シュヴァルム(Schwalm)はフランクフルトの北130キロの小さな村でSchwalm博物館があり、12月15日(金)16(土)17(日)の三日間館内でクルスマスマーケットが開かれるとの情報を得て、この期間に合うように日程を調整しました。またSchwalmから北東90キロのエシュヴェーゲ(Eschwege)にドイツ白糸刺繍の研究家で私設博物館を開いている方がいることを知り連絡をとり訪問することにしました。
エシュヴェーゲ(Eschwege)
フランクフルトから2時間、2度鉄道を乗継ぎエシュヴェーゲ(Eschwege)に到着、ドイツ白糸刺繍研究家のLuzine Happelさんの私設博物館に行きました。
ハッペルさんの私設博物館は6部屋と通路を展示室にして、伝統的なパターンで仕上げた作品から現代風にアレンジした作品、寄贈作品、収集作品、ご自身が制作した作品の数々が間仕切りを取り去った広いスペースの中に美しく展示されていました。特に窓辺やベッドまわりを飾る上品なホワイトワークのドレープや322種類のかがりを1枚の布にまとめたサンプラー、大作のベッドカバーは圧巻です。丸テーブルには伝統的なモチーフのデザインテキスト、ステッチ集、ご自身がデザインした作品の作り方のテキストがたくさん置かれていました。普段はここで生徒さんとおしゃべりを楽しみながら作品制作の指導をしています。ハッペルさんは叔母さんからホワイトワークを教えていただき、結婚して子育てをしながら働き、エプロンのポケットにはデザインやアイディアを書き留める為のメモ帳と鉛筆を入れていたそうです。ハッペルさんのジャケットの背にもエクリュの糸でホワイト(エクリュ)・ワークが施されていました。
シュヴァルム(Schwalm)
午後2時にタクシーにてシュヴァルム(Schwalm)向かいました。伝統的な木組みの家々が列ぶ田舎の村々を巡りながら、雪の峠道を越える90分ほどのドライブはなかなか趣がありました。
シュヴァルムはグリム童話の「赤ずきんちゃん」の故郷です。村は四方を堀で囲まれています。緩やかに流れる川、森や畑、野に咲く花々の美しい景観、画家が集まり、グリム兄弟はよくここを訪れ何編かの童話を創作しました。本場の赤ずきんちゃんの頭巾は小さな帽子のようで、黒は既婚の女性、赤は未婚の女性がかぶるとのことです。村の中央広場でクリスマスマーケットが開かれており、広場に面してシュヴァルム博物館がありました。館内では常設展示以外に、手作りのクラフトや手芸材料などが販売され、黒い帽子をかぶった民族衣装のご婦人達によるワークショップでは、シュヴァルム・ホワイトワークの他に編み物や糸紡ぎが行われ、夢のある素敵な雰囲気を楽しむことができました。シュヴァルム・ホワイトワークのクロス、ご当地の刺繍家の著書、ステッチの多様性を網羅したテキストなどの展示と販売も行われていました。
シュヴァルム・ホワイトワークを復活させた二人の女性
保存されている古い刺繍作品からドレスデン刺繍のスタイルを手本にしていることが分かります。修道院内でドレスデン刺繍の指導を受けながら精緻な作品を制作していた修道女達が、1517年の宗教改革により解放されてシュヴァルム地方で暮らすようになり刺繍を始め、1790年頃までこの素晴らしい技法が当地で発展していったと思われます。また布はドレスデン刺繍に使用される透けるようなモスリンではなく麻の平織りの布に刺繍が施されるようになって行きました。
18世紀後半から19世紀頃が全盛期でしたが20世紀に入ると衰退しました。主な理由は第1次世界大戦(1914~1918年)と第2次世界大戦(1939~1945)により人々の生活スタイルに変化が生じ民族衣装の着用が減少したためでした。しかし20世紀中頃、2人の女性の尽力によりシュヴァルム・ホワイトワークは復活しました。
アレクサンドラ・ティールマンさん(1881-1966):
画家である夫のヴィルヘルム・ティールマン教授とシュヴァルムに移り住みました。村には特別の日に着るための民族衣装に施す色彩豊かな刺繍がありましたが、夫人は生計を立てる為にヴィリングハウゼン出身のマルトリーズ・ドール先生のもとで麻布に白糸で刺す技術を学び、職人として独立するための腕を磨き、自宅に工房を構えて女性や少女たちに指導をしました。やがて工房で商品として販売できるまでの作品を製作できるようになると、夫人は伝統的なパターンを継承しながら都市の生活スタイルにも適応する新しいパターン創作に熱心に取り組み、販売範囲を拡大し顧客を得て、村の刺繍の伝統を生かすことに成功しました。
テクラ・ゴンベルトさん(1890−1981):
レース生産で有名なスイスのザンクト・ガレンで刺繍の修行を積んだ名人です。1941年にシュヴァルムへ移り住み91歳まで作品を制作しました。シュヴァルム地方で保存されてきた古いパターンを描き直して復刻版の制作を手掛け、時間のかかるステッチを慣用なステッチに置き換えて再現と改良をすることも試みました。この作業は制作時間を短縮し丈夫で耐久性のある作品を作ることを可能にしました。これらの技術は今日でも世界中の刺繍愛好家の作品制作に生かされています。作品はシュヴァルム博物館の常設展で拝見することができます。
一度は衰退した伝統技術を復活し、今日でも脈々とご当地の人々により美しいクロスや様々な実用的な作品が丁寧に制作され販売されている歴史をしり、伝統技術を大切にする作り手さんの精神性の高さが見える現代作品とたくさんの貴重なアンティーク作品に出会えて充実した良い旅となりました。