエからカルビゾンのブティの家(Maison du Boutis)に向かいました。この博物館はブティ協会が運営するもので18世紀と19世紀そして最近の作品が展示されています。ブティは南フランス発祥のキルティングで二枚の布にまず柄を縫って、その柄の中に後から綿を入れるという気の遠くなるような手作業の美しい作品です。近代化と共に一端廃れかけたものを協会を中心に復興され、現在ではフランス各地でグループができ活発に活動されているそうです。協会の会員の方に素晴らしい作品の数々を丁寧にご案内いただきました。最後に会長にお会いすることができ特別に館内の写真撮影の許可をいただけました。

ブティ協会会長と記念撮影

ニーム

ニーム到着後、まず街はずれの丘の上に建つマーニュの塔に行きました。ローマ時代の見張り台でかなり崩れていますが内部のらせん階段を登って展望台に上がり、ニームの全景を見ることができました。

ニームはフランス最古のローマ遺跡の街として有名ですが、円形劇場や古代神殿(メゾン・カレ)といったローマ遺跡と現代の建物が融合した清潔で整った街でした。

円形劇場
古代劇場(メゾン・カレ)

リュベロン地域のフランスの最も美しい村をめぐる

ニームを発ちリュベロン地域のルションに向かいました。ルションはアヴィニョンから東に50キロほどのオークという黄色い顔料の原料となる岩石がとれる建物がピンク色をした村です。フランスの田舎の小さな村の歴史遺産の価値の向上や保護を目的とし、「人口が2000人以下」、「都市化されていない地域」や「歴史的建造物、自然遺産を含む保護地区を最低2箇所以上保有」など、厳しい条件をクリアした「フランスの最も美しい村(現在157)」の一つに認定されています。

ルションの全景
ルションの村

次にルションから10キロほど離れた同じく「フランスの最も美しい村」、岩山に張り付いたようなはちみつ色の村ゴルドに向かいました。天空の城ラピュタのモデルになった村だそうです。なおフランスの最も美しい村協会の会長はこの村の村長さんだそうです。

ゴルドの全景
はちみつ色のゴルド城

アヴィニョン

ゴルドからアヴィニョンに着きました。まずローヌ川の中州に渡ってアヴィニョン橋(サンベネゼ橋)と教皇宮殿の両方見える撮影スポットに行きました。1177年から1185年にかけて建設された石造アーチ橋で、建設当時は長さ920m、22のアーチがありましたが、現在は倒壊し4つのアーチが残っているのみです。

アヴィニョン教皇宮殿は1334年から1352年にかけてローマ教皇の住居として建設された、ヨーロッパ最大級のゴシック宮殿です。フランス革命時に襲撃を受け一部のフレスコ画を除き内装は破壊されましたが、入口で貸し出されるタブレットのVR(仮想現実)機能で往時の華やかな内装を見ることができるようになっています。

VR(仮想現実)による宮殿内観光

プロヴァンス一日観光

車をチャーターしプロヴァンスの一日観光に行きました。

まずアヴィニョンから南に30キロほどのレ・ボー・デ・プロヴァンスに行きました。プロバンス語で岩だらけの屋根という意味の石灰岩で形成された城塞の村です。40年近く前、この村のボー・マニエールというミシュラン三つ星レストラン(現在は二つ星)に行く企画をして転勤のため行けなかった思い出があります。今回やった来ることができました(レストランには行けませんでしたが)

次にアルルに行きました。アルルは古代ローマ時代から中世にかけての歴史の息吹が強く感じられる街です。ローマ時代には首府が置かれ、今なお闘牛が行われる円形闘技場や劇場があります。また印象派のゴッホが滞在した15ヶ月間で約200点もの作品を残している街でもあります。昼食をとったあと円形闘技場と劇場をまわりましたが、ゴッホゆかりの「夜のカフェテラス」などの場所には行く時間がありませんでした(街はずれの「跳ね橋」には行くことができました)やはり一泊する必要があったと反省しています。

円形闘技場
ゴッホの跳ね橋

次にプロヴァンスプリントのレゾリヴァード社に行きました。200年の歴史を誇る老舗で、今では珍しくなった自社工場でプリントを行っています。オーナー自ら工場を案内していただきました。会社の歴史やプリント工程の詳細を熱心に説明していただき、自社の製品に対する愛情と熱意を強く感じました。またスクリーンプリントやロータリープリントなどの最新技術を見ることができ大変勉強になりました。

オート・スクリーン・プリンター
ロータリープリンター用シリンダー
オーナーとご子息

次にタラスコンのソレイアード博物館に行きました。プロヴァンスプリントの大手メーカーであるソレイアード社の運営する博物館です。ブティのコレクションは少なく、プロヴァンスの伝統衣装や最近のファッションの推移が展示の中心でした。展示を各自見るスタイルで特別に案内はありませんでした。ソレイアード社のショップが併設されており博物館よりショップが目的で来る方のほうが多いようです。

最後にポン・デュ・ガールに行きました。紀元50年頃ユゼスの水源からニームへの導水路として建設された高さ49mの世界一高い古代の水道橋です。1985年にユネスコ世界遺産に登録され、フランスの偉大な景勝地にも指定されています。スペインのセゴビアの水道橋(高さ28.5m)より大きく保存状態が良い美しい橋でした。

リヨン

アヴィニョンTGV駅(市の中心から少し離れている)からリヨンへTGVで1時間でした。「美食の都」「絹の街」と呼ばれるパリに次ぐフランス第2の都市です。 ローヌ川とソーヌ川の2本の川が街を横切り、背後にローマの遺跡を残すフルヴィエールの丘がそびえ、旧市街と呼ばれる古い町並みはユネスコ世界遺産に登録されています。
ホテルにチェックイン後、先ずリヨン織物装飾芸術博物館に行きました。リヨン織物装飾芸術博物館はリヨンのみならず世界の織物芸術作品と産業の歴史をあますことなく伝える博物館で、織物芸術の分野でヨーロッパ最大級の規模を誇ってます。残念ながら写真撮影が禁止されているためコレクションをご覧いただけませんが一見の価値があります。

その後カニュの館に行きました。カニュとは機織り職人のことを指し、このエリアには織物工房が軒を連ね一日中機織りの音が響いていたそうです。使用されていた織り機は当時発明されたジャガード式半自動織機でカニュの館では機織りの実演してくれました。このジャガード式半自動織機が先日行ったベトナムでは現役で使用されていたのを思い出し感激しました。

その後、市庁舎やバルトルディの噴水があるテロー広場にある伝統染色工房に行きました。インドから伝わった木版プリント(2011年に行ったインドのグジャラート州では今でもこの方式が使用されていました)の技法を改良し金属製の柄を打ち込んだ木版を使用したプリントを実演してくれました。またスクリーンプリントなどの伝統的な染色も行っており、美しい布製品を販売していました。

バルトルディの噴水と市庁舎
ウッドプリントの刷版、柄は木彫りではなく金属製でした

夕食は旧市街のブション(リヨン料理のレストラン)に行き、リヨンの伝統料理である川カマスのクネル(魚のすりみ)とアンドゥイエット(内蔵肉のソーセージの煮込み)を食べました。かなり癖があり残してしまいましたがリヨン庶民の味を楽しむことができました。

リヨンはパリによく似ています。街の中心には近代的な高層ビルはなく、高さとスタイルが統一された石造りの整然とした町並みが続き、セーヌ川に似たローヌ川とソーヌ川が流れています。しかもパリよりコンパクトで主要な見どころには歩いていけて便利です。朝、ソーヌ川沿いのマルシェ(朝市)に行きお土産にオリーブとチーズを買い、正面には裁判所とフルヴィェールの丘の上のノートルダム寺院を見ながらソーヌ川にかかるパレ・デ・ジャスティスの遊歩道を渡って世界遺産の旧市街に行きました。

正面は裁判所、その上の丘の上にノートルダム寺院とエッフェル塔に似た展望台が見えます

リヨン・サン・ジャン大聖堂に入ってから、ケーブルカーで古代ローマ劇場へいきました。

サン・ジャン大聖堂
今でも現役で使用されています

それから歩いてノートルダム寺院(ノートルダム ド フルヴィエール バジリカ聖堂)に行きました。9世紀末に、建築家ピエール・ボッサンによって設計され、費用は献金によって賄われました。聖母アリアに捧げられた建物で、大聖堂の最上部に聖母像をいただいています。壮大な聖堂の中は黄金色の装飾がまばゆいばかりに輝き豪華絢爛です。夜はライトアップされ印象的でした。見晴らし台からリヨンの街並みを展望しました。

 夕方、リヨン・サン=テグジュペリ空港を発ち、イスタンブール乗継で無事成田に帰国しました。

さいごに

今回も多くの方々のご協力で大変有意義な旅行となりました。事前に得られたブティやプロヴァンスプリントについて情報は極めて少なく現地に行って初めてその実態にふれることができました。しかしフランス語が出来ないため通訳なしには表面的なことしか分からなかったでしょう。幸いアヴィニョン在住の串川さんとリヨン在住の藤原さんという極めて優秀なガイドさんによる通訳のおかげで良く理解することができました。またブティの家ではブティ協会の皆さんのご協力でブティの歴史や背景など得難い知識を得ることができました。心より感謝したいと思います。

観光的には好天に恵まれ南仏の風景や食を堪能することができました。旅行中にフランス国鉄(SNCF)のストによりカルカソンヌ〜ニーム〜アヴィニョンという2区間がキャンセルとなるというアクシデントが発生し、一時はどうしたものかと困惑しましたが、なんとかバスへの変更で対応でき事なきを得ました。終わってしまえば良い思い出となりました。

当初、昨年につづき友人夫妻と4人で旅行する予定でしたが、ご主人がご病気となったため急遽キャンセルとなり、私達夫婦だけで行くことになり大変残念でした。次回は是非またご一緒したいと思っています。

ドイツ Xmas Market

今回の旅行の目的はドイツ白糸刺繍(Schwalm Embroidry)を勉強するためシュヴァルム(Schwalm)を訪ねることと、前回見残したドイツ3大クリスマスマーケットの一つドレスデン(ニュールンベルクとシュトゥットガルトは2015年訪問)とベルリンに行くことでした。

シュヴァルム(Schwalm)はフランクフルトの北130キロの小さな村でSchwalm博物館があり、12月15日(金)16(土)17(日)の三日間館内でクルスマスマーケットが開かれるとの情報を得て、この期間に合うように日程を調整しました。またSchwalmから北東90キロのエシュヴェーゲ(Eschwege)にドイツ白糸刺繍(Schwalm)の研究家で私設博物館を開いている方がいることを知り連絡をとり訪問することにしました。

日程は、SchwalmとEschwegeに行くためフランクフルトに2泊、クリスマスマーケットを見るためドレスデンとベルリンにそれぞれ2泊の合計6泊、全体では9日間としました。航空会社は今回もトルコ航空にしました。フランクフルトIN、ベルリンOUTでスケジュールが良く(フランクフルト朝着、ベルリン夜発、イスタンブールの乗継時間が適当)、料金が特別運賃で格安だったからです。ドイツ国内の移動は鉄道を基本としました。当初ジャーマンレイルパスの利用を考えていましたが、利用区間毎の料金の合計の方が安いので区間ごとに購入することにしました。予約はドイツ鉄道(DB)ネット予約でチケットはE-Ticketでした。EschwegeからSchwalmへは鉄道での乗継が悪く時間もかかるのでタクシーをネット手配しました。ホテルは各地のクリスマスマーケットから最も近い四つ星以上のホテルとしました。

フランクフルト(Frankfurt)

午前10:35フランクフルト着、空港からホテルまでタクシーで20分程で到着しました。ホテルにチェックイン後クリスマスマーケットに行きました。ホテルを出てベルリナー通りを10分程歩くとパウルス教会前からノイエクレーメ通りにかけてクリスマスマーケットが開かれており、そのままレーマー広場のクリスマスマーケットにつながっていました。時々小雨がふる天気でしたが大変な人出で賑わっていました。

パウルス教会前の広場
ノイエクレーメ通り
レーマー広場

エシュヴェーゲ(Eschwege)

フランクフルトから2時間、2度鉄道を乗継ぎエシュヴェーゲ(Eschwege)に到着、事前に予約をしておいたLuzine Happelさんの私設博物館に行きました。

 シュヴァルム(Schwalm)

午後2時にタクシーにてシュヴァルム(Schwalm)向かいました。伝統的な木組みの家々が列ぶ田舎の村々を巡りながら、雪の峠道を越える90分ほどのドライブはなかなか趣がありました。シュヴァルムは四方を堀で囲まれた村です。村の中央広場でクリスマスマーケットが開かれており、広場に面してシュヴァルム博物館がありました。博物館は12月15日(金)16(土)17(日)の三日間だけ館内の展示を変更しクリスマスマーケットが開かれていました。この地方はグリム童話の「赤ずきんちゃん」の故郷です。本場の赤ずきんちゃんの頭巾はちいさな帽子のようでした。博物館にはこの頭巾をかぶったおばあちゃんが手芸をしており感激しました。ちなみに赤い頭巾は未婚の女性用、既婚の女性用は黒い頭巾でした。

ドレスデン(Dresden)

フランクフルトからドイツ新幹線(IEC)で4時間15分ドレスデンに移動しました。おしゃれなレストラン車両もついていましたが、フランクフルト駅で買ったサンドイッチと車内販売のコーヒー(車掌さんがお盆にコーヒーを載せて販売にきました)で昼食をとりました。ドレスデン駅は近代的な駅で大きなクリマスツリーが飾られていました。タクシーでホテルに着くと、ホテルの目の前のノイマルクト広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ネットやガイドガイドブックではアルマルクト広場(ホテルから歩いて5分)のクリスマスマーケットが案内されていて、他の会場の案内がなかったので当惑してしまいましたが、ドレスデンに来てみると他にもいろいろな所でクリスマスマーケットが開かれており、それぞれに特色があり魅力的でした。

アルマルクト広場のクリスマスマーケット

ドレスデンで一番大きいクリスマスマーケットです、世界最大のクリスマス・ピラミッド(高さ14メートル)がまわり、多くの人で賑わっていました。クリマスの菓子で有名なシュトレンはここが本場で、いろいろな種類のシュトレンが売られていました。

ノイマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルの目の前の広場のクリスマスマーケットです。街灯がなく屋台の照明だけのため真っ暗、焚き火がたかれ、昔ながらのクリスマスマーケットでしょうか、却って雰囲気がありました。

フラウエン教会からミュンツガッセ通りのクリスマスマーケット

第2次大戦のドレスデン大空襲で崩壊し、1194年から11年の歳月をかけて昔の姿で再建されたフラウエン教会前から始まりエルベ川まで続くミュンツガッセ通りで開かれていました。屋台の裏がわにレストランが並んでおりソーセージの立ち食いやホット赤ワインの立ち飲みだけではなくゆっくりとした食事も楽しめます。

シュタルホーフ(武芸競技場)の中世のクリスマス

フラウエン教会の前にヒルトンホテルがあり、その隣のショッピングセンターを通り抜けるとシュタルホーフ(武芸競技場)の入口にでます。シュタルホーフの側面の101メートルの壁には25000枚のマイセン磁器タイルに描かれた壁画「君主の行列」を見ることができます。シュタルホーフに入ると中世の村を再現したクリスマスマーケットが開かれていました。屋台のセットや店員の衣装も全て中世風です。ババリアン風のブラスバンドの演奏もあり大変な盛り上がりです。

旧市街

フラウエン教会を過ぎ、シュタルホーフを抜けるとザクセン州最大の教会である三位一体大聖堂の前にでます。その裏の劇場広場に面して歌劇場(ゼンパーオペラ)とツヴィンガー宮殿があり、ツヴィンガー宮殿の絵画館と陶磁器コレクションに入館しました。絵画館は正直なところ期待外れでした。フェルメールは貸し出されているのか見ることができず、一番人気のラファエロの「システイーナのマドンナ」も大作ではありますがラファエロらしさがあまり感じられませんでした。それ以外にもレンブラント、デューラー、ブリューゲル、ボッティチェリがありましたが展示の方法や照明があまり良くなくいまひとつでした。しかし陶磁器コレクションは素晴らしいものでした。展示や照明も良く、マイセンの動物シリーズや有田焼のコレクションは特に素晴らしいものでした。

フラウエン教会
シュタルホーフ「君主の行列」
ラファエロ「システィーナのマドンナ」
陶磁器コレクション

マイセン(Meisen)

ドレスデンから郊外電車で35分、マイセンに行ってきました。先ずマイセン陶磁工場に行きましたが、丁度お昼でしたので工場内のレストランで昼食をとりました。食事もおいしかったのですが、なにより食器が白磁のマイセンで感激しました。工場では製造工程を見学し、その後2階の博物館で素晴らしいマイセンのコレクションを拝見しました。最後にショップがありましたが高価すぎて手が出ませんでした。クリスマスマーケットが開かれている広場を散策し、エルベ川にかかるアルシュタット橋からアルブレヒト城の景色を楽しみました。

ベルリン(Berlin)

ドレスデンから特急(EC)で2時間、ベルリンに着きました。ベルリン駅はドイツ最大級の近代的な駅で立体構造となっており少し驚きました。ホテルチェックイン後、早速ブランデンブルク門とドイツ連邦議会議事堂と見に行きました。

ジャンダルメンマルクト広場のクリスマスマーケット

ホテルから徒歩1分、ベルリンで一番美しいと言われるジャンダルメンマルクト広場に行ってきました。少し驚いたのは入場料を1ユーロとるのです。フランス教会とドイツ教会を背景に白いテントの統一された屋台が並び、テントでできたレストランエリアやショッピングエリアまであり、整然として美しいクリスマスマーケットでした。

リージェントホテルのクリマス飾り

ペルガモン博物館

古代ギリシャのペルガモン(現トルコ、ペルガマ)で発掘された遺跡を移築した世界屈指の博物館です。入館してすると先ず青いレンガの巨大な古代バビロニアの「イシュタール門」が目の前に現れ、門をくぐると「ミレトスの市場門」と続き、隣の部屋にはライオンが描かれたタイルで作られた「行列通り」があります。その素晴らしさに圧倒されると同時に、これほどの遺跡を奪われた国の気持ちを思いと、奪われたがために保存され今日我々が見ることができる矛盾とで、大変悩ましく思いました。それ以外のコレクションも素晴らしく大英博物館やメトロポリタン博物館に匹敵すると思いました。

イシュタール門
ミレトスの市場門
行列通り

新博物館

ペルガモン博物館を出て隣の新博物館に入りベルリンの至宝と呼ばれる「王妃ネフェルティティの胸像」を見に行きました。オフシーズンのため展示室は空いており間近にゆっくり見ることができました。紀元前13世紀の第18王朝のファラオでアクエンアテンの王妃として数奇な運命をたどったエジプトの三大美女の一人です。リアルな造形と美しい彩色で3000年前の像とはとても思えません。知的で意思の強い女性であったと感じました。またその他のエジプトのコレクションも素晴らしいものでした。

Wikipedia (CC BY-SA 3.0) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3#/media/File:Nofretete_Neues_Museum.jpg

シャルロッテンブルク宮殿

循環式自由乗降市内観光バス(Hop on-Hop off)のルートの西端にある初代プロイセン国王フリードリヒ1世の王妃シャルロッテの夏の別荘です。宮殿前の広場ではクリスマスマーケットが開かれていました。ウイーンのシェーンブルン宮殿のようにベルサイユ宮殿を参考に作られた宮殿で当時の王妃の生活が忍ばれる絢爛豪華な宮殿です。入場料に音声ガイドがついており日本語で大変分かりやすい説明があり良く理解できました。

絵画館

ポツダム広場から徒歩15分、フィルハーモニー隣の文化フォーラムの中核をなす美術館です。入館すると先ず初期ルネサンスのフランス人画家ジーン・フーケの特別展が開かれていました。あまり馴染みのない画家でしたが、鮮やかな色彩と立体的な描写で現代の作品かと見紛うほどの美しさでした。常設展もクラナッハ、ブリューゲル、レンブラント、フェルメール、ボッティチェリと名品が多く、その他の作品も大変素晴らしく世界屈指の美術館だと思いました。

フーケ「天使に囲まれた聖母子」 Wikipedia パブリックドメイン
クラナッハ「ルクレティア」
ブリューゲル「ネーデルラントの諺」
レンブラント派「黄金の兜の男」
フェルメール「ぶどう酒のグラス」
ボッティチェリ「ビーナス」、ウフィツィ美術館の「ビーナス誕生」の中心部分にそっくり

ベルリン・フィルハーモニー

クラシックは全く門外漢なのですが折角の機会なのでベルリンフィルに行ってきました。開演30分前、ロビーはワインを片手に(ビールの人はほとんどいません)歓談する人で一杯です。ドレスコードはなく気楽な服装の方が大半です。寝たりして恥をかかないように席は最上段の最後列(Dゾーン6列22と23)にしました(日本でネット予約一人40ユーロ)。20時開演です。指揮Ivan Fischer、バイオリンVilde Frang、前半はBela BartonのHungarian Peasant SongsとConcerto for Violin and Orchestra、15分間の休憩後の後半はFelix MendelssohnのA Midsummer Night’s Dreamでした。素晴らしい演奏を堪能し、ドイツ最後の夜を楽しみました。

さいごに

今年で3年連続のクリスマスマーケット巡りの旅行でした。2015年はJTBルックの団体旅行でドイツのニュールンベルク、シュトットガルト、ローテンブルク、ルードヴィヒブルク、フライブルクに2016年はルーマニアのブラショフ、シギショアラ、シビウ、クルージュ・ナポカそしてハンガリーのブダペスト、これでドイツ3大クリスマスマーケットの全てとその周辺のクリスマスマーケットに行ったことになります。

冬のヨーロッパは日照時間も短く気温も低くいので一般的には観光に不向きですが、①たのしいクリスマスマーケット②博物館や美術館が空いていてゆっくりみることができる③コンサートなどのイベントを楽しめる。といった魅力があるのでクリスマスシーズンのヨーロッパおすすめです。

ベルリンの博物館・宮殿・美術館では入場料に音声ガイドの機器のレンタルが含まれていて日本語を含む各国語に対応していました。音声はプロのアナウンサーによる録音で非常に分かりやすく良く理解できました。日本の観光地はどうなっているのでしょう。外国人にとって音声ガイドは大変有効ですので是非導入すべきですね。

 

 

 

 

クロアチア

今回の旅行は、世界無形文化遺産に登録されたパグ島のパグレースとフヴァール島のアガベレース、ドブロブニクの刺繍、クロアチアの民族衣装を見学することを主たる目的として、首都ザグレブから神々の手による水の箱庭と呼ばれるプリトヴィツ湖群国立公園を経由しアドリア海沿いにパグ島、ザダル、シベニク、トトギール、スプリット、フヴァール島と南下してドブロブニクに至り、最後にモンテネグロのコトル、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルをめぐりサラエボから帰国するコースとしました

ザグレブ

イスタンブール乗換で8:25にザグレブに到着しました。最近よくトルコ航空を利用します。乗継が良く、特に中欧にいくのに便利です。料金も割安で機内サービスも良く気に入っています。

空港からザグレブ市内の民俗学博物館に直行し11時開館の少し前に到着しましたが、快く入れてくれました。おかげで他に入館者はおらずゆっくり見学することができました。ザグレブ全域から集められた民族衣装が展示され見応えがありました。最初の部屋は明るく照明されていて綺麗に展示されてましたが、他の部屋は照明が暗く、せっかくのコレクションがあまりよく見えませんでした。

ザグレブ民俗学博物館

動画1分25秒

その後、イェラチッチ広場に向かい旧市街を散策しました。世界一短い(66m)というケーブルカーで丘の上に登り、聖マルコ教会に行きました。屋根瓦が紋章柄の美しい教会です。坂を下っていくと石の門があり、信徒の方が祈りをささげていました。ドラツ青果市場には新鮮が野菜が売られ市民生活の一端を見ることができました。広場を見渡すレストランで昼食をとってから聖母被昇天大聖堂に行きました。ネオゴシック様式の壮大な教会でした。その後イェラチッチ広場で観光案内所の前から無料の遊覧バスに乗り、ザグレブの街をぐるりと回ることができました。

動画1分17秒

午後3時に市内を発ちプリトヴィツェ湖群国立公園に向かい午後5時半に到着しました。公園の敷地内のホテルは3つしかなく、宿泊したイエゼロホテルはそのなかでは一番大きく設備が良いと言われています。三ツ星ですから設備はそれほどでもありませんが、公園の入口(Gate2)へ歩いて5分くらいとロケーションは最高でした。

プリトヴィツェ

一般的にはゲート1から入り、遊歩道を下っててプリトヴィツェ滝を見て、遊歩道をカウァノヴァツ湖、ミラノヴァツ湖と周り、P3からコジャック湖を電動ボートで渡ってP1、坂をのぼってST2/Gate2に至るのが一般的な周り方です。しかし夏場は大変混んでいてバスや船に乗るのも30分以上待つとのことから、翌日、逆回りで、8時にゲート2から公園に入り、先ずコジャック湖を船で渡って下湖群を4時間ほど散策しました。お陰であまり待つこともなくスムースに回ることができました。

動画3分16秒

午後1時にザダルに向かう予定でしたが、手配していた車のドラーバーよりブッシュファイア(やぶ火災)が発生して道路が封鎖されたため遅れるとの連絡が入りました。クロアチアと周辺国は夏の間は雨がほとんど降らず各地でブッシュファイアが発生するとのことでした(確かにドライブしていると道路の左右に火災の後を見ることができました)。最終的に車が到着したのは3時間遅れの午後4時になりましたが、待ち時間を利用して予定外の上湖群も少し見ることができました。ザダル到着は午後7時半頃となり、有名な夕日をみることができませんでした。すっかり暗くなりましたがGreeting to the Sunやローマ遺跡など夜のザダルを散策し、港に面したレストランでシーフードの夕食を楽しむことが出来ました。ザダルの観光名所ナンバーワンであるシーオルガン(波の動きを音に変換して音楽を奏でさせる)のまわりは大勢の人でにぎわっていて音が良く聞こえませんでしたので、翌朝もう一度訪ね妙なる音楽を楽しみました。

ザダル

動画57秒

前日の到着が遅くなりサダルの民俗学博物館見ることができず残念でしたが、次の訪問地パグ島に向けサダルを出発しました。パグ島までの道は特異な景観でした。大陸側から続く石灰岩の地層で緑が少なく白い岩で覆われた荒涼とした風景です。しかしパグは海に面した明るい港町でした。世界文化遺産に登録されているレースと、潮風を浴びわずかに残る草を食べる羊の乳から作る絶妙な塩味のチーズで有名です。旧市街の広場にパグレース組合が運営するギャラリーがありました。小さなギャラリーですが素晴らしいコレクションでした。係員の方も大変親切でパグレースの作り方を実演してくれました。街なかの路地にもレースを売る人がいましたが、レースを買うならこのギャラリーが一番だと思いました。

パグ

動画2分44秒

昼食後、次の宿泊地スプリットに向かい、途中でシベニクに立寄りました。街の中心にはクロアチア・ルネッサンス建築を代表する世界遺産の聖ヤコブ大聖堂がそびえていました。聖堂の外壁面にさまざまな表情の72人の顔が刻まれているのが特徴的でした。

シベニク

動画1分20秒

午後6時頃にスプリットに到着しました。ホテルがディオクレスティアヌス宮殿の中にあって車が乗り入れできないため青銅の門の近くに車を止めてもらいました。門を通ると宮殿の地下です。土産店が並ぶ通り(なんと宮殿に地下に土産街があるのです)をスーツケースを転がし、階段を上がってやっとホテルに着きました。観光には便利ですが、チェックインとチェックアウトが大変です。ホテルの裏手に宮殿の中心の大聖堂やペリスティルがあり、鐘楼に登ってスプリット旧市街の全景を眺め、迷路のような通りを歩いて旧市街全域を散策しました。港に面してローマ遺跡があり、塀で囲まれた宮殿中に商店やレストランが並んだテーマパークのようになった、活気に満ちた楽しい街です。遺跡が現代と共存するために大幅に改修されており、そのため世界遺産に登録されていないのかと思いました。夜、海沿いのレストランで食べたシーフードは今回の旅行でも最高でした(ムール貝のトマトソース蒸し、イカのグリル、シーフードリゾット)。帰りにプロムナード(リバ)のステージでサマーフェスティバルのイベントで民族衣装の踊りや合唱を楽しみました。

スプリット

動画3分38秒

スプリット民俗学博物館

大聖堂の隣のペリスティルの中庭から、天井に穴の開いた前庭を通り民俗学博物館に行きました。

動画1分21秒

スプリットから25キロ程のところにある世界遺産トロギールに行ってきました。バスステーションの前の橋を渡った城壁に囲まれた小さい島です。石畳の路地が複雑に入り込んでいます。聖ロバロ大聖堂の鐘楼に登り、街の全景を眺め、カメルレンゴの要塞まで海沿いを歩きました。スプリットは違い小さい落ち着きのある可愛らしい街で、ここに泊まるのも良いかなと思いました。

トロギール

動画1分35秒

朝、青銅の門の目の前の桟橋から高速艇でフヴァール島へ出港です。1時間ほどでフヴァールに到着しました。船着き場の目の前のホテルにチェックインし、先ずはフヴァールの城塞に登ってフヴァールの全景を眺め、下山しながらアガベレースを見にベネディクト修道院に行きました。フヴァールは、昼は人数もそれほど多くなくのどかでしたが、夜のレストラン地区は若者で一杯でびっくり、昼はアクティビティ、夜はナイトライフ、まさにリゾートでした。

フヴァール

動画1分36秒

フヴァールから高速艇でドブロブニクに向かいました。アドリア海の島々をまわり3時間ほどでドブロブニク港に到着後、車でスルジ山の展望台に上がりドブロブニクの旧市街を眺めながら昼食をとりました。事前に予約しておいたお陰で旧市街を見下ろす絶好の席で大満足でした。

ドブロブニク・スルジ山展望台

その後国境を越えてモンテネグロのコトルに向かいました。いりくんだ湾をくねくねとめぐる道からの眺めはまるでノルウェーのフィヨルドのようでした。コトルはドブロブニクのように城壁に囲まれた港街です。城内を散策した後、城塞を登り中腹からの眺めを楽しみました。街の中心、聖トリフォン大聖堂の前から歌声が聞こえました。よく見ると民族衣装の人々の踊る姿が見えました。

コトル

動画1分57秒

コトルからフェリーで湾をショートカットしてドブロブニクに向かいました。国境に到着すると大渋滞で車が動きません。しばらく待っていましたが調べてみるとクロアチア側の入国審査官が一人しかおらず通過するのに4時間を要することが分かりました。国境を越えた所にタクシーが1台いたので急遽チャーターし、コトルから乗ってきた車を捨て、荷物を持って徒歩で国境を越え、タクシーでドブロブニクに2時間遅れで到着することができました。まず民俗学博物館に行きました。細い路地を迷いそうになりながらようやくたどり着きましたが、ザグレブやスプリットに比べあまり見るものがなく、照明が暗くてせっかくのコレクションも良く見えず、スタッフもホスピタリティーにかけ無愛想でした。その後昼食を取ってから城壁を一周しました。1時間ほどかかりましたが絶景でドブロブニクに行ったら絶対に行くべきだと思いました。夕方歩いていると聖ヴラホ教会で結婚式をしていました。式が終わり新郎新婦が大聖堂を出てくると、新郎新婦を中心に参列者がギターの伴奏で歌い踊る大騒ぎとなり、最後は国旗を先頭にピレ門まで歌いながら行進をはじめました。クロアチアの結婚式は賑やかでダイナミックでした。

ドブロブニク

動画3分7秒

翌日、市内から車で30分程の空港近くの村(Cilipi)で毎週日曜日に開かれる民族ダンスと刺繍の日曜市を見に行きました。村の中央広場に教会とコナヴァラ民族芸術博物館があり、教会の入口前に客席が用意されていました。博物館は刺繍に特化しており、1階には養蚕や絹糸の製糸工程が展示され、2階には刺繍を施した美しい民族衣装が展示されていました。コレクションの素晴らしさ、見やすい照明、分かり易い解説、充実したショップ、ホスピタリティーにあふれたスタッフなど、小さいながら素晴らしいもので、ドブロブニクの民俗学博物館が期待はずれ(貧弱なコレクション、見にくい照明、無愛想なスタッフ)でしたが、大満足でした。広場のあちこちで日曜市が開かれ、刺繍を施した民族衣装を着た女性が刺繍を売っていました。ガイドブックにもでているドブロブニクの刺繍店の刺繍は観光土産然としていて買う気がしませんでしたが、こちらは素晴らしく、ドブロブニク刺繍を買うならここしかないと思いました。

コナヴァラ民族芸術博物館

動画1分15秒

11:15から民族ダンスのショーが始まりました。弦楽器の伴奏で6組の若い男女とおじいさん一人の明るく楽しいダンスです。最後に結婚式のカップルと付き人がでてきて全員で踊ります。

CILIPI 民族ダンス

動画1分25秒

12:00にショーが終わり、10キロほど離れたグルダ村郊外のレストランで昼食を取りました。みどりと水音につつまれたのどかなレストランで、民族衣装の女性がサーブしてくれました。その後、ドブロブニクを経由してボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに向かいました。途中のストラック村で2016年に世界遺産に登録された中世の墓碑を見ました。墓碑面の武人が右手をあげて挨拶をしていました。右手をあげているは友好の印、左手に弓を持っているのは、もし敵対するなら徹底的に戦うという意思表示だそうで、ボスニア人の心意気を学びました。山道を下り17時にモスタルに到着しました。

グルダ郊外のレストラン

ストラックの中世の墓碑

モスタル

モスタルは三つの川が合流するヘルツェゴビナの中心都市で、15世紀中ごろにオスマン帝国の支配下におかれため、トルコの面影が色濃く残るエキゾチックな街です。1993年のボスニア内戦で破壊され、戦後、平和の象徴として復活し世界遺産に登録されたスタリ・モスト橋は多くの観光客であふれていました。夕食をスタリ・モスト橋を見渡すレストランでとりました。食事中に橋の欄干から青年が眼下のネレトバ川に飛び込むのを見ることができました。翌日、改めて街を散策し、コスキ・メフメド・パシャ・モスクのミナレット(尖塔)に登りモスタルの全景を楽しみ、トルコの家でオスマン帝国時代の生活様式を見ることができました。

動画2分23秒

12時にモスタルを発ち、清流と魚料理で有名なブラ・スプリングで昼食をとり、クラヴィス滝を経由してサラエボ空港に向かいました。クラヴィス滝は高さはあまりありませんが、ナイアガラのような横幅のある美しい滝です。しかし大勢の人が泳ぐ海水浴場のような賑わいで拍子ぬけしました。クラヴィス滝から山の中をぬけてサラエボ空港まで3時ほどで到着しました。

ブナ・スプリング

動画42秒

クラヴィス滝

動画58秒

21:10発にサラエボを発ち、イスタンブール乗継で翌日の19時に無事成田につきました。

クロアチアは予想以上でした。内陸のプリトビチェ湖群国立公園も素晴らしかったのですが、一番気に入ったのは、アドリア海沿いの街々でした。ヨーロッパらしい歴史的な町並みと明るく美しい海が共存して他に類をみません。

観光的な要素を少し減らしもう少しゆっくりした日程にすべきだったと反省しています。特に最後のコトル、ドブロブニク、モスタルは1泊づつではなくドブロブニク3泊にしてリゾートライフを楽しむべきでした。コトルは魅力的な街でしたが国境の通過に時間がかかりすぎました。ボスニア・ヘルツェゴビナはモスタル以外観光的にはそれほど魅力的ではありませんでした。スプリットからドブロブニクへの移動の途中、又はドブロブニクからサラエボ空港に移動する途中に、昼食を含み3時間ほど立ち寄るのが良いと思います。

長野市と奈良井宿

善光寺の隣にある東山魁夷美術館が5月末で改築のため閉館になるとの情報を得て長野市に行くことになり、翌日どこに行こうかと考え40年以上行っていない木曽路の奈良井宿を訪ねることにしました。

大宮から北陸新幹線で長野市まで1時間、ノンストップ、早いですね。

北陸新幹線かがやき

先ずは善光寺参りです。前回お参りした時は御開帳の時でしたから大変な人出でしたが今回はそれほどでもなくゆっくりお参りができました。

善光寺山門前の参道
善光寺本堂

本堂から東山魁夷美術館に行く途中に小林一茶の「春風や牛に引かれて善光寺」の句碑がありました。

小林一茶の句碑(春風や牛に引かれて善光寺)
クリックすると作品が表示されます

善光寺東庭園を抜けた城山公園に長野県信濃美術館東山魁夷館がありました。施設の老朽化、狭隘な施設、学芸員の不足など、数々の問題が指摘され、東山魁夷館は2017年5月31日から、信濃美術館は2017年10月1日から休館し、全面的な再整備を行うそうです。学生時代の自画像から有名な白馬のいる緑の風景、そして絶筆の4本の木と星が描かれた「夕星」までゆっくり見ることができました。

次に、長野駅の東口から車で10分程の所にある水野美術館に行きました。「きのこ」で財をなした水野正幸氏(㈱ホクト創業者)が創設した日本画専門の美術館です。横山大観31点、菱田春草36点をはじめ橋本雅邦、下村観山などの初期日本美術院系作家を中心に加山又造や平山郁夫などの現代作家や上村松園、伊東深水などの女流作家を含む約500点の収蔵品があるそうです。行ってみると富山県水墨美術館所蔵作品の特別展が開催されており、期待していた水野美術館の収蔵品は逆に富山県水墨美術館に貸し出されていて見ることができませんでした。しかし富山県水墨美術館所蔵作品も素晴らしく富岡鉄斎や加山又造の作品を見ることができ良い勉強になりました。

水野美術館ロビーから見る日本庭園

翌朝、長野から特急しなので松本に行き、鈍行に乗り換えて塩尻経由奈良井に行きました。奈良井に行く鈍行は2時間に1本しかなく、自家用車か貸し切りバスで行かない限り大変行きにくい所です。このためか同じ中山道の妻籠宿に比べ行知名度が低く訪れる人もまばらでした。

奈良井宿2017年5月、鎮神社から見た町並み

奈良井宿には過去2回訪問しています。最初は1971年大学4年生の夏でした。中山道経由で名古屋に行くために立ち寄りました。泊まる所がなく長泉寺というお寺に泊めてもらい翌朝鳥居峠を越えて藪原にぬけた思い出の地です。1969年から始まった妻籠宿の保護事業が完了し観光地として脚光を浴びはじめた頃で、奈良井宿はまだ景観保護という活動とは無縁のひなびた町でした。村外れの水場は住民が使用する生活感に溢れる場所でした。

奈良井宿1971年夏、村外れの水場からみた町並み

現在、奈良井宿は重要伝統的建造物群保存地区として妻籠宿のように昔の町並みが保存されています。藪原から中山道屈指の難所と言われた鳥居峠を越えて来ると町の入口に鎮神社があり水場があります。そこから見た町並みは随分綺麗になっていましたが昔のままでした。木曽漆器やお六櫛のような民芸品のお店や、そば屋さんなどの食事処もあり、妻籠宿に負けない魅力的な宿場町ですので「エース」や「旅物語」などの団体旅行に取り入れ、もっと観光客に来てほしいものです。

ベトナム

2013年に南部のホーチミン市、中部のフエとホイアンに行ってきましたが、今回は北部の首都ハノイ、中国国境に近い山岳地帯のサパ、世界遺産のハロン湾と陸のハロン湾と言われるチャンアンに行ってきました。

今回の旅行の最大の目的はサパ周辺の山岳地帯に住む少数民族の民族衣装を見に行くことでした。
そこでハノイに着いて真っ先に民族博物館にいきました。花モン族・黒モン族・タイ族などの多様な民族衣装を見ることができ良い勉強になりました。

水上人形劇

その後ベトナム独特の水上人形劇を見ました。ホーチミン市でも見ましたがハノイが本家のようです。本来は村の野外で行われていましたが現在はホアンキエム湖畔のタンロン人形劇場で上演されています。内容的にはホーチミン市の方が変化に富んで良いと思いましたが、舞台や音楽はハノイの方が良いと思いました。

チャパエクスプレス

サパに行くための拠点都市ラオカイに行く方法は鉄道とバスがあります。ハノイ/ラオカイ間の高速道路(264キロ)が2014年9月に開通したため以前は9時間以上かかったものが4時間で行くことができるようになりバスで朝出発すれば昼にはラオカイに着くことができるようになりました。しかし観光的には従来から確立している輸送手段である夜行列車が今でも主流のようです。ベトナムの鉄道はベトナム国鉄により運行されていますが面白いことに連結されている寝台車は複数の民間企業により運営されています。最高級はサパのビクトリホテルが運営しているヴィクトリア・エクスプレスですが我々は少しランクの低いチャパ・エクスプレスの2人個室を利用しました。キャビンは狭く2つのベッドの間に少し隙間がある程度ですが快適でよく眠れました。洗面所とトイレは車両の前後にありあまり綺麗とは言えませんが機能的には十分でした。22時ハノイ発、翌朝6時20分ラオカイ着ですので食堂車はなく、夕食は駅に行く前に済ませ、朝食はラオカイ駅前のレストランで食べることになります。

ラオカイは中国との国境の街で駅から車で5分ほどで国境です。中国の雲南省からベトナムのトンキン湾に至る紅河(Red river)を国境とし橋がかかっています。

谷間の棚田
紅河に沿って走る

ラオカイから紅河に沿って30分程走り橋を渡ると曲がりくねった山道となり2時間ほど登りバックハ(Bac Ha)に着きました。途中の谷には棚田がつづいていました。

バックハーで小休止をとり更に山道を1時間ほど走りカンカウ(Can Cau)に着きました。この村では毎週土曜日にマーケットが開かれます。バックハーの日曜市と比べて規模は小さいのですが、よりローカル色が強くカラフルな民族衣装の女性で溢れていました。食料・衣類雑貨・食事・動物の4つのエリアに分かれていていました。特に水牛の取引が盛んでバックハーを超える規模でした。

午後バックハーに戻り昼食後近郊の花モン族の村(Ban Pho)に行きました。花モン族は最も華やかな衣装で有名ですが農業中心の生活で少数民族の中でも貧しいようです。しかし子供たちはとても可愛く明るく素直でした。帰り道で洋裁店を覗くと花モン族の服を作っていました。早速一式買ってしまいました。

バックハーに1泊しました。山の中のかなり大きな街ですがサパと違い高級なホテルはなく宿泊したホテルもエレベーターがない2つ星クラスでした。バスルームがシャワーのみなのは良いのですが、広めのシャワースペースに便器が共存するなんともワイルドなものでした。

翌朝は日曜市(Sunday market)です。ホテルから歩いて5分ほどで到着しました。カンカウと同様に食料・衣類雑貨・食事・動物の4つのエリアに分かれていていました。食料エリアには種類豊富で新鮮な野菜が並び、肉はテーブルにドンと並んで衛生面で心配になりました。魚も少しですが売っていました。食事エリアには多くの店がならび朝食を食べる人々で賑わっていました。衣類雑貨エリアには衣類小物を売る土産店が並び、鍬などの金物などの店もありました。動物エリアでは水牛の他に子犬を売る人が多くいました。

午後サパに向かう途中でタイ族の村に立ち寄りました。村はずれで水牛車に乗り換えて中央までのんびりと行きました。

バックハーまで2時間、そこからまた山道を1時間半登りサパに着きました。サパはフランス統治時代に開発されたリゾート都市です。日本ではあまり有名ではありませんが欧米では有名な観光地で多くの観光客で溢れていました。新たらしいホテルも相次ぎ建築されておりこれからますます発展すると思われます。

路地奥にアメイジングホテルが見える

サパのホテルは4つ星のアメイジングホテルでした。2015年開業のまあたらしい快適なホテルでした。メインストリートから近く買い物や食事にも便利でした。実は歴史的有名ホテルのヴィクトリアホテルにすればが良かったかなと思っていましたが、アメイジングホテルで正解でした。ヴィクトリアホテルを見に行きましたが、確かにクラシックでレストランは雰囲気があってよかったのですが、ロビーはそれほど高級感はなく、客室の中は見れませんでしたが外から見る限り昔のリゾートホテルのスタンダードである狭い部屋のようでした。なにより問題は丘の上にあり買い物や外のレストランに行くのに不便だということです。

翌日、あいにく小雨と霧で視界が悪く、晴れていれば素晴らしいサパ周辺の展望を楽しめませんでした。街にでて民芸品の店をめぐり黒モン族などの手芸品を買いました。午後はトレッキングです。車で1時間ほど山を下りラオチャイ村に行き、そこからタヴァン村まで2時間ほど歩きました。民族衣装の黒モン族の女性が我々のグループ4人に3人付いてきました。目的はお土産を買ってほしいからなのですが、なにかと話しかけてきます。1時間ほど一緒に歩き村はずれで手芸品を一つ買ってあげました。現地ガイドだと思い片言の英語で話ながら歩くのも良い思い出になりました。

夕方、ラオカイに戻り駅前のレストランで夕食をとり時間調整をしてラオカイ駅発21時のチャパエクスプレスでハノイに向かいました。

翌朝5時半にハノイ駅に着きました。歩いて5分ほどの所のホテルでシャワーと朝食をとり7時半にハロン湾行きのバスが迎えに着ました。市内の複数のホテルを回って乗客をピックアップするのに30分以上かかり、途中20分ほどのトイレ休憩を1回とってハロン湾には12時着きました。なんと4時間半もかかりました。ハノイからハロン湾まで約170キロですからいかにも時間がかかりすぎです。高速道路が完備すれば2時間程度となりもっ行きやすくなるのにと思いました。

ハロン湾のクルーズ船
サンセット

ハロン湾の着くとクルーズ船がたくさん係留されていました。我々の乗る船はACLASS SLTELLAER CRUISEという船で客室数24今回の乗客は31名とのことでした。客室は海側に面したバス(シャワー)トイレつきのツインベッドの部屋でした。狭いながら快適な部屋でした。湾内のためか波もなくほとんど揺れを感じることもありませんでした。昼食後テンダー(船が引いている連絡用ボート)で旧水上村(現在住民はなくたんなるフローティングボート乗り場となっている)に行き、小舟に乗換洞窟くぐりをし、その後サプライジング・ケーブという鍾乳洞に行きました。200段ほどの階段を登った先に鍾乳洞の入口があります。階段を降りていくと巨大が鍾乳洞に入っていきます。予想を超える規模です。日本の秋芳洞より大きく変化に富んでいると思いました。船に戻ると甲板ではサンセットカクテルパーが開かれ夕日を見ながらののどかな時間が流れていきました。夕食後にはイカ釣り体験がありました。

太極拳
ティプトップ島頂上からの眺め

朝食前に甲板では太極拳のレッスンがありました。ゆっくり動く島影を背景にゆったりとした太極拳はなんとも言えず良いものでした。朝食後ティプトップ島(Ti Top Island)に行きました。400段の階段を登ると島の頂上の展望台からハロン湾の360度の展望が楽しめます。島の下は海水浴場になっており海水浴も楽しめます。船に戻ると春巻き造りの料理教室が開かれました。早めの昼食をとり12時頃に船は港に戻りました。12時半頃ハノイのホテル行きのバスが出発し16時半頃にホテルにつきました。ハロン湾の良さは日帰りではなく1泊2日のクルーズでないと分からないと感じました。

ヒルトンのロビー

ハノイはヒルトンホテルに2泊しました。ホアンキエム湖に近く旧市街にも徒歩圏といいうベストロケーションと設備・食事・サービスとどれをとっても最高のホテルで快適でした。特にエグゼクティブルームだったので18時からエグゼクティブラウンジで軽食(といってもメニューも豊富なブッフェ)とワイン・ビール・ソフトドリンク(飲み放題)が無料で楽しめるので助かりました。

翌日の10時にセントジョセフ大聖堂前集合の旧市街散策ツアーに参加しました。大聖堂を見てから旧市街の金物・靴・衣類など同じ業種の店が並ぶ通りを右に左に歩き回りました。途中でハノイ名物のスイート「チェ」やつけ麺「ブンチャー」を食べたりハノイの庶民生活を楽しみました。

午後はタクシーで10キロほど離れたVan Phuc Silk Villageに行きました。郊外の村だと思ったら既に村ではなくでシルク製品を売る店が集まった街中の一画でした。都市の拡大と共に市街化したようです。シルクを織る工場が並んでいることを想像していましたが工場はあまり見かけず店舗ばかりが目につきました。工場に入って見ると手動の織り機はありませんでしたがジャガード式自動織機が稼働していました。織り柄パターンを穴あけした板をつなげたパンチカード式のもので現代的な自動織機に移行する過渡期のものです。今では博物館でしか見られないものが実際に使用されているのを見て感激しました。

夜はフランス料理のお店に行きました。フランス統治の伝統からフランス料理が盛んかと思いましたが思いの他少なく、ネットで調べたところ評判の良いところはマリオットやソフィテルなどの超高級ホテルのレストランのようであまり興味が湧きません。そこでガイドさんから紹介されたローカルのフランス料理店に行きました。ホテルから歩いて10分もかからない場所でしたが道に迷い20分近くかかりました。レストランはなかなか高級感があり日本人が良く利用するようで日本語のメニューがありました。前菜・スープ・メイン(肉と魚のチョイス)・デザートで35ドルと料金もリーズナブルでした。ベトナム料理が1週間続いたのでしばらくぶりの洋食でホッとしました。

チャンアン船乗り場
洞窟くぐり

翌日は帰国日ですがハノイ発が深夜でホテル発が21時でしたから丸一日あります。そこで2014年に世界遺産に登録され陸のハロン湾と呼ばれるチャンアンに行きました。ハノイを8時に出発して高速道路があるので2時間半で到着しました。カルスト台地が水没し多くの島ができたのがハロン湾で、チャンアンはそれが地上なため山水画のような山の間を川がながれているものでした。中国の桂林は漓江という大河を大型船で下りますがチャンアンは小舟で小川をめぐるものです。途中に寺院や洞窟くぐりがある2時間の船遊びでした。船頭さんは船の後ろに座り手漕ぎ(時々足こぎ)で進めます。乗客もオールをもっと一緒に漕ぐという参加型です。コースの途中に8個所の洞窟くぐりがあります。一番長い洞窟は300メートル以上あり天井も低くかなりスリリングです。はずかしながら撮影に気を取られ頭を天井の岩にぶつけてしまいました。幸い帽子をかぶっていたので軽症で済みましたが痛い思い出になりました。

ビッグドン寺

午後ビックドン寺という洞窟寺院に行きました。この寺院にいくにはタムコックから2キロの田舎道を何故か自転車で行くことになっています。レストランで自転車を借りふらふらしながら10分ほどで到着です。断崖に沿って階段を登りながら3つ寺院と洞窟をお参りします。途中の洞窟は真っ暗でスマホの懐中電灯機能で進みました。一番上の寺院のあたりには野生?の山羊がいたり自然豊かな寺院でした。

タムコックに戻りVan Lam Embroider Villageに行きました。日本のテレビで見て是非行きたいと現地旅行社に依頼した所でした。チャンアンの公式ホームページに載っており全国的に有名であると情報で大いに期待した行きました。ところが案内された所は日本のテレビにも紹介された所でしたが刺繍工房というより縫製工場で刺繍はほんの少ししかやっていません。ガイドの説明では昔は盛んだったが今はこの工場しかないというのです。また村といってもタムコックの街外れで想像していたような村ではありませんでした。納得できず重ねてガイドに希望を伝え他を探させようやく更に街を離れた所の工場に行くことができ制作風景が見られました。工場の向かいには同じ経営の高級リゾートホテルがあり、その売店で刺繍商品を購入でき満足しました。

ハノイのホテルに戻り夕食後タクシーで空港に行きました。タクシーで1時間18ドルでした。ハノイ空港の国際線ターミナルは2014年12月31日に運用開始したばかりの空港でした。深夜の0時50分ハノイを発って成田には朝7時35分に到着しました。

ハノイを除き全て1泊で毎日観光と移動という少しハードなスケジュールでしたが、充実した楽しい旅行でした。

ルーマニアとハンガリー

ハンガリー刺繍には大きく分けて三つのスタイルがあり、2年前に一番ポピュラーでシンプルな花柄スタイルのカロチャ刺繍を見にカロチャに行ってきました。今回はメゼーケベジュドに濃厚な花柄スタイルのマチョ刺繍を、そし現在はルーマニア領ですが以前はハンガリー領で今でもハンガリー族が住むクルージ・ナポカの郊外の村に最も古いスタイルのイーラーシュシュ刺繍を見に行くことを最大の目的とし、観光的には世界遺産とルーマニアとハンガリーのクリスマスマーケットを見に行くコースとしました。

ブラショフ Brasov

日本を夜発ってルーマニアの首都ブカレストに朝着き、タクシーで標高800mのスキーリゾートのシナイアの町を経由し2時間半ほどでブラショフに着きました。旧市街の中心の広場でクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのものに比べると規模は小さく人出も少ないですが夜になるとライトアップされ大変綺麗でした。

ブラショフ民族博物館 Ethnographical Museum Brasov

ルーマニア各地の民族衣装が展示されていました。20世紀初頭のジャガード式自動織機があり実演してくれました。古い手機から現在の自動織機に移る前の半自動の機械で大変興味深いものでした。

ルシュノフ要塞 Rasnov Fortress

ブラショフからブラン城に行く途中の山の上に造られた要塞です。駐車場からトラクターに引かれた車に乗って登ります。頂上からは360度の絶景が望めます。オフシーズの早朝ということもあり我々二人しか来訪者はおらず貸し切りの贅沢な時間を過ごすこととができました。

ブラン城(ドラキュラ城)Bran Castle

ルーマニアの観光地では一番有名なところでしょう。流石に観光客も多くトイレや売店といった設備や城内の展示も整っていて観光しやすくなっていました。

ビスクリ要塞教会 Viscri Fortified Church

トランシルバニア地方に100以上ある城壁で囲われた教会の一つで世界遺産に指定されています。残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでしたが豪壮な造りで圧倒的な存在感がありました。

シギショアラ Sighisoara

ブラショフから120km、中世の町並みが残る城塞都市です。多くの人々は山の下の新市街に住んでいて山上の城郭内旧市街に住む人は少なくレストランや店舗もあまりありません。夜は歩く人も少ない暗い町並みが幻想的でした。

ビエルタン要塞教会  Biertan Fortified Church

シギショアラから27kmのビエルタンにある要塞教会。三重の壁に囲まれた堅固な造りで教会というより城と言う方がピッタリする。ここも残念ながら冬期のため閉まっており中に入れませんでした。

シビウ Sibiu

トランシルバニア高原の南端に位置する古都。旧市街の中心の大広場ではルーマニア最大と言われるクリスマスマーケットが開かれていました。ドイツのニュールンベルクやシュトットガルトに比べ屋台の数や人出も遥かに少ないものですが、広場を取り巻く建物にプロジェクションマッピングされ大変美しいものでした。

クルージュ・ナポカ Cluj-Napoca

トランシルバニア地方の中心都市。ルーマニアで二番目に大きい聖ミハイ教会のたつ統一広場でクリスマスマーケットが開かれていました。食事の屋台ではルーマニア料理の中をくり抜いたパンに入った豆のスープが売られていました。ミニアイススケート場や音楽のステージが開かれ、サンタクロースが広場の周りのレストランや会場を歩きチョコレートを配っていました。ホテルの窓から正教聖堂と国立劇場が見え夜はライトアップされて綺麗でした。25日のクリスマスはキリスト教国の常でレストランを含めほとんどどこも開いていません。開いているのは教会と夜のクリスマスマーケットぐらいでした。日中はホテルでのんびりし、夜になって夕食を兼ねてクリスマスマーケットに行き、かろうじて開いているレストランを見つけ夕食にありつけました。外は雪になり静かなホワイトクリスマスでした。

トランシルバニア民族博物館  Ethnographic Museum of Transylvania

トランシルバニア地方の民族衣装が展示されています。残念ながら展示変更作業が行われていて一部見ることができませんでした。

カロタセグ地方 Kalotaszeg Area

クルージュ・ナポカの西50kmほどの地域の村イズヴォル・クリシュルイの国道沿いに民芸品を売る店が並んでいます。クリスマスイブのため開いている店は少なかったのですが良い刺繍を買うことができました。丘の上には町を見下ろすように要塞教会が建っていました。

シック村 Sic Villege

クルージュ・ナポカの北東40kmほどのハンガリー系住民が住む村。まず教会に行くと丁度ミサがあるようで村人が三々五々集まっていました。年配の女性は民族衣装(赤又は黒のスカート、黒い防寒上着、黒いスカーフ)を身に着けていました。教会の中では小学生くらいの子供がバイオリンで賛美歌を弾いていました。次にブカレストの旅行会社に依頼してあったシック村家庭訪問です。シック村の伝統的な緑色の家に着くと白いスカーフをかぶり赤い服を着た女性が出迎えてくれました。67歳になるクララさんでした。そしてなんと我々を連れてきてくれた車の運転手はクララさんの息子さんでした。丁度クリスマスイブなので実家に帰ってきたのでした。ガイドのロクサーナさんがギターを持ってきていて、クララさんの家の前で歌を歌い始めました。歌を歌わないと家に入れてくれない風習があるんだそうです。家に入ると歓迎のお菓子が用意され、自家製のスモモのパリンカ(強い蒸留酒)で乾杯です。ダイニングルームのサードボードや壁の飾り棚などは綺麗な花がらの塗装がされていましたが全てクララさんの手によるものだそうです。一旦外に出て「清潔の部屋」と呼ばれる嫁入り道具を飾る部屋のある離れに案内されました。そこでもう一つのサプライズが待っていました。玄関を入ると日本の本が置いてありました。「ルーマニアの赤い薔薇」という1991年に出版された日本ヴォーグ社発行の写真集です。この写真集を見てシック村に来ることを決めた本でした。伺ってみると著者の「みやこうせい氏」はクララさんの家に泊まって取材していたそうです。また日本のテレビ番組の取材で女優の羽田美智子さんが10日間泊まって生活したことも分かりました。「清潔の部屋」に入ると天井まで届く枕カバーをはじめカラフルな寝具や衣装箱で埋め尽くされていました。これこそ本やインターネットで見て憧れたそのものと感激しました。母屋に戻ってクララさんから刺繍の手ほどきを受け、日本では見たことのない技法を習うことができました。そのあとクリスマス料理をいただきました。チキンスープ、牛肉料理、デザート、どれもクララさんの手料理です。素朴で暖かく美味しい料理を堪能していると、小学生くらいの男の子が入ってきて賛美歌を歌いはじめました。歌い終わるとみなさんからお年玉が渡されます。これがこの地方のクリスマスの習慣のようでした。期待以上の体験ができた素晴らしいクリスマスイブとなりました。

ブダペスト Budapest

クルージュ・ナポカからブダペストまで350kmをミニバスで移動しました。9人乗りのミニバスで料金は一人100RON(約2700円)と格安です。日本でインターネットで予約しクレジットカードで支払いも済んでいます。ハンガリー国境でのパスポートチェック(所用20分程度)を含めブダペストまで約6時間のドライブは席が狭くて快適とは言い難いもののなんとか我慢できる範囲でした。ブダペストのバスターミナルからは地下鉄で5駅10分程度でホテルの近くに着きました。一人300フォリント(130円程度)一番古い路線のため車両も古いものでしたが安くて便利です。
今回の宿泊は1泊ということもありクリスマスマーケットに近く料金が安い所という条件で検索(Booking.com)した結果アパートメント(民泊)を予約してみました。住所は直ぐわかりましたがどこにもアパートメントの名称がなく受付もありません。ようやくアパートのインターホンの部屋表示の一つに小さく手書きでアパートの名称をみつけボタンを押しましたが返事がありません。電話すると事前に連絡してあった到着時間より早かった(バスが1時間半早く到着したため)のでまで着ていないとのことでした。幸いアパートのビルの1階に荷物一時預かり所があったのでスーツケースを預け、クリスマスマーケットの見物に行って時間をつぶし予定の時間にやっとチェックインができました。「古いアパートの一室を綺麗に改修し貸出し、事前に連絡した時間にスタッフが出向いてチェックインを行い、全額現金で前払い、チェックアウトは鍵をメールボックルにドロップする。なにかあったら電話で連絡し対応する」というシステムでした。部屋自体は広くて綺麗、料金も室料80ユーロ+掃除代15ユーロ=95ユーロ(約12000円)場所はブダペスト随一の繁華街の一画でクリスマスマーケットから5分と最高に便利なところなので良い選択だったとは思いますが民泊にはそれなりに問題(不便)があることが認識でき良い勉強となりました。
ところでブダペストのクリスマスマーケットは最高でした。ヴルシュマルティ広場周辺と聖イシュヴァーン大聖堂前広場の二会場がありドイツのものに比べてスケールでも負けていないばかりか、屋台の商品バリエーションが多くてセンスが良く(ドイツは屋台は多いが同じようなクリスマス商品ばかり)テイクアウトのフード屋台の料理のバリエーションが豊富でテーブルや椅子があって座って食べられる(ドイツは料理のバエーションやテーブルが少なく椅子はほとんどない)というグルメとショッピングという面ではドイツクリスマスマーケットより勝っていると思います。

ホッロークー Holloko

ブダペストから北東に約100km、バローツ洋式の伝統家屋の残る世界遺産の村。残念ながら冬期のためほとんどの施設が開いておらず外観を見ながら散策しただけでした。観光客や住む人の姿もほとんど見えませんでしたが、その分静かで美しい村を満喫することができました。

マチョ博物館 Matyo Museum

ホッロークーから約100kmブダペストから約130kmのメセーケヴェジュドにあるマチョ刺繍の博物館。博物館の正面にマチョ刺繍を今日のスタイル(多種多様な花柄と豊富な色)に発展普及させたKisjanko Bori女史の胸像が置かれており、2階の展示室には女史がデザインした花々の元絵が展示されていました。

マチョ刺繍講習 Matyo Embroidery Workshop

ハダス地区の民芸館(House of Folk Arts)で1時間ほどマチョ刺繍の個人レッスンを受けました。

ハダス地区 Hadas District

マチョ博物館の近くに、マチョ刺繍を発展普及させたKisjanko Bori女史の家を中心に民芸関連の家が集まっている地区があります。あいにく塗装家具の家などは閉まっていましたがKisjanko Bori女史の家、織物の家、刺繍の家、民芸品店などを見ることができました。博物館とは違って生活の中の刺繍を見ることができ良い勉強になりました。

料理

ルーマニアの料理に関する知識はほとんどなくガイドブックによるとボリュームのある肉料理が中心のようです。家内は旅行中は体調管理のためヘビーな料理を避けていることもありスープとサラダをメインに食べていました。一番興味深かったのは一斤ほどの丸型パンの中身をくり抜いて豆のスープを入れたものでした。サイコロ状に切ったロースハムのような肉も入っていましたが味はそれほど濃くなく美味しくいただきました。サラダは野菜が新鮮でドレッシングもシンプルで結構でした。牛肉のひき肉を俵型にして焼いたハンガリー風ハンバーグステーキといったものもいただきましたがこれも予想外におとなしい味で美味しいものでした。ルーマニアは歴史的に多民族国家でドイツ系やラテン系の食事も一般的で、どの町にも美味しいイタリアレストランがありました。クルージュ・ナポカで食べたオッソブーコは絶品で付け合せのミラノ風リゾットが黄金色で今まで食べた中で一番でした。それからルーマニアワインが素晴らしく白(シャルドネ)と赤(カベルネ)はレストランおすすめのハウスワインで十二分に美味しく陶然となりました。
ハンガリーの料理も伝統的なものはルーマニアと同じようにボリュームのある肉料理が中心のようです。前回ブダペストで食べた生フォアグラのソテーが超絶美味しかったので今回もと思ったのでが、クリマスシーズのためお目当てのレストラン(コムセソワ)がクローズであったため今回はミシュランの星付きの創作ルーマニア料理の店に行きました。非常に洗練されフランス料理のようでプレゼンテーションも美しく大変美味しいものでした。最後の夕食は温泉リゾートホテルで1泊2食のバイキングでした。これが一般的なハンガリー料理なのでしょうが正直あまり美味しくありませんでした。やはりレストランとメニューを選ばないと美味しいものは食べられないということですね。